第22話 本堂、動く
「あ……お兄ちゃん……?」
「良かった、気が付いたか」
ここは本堂の家の庭。
本堂の妹、舞の体調は悪化することなく、程なくして無事に意識を取り戻した。
「あ……あの化け物は何だったの……?」
「分からん。最初に話した時、彼らは『マモノ』と呼んでいたが」
「あ、聞いたことある……。今、ネットで話題になってるって友達が言ってた……」
その言葉を受け、本堂は物思いにふける。
(あのような尋常ではない存在がこの世にいたとは。北園という少女が言っていた「世界を救う予知夢」とは、本当に起こりうることなのだろうか。……いや、もはや予知夢など関係ない。自分の家族が巻き込まれた。そして、彼らは家族を救ってくれた。であれば、俺は……)
「お兄ちゃん?」
妹の呼びかけに、我に返る本堂。
「何だ?」
「お兄ちゃんの他にも誰か人がいたよね? あの人たちは?」
「ああ、今、家の中に逃げた化け物を退治してくれている。彼らは超能力者らしい」
「ち、超能力者!?」
目を丸くして、舞は続ける。
「じゃあ、お兄ちゃんと同じなの!?」
驚きと期待半々といった眼差しで、舞は本堂に尋ねる。
本堂にも、人とは違う能力がある。
それこそ、マモノにも通用しそうな、強力なものが。
これを知っているのは、彼の父親と、目の前の妹だけ。
「……いや、俺とは少し性質が違うようだった。とにかく、彼らならきっと大丈夫だ。今まさにあの化け物を退治してくれて……」
そう言いかけたとき、本堂の頭の中で誰かの声が響く。
(ごめんなさい! あれだけカッコつけておいて何だけど、ちょっとピンチです! もし良かったら助けに来てくれませんか!? 一生のお願い!)
頭に響いたのは、北園の声だった。
「……いや、ちょっと大丈夫じゃないかもしれん……」
「………。」
気まずい空気が流れる。
何でこのタイミングで声をかけてきたんだと内心頭を抱える本堂。
「……お兄ちゃん、行ってあげてよ」
「舞……お前は大丈夫なのか?」
「うん。もう大丈夫。それより早く。お兄ちゃんの『能力』なら、あんな化け物簡単に倒せるでしょ?」
「それは……」
「さっきは、私があの化け物に捕まってたから、私を巻き込まないよう『能力』を使えなかったんでしょ?」
「……まあ、な」
確かに本堂の能力は、スライムに取り込まれた妹にまで危害を加えかねないものだった。だから、本堂も下手に能力を使えなかった。
だが日向たちの活躍により、妹は無事に救出された。
もはや遠慮することは何もない。
「すぐ戻る。まだ周りに化け物の仲間がいるかもしれん。お前も気を付けろ」
「分かった。気を付けてね。お兄ちゃん」
「それと、タオル等を持ってるなら身体を拭いておけ。今のお前、超セクシーだ」
兄の言葉にハッとして、自分の身体を見やる舞。
スライムに取り込まれて濡れた服が、身体にピッタリと張り付いている。
そのせいで、豊かな胸がくっきりと浮き出てしまっていた。
「……お兄ちゃんっ!?」
舞は羞恥と怒りの表情を兄に向ける。
妹から逃げるように、本堂は自宅へと入っていった。
(さて。ここから先は情け無用だ。人の家で好き放題暴れてくれたあの連中に、強烈な灸を据えてくれる)
◆ ◆ ◆
「フーセンクラゲ……!」
麻痺毒を受けて倒れた北園の頭上に、フーセンクラゲがふよふよと浮いていた。恐らく背後から忍び寄り、首に一発、触手の麻痺針を食らわせたのだろう。
フーセンクラゲは、確かに基本的にその場で浮いているだけで、さしたる脅威は無いマモノだった。しかし、音も無く浮いているということは、地面を歩く足音さえ全く発することなく、足跡さえ残さず移動できるということ。
つまり、敵に気づかれることなく忍び寄り、一撃を加えるという戦法を取れば、このマモノは一気に凶悪な存在になる。言うなれば、暗殺者系のマモノだったのだ。
「くそっ! もっと早く気づいていれば、背後に気を付けるよう北園さんに注意していたのに!」
すると、分裂したスライムのうちの一体が、北園に向かって接近。
北園は今、麻痺して動けないでいる。
このままでは何の抵抗もできず、スライムに取り込まれて殺される。
「こんな時に、よりによって北園さん狙いかよ! させるものか!」
日向は、急いで北園を狙うスライムに駆け寄ろうとする。
しかしその横から、もう一体のスライムが強烈な体当たりを仕掛けてきた。
「がふっ!?」
すでに小柄であるにも関わらず、スライムのパワーは相当なものだった。脇腹に体当たりの直撃を受け、部屋の壁に叩きつけられる。
スライムは攻撃の手を緩めず、日向に体当たりを食らわせ続ける。
「ぐっ、がはっ!? ぐっ!?」
スライムは日向の身体に体当たりをかまし、その反動で床に飛び移る。そしてさらにその反動を利用して、再び日向に突進する。まるで反復横跳びのように、スライムは床と日向を行き来して、猛攻を浴びせ続けた。
(ぐぅ……! 熱い……! か、身体の中が……!)
そして、日向の意思に関係なく、”再生の炎”は彼の身体を治療する。傷ついた内臓を治すため、身体の内側が燃えるように熱くなる。
スライムの連撃と、”再生の炎”の熱によって、日向は完全に身動きが取れなくなった。
そうこうしているうちに、もう一体のスライムが北園の目前まで接近する。北園は相変わらず床に倒れて、身体を痙攣させ、動けずにいる。
麻痺によるものか、それとも恐怖によるものか。
倒れている北園の呼吸が荒くなってきた。
彼女の瞳は、助けを求めるように日向を見つめていた。
「く……そがぁぁぁぁぁ!!」
もはや痛みを気にしている場合ではない。
日向は、雄たけびを上げながら立ち上がろうとする。
その時。
バチィ!という音と共に、フーセンクラゲが墜落した。
「え……?」
突然の出来事に、日向は思わず動きを止める。
そして、開きっぱなしだった部屋のドアから、本堂が入ってきた。
「ほ、本堂さん!?」
「助けに来た。後は任せろ」
そう言うと本堂は目の前の、北園を取り込もうとしていたスライムに向かって手を突っ込む。すると、スライムはバシャッと弾け飛んで、動かなくなった。
「え……ええ……!?」
傍から見れば、触れただけでスライムを抹殺したように見えただろう。しかし彼の腕をよく見ると、彼もまた普通ではないことが見て取れる。
本堂の両腕から、バチバチと稲妻が走っていた。
「で……電気!?」
「そうだ、電気だ」
両腕から電気を発しながら、本堂は日向を痛めつけていたスライムに歩み寄っていく。その表情に笑みは無く、しかし怒りの感情さえ無いように見える。全くの無表情だ。言い知れぬ重圧が感じられる。
その重圧に負けてか、スライムは本堂に向かって体当たりを仕掛けてきた。しかし、本堂はそれを正面からガシッと掴むと……。
「終わりだ」
そう言って、大量の電気を流し始めた。
スライムは一瞬で爆散し、絶命した。
普通の人間と思っていた本堂が、普通ではない現象を引き起こした。日向は目を丸くすることしかできない。
「ほ、本堂さん……あなたは、一体……?」
そう尋ねる日向を助け起こしながら、本堂は言った。
「俺はな、超が付くほどの帯電体質なんだよ」




