第199話 問題解決の決意
「なるほど、事情はよく分かった。……しかし、次元移動装置の話まで聞かれていたとは。油断したなぁ自分」
マモノ対策室十字市支部のリビングにて。
四人から話を聞いた狭山は、納得したように頷いた。
「そうか……日向くんがね……。いつかはこういう日が来ると思っていたけど、とうとう来てしまったかぁ。自分たちのこれまでの安定は、その実、薄い氷一枚の上に成り立っていたものだったと思い知らされたような気持ちだね」
「狭山さんは、日向くんがこうなることを予想してたんですか?」
北園が狭山に問いかける。
狭山は頷き、北園に返答。
「うん。なんとなくだけどね。なにせあの子は、日々着実に迫ってくるタイムリミットに戦々恐々としながら過ごしている。まだ若いし、どれほど多大なストレスを受けているかは想像がつくだろう?」
「うーん、たしかに……。あと一年くらいとは言うけれど、正確なところは日向くんや日影くんもよく分かっていないみたいだし、いつタイムリミットが来るか見通せないっていうのは、怖いですよね……」
「その通りだ。そのあたりの心のケアも含めて、そろそろ今月中にでもカバーを入れるべきだと思っていた。けれど、そう思っていた矢先に松葉班の壊滅だ。日向くんに割ける時間が無くなってしまった」
説明を続ける狭山に、今度は本堂が質問をする。
「……こうなるまで彼を放っておいてしまった手前、こちらも偉そうなことを言えた身分ではないのですが、何かしら一言をかけるだけでも良かったのでは? 時間を割けなかったとは言いますが、それくらいの余裕は流石にあったでしょう?」
「そう言われると弱いのだけれどね……日向くんが『何を心に抱え込んでいるのか』が知りたかった」
「心に抱え込んでいるもの? 能力不足による劣等感では?」
「それもあるだろうけど、たぶんそれだけじゃない。もっと大きなものがあるんじゃないかと自分は思っている」
「もっと、大きなもの?」
「君たちは知らないだろうけれど、日向くんは『痛みの記憶』に悩まされているようだった。過去に受けた傷の痛みが、その傷が完治していても幻覚として感じてしまう症状だ」
「そうだったのですか? しかし、彼はそんなことは一度も報告しては……」
「隠していたんだ。恐らく君たちに心配をかけないように。そして、いつものようにマモノ討伐に参加できるように」
「そうだったのか……。どうして日向はそんな異常を隠してまで、今まで任務に参加を?」
「そこが分からない。それも日向くんの『能力不足のコンプレックス』が関係しているのか。それとも、コンプレックスの件も含めて、もっと別の理由があるのか。これをハッキリさせないと、あらゆる助言は的外れになる」
その狭山の言葉を聞いて、シャオランが声を上げる。
「じゃあ、ヒューガは何を悩んでいるのか、それをヒューガから聞ければ、ヒューガを元気づけるヒントになるかも!」
「日向くんも素直に話してくれたら楽なんだけどねぇ。彼はけっこう、自身の問題を自身の中に溜め込んでしまう性質と見た。そんな彼から、問題の一番深い部分を引き出すのは、少々骨が折れそうだよ」
まずは、日下部日向という人間をもっと深く知る必要がある。
そこで狭山は、日影に声をかける。
「日影くん。一応聞いてみるけれど、日向くんのことについて教えてもらえないかな? 例えば、過去に何かあったとか」
狭山の言葉を横で聞いて、北園がハッとした様子で声を上げる。
「あ、そっか! 日影くんは日向くんの記憶も受け継いでるから、日影くんに聞けば日向くんのことも分かるんだ!」
そして、狭山に尋ねられた日影は、静かに口を開いた。
「……確かにアンタの言うとおり、日向は過去にちょっとした問題を抱えている。オレにとっても他人事じゃないかもしれない『問題』がな」
その言葉に、皆の視線が日影に集まる。
北園が恐る恐る、日影に改めて尋ねてみる。
「その問題って、いったい何なの、日影くん……?」
「……悪いが、北園、オレからそれを言うワケにはいかない」
「え? どうして……」
「いや、北園さん。日影くんの言う通りだ。やっぱり彼に尋ねるのは意地悪だった」
「狭山さん……?」
質問主であるはずの狭山が、北園を止めた。
その理由について、狭山が説明する。
「なにせ、日向くんが今まで誰にも打ち明けずに抱え込んできた問題だ。つまり『誰にも言いたくない』というワケだ。それを他人の口からバラしてしまうのはナンセンス、ということだろう。それがたとえ、元は同じ『日向くん』であった日影くんだとしても。ましてや彼は、日向くんとは違う人間だと公言してしまった。……ということだよね?」
「ああ。一字一句違わずその通りだよ。日向に何があったか知りたいのなら、日向から直接聞いてくれ。苦労はするだろうけどな」
「いや、問題の在処が明確になっただけでも儲けものだ。それなら十分にやりようがある。苦労するなど百も承知さ」
日向が抱える問題を解決するためには、どこに目を向けるべきか。
それが分かったところで、この話し合いはお開きとなった。
北園やシャオランは「あんなことがあった後だから、今日はもう帰るかい?」と狭山から尋ねられたが、引き続き日影の作業の手伝いをすることを選んだ。
解散間際に、北園がもう一度狭山に声をかけた。
「あの、狭山さん。日向くんの問題を解決するって、具体的にはどうするんですか……?」
「うーん、そうだね……。日向くんが抱える問題を取り除くことは決定したけど、すぐに動くワケにもいかない。彼にも落ち着くための時間が必要だろうからね。今度の日曜日までは、彼をゆっくりさせてあげよう」
「じゃあ、普段から学校で日向くんと会う私たちは、どうすれば?」
「そこはまぁ、北園さんやシャオランくんの匙加減に任せるしかないかなぁ。彼がひどく落ち込んでいるようなら、そっとしておくも良し。彼から何か声をかけてきたなら、反応してあげるも良しだ」
「そ、それだけ?」
「うん、それだけ。とりあえず『後で狭山さんが日向くんを説得するのに影響が出る』なんて思わないで、君の思うように彼と接してあげてほしい。いつもと変わらぬ友達でいることも、落ち込んでいる人を元気づけるのに有効だ」
「……むー、りょーかいです」
「……なんか、不満げに見えるのだけれど、自分は何か気に障ることを言ったかな……?」
「え? あ、えっと、いえ、別に……」
「そうかい? ……ともかく、日向くんのことは任せておいてくれ」
「りょーかいです……」
北園は、狭山の言葉に返事をするが、やはりどこか納得がいかないような様子であった。
◆ ◆ ◆
その日の夜。とある森の中。
巨大な影が、一匹のマモノを喰らっていた。
そのマモノは『星の牙』なのだが、今は物言わぬ死体と成り果てている。
『星の牙』を喰らうその影は、また別のマモノだ。漆黒の毛並みに覆われ、二足で立ち上がり、人間のように両腕を使って、仕留めた『星の牙』の肉を器用に掻き出し、貪り食っている。
そのマモノは、チンパンジーのように見える。
だが、肉を喰らう四本の犬歯は、吸血鬼のように長く鋭い。
そして何よりも、体躯が恐ろしく巨大だ。
今は脚を曲げて屈んでいるというのに、その時点で座高は2メートルを優に超えている。
――まだだ。まだ足りない。
巨大な漆黒の猿が死肉を喰らう度に、身体中の筋肉が盛り上がっていく。腕も、背中も、どんどん膨れ上がり、はち切れんばかりの威容だ。
――どれだけ喰っても!
どれだけ殺しても!
アイツから受けた火傷が全然冷めねぇ!!
どうなってるんだ! チクショウ! チクショウッ!!
あのヒカゲとかいうヤツ、絶対に許さねぇ!!
必ず殺す!! 絶対に殺す!! 何が何でも殺してやる!!
漆黒の猿は、食らったマモノを背後に放り投げた。
その後ろには、多数のマモノの死体の山が築き上がっている。
その全てが『星の牙』だ。
漆黒の猿は、立ち上がり、四つ足で歩き始める。
その黒い毛並みの一部が、徐々に黄金の紋様を宿していく。
金色が混じった巨体の表面を、バチバチと稲妻が流れていく。
黄金の猿の後をついて行く異形の影が多数ある。
彼らは真っ直ぐ、森の出口を目指し、歩いて行った。
――まずは、手に入れたこの新しい力で……。
人間たちの街を襲い、血祭りを繰り広げてやる!
そしてあのヒカゲとかいうヤツを誘い出し、殺す。
それも、ただ殺すんじゃない。苦しめて殺す!
ヤツの仲間たちから、ヤツの目の前でじっくり殺す!
心の底まで絶望させて、泣いて許しを請わせてやる。
それを嗤いながら無視して、ぶっ殺してやる!
俺様は無敵だ。俺様は最強だ。
俺様は全ての生き物、全てのマモノの頂点に立つ存在だ!
いずれはあの女……星の巫女も超えてやる!
このキキ様が!!
この星の王者になるんだよぉ!!!