第204話 母の言葉
「母さん…………」
大型デパート『十字コア』に侵入したマモノたちを倒していた日向は、そこで母親と出会ってしまった。
日向は、自分がマモノと戦っていることを、母には内緒にしていた。なぜなら、日向の母がそれを知れば、母はきっと日向を止める。
日向の母は息子に優しいが、だからこそ、息子が危険なことをするのは許さない。そう、日向は思っていた。
「日向……あなた……今、マモノを……」
日向の母が、恐る恐る声をかけてくる。
それは、目の前の現実を少しずつ咀嚼して飲み込もうとしているような様子だ。
「あなたが手に持ってるその剣は、何なの……? それに、服のあちこちに血が付いてるわ……。あなたの顔にも……」
「か、母さん。この剣は、その、なんというか、新発売のおもちゃ……って言ったら、信じる? 今日はこれを買いに来たんだー」
「無茶言わないで……」
「はいスミマセン……」
もはや何を言ってごまかしても通用しないだろう。
日向は観念して、真実を告げることにした。
「母さん。俺、マモノと戦ってるんだ」
「……ええ。知ってたわ……」
「は? …………え? はい? 知ってたの?」
予想外の母の言葉に、今度は日向が面食らう。
「一か月くらい前に、あなたがテレビにチラッと出てるところを見たの。マモノを倒してきた討伐チームだ……って。ほら、福岡市内の水道が止まった時よ」
(あれ? 俺はテレビに映らないはずじゃ……あー、日影か……)
「……最近、随分と外に出かけることが多くなったと思ってたけど、そういうことなのね?」
「……うん。そういうことだよ」
「やっぱり、そうなのね。…………ねぇ、日向……」
日向と話している母親の声と表情が、どんどん暗くなっていく。
表情は今にも泣きそうで、声は外の騒乱にかき消されそうなほどか細い。
そんな母の様子を見て、日向は確信した。
母は間違いなく、自分がマモノと戦うことに反対する、と。
だから、母が何かを言う前に、先手を打って口を開いた。
たとえいくら反対されようと、今、この場でマモノを何とかできるのは自分だけなのだから。
「母さん。母さんに止められても、俺は行くよ。街が滅茶苦茶にされて、人々が襲われてる。きっと俺以外に戦える人間は、まだここに来ていない。だから、俺が戦わないと。戦って、守らないと」
「ええ。分かったわ……」
「うん。だから………………ねぇちょっと待って分かるのがアッサリすぎない?」
「ふふ。そうかもね」
母の表情は、いまだに暗い。
それでも日向の母は、口角を上げて微笑を作ってみせる。
「本当は、反対なんだけどね。マモノと戦うって、絶対に危ないから。……でも、何とかできるのは、あなたしかいないんでしょ?」
「まぁ、たぶん、今のところは……」
「だったら私も、我儘なんて言ってられないわ。我が子が勇気を振り絞って、立ち向かうって言ってるんだもの。街と人々を守るために。親なら、それを笑顔で送り出してあげないとね」
「母さん……」
思わぬ母の賛同に、日向は胸を打たれるような想いだった。
ボロボロだった日向の心に、熱い何かが満ちてくる。
「あなたには色々あったけれど、あなたが誰かのために立ち上がってくれる強い子に育ってくれて、良かったわ。さすが私とお父さんの子どもね」
「俺なんてまだまだだよ。父さんと母さんには到底敵わないや」
「ふふ、そういう台詞はあと二十年くらい生きてから言いなさいな。すぐに決めつけちゃダメよ。あなたの人生はこれからなんだから。……だから、無事に帰って来てね……」
「……うん。分かった」
と、その時。窓の外から悲鳴が聞こえた。
どうやら下で、誰かがマモノに襲われているらしい。
「じゃあ俺、そろそろ行かないと」
「分かったわ。……行ってらっしゃい、日向!」
「……行ってきます!」
母の声に返事をすると、日向は窓に向かって駆け出す。
そしてあろうことか、このデパートの二階から飛び降りた。
そしてそのまま、真下にいたワイバーンの背中に『太陽の牙』を突き刺した。その一撃でワイバーンは動かなくなった。
「まず一匹!」
ワイバーンの背中から剣を引き抜き、周囲を見回す日向。
すると、九時の方向からイタチ型のマモノ、マンハンターが二体、こちらに接近してくるのを発見した。
「はぁっ!!」
飛びかかってきたマンハンター二体に向かって、横薙ぎに剣を振り抜く日向。
『太陽の牙』の刀身は見事にマンハンター二体をまとめて捉え、バットに打たれたボールの如く吹っ飛ばしてしまった。
ワイバーンの死骸から降りて、正面の大通りを走る日向。
その途中で、新手のマモノと遭遇した。植物のマモノだ。
根っこの脚がウジャウジャと蠢き、頭部と両腕はハエトリソウのような形状をしている。見るからに殺意が高そうなマモノである。
このマモノの名前は『トライヘッド』。
頭部と両腕にある三つの口で敵を食い荒らす、凶暴なマモノだ。
そのトライヘッドが、合わせて四体、日向の前に立ちはだかった。
「邪魔だぁ!!」
日向は『太陽の牙』に炎を纏わせ、トライヘッドたちに斬りかかる。まず先頭の一体の首を斬り落し、そこから流れるように斬撃を繰り出し、残りのトライヘッドたちを仕留めていく。
日向は日影ほどの腕力は無い。ゆえに、重い『太陽の牙』を振るう際は、基本的に単発の攻撃となる。連続して振るうなど、とてもではないが日向にはできなかった。
それが、今はどうだ。
日向は、初撃の勢いに身を任せるようにして、素早く二撃目、三撃目を放ってみせた。そしてトライヘッドたちを全滅させると、すぐに次のマモノを探しに大通りを駆け抜ける。
(さっき、母さんに声をかけられてから、身体が物凄く軽くなった気がする……。誰かから信頼されて、背中を押してもらえることが、心と身体にこんなにも力を与えてくれるなんて!)
明るい表情で大通りを駆ける日向。
その先には交差点がある。
そしてその交差点の真ん中に、合わせて四体ほどのマモノの群れがたむろしている。
まずは先頭のダンガンオオカブトが突っ込んできた。
それを日向は『太陽の牙』で打ち返し、返り討ちにする。
二体のトライヘッドが日向に接近してくる。
日向は『太陽の牙』を横薙ぎに一閃。
トライヘッドたちの首が、まとめて斬り飛ばされた。
レッドワイバーンが炎を吐いて来た。
その炎の真下を、身体を屈めて掻い潜りながら、レッドワイバーンに肉薄する。
そして、レッドワイバーンの懐まで到達すると、日向は思いっきり右足を踏み込んで、レッドワイバーンの心臓を突き刺した。レッドワイバーンは悲鳴を上げて、背中からアスファルトの上に倒れた。
とりあえず、目に見える範囲のマモノたちはすべて仕留めた。
日向は大きく息を吐き、呼吸を整える。
……と、その時、交差点の左から巨大な何かが接近してきた。
「……え、何だあれ?」
思わず目を丸くしてしまう日向。
やって来たのは、太く、短く、頑丈そうなトゲに包まれた、巨大な灰色の球体だった。そしてその球体は、進路上の自動車などを押し潰しながら日向に接近してきている。
「うわわわわわ、退避、退避ー!!」
慌ててトゲの球体の進路上から立ち退く日向。
球体は、その鋭いトゲで道路を傷つけ荒らしながら、先ほどまで日向がいた場所を通り過ぎた。レッドワイバーンの死骸がグシャリと潰される。
「あ、危なかっ……って、おわぁ!?」
振り向いた日向は、再び慌ててその場から逃げ出す。
通り過ぎたと思った巨大球体が、急に方向転換して、もう一度日向を狙ってきたのだ。
日向の横を通り過ぎる巨大球体。
すると、突如として球体の動きが止まる。
そして、球体がガバァ、と開き、二足歩行のマモノの形を取った。
そのマモノの全体的なシルエットは、アルマジロそのものだ。体中がツヤのある鱗に覆われ、しかし内側の腹は柔らかそうである。
しかし前述したとおり、その身体は太く鋭いトゲに覆われている。腕も小盾のような甲殻で覆われており、そこからもトゲが生えている。
また、通常のアルマジロはなかなかに可愛らしい顔をしているが、目の前のマモノは鬼のような形相で日向を睨みつけている。
何より通常のアルマジロと比べると、体躯が異常だ。どう控えめに見積もっても、二階建ての一軒家くらいの大きさはある。
「このマモノは、データベースにあったな。確か名前は『ロードキラー』。砕けても砕けてもすぐに再生するトゲを持つ”生命”の星の牙だ!」
「グオオオオオッ!!」
日向の台詞が終わるや否や、ロードキラーが飛びかかってきた。
背中を日向に向けて、そのままボディプレスで押し潰すつもりだ。
「うわっとぉ!?」
急いでその場所から飛び退いて、ボディプレスを避ける日向。誰もいなくなった道路に、トゲに覆われた背中が叩きつけられる。アスファルトの道路が、無残にも穴だらけになった。
落下の衝撃でロードキラーのトゲも数本折れたが、すぐに再生した。これがロードキラーの能力だ。
ロードキラーが再び転がり攻撃を仕掛けてくる。
「ひええええー!?」
悲鳴を上げてロードキラーの転がり攻撃を避ける日向。
彼の後ろにあった建物に、球状となったロードキラーが激突し、建物が崩壊した。建物からしてみれば、解体用の鉄球をぶつけられたかのような衝撃だ。
「このっ!」
転がり攻撃の隙を突いて、ロードキラーに斬りかかる日向。
しかしロードキラーは、左腕に生えているトゲで『太陽の牙』を受け止め、防御した。
攻撃を受け止めたロードキラーのトゲは砕けたが、ロードキラー自身にダメージは無いようだ。トゲには痛覚が通っていないのだろう。
すぐさまロードキラーが右腕で殴りかかって反撃してくる。
それを、全力で後ろに跳んで避ける日向。
日向の目の前を、ロードキラーの拳がブォン、と重厚な風切り音を立てて通過する。もう少し回避が遅かったら、あの腕で薙ぎ倒されていただろう。
改めてロードキラーと向き合う日向。
今この場に、日向の仲間たちはいない。
日向は、完全に自力で目の前のロードキラーを倒さなければならない。たった一人で『星の牙』と相対するのは、日向にとっても初めてだ。
少し前までの日向なら、不安で弱気になっていただろう。
しかし、今の日向は一味違った。
その瞳はすでに、勝利の可能性を模索し始めている。
(ロードキラーは、腹部が弱点だ。そこを突くことが出来れば、『太陽の牙』はヤツを倒せるだけの威力がある。……それと、ついさっき俺が攻撃した、ヤツのトゲ。そこがまだ再生していないけど……何かあったのか? ボディプレスの時と比べて、再生が遅すぎる……)
「グオオオオオッ!!」
「……っと、考える暇も与えてくれないか……!」
ロードキラーが転がり攻撃を仕掛けてくる。
それを日向は、横に身を投げ出すようにして避けた。
◆ ◆ ◆
同じころ、十字市中心街の一角にて。
マモノ対策室十字市支部の通信車が猛スピードでやってきて、停車した。そして、車内から日向を除く予知夢のメンバー四人と、狭山と的井が降りてきた。
「よし、到着だ! では手筈どおり、自分たちはこの周辺で生存者たちの避難誘導にあたる。今は”濃霧”の電波妨害のせいで、君たちのオペレートができないからね。君たちには街の中でマモノたちの遊撃を担当してもらう」
「任せて! マモノをやっつけて、街の皆を助けるよ!」
「『星の牙』は全部で六体……でしたか。相当厳しい戦いになるでしょうね」
「そうだね……。一応、周辺の自衛隊やマモノ討伐チームに声をかけて、援護を要請しているが、それでも到着までにしばらく時間がかかるだろう。それまで何とか辛抱してくれ」
狭山が説明を続ける。
その一方で、日影は自身の周辺をキョロキョロと見回している。
そんな日影に、北園が声をかけた。
「日影くん、どうしたの? 何か気になるものが?」
「……この灰色の霧……あの時と比べるとえらく薄いが、間違いねぇ。キキだ。ヤツがここに来てやがる」
「キキってあの、松葉さんたちを殺した……?」
「ああ。あのクソザル、一体何しに来やがった……。だがちょうどいい。今度こそ確実に息の根を止めてやるぜ……」
そう言うと、日影は街に向かって歩き出す。
それに追従するように、北園たち残りの三人も、混乱する街に一歩踏み出した。




