第221話 守り抜いた街にて
十字市中心街マモノ襲撃事件は、ようやく終結した。
日向が言っていた通り、犠牲になった人々の数は、決して少なくない。だがそれでも、マモノ対策室が当初想定していた数の、五分の一以下にまで抑え込むことができた。十分な成果と言ってもいいだろう。
この成果を生み出したのは、討伐チームや自衛隊の早期活動開始などの要因もあるが、一番の要因は、予知夢の五人がいち早く駆け付け、『星の牙』たちを引き付けておいてくれたことだ。
さらには、その一人ひとりが『星の牙』をほぼ単独で討伐したというのだから、大金星と言っても過言ではない。日向に至っては、一人で二体もの『星の牙』を討伐してみせた。
さて、そんな予知夢の五人は現在、中心街の一角に集合している。その中には、マモノ対策室の室長にして、彼らの保護者役でもある狭山もいる。狭山と行動を共にしていた的井は、狭山の代わりに事後処理の統括を買って出てくれた。
予知夢の五人は、それぞれ随分とボロボロになったが、それでも全員無事に再集合した。
シャオランはラビパンヘビィの拳を受け、右腕を粉砕骨折していた。今は北園の治癒能力で治ったものの、一週間は絶対安静だそうだ。下手に扱えば、元に戻った骨が再び砕けかねないからだ。
本堂はカブトリビュートから毒を受けていた。まだ体の痺れは残っているため、段差に座ったままであるが、体内の毒は徐々に自然治癒されているらしい。ほどなくして完治するだろうとのことだ。
日向、北園、日影の三人は、それぞれの回復能力によって、すでに怪我は完治している。それでも、服はボロボロで、あちこちに血が付着しているが、おおむね元気そうである。
「えー、みなさん」
日向が口を開いた。
他の五人も、一斉に日向に注目する。
皆の視線が集まったのを確認すると、日向は思いっきり頭を下げた。
「先日は、本っ当にご迷惑をおかけしました……」
この間、日向は日影と大喧嘩をした。
その拍子に、周りの皆にも当たり散らしてしまった。
そのことについて、まだしっかりと謝罪できていなかった。
そして、謝るタイミングは今しかない、と思い、こうして頭を下げたのだ。
「特に北園さんには、何度もひどいことを言っちゃった……本当に申し訳ない……」
日向はもう一度、北園に向かって頭を下げる。
北園は少しニヤニヤしながら、目を閉じ、得意げな表情で日向に返事。
「私の心の傷は深いよー? 誠意を見せてほしいなー」
「せ、誠意ですか」
「私、最近、デパ地下に新しくできたケーキ屋さんのケーキに興味があるんだよねー」
「今度買ってきます!」
「それから、その隣のプリン専門店にも美味しそうなプリンが」
「一緒に買ってきます!」
「それからそれから、クレープもほしいしパンケーキも食べたいし、そういえばタルトも美味しそうなのがあった!」
「まとめて買ってきます!」
「一個じゃヤだよ? 四個くらいほしいなー」
「よ、四個……!? あ、いえ、買います!」
「それで、二個と二個で分けて、日向くんと一緒に食べるの」
「はい喜んで! ……え? あれ? それって俺への罰になるの?」
「私が食べたいだけだよー」
そう言って、北園はニコニコと微笑んだ。
日向からひどいことを言われたことなど、もう何とも思っていないようである。
「もちろん私は、日向くんを許すよー。日向くんだって大変な思いをしてるんだし、あんなことを言いたくなる日もあるよ。それに、さっきは私を助けてくれたし!」
「北園さん……」
北園の言葉を受けて、日向は思わず目が潤む。
そこへ、シャオランと日影も声をかけてきた。
「ぼ、ボクだって気にしてないよ! そんな日もあるって!」
「シャオラン……」
「……まぁ、オレも悪かったよ。勝手に余命宣告されて、お前もたまったモンじゃないよな」
「日影……」
そして最後は、本堂だ。
残った本堂が、日向に感動的な言葉を投げかけた。
「俺は絶対に許さないからな」
「本堂さんは空気を読んで!」
「空気を読んだ結果、これがベストアンサーかと」
「何をどう読んだらそうなるんですかっ!」
「冗談だ。今日はエイプリル……」
「エイプリルフールでも何でもなーい!」
オチがついたところで、狭山が日向に言葉をかける。
「とりあえず、立ち直ってくれたみたいでよかったよ。マモノも無事に退けることができたし、めでたしめでたしだ」
「狭山さんも、スミマセン。ご迷惑をお掛けしました……」
「なぁに、自分も大丈夫さ。気にしないで……と言うのは、君の性格上、やや難しいかもしれないね」
「まぁ、思い返しては、また自己嫌悪に陥るかもしれません……」
「うん。だからあえてこう言おう。どうか今回の出来事を忘れないでほしい。引きずってほしいのではなく、今後の糧にしてほしい。君には、衝突しても許してくれる、良い友人たちがいるのだと」
「…………はい!」
日向は静かに、しかし力強く返事をした。
それを聞いた狭山は、満足げに頷いた。
日向と狭山の話が終わったところで、北園が興奮しながら日向に話しかけてくる。
「それにしても日向くん! さっきの炎は何だったの!? 物凄い火力だったよ!」
先ほどキキとの戦いで見せた”紅炎奔流”のことを言っているのだろう。しかし、日向もあの技について詳しいところは分からない。たじろぎながら北園に返答。
「あー、あれかぁ。いや、なんか、突然使えるように……」
「炎? 何か、新しい技を使えるようになったのかい?」
「ええ、まぁ……」
そう言うと日向は、先ほど使えるようになった技、”点火”と”紅炎奔流”について、皆に説明した。
特に狭山は興味津々に、日向の話を聞いている。
「なるほど、その一撃必殺の炎で、君はキキに勝利したワケか。ぜひ一度見てみたいところだけど……」
「周囲が大変なことになると思うので、オススメはしません」
「ま、仕方ないね。……一応、日影くんに質問するけど、君は日向くんのイグニッションを使えないんだね?」
「ああ。恐らく、日向がオレのオーバードライヴを使えないように、オレも日向の技を使えないんだろうな」
「ふむ。日向くんは『太陽の牙』に特化していて、日影くんは”再生の炎”に特化していると見ることもできるな。全く同じ性能だと思っていた両者の剣が、ここにきて差別点を持つとは……。この違いは何なのか……」
研究者モードになって考察に没頭し始める狭山。
しかしすぐに思考を引き戻し、再び日向に話しかける。
「……おっといけない、話の途中だった。日向くん、君の過去について、日影くんから少し話を伺ったんだ」
「そうですか……まぁ、たぶん俺が喋らなくても、日影が喋るだろうなとは思ってました」
「テメェ、それじゃオレの口が軽いみてぇじゃねぇか」
「あ、いや、そういう風に言ったワケではなく、俺がいじけて口を閉じてても、日影が事態解決のために情報提供するだろうというか」
「どうどう日影くん。このままじゃ話が進まないから」
狭山が日影を諫めて、日影も口を閉じる。
そして狭山が話を再開。
「君の行動の是非について、悪いけれど自分は判断しかねる。確かに君の行ないは悪かったかもしれないけれど、決して間違いだけではなかった。自分は裁判官じゃないからね。法律に則っ君を厳正に裁くような資格は、自分には無い」
「……はい」
「……まぁ、あえて則るならば銃砲刀剣類所持等取締法の『模造けん銃と模造刀剣類の規制』に抵触、さらに傷害罪も加わるのだけども」
「ひぇぇ、やっぱり俺は社会のゴミクズ……」
「それでも、罪を悔い改め、やり直すことはできる」
その言葉を聞いて、日向は少し張り詰めた表情を浮かべる。
そして息を呑んだ後、狭山に尋ねた。
「狭山さん。俺は……こんな俺でも、やり直せるでしょうか……?」
その問いに対して。
狭山は優しく微笑みながら返答。
「君は現在進行形でやり直してるじゃないか。マモノ討伐における君の活躍にはいつも助けられているよ」
「狭山さん……」
「だから、日向くん。これからも君の能力を貸してほしい。過去を振り返るなとは言わないけれど、そろそろ前を向いても良いんじゃないかな。傷付けてしまった人以上にたくさんの人を、君の手で助けよう」
「……分かりました。正義の味方の、やり直しです」
力強く頷きながら、日向はそう答えた。
その答えを聞いて、狭山も満足そうに頷いた。
「……さぁて! それじゃあ無事に復帰してくれた日向くんに、いきなりですがサプライズがあります!」
と、いきなり狭山が声を上げる。
いきなりすぎて、日向もビクリと肩を震わせた。
「ほあ!? な、なんですかいきなり」
「ふっふっふ。題して、『日向くんの良いところをみんなで褒めちぎっちゃおう大作戦』さ」
「作戦名そのまんま過ぎません?」




