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第202話 災害がやって来る

 6月半ばの土曜日。

 今日は学校はお休みである。


 時刻は午前8時。

 現在、日向の自宅にいるのは日向ただ一人である。

 日向の母は「友人と一緒に中心街へ行く」とのことだった。


 普段の日向ならここで飛び起きて、何らかのテレビゲームに勤しむところだが、不思議と今日はゲームで遊ぶ気分にはなれなかった。ましてや身体を動かすなどもってのほかで、ベッドの上で惰眠を貪っていた。


(……何も、やる気になれないや)


 ベッドの上で横向きになったり、仰向けになったりしてみる日向。

 そのたびに、胸の中で何かが転がっているような、嫌な感覚がする。


 北園にひどいことを言ってしまった。

 皆にも当たり散らしてしまった。

 こうしている間にも、自分の余命は減っていっている。

 しかし、日影に勝てる見込みは全くない。

 

 生きる気力が、湧いてこない。


 何もしていない時、自然と心の中で満ちるのは、後悔と罪悪感。

 あの時、何をどうすれば、自分は間違えずに済んだのか。


 正義の味方になりたい。

 その想いは、まだ死んではいない。

 人々を助けて、皆から感謝されるような存在になりたい。

 あの時、通り魔に襲われた自分のような弱い存在を守れる男になりたい。


 だが、その夢はもう叶わない。

 自分の手は汚れてしまった。

 正義を名乗る資格など無い。


 心身ともに成長して、この時代でヒーローになるには、警察や自衛官を目指すべきだと知った。自分は手が汚れてしまった人間だが、正義を名乗れる職に就くことで、少しばかりのみそぎになるのではないかと思った。思ったというより、願いだったのかもしれない。


 ……だが、諦めた。

 勉強がひどく苦手な日向にとって、国家公務員など夢のまた夢。


 そんな折、マモノ災害が発生した。

 今度こそ、と日向は思った。

 きっとこれが、自分にとって最後のやり直しのチャンスなのだと。


 だが、掴まされたのは残り数か月の寿命。

 そして、自身の影への劣等感。

 あの時、自分が日影あいつのように強かったなら、という羨望せんぼう


 これはきっと、自分への罰なのだろう。

 間違った人間に育ってしまった、自分への。

 ”再生の炎”だって、罪人たる自分への火刑に思えてくる。


 どうせ何の力も無い、人としても間違ってしまった自分。

 存在している価値など無い。

 全てが終わった後、消えてしまうのがお似合いだ。



 ……だが、しかし。



「……消えたいワケなんて、ないだろ……っ!!」


 布団に顔を当て、涙声混じりに、日向は呟いた。


 もう、夢とか将来とか、今はもうどうでもいい。

 ただひたすらに、消えるのが怖い。

 まだまだやりたいことはたくさんある。

 仲良くなった皆と、これから先の未来を生きたい。



 生きたい。

 今までの人生で最も強く、日向はそう思った。



 と、その時。日向のスマホが着信音を鳴らした。


「ん、電話……? なんでまたこんなタイミングで……」


 日向がスマホの画面を見る。

 画面には「母」の文字が。日向の母親からの電話だ。

 日向は寝転がりながら、母からの電話に出る。


「……もしもし、母さん? 何か用?」


『あ、日向。起きてる? ちょっと頼みたいことがあるんだけど……』


「ん。なに?」


『えっとね。今日、お母さん、友達と一緒に中心街に出かけてるっていうのは、知ってるわよね」


「うん。知ってるよ」


『それでね……お母さん、財布忘れちゃったのよ』


「なんでよりによってソレを忘れちゃうの……」


『いやホント、返す言葉もございません。……それで日向。悪いんだけど、ちょっと財布をこっちまで届けてくれないかしら……?』


「えー……今日は一日中家でゴロゴロする予定だったのに……」


『お願い! 一生のお願い! 届けてくれたら、その財布からお小遣いあげるから!』


「今の俺はお小遣いで釣れるほど甘くない……」


『そ、そんなぁ……』


「……けど、母さんが困っているのはよろしくないし、確かに俺はやることないし……分かったよ、行くよ」


『やった、ありがと!』


「どこに持って行けばいい?」


『そうねぇ……十字コアでどう?』


「十字コアっていうと、あのそこそこ大きいデパートだよね? 分かった。そこに向かうよ」


『ありがとー! 待ってるわねー!』


 その言葉を最後に、電話は切れた。

 さっそく日向は中心街へ出かけるための準備をする。


 自分の財布やスマホ、そして頼まれた母の財布を黒いワンショルダーバッグに入れて、手のひらサイズのレーズンパンを二つ、朝食代わりに口の中へと詰め込んだ。その後、街中へ出かけるために、適当に服を着替える。


 もう6月の半ばだというのに、今日はやけに涼しく感じるので、薄手のカーディガンを羽織っていくことにした。日向は”再生の炎”のおかげで寒さには強くなっているのだが、それでも最低限の肌寒さは感じるし、水などに触れれば普通に冷たいとも感じる。運動に支障をきたすほどの寒さはブロックしてくれるようだ。


 その後、家を出て、しっかり戸締りをして準備完了。

 自転車にまたがり、日向は中心街目掛けてペダルを漕ぎ始めた。

 今日の天気は、どんよりとした曇り空のようだ。



◆     ◆     ◆



 日向の家から中心街までは、相当な距離がある。

 実に一時間近い時間をかけて、ようやく日向は中心街へと到着した。


 さすがに県庁所在地である福岡市内には及ばないが、十字市の中心街もかなり大きな街だ。


 通り沿いには多数の商業施設がのきつらね、見上げるほどの高さを誇る建物も多い。娯楽施設や飲食店などもあちこちに存在する。

 少しメインストリートを外れると、昔懐かしいアーケード街などもある。ここには日向がよく通っているゲームセンターがあり、今日も母に財布を届けたらここで遊ぼうかと日向は考えている。


 母が待っているデパート、十字コアを目指して歩く日向。


 今日は土曜日ということもあってか、周囲にはたくさんの人がいる。若者のグループに親子連れ、老夫婦など、様々な人たちが道を行き交う。

 そんな道を自転車で突っ切るのは危ないので、日向は自転車から降りて、自転車を押しながら歩いていく。


「ええと、たしか十字コアってこっちの道で合ってたよな……?」


 道を思い出しつつ、周囲を見回しながら歩いていく日向。

 すると、ちょうど日向の真上の空を、巨大な鳥のマモノが滑空していった。





「……は!?」


 思わず己の目を疑う日向。

 だが今のは間違いなくマモノだった。


 鳥のマモノはここには降りて来ず、通り過ぎて行ってしまったが、周囲の人たちは突然のマモノの襲来にざわついている。


「おま、こんな街中でマモノなんて、シャレにならないぞ!? すぐに狭山さんに電話だ……!」


 近くに自転車を停めて、急いでスマホを取り出す日向。

 ……しかし、電話が繋がらない。

 スマホの画面のアンテナは圏外の二文字を表示している。


「くそ、どうなってるんだ!? ……いや、これは……」


 改めて辺りを見回す日向。

 街中には、うっすらながらも灰色の霧が立ち込めている。


「これはまさか”濃霧ディープミスト”……!? 電波妨害の能力か……!」


 と、日向が呟いた、その時。


「うわぁー!? マモノだぁー!!」

「マモノが出たぞーっ!!」


 誰かが叫ぶ声を聞いて、日向は振り返る。

 そこには、街の至る所で暴れているマモノたちの姿があった。


 先ほどは、何の気も無く、日常の一ページのように通ってきた大通り。

 それが今はマモノたちに蹂躙されていた。当たり前の日常と共に。



◆     ◆     ◆



 十字市中心街にマモノの群れが現れる少し前。

 マモノ対策室十字市支部にて。

 リビングにて、狭山と的井が話し合っていた。


「的井さんも手伝ってくれたおかげで、だいぶ仕事が片付いたよ。この分なら、明日か明後日には平常通りの仕事量に戻りそうだ。ありがとう」


「どういたしまして。……まぁ、その平常通りでも十分忙しいんですけどね、私たち」


「はは、違いない。……さて、これで残った最大の問題といえば、現存する討伐チームの中から、どのチームを松葉班の後継たる、日本を代表するチームに選ぶか、だなぁ……」


「候補くらいは決めてあるんですか?」


「うん。二チームほどね。一つはこの間復帰した――――」


 と、その時である。

 狭山のタブレットが突然、警報のようなけたたましい音を鳴らし始めた。


「む!? この音は……!」


「どうしたんですか? 何か問題が……?」


「うん、残念ながらその通りだと思う。これは衛星カメラが人里に近づくマモノを捉えた時に伝達するアラートだ。とくに自分のタブレットに直接届けられる場合、極めて重要な都市が狙われている可能性がある」


 的井に説明しながら、狭山はタブレットを操作する。

 ……そして、狭山は驚愕の表情を浮かべてタブレットを覗き込んだ。


「な、なんだこれは……!?」


「……何があったんですか?」


「マモノの群れが、十字市の中心街を目指して侵攻してきている! しかも、数が尋常ではない! 通常種のマモノの数、優に三百を超えている!」


「な……!?」


「しかも、『星の牙』らしきマモノも散見されるな。ざっと数えただけでも六体はいるぞ……」


「『星の牙』が六体!? 相手によっては、一体でさえ一個小隊を投入する相手ですよ!?」


「これほど大掛かりな襲撃は、マモノ災害の初期から見ても、過去最大の規模だ……! 一体何が……あっ」


 タブレットからマモノたちの様子を見ていた狭山だったが、ここでタブレットの映像が乱れてしまった。どうやら電波妨害を受けたらしい。


「モヤがかかった部分の映像がキャッチできない……。きっと”濃霧”の星の牙の仕業だな」


「今、予知夢の子たちにメッセージを送りました……が、日向くんにメッセージが届かないみたいです。他の皆には無事に送ることが出来たので、日向くんが電波の悪い場所にいるのかもしれません」


「むう、こんな時にか…………いや、もしかしてそれは、日向くんは今、”濃霧”の星の牙が生み出した、電波妨害の霧の中にいるのでは……?」


 とにかく、今は考えている時間が無い。

 こうしている間にも、街の人々が襲われているかもしれないのだから。


「的井さんは付近の陸自に連絡を! 県内にある十か所の駐屯地、全てに通信を入れておいてくれ!」


「分かりました!」


「自分たちも予知夢の皆を車で回収し、現地に向かう! 恐らく、陸自や他の討伐チームが来るまでの間、圧倒的に人手が足りなくなる! 自分たちも戦う必要があるだろう! 武装の用意をしておいてくれ!」


「はい!」



 的井に指示を出し終えると、狭山はまず、トレーニングルームの施工作業に精を出している日影に声をかけるため、リビングを出て行った。

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