第217話 最強の火力
「うーん……なかなか見つからないなぁ」
十字市中心街の、とあるビルの屋上にて。
北園が街を眺めながら、呟いた。
彼女はこの屋上まで空中浮遊を使って上ってきた。
他の仲間たちがどこにいるか探すためだ。
しかし、見つからない。
街のマモノたちの数はだいぶ減ったようで、街から響く戦いの音もずいぶんと小さくなってきた。北園と別れた場所が一番近い本堂も、移動を開始してどこかに行ってしまったらしい。
「日向くんも、来てるのかな……?」
狭山が日向に連絡した時、日向とは電話が繋がらなかった。それはおそらく、日向は偶然にもこの中心街にいたため、ちょうどマモノの襲撃に居合わせることになったのではないか、と北園は聞いている。
この日まで北園は、日向を励ますための言葉を一生懸命考えた。
それを、今すぐにでも伝えたい。
だがそのためには、まずマモノを倒して、人々を助けて、二人そろって無事に戦いを終えなければならない。
今日がまさかこんな日になるなんて思いもしなかった。
きっと、この街の誰もが、夢にも思わなかったはずだ。
こんな一日になるなど、予想できるはずがない。
(……ううん。それは違う。それは結局、こうなる可能性から目を背けていただけ。当たり前の日常は、ふとしたことで簡単に壊れる。私は、それを知っている)
「みんな、無事だといいんだけど……」
心配そうに呟く北園。
と、その時、街の一角から、雷の光線のようなものが打ち上がったのが見えた。続いて爆発音が聞こえてくる。
「え!? なに今の!? もしかして、『星の牙』かな!?」
北園は光線の正体を確かめるべく、再び空中を駆け出した。
◆ ◆ ◆
「ムッギャアアアアアアッ!!」
キキが拳を振り回す。
右、左、右、左と連続で。
「うわっとっとっと……!?」
日向は、振るわれる拳の射程外に逃れ、なんとか避けた。
だが、キキの猛攻は止まらない。
「ギャアアアアアアッ!!」
今度は、日向に向かって大ジャンプしてきた。三メートルもの巨体が、それ以上の高さまで跳躍して、日向を押し潰すべく迫ってくる。
「どわああああああ!?」
後方に飛び込むようにして回避する日向。
先ほどまで日向がいた場所にキキの巨体が落下してきて、道路が陥没した。
「クアアアアアア……」
さらにキキは、日向に向かって大きく口を開く。
雷ビームの予備動作だ。
日向は、まだ体勢を立て直しきれていない。
回避が間に合わない。
「くそ、イチかバチかだ……!」
日向は、『太陽の牙』を真っ直ぐ構える。
それと同時に、日向に向かってキキの口から極太の雷の光線が放たれた。
光線はものすごいスピードで一直線に射出され、日向が構える『太陽の牙』の刀身に激突した。
「うおおおおおおおおおおっ!?」
声を張り上げ、雷の光線の威力に耐える日向。
『太陽の牙』は、雷の光線をかき消すように受け止めている。
星の力に絶対的な特効を持つ『太陽の牙』は、星の力によるエネルギー攻撃を打ち消すことができる。それは、人ひとり消し飛ばしてしまうほどの光線であろうと同じだ。
とはいえ、光線の勢いまでは完全に打ち消すことはできない。日向は黄金の奔流に押し流されるようにして、後方へと後ずさる。
光線による攻撃が終わるころには、日向は元の位置から十メートル以上離れたところまで押し込まれていた。
「ふぅ……ふぅ……キツい……」
日向は『太陽の牙』を下ろし、息を吐いてスタミナ回復に努める。
だが、キキはその隙を逃がさない。
「ムギャアアアアアッ!!」
「うわっ!?」
日向が立っていた場所に、キキが飛び込んできた。
日向は間一髪で後ろに跳び、キキの体当たりを避ける。
しかし、キキは間髪入れず右の拳も振るってきた。
拳は日向の右脚に引っかかり、彼を転倒させた。
「痛っつ!?」
転倒した日向は、目の前のキキを見上げる。
キキはすでに拳を構え、日向を叩き潰さんとしている。
急いでその場から逃げようにも、殴られた脚が言うことを聞かない。
「さ……再生の炎、高速回復!」
日向に、迷っている暇は無かった。
即座に”再生の炎”を活性化させ、殴られた脚を完治させる。
と、同時に、理性が引きちぎられるかと思うほどの熱を感じた。
「あっぐ!?」
「ムッギャアアアアアアッ!!」
だが、日向が回復するよりも、キキが拳を振るう方が早い。
立ち上がろうとしていた日向に向かって、キキの巨大な拳が振り下ろされる。
「く……!」
日向は、そのキキの拳に向かって『太陽の牙』を突き出す。
もはや叩き潰されようとも一矢報いてやろうという算段だ。
だがキキは、日向の反撃を嫌って後ろへと下がる。
再びお互いの距離が開き、仕切り直しの形となった。
(マズいな、また距離が開いてしまった。ここは一気に距離を詰めるしかないか……!)
再び剣を構えなおし、日向はキキに接近する構えを取る。
……と、その時だ。
「日向くんっ!」
「えっ!?」
北園の声が聞こえた。
日向が、北園の声がした方を見ると、北園がビルの上からふわふわと、大通りの真ん中に降りてくるところだった。ちょうどキキを挟んで、日向と反対側の場所だ。
「こ、このマモノは何!? 見るからに強そうなんだけど!?」
「こいつはキキだ! 松葉班を壊滅に追いやった、星の巫女の側近だよ!」
「こ、この子が……!」
日向の言葉を聞いて、北園も真剣な表情になる。彼女もまたあの時、キキが現れたあの山のふもとまで同行し、物言わぬ死体となった松葉たちが搬送されている場面を見ていた。北園にとっても、キキは仇敵と呼べる存在なのだろう。
「よーし! 日向くん、協力してやっつけよう!」
北園は張り切っている様子を見せる。
……だが、日向は難しそうな表情を見せていた。
待ち望んでいた仲間が来たというのに、だ。
(これはこれでマズイ……。キキは、あの巨体でありながら凄まじい瞬発力を持っている。北園さんが超能力を使っても、掻い潜られて接近される。シャオランや日影が北園さんと一緒なら、キキの接近から守ってくれたかもしれないけど、北園さん単独というのが、非常にマズイ……!)
一方のキキはというと、乱入してきた北園に向かって不気味な笑みを浮かべる。そして、叫び声を上げながら北園に向かって走り出した。
「ギャギャーッ!!」
「わっ、こっちに来た!? 発火能力っ!」
北園がキキに向かって火球を放つが、キキは横にステップして火球を避けてしまう。そして、北園目掛けて右の拳を大きく振るった。
「ギギィーッ!!」
「ば、バリアーっ!!」
咄嗟に北園は念動力のバリアーを張って防御する。
だが、キキの拳を受け止めきることができず、バリアーは破壊された。
しかも、バリアーを破壊してもなおキキの拳の勢いは止まらず、その先の北園まで吹っ飛ばしてしまった。
「あうっ!?」
「き、北園さんっ!」
キキの拳が直撃し、北園は倒れてしまう。即死してもおかしくないような一撃だったが、北園は生きていた。意識も飛んでおらず、保っている。直前に出したバリアーがキキの拳の威力をある程度殺したのだろう。
「う……うう……」
だが、北園は生きてはいるものの、動けないでいるようだ。
ダメージを受けた左肩を押さえ、苦痛に顔をゆがめている。
そんな北園に、キキはゆっくりと接近する。
「ギギギ……オマエ、クルシメテコロス……。
オマエガ、クルシメバ、ヒカゲガ、クヤシガル。
クヤシガル! ギギギーッ!」
「ひっ……」
キキの、悪意に満ちた笑みと言葉を受け、北園は怯えてすくみあがっている。傷を治すことも、バリアーを張り直すことも、その場から逃げることさえも忘れて、震えて動けなくなってしまった。
「や、やばい……っ!」
このままでは北園が危ない。
日向は急いで走り出し、キキを止めようとする。
だが、距離が遠い。
このままでは日向が接近するより早く、キキが北園にトドメを刺してしまう。
(く、くそっ! 何か、何か無いのか!? 何か手は……!)
日向は、走りながらも必死に頭をひねるが、妙案は出てこない。
打つ手無しだ。
北園は、もう間違いなく殺される。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
それでも日向は諦めず、キキに向かって走り続ける。
走りながら、剣に炎を灯すように念じる。
少しでも、キキの攻撃を阻止する可能性をあげるために。
『剣の炎を近づければ、あるいは追い払えるかもしれない』程度の、祈るような気持ちだった。
だが、その時だ。
いつもの数倍かという勢いで、日向の『太陽の牙』に炎が灯った。
「え……!?」
日向は思わず足を止め、剣に宿った炎を見つめる。
炎の火力は、今までと比べて明らかに強い。
いつも以上に明るく、いつも以上に激しく燃えている。
例えば、下手な植物なら近づけただけでも燃えてしまうのではないか、と思うほどの熱気を放っている。
だが、それだけではない。
(この炎……もしかすると、飛ばせるかもしれない……)
今、『太陽の牙』を振り抜けば、刀身に宿るこの炎を撃ち出せるのではないか、という確信に近い感覚が日向の中にあった。
この炎を撃ち出すということは、つまり遠距離攻撃だ。
これならば、ここからでもキキに攻撃が届く。
キキの攻撃を止めて、北園を守ることができる。
ハッと日向が顔を上げれば、キキが今にも北園に攻撃を仕掛けようとしているところだった。それを阻止するため、日向は『太陽の牙』を振りかぶり……。
「やめろぉぉぉぉぉっ!!」
叫び声と共に、思いっきり振り下ろした。
そこからの光景は、まさしく目を疑うものだった。
剣から放たれた火炎は、物凄い勢いで地を奔る。
キキの巨体に負けず劣らずという大きさの炎が、轟音を上げて真っ直ぐと。
「ギッ!?」
「えっ!?」
突然の、日向による遠距離攻撃に、キキと北園は揃って声を上げ、目を見開く。
炎は、キキに向かって一直線に走ってくる。
キキはそれを後ろに跳んで回避する。
ちょうど、日向が放った炎がキキと北園を隔てる壁となった。
日向の炎はなおも止まらない。そして、その先に乗り捨てられていたバスの側面に直撃し、周りのビルの高さも越えるかというほどの大爆発を巻き起こした。
日向の炎を受けたバスは派手に打ち上がり、あっという間に大破炎上してしまった。
炎が直撃した部分を見てみれば、ドロドロになって緋く溶解している。
炎が走った道路も、恐るべき有様だ。
高熱に晒されて、アスファルトが溶けだしている。
つまるところ、日向が撃ち出した炎は、あまりにも驚異的な火力だった。単純な威力なら、北園の氷炎発破と同等か、あるいはそれ以上。
「ひ、日向くん……?」
北園が、信じられないといった様子で、日向の名前を呼ぶ。
まさか、日向がこれほどの大技を放つとは思っていなかったのだろう。
「ギ……!」
キキも、ゆっくりと日向に向き直る。
日向を、排除するべき脅威と認識したのだ。
先ほど撃ち出された炎もまた、『星の牙』に特効を持っているのだろう。あのような超火力を叩き込まれたら、如何なる『星の牙』だろうと無事では済まないのは間違いない。もはやキキにとって日向は、真剣に恐れるに足る相手となった。
「…………何コレ」
そして、当の日向本人が一番、信じられないといった表情をしていた。炎を撃ち出せるという確信はあったが、まさかこんな尋常ではない威力を持っているとは思っていなかった。
(『太陽の牙』に、こんな機能があったなんて……。今までこんな技が使えなかったのは間違いない。ついさっき、突然使えるようになった。いったい、何がきっかけで? 何がトリガーになって、この機能が解禁されたんだ? ……いや、それよりも!)
日向は、改めてキキを見やる。
キキも真剣な表情で日向を睨む。
その貌に、もはや余裕の笑みは無い。
続いて日向は、自分の手に握る『太陽の牙』に意識を集中させる。
先ほどの炎の射出の反動なのか、剣から炎を出すことができない。
しかし、少しずつ剣に熱が戻っている感覚がある。
しばらく待てば再使用できるようになるはずだ。
あの炎は、日影のオーバードライヴのようなものなのかもしれない。そして、これはおそらく日影には使えない技だ。使えるならとっくの昔に使っているだろう。あの炎の奔流は、日向だけの技だ。
(俺の技……。だったら、狭山さんや日影じゃないけど、ちゃんとした名前とか考えないとな……!)
自分だけの技。日影には無い技。
日向は嬉しさで頬が緩みそうになるが、すぐさま気を引き締め直し、構える。
日向とキキ。両者の、最後の激突だ。
松葉班の死を巡る因縁に、終止符を打つ時が来た。
この決着を担当するのが、日影ではなく日向であるのは何の因果か。
それもまた、一つの運命なのかもしれない。
「来いよ、キキ。……お前は俺が、焼き尽くす!!」
「ムッギャアアアアアアッ!!」