第213話 彼なりの頭脳戦
十字市中心街のアーケード街にて。
毒の雨雲を引き連れて、カブトリビュートが道のど真ん中を闊歩する。
カブトリビュートが歩むその先には、本堂が立っている。
「そらっ!」
本堂が両手から電撃を飛ばす。
塊のような電気がカブトリビュートに直撃し、その身体の表面を焼く。
「シャアアアアアアアアッ!?」
「よし、予想通りだ。毒の雨に濡れている今なら、電気の通りも良いらしい」
ここまで、まるで実験するかのようにカブトリビュートに攻撃を仕掛けてきた本堂。度重なるマモノとの戦い、今まで蓄積してきた経験から、彼もマモノとの戦い方に随分と慣れてきた。有効な攻撃、有効な属性、有効な部位を探しながら、少しずつ攻撃を加えていく。
だがそれでも、電気だけではカブトリビュートを倒しきるのは難しそうだ。たとえ轟雷砲を撃ち込もうと、その膨大な生命力を削りきることはできないだろう。
「やはり斬撃か火炎を食らわせる必要があるな……。だが、ヤツの周りは毒の雨が降っている。近づくのは難しいし、火はすぐさま鎮火される。さてどうしたものか……」
ゆっくり歩いてカブトリビュートと距離を取りながら、本堂は思案する。
カブトリビュートの移動速度は、極めて遅い。触手で身体を引きずるようにして、少しずつ移動している。オマケにその触手はほとんどが本堂によって伐採され、移動速度はさらに落ちている。
歩きながら周囲を見回す本堂。へその辺りまで左腕を持ってきて、その左手に右ひじを立てて乗せ、右手で口を覆うようなポーズを取っているのは、本堂が物事を考える時の癖である。
(たとえば、この近くのホームセンターから除草剤を持ってきて、奴にぶちまけるのはどうだろうか。毒を以て毒を制す、とはちょっと違うか。マモノに除草剤は効くのだろうか……?)
カブトリビュートとつかず離れずの距離を保ちながら、状況の打開策を探し続ける本堂。……だがその時である。
「む? 何だ? 奴め、急に進路を変えたぞ?」
突如、カブトリビュートが道を逸れ始める。
向かう先はすぐ隣のカフェらしき店だ。
触手を振るい、窓ガラスを破る。
その店の中から「きゃーっ!?」という女性の悲鳴が聞こえた。
「まさか、あの中に逃げ遅れた人がいるのか……!?」
さすがの本堂も、これには焦らされた。
もはや消極的に戦っている場合ではない。今すぐカブトリビュートを退けなければ、店の中にいる生存者が危ない。
(だが、無策に突っ込んでも、毒の雨にやられるだけだぞ? どうすれば良い? むぅ、やはり日向か狭山さんがいてほしいところだ)
と、その時。本堂の視界の端に、あるものが映った。
それは、隣の店の傘立てに差し込まれているビニール傘だ。
「まぁ、無いよりマシか。では失敬……!」
そう断りを入れると、本堂はビニール傘を取って、駆け出す。
毒の雨の降水地帯に侵入する瞬間、持ってきたビニール傘を開いた。
ビニール傘は、本堂を毒の雨から守ってくれる。
「よし……!」
そのまま本堂は、カブトリビュートに向かって走る。
本堂の接近を察知したカブトリビュートも、再び触手を振るって本堂を迎撃する。
「ちっ……!」
素早い身のこなしで触手を避ける本堂。だが、先ほどよりもスピードが落ちている。傘を差しながら動いているせいだ。
オマケにカブトリビュートも、本堂が持つ傘を狙って攻撃を仕掛けてきている。傘さえ奪い取れば、後は毒の雨で仕留めきれると分かっているのだ。
(傘なんぞ差しながら馬鹿正直に戦う必要も無い。何とか隙を突いて店内に入り、まずは生存者を避難させる……)
触手の乱打を掻い潜り、生存者がいると思われるカフェの前までやってきた本堂。急いで傘を閉じて、店の中に入ろうとする。
だがその瞬間、カブトリビュートが触手を大きく薙ぎ払う。
一瞬の隙を突かれ、触手が本堂の脇腹に直撃してしまった。
「ぐっ!?」
弾かれたボールのように吹っ飛ぶ本堂。
そのまま店のドアをぶち破り、店内へと叩き込まれた。
本堂が上体を起こすと、すぐ傍に、テーブルの下に隠れる従業員らしき女性を見つけた。恐らくは先ほどの悲鳴の主だろう。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとか。……ふむ。これはなかなかに良い胸を……」
「えっ?」
「いや何でもない」
攻撃を受けて倒れながらも、女性の声に対して冷静に受け答えする本堂。
だが、先ほどの触手の一撃を受け、毒の雨よりさらに濃度の高い毒が、体の中へと打ち込まれてしまった。額から、脂汗が湧き始める。
店の外のカブトリビュートが、触手を支えにしながら店内へと侵入してくる。毒の雨雲も連れてきて、店内の天井一面に広がっていく。
「くっ、ふざけたマネを……」
このままでは、毒の雨が店の中に降りしきることになってしまう。そうなれば、本堂ももちろんのこと、生存者の女性も無事では済まない。
本堂は、女性に声をかけた。
「そこの人。この店に裏口などはあるか?」
「は、はい、あります!」
「よし。なら急いでそこから外に出ろ。さもなくば死ぬ。ここから逃げ出すチャンスは、今しかない」
「は、はいっ!」
「それと、今から起きる破壊活動は、全てマモノのせいだと思うように」
「え? あ、はいっ」
本堂の声を受けると、女性は一目散に店の奥へと走り出した。例の裏口とやらを開けるのだろう。
カブトリビュートも、女性を狙って触手を伸ばす。
それを本堂は、ナイフで牽制し、閉じた傘で弾き、女性を援護する。
だが、傘を閉じている、ということは、店の中に降り注ぐ毒雨をマトモに受けているということだ。
毒が、本堂の身体を蝕んでいく。
先ほど打った薬の効能をも塗り潰す勢いで。
少しずつ、身体の末端から感覚が抜けていく。
油断したらその場で倒れてしまいそうだ。
(存外、しんどいな……)
殴りつけるように振るわれた触手に、本堂はナイフで迎え撃つ。
だがその時、本堂はナイフを取り落してしまった。
毒によって指先から感覚が消失し、ナイフを握る手を開いてしまったのだ。
「ぐあっ!?」
再び触手をその身体に受け、本堂は床に倒れる。
カブトリビュートは本堂を追い詰めるべく、どんどん店の中へと侵入してくる。毒の雨も降り続け、店内はすっかり毒まみれだ。
「……絶体絶命、というヤツか?」
震える脚を殴りつけ、なんとか立ち上がる本堂。
その瞳に、諦めの色はまだ見えない。
「ただし、絶体絶命はお前の方だ……!」
そう言い放つと、本堂は床に手をついた。
店内の床は、毒の雨ですっかり紫色の水浸しになっている。
そんな床に手をついた本堂は、そこへ一気に電撃を流し始めた。
すると、床の毒液が電気を伝え、電撃が店中に流れていく。
床へ、テーブルへ、壁へ、天井へ、至る所に電流が走る。
当然、カブトリビュートも電気に焼かれる。
強烈な青い電流がカブトリビュートを包み込む。
「ギャアアアアアアッ!?」
「お前自身、毒の雨でずぶ濡れになっているから、電気の通りも良くなっているだろう……!」
このまま電気を浴びせ続け、カブトリビュートが麻痺して動けなくなったところを刈り取ることができれば……。
だが本堂がそう思った矢先に、カブトリビュートは無理やり触手を動かして、その先端で本堂を斬りつけてきた。
「くっ……!?」
不意の反撃とはいえ、それを捉えられない本堂ではない。
しかし、彼を蝕む神経毒が、素早い回避を許してくれない。
咄嗟に後ろに下がるも、本堂は左腕に切り傷を受けてしまった。
左腕の感覚が消失し、いよいよ動かせなくなってきた。
「……引き時だな」
そう呟くと、本堂はなぜか突然、店内の厨房に向かう。
厨房のガスの元栓をいじり、店内にガスを充満させ始める。
「シャアアアアアアアアッ!!」
カブトリビュートも本堂を追ってくる。
本堂は、持ってきたビニール傘を杖にしながら、急いで店の奥へと向かう。
本堂は、スタッフルームに続いているであろう扉の前まで来ると、なぜかそこで立ち止まり、振り返った。
「さて。先ほど俺は、お前が降らせた毒の雨に電気を流した。毒とはいえ、雨は雨。水を電気分解したら水素と酸素になる。加えてこのガス充満。あと気になるのは店の密閉具合だが……さて、俺は今から何をすると思う?」
そして、本堂は杖代わりにしていた傘から手を離し、右手で”指電”を放った。狙ったのは天井の照明。電撃は見事に命中し、照明から火花が発生する。
その瞬間。
店内が、爆炎に包まれた。
「ギャッ……!?」
テーブルも、厨房も、毒の雨雲も、何もかも吹き飛ばしてしまうほどの大爆発だ。
同時に、本堂はスタッフルームの中に入り、扉を閉めて盾にした。
なぜ、爆発が起こったのか。
その答えは、先ほど本堂が床の毒液に電気を流した場面にある。
あの時の電撃攻撃で、床に溜まった毒の雨を水素と酸素に分解した。
水素と酸素は、よく燃える。
さらに先ほど、厨房でガスも発生させておいた。
そこに、照明に電気を浴びせ、火花を発生させる。
その結果、発生した火花が、店内に満ちる水素と酸素に引火し、ガスをも巻き込んで大爆発を起こしたのだ。
扉を開けて、店の中へと戻ってきた本堂。
黒焦げになった店内にて、カブトリビュートの姿を探す。
カブトリビュートは身体が千切れ飛び、しかし本体である中央の花房は、いまだに床をミミズのように這いずりながら移動しようとしていた。
その花房の口に、本堂は、拾った傘の先端を突っ込む。
「グッ……!?」
「さて。口の中なら、普通に電撃が効くんだったな?」
そう言い放つと、本堂は傘ごしにカブトリビュートへ電流を浴びせ始める。そのまましばらくすると、カブトリビュートはようやく息絶えた。
◆ ◆ ◆
カブトリビュートにトドメを刺し終えると、本堂は店の裏口から外に出た。そこには、先ほど逃がした従業員らしき女性が立っている。
店の外に出た本堂は、すぐ傍の壁にもたれかかるように倒れてしまった。
女性が、心配そうに本堂の元へ駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ。マモノは倒した。君のバイト先は吹っ飛んでしまったが、先ほども言った通り、それはマモノのせいだと思うように」
「あー、えと、はい」
「……だがしかし、毒を受け過ぎたな。身体全体が痺れてきた。このままでは投薬もままならん。……そうだ、そこの人。ちょっと俺の代わりに薬を打ってくれ。注射器で俺の腕を刺すだけの簡単なお仕事だ」
「えっ? あの、いやでも私、人に注射を打った経験なんか……」
「俺の指示通りにやれば大丈夫だ。とにかく頼む。このまま放置すると最悪、俺が死ぬ」
「わ、わかりましたっ!」
そして女性は、本堂の指示に従って、薬ケースから指定の薬を取り出し、彼に注射した。女性はなかなかに見事な手際で、しっかり本堂の血管に針を通してみせる。
「よし、これで一先ず安心できる。おかげで助かった。お前はいいナースになる。巨乳だし」
「いえ、あの、私、モデル志望なんですけど……」
「…………ふむ。君の写真集が出たら、ぜひ買おう」
「あ、はい、ありがとうございます……?」
それからすぐ後で、この場所を、マモノ討伐に来た自衛隊員たちが通りかかり、彼らの手によって本堂と女性は無事に救出された。