第200話 北園、日向を説得
日向が不平不満を吐き散らかした、その次の日の学校にて。
朝、いつもより少し早めに教室にやって来た北園は、日向の姿を探す。
「日向くんは……あ、いた」
日向は自身の席に座って、ぼんやりとしていた。
昨日のことを引きずっているのだろうか。
北園は日向の後ろ姿を観察しながら、考える。
(昨日、狭山さんが『日向くんのことは自分がなんとかする』って言った時、私はなぜか胸のモヤモヤが止まらなかった。一晩考えて、その正体がわかった。狭山さんじゃなくて、私が日向くんを元気づけたいと思ってたんだ)
狭山は北園に「日向くんとはいつものように、普段と変わらぬ友達として接してほしい」と言っていた。しかし北園が日向を説得しようとすれば、その「普段と変わらぬ友達」の枠組みを超えてしまうことになるだろう。
……しかし、ここで自分の気持ちに素直になって行動してしまうのが北園良乃という少女である。
(……ごめんなさい、狭山さん。抜け駆けしちゃいます)
心の中で狭山に謝り、北園は日向に背後から話しかけた。
「日向くん!」
「え、あ、北園さん……」
振り向いた日向の表情は、北園の想像以上に沈んでいた。いつもと違う日向に、北園の調子も狂ってしまう。そもそも、どんなふうに話を展開しようかも計画していなかったので、次の言葉に詰まる。
「えっと、日向くん……その、昨日は……」
「うん……」
「そのー……」
「う、うん」
「……昨日は、足の小指は大丈夫だった?」
「あ、そっち?」
昨日の無礼について問い詰められると思っていただけに、日向は思わずズッコケてしまう。
「あ、ああ。もう大丈夫だよ。もともと俺には”再生の炎”があるし、すぐに良くなったよ」
「そっか。よかった。……それでね、日向くん。聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
「うん。日向くん、過去に何か問題を抱えてるんだよね?」
その言葉を聞いて、日向がギョッとした表情を見せた。
そして北園から目線を逸らし、恐る恐る尋ねる。
「……なんで知ってるの?」
「日影くんから聞いたの」
「あ、あんにゃろう……。それで、その、どこまで聞いてる……?」
「えっと、内容は全然。そこは日向くんに直接聞けって」
「そっか……」
返事をすると、日向はしばらく考え込むようなそぶりを見せる。
やがて諦めたような表情の後、重々しく口を開き、話を始めた。
「……北園さん。俺さ、正義の味方に憧れてるって、話したことはあるよね?」
「うん、言ってた」
「正義の味方はさ、悪者をやっつけるんだ。そして弱い者を悪者から守る」
「そうだね。うん、そのとおり」
「悪いやつは、悪いやつなんだから、どれだけ痛めつけても構わない」
「え? えっと、それは……」
「俺が小学生のころ、クラスメイトをいじめている奴がいたんだ。だから俺は……そいつの目を潰した」
「……え!?」
今しがた聞いたことが信じられない、という様子で北園が声を上げた。
そんな彼女を日向はチラリと見ただけで、話を続ける。
「大人用のエアガンで、そいつの目を撃ち抜いたんだ。悪いやつなんだから、成敗されて当然だ」
「そ、それは……」
「そう。間違ってる。いくらなんでもやり過ぎだ。でも俺はそれが分からなかった。北園さんは俺の事を『優しい人』だって言ってくれたけど、実際は全くの逆なんだよ。俺は人として最低な人間なんだ」
「つ、作り話じゃ、ないんだよね……?」
「嘘だと思うなら日影に聞いてみればいいさ。きっと日影も同じ話をするから」
そう言われて、北園は言葉に困っているような様子だ。
予想外の日向の過去に、なんと声をかければ良いか分からなくなっている。
そして日向は、北園が黙っている間に自身の話を続ける。
「北園さんは俺と初めて会った時、俺の事を『勇者みたいなポジションなんだよ』って言ってくれた……けど、俺は勇者になる資格なんか微塵も無かったんだよ。それでも今まで自分の罪をごまかしながら正義のヒーローをやってみたけど、なんだかもう、どうでもよくなった」
溜息を吐きながら、日向は北園にそう告げた。
何よりも自分自身に失望しているような、疲れた溜息を吐きながら。
やがて北園は、そんな日向を見ていたたまれなくなったか、言葉を探しながらのように、日向に声をかけた。
「ね、ねぇ日向くん。日向くんはきっと悪くないよ……。いじめられてた子を助けるためだったんだよね? それなら……」
それを聞いた日向は、北園の顔を見る。
その瞳には、静かな怒りがこもっているように見える。
「ひ、日向くん……?」
「北園さん。これ以上、俺を肯定しないでほしい。気持ちはありがたいんだけど、なぜかイライラしてくるんだ……」
「あ……」
そう言い残して、日向は北園から逃げるように席を立ち、教室から出ていった。
……その直後に、朝のホームルーム開始のチャイムが鳴る。
日向は気まずそうに自分の席に戻ってきた。
◆ ◆ ◆
その日の午後。学校も終わったころの時刻。
マモノ対策室十字市支部にて。
狭山が、トレーニングルームの設計図を眺めている日影に話しかけた。
「やあ日影くん。進捗どうですか?」
「ああ。この分なら現在のゆっくりペースでも、今週中にはトレーニングルームの施工は完了するぜ。もともと模様替えとマシーンの搬入がメインだからな。一から建物を作る必要が無い分、早く済む」
「だろうね。いやぁ、日影くんに仕事を押し付けることが出来て、大いに助かってるよ。この調子で他の仕事も押し付けちゃおうかな?」
「調子に乗んな。この仕事はあくまでオレのためだからやってるんだ。オレだってさっさと自分のトレーニングに戻りてぇし、その他のデスクワークとかには期待すんな。……まぁ、マモノ討伐なら積極的に引き受けてやるよ」
「ははは、頼りにさせてもらうよ」
……と、二人がやり取りを交わしていると、来客の知らせを告げるチャイムの音が聞こえた。それを聞いた狭山が玄関へと歩いていく。
「おや、誰かな? ……はーい、どちらさまですか?」
『北園です……』
「おや、北園さんか」
やって来たのは北園だった。
今日は別に彼女を呼んではいないので、不意の来客である。
狭山自らが玄関に向かい、北園を出迎える。
「やぁ北園さん。いらっしゃい。……なんだか元気が無いように見えるよ?」
狭山の言うとおり、目の前の北園はひどくしょんぼりしているように見える。
……と、その時だった。
北園がひしっと、狭山に抱き着いてきた。
「おおぉう!? どうしたんだい北園さん!?」
「狭山さん……うわーん! ごめんなさいー!」
「待った待った、話が読めないよ。いったいどうしたんだい、何があったんだい」
「わ、私、自分で日向くんを説得しようとして、それで失敗しちゃって、狭山さんはいつも通りに日向くんに接してって言ってたのに、わ、私……!」
「……あぁ、なるほどね。うんうん、大丈夫だよ。とりあえず家の中にどうぞ。まずは落ち着こう?」
「は……ふあぁい……」
北園は涙声で返事をして、リビングへと通された。
◆ ◆ ◆
マモノ対策室十字市支部のリビング。
北園はイスに座らせられて、正面の狭山と向かい合う形だ。
……と、そこへ日影がお茶を淹れて北園に持ってきた。
「ほれ、北園。茶だ」
「あ、日影くん。ありがとう。いただきます。……うん、おいしい」
「そうか。そりゃ良かった」
少し落ち着いた様子の北園を見て、日影の表情が安堵で緩んだ。
その一方で、狭山が日影に声をかける。
「……あれ? 自分にはお茶、無いの?」
「悪いが切らしちまった。他の飲み物でも適当に飲んでおいてくれ」
「なんてこった。それなら秘蔵の狭山スペシャルを出すしか……」
「あの危険物だけは出すんじゃねぇ! 庭に埋めて封印しとけ! ……いや、やっぱり庭に埋めるのはナシだ。あんなの埋めたら地球が腐る」
「ひどくない?」
「アレの味の方がもっとひどい」
容赦ない日影と狭山のやり取りを見て、北園の表情が少し明るくなった。二人のやり取りを面白がっているらしい。
北園が少し落ち着いたところで、狭山と日影は改めて、北園から話を聞いた。今日、学校で、日向から何を聞かされ、何があったのかを。
「なるほどなるほど。はは、若いって良いねぇ」
「ごめんなさい、狭山さん……。日向くんを怒らせちゃって、もっと説得を難しくしちゃった……」
「大丈夫だよ北園さん。むしろ謝るのはこちらの方だ。君の心中を知っていれば、自分が出しゃばったりせず、君に日向くんを任せていたものを」
「そ、そんな、狭山さんは何も悪くないですよ」
「……それに、君は収穫も持ってきてくれた。日向くんの過去について聞き出してくれた」
そう言うと狭山は、今度は日影に目を向け、言葉をかける。
「日影くん。北園さんが話した『日向くんの過去』については、間違いないかな?」
「あぁ、間違いねぇ。アイツは確かに小学五年生の時、いじめをしていた同級生の目を、エアガンで撃って潰した」
「そうか……。一つ合点がいった。日向くんが『痛みの記憶』にも耐えながら任務に出てきていたのは、この戦いは彼にとって『贖罪』……いや、『刑罰』だったのだろう。痛みに耐えながら、人々を救うために戦って、許される日を待ち続ける」
「日向くん……ずっとそんな気持ちで……。日向くんはずっと『正義の味方』じゃなくて、『罪人』として戦ってたんだ……。私が日向くんのことを『勇者だ』とか言った時も、傷ついてたのかな……」
「そんな、意地でも己の罪に向き合っていた日向くんが、ここにきて心が折れてしまった。つまり今の彼の精神はまさに限界寸前なのだと推測できる」
能力不足のコンプレックス。負傷によって刻まれる『痛みの記憶』。
それらを抑え込んで、己の罪を償うために戦いに出る。
そうして参加した戦いで、また新たな『痛みの記憶』が刻まれ、活躍できなければ劣等感に苛まれ……。
悪循環だ。
今の日向は戦いに出るたびに、心身をひどくすり減らしている。
北園はやるせなさのあまり、心ここにあらずという感じだ。
そして狭山は、しばらく考え込んだ後、再び日影に声をかけた。
「日影くん。昨日、君が言っていた通り、北園さんは日向くんから直接、彼の過去を聞いてきた。けれどそれはほんの一部に過ぎないのだろう? 北園さんの意気に免じて、今度こそ話してくれないかい? 日向くんの過去について」
そう尋ねられた日影は、しばらく考え込んだ後、頷いた。
「……いいぜ。どうせ、日向をこのままってワケにもいかねぇしな。北園を泣かせた罰も兼ねて、全部ゲロってやるさ」