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第197話 迫る死の運命

 天を見上げれば、果て無く蒼穹が広がっている。

 地を見渡せば、彼方まで新緑が生い茂っている。


 ここは幻の大地。

 この世とは別の次元にある、地球最後の秘境。


 そこの、どこか神秘的な蒼空と草原の狭間に星の巫女は立っていた。腕には鮮やかな赤い鳥、ヘヴンを乗せている。


「……おい。あのエテ公はどこ行った?」


 ヘヴンが巫女に話しかけた。


「キキなら、また表の世界に遊びに行ったみたい」


「またか……。あの野郎、今度は何を企んでやがる」


「……ねぇ、ヘヴン。やっぱり、キキは私を利用しているの?」


「可能性は高いと思うぞ。この間、ヤツが表の世界に行った時も、何やら騒ぎを起こしているようだった。本人は何もしてないと否定していたが、いかんせん嘘くせぇ。厄介な人間を排除してくれるなら、と目をこぼしてやってきたが、そろそろ本格的に問い詰めるべきかもな」


「……分かったわ。あの子については、あなたに任せるわ、ヘヴン。私が『気配感知』であの子の居場所を教えるから、あなたはあの子を探ってきて」


「了解した」


 返事をすると、ヘヴンはバサリと翼を広げて、飛び去っていった。



◆     ◆     ◆



 その頃、十字市。

 マモノ対策室十字市支部では。


「よっしゃ、こっちだ。それはこっちに運んでくれ」


「うぃーす」


 作業用ヘルメットを被った日影が、作業員たちに指示を飛ばしている。作業員たちは日影の指示に従い、建物内に資材を運んでいく。


 日影は今、仕事が忙しい狭山に代わって、マモノ対策室十字市支部内に設置予定のトレーニングルームの施工を行っている。今まで大人しく待っていたが、とうとう待ちきれなくなり、「だったらオレが代わりに作る」と立ち上がってしまったのだ。


 しかし、彼の記憶力は素晴らしいもので、狭山から作業の内容を聞かせてもらうと、それをしっかり実行して、見事に彼の代わりを務めてみせている。日影の補助には的井もついているので、よりいっそう作業がはかどっている。


 そして、そんな彼を手伝うために、日向や北園、シャオランも十字市支部にやってきていた。シャオランの体力や北園の念動力サイコキネシスは、大いに作業の役に立つだろう。


 ちなみに、リビングには本堂も来ている。

 彼は作業を手伝うことなく、勉強に没頭している。


 それなら自宅でやればいいのに、とも思うが、すっかりこちらでの勉強に慣れてしまったらしく、騒音をものともせず勉強を続けている。分からないことがあれば狭山に聞けるのも大きい。狭山はどれだけ忙しくとも、本堂の質問には真摯に答えてくれる。


「部屋の中の改装はあらかた完了したな。それじゃ、いよいよマシーンを部屋の中に詰め込むぞ。シャオランはそこのバーベルを、北園は念動力サイコキネシスでそのマシーンを持ち上げてくれ。日向テメェは、そこの軽いダンベルでいいぜ」


「分かった!」

「りょーかい!」

「軽いダンベル……」


 軽いダンベルとはいうが、日影が指し示したのは8キロのダンベルだ。これでも日向にとっては十分に重い。


(けれど日影あいつは、これを軽いと思っている。つまり、それだけ俺と日影の間に差があるってことなんだろうな……)


 ダンベルをひいこら運びながら、日向は物思いにふけっていた。


 最近の日向は、かなりまいっていた。

 日影が『オーバードライヴ』という新しい力に目覚め、自分との力量差をさらに広げてしまった。


 日影と初めて出会った一月の時点で、タイムリミットは一年余りという話だった。そして現在は6月の中旬に差し掛かるころ。恐らく、日向の余命は既に一年を切っている。


 あと一年。

 それまでに日向は日影と戦い、勝利しなければならない。

 さもないと、彼は日影に存在を奪われて死ぬ。


 今は”再生の炎”があるため、どれだけの傷を受けても日向は死なないものの、その代わりに設定されたタイムリミットのようなものだ。


 だというのに、その日影が更に強くなった。

 きっと、もう自分では絶対に勝てない。

 自分では日影と同じオーバードライヴを使えない。


 このマモノ災害が終わろうと、日向はきっと、その先を生きることができない。自分の死が、そのタイムリミットが、こうしている間にも刻一刻と近づいてきている。それが、日向はとても心苦しかった。


 つらいのはそれだけではない。

 今この通り、日影は狭山からの指示を把握し、トレーニングルームの施工という大掛かりな作業を実行してみせている。


 当然、日影の元となった日向に、施工管理に関する知識など無い。数日前まで施工管理についてはドがつく素人だった日影が、こうやって作業を進めることができているのは、彼が驚異的な記憶力で作業内容を把握し、理解してしまうからだ。


 そして日向は、日影の指示の下で作業を手伝っている。もともと日向が日影の頼みに応じたから、こうして手伝っているワケだが、今のこの状況は、まるで人生の成功者と、逆に上手くいかなかった者の縮図のような関係と感じてしまう。そんな劣等感に、日向はうんざりしていた。


 日向にとって、日影とは『憧れ』だった。

 日向が常日頃からぼんやりと夢見ていた、理想の自分そのものだった。

 努力の鬼であり、腕っぷしが強く、頭も良く、物怖じしない性格で、しかしその心根は優しい。


 自分もそんな風になれれば、と憧れていた。

 そして、それがヒトのカタチとなった者が日影だ、と日向は考えている。



 もはや日向が日影に勝てる部分は、何一つとして無い。

 なにせ、相手は自分自身の『理想の姿そのもの』なのだ。

 日影に勝利できる未来も、勝利する意義さえも、きっと無い。


 元は同じ『日下部日向』なら、優れた方が生き残るべきなのは明白。

 現状、日向は日影の代わりに生き残る意味が無いのだ。


(……は、はは。もういっそ、笑えてくるよ。日影あいつと比べたら、俺なんて何一つ良いところなんか無いじゃないか)


 人によっては、この状況は、気が狂ってもおかしくない。

 徐々に近づいてくる、己の死。

 その要因となる者が、自分の側にいる。

 己の影による、己自身との成り代わり。

 もし日向の立場に立たされたら、今すぐ日影を暗殺にかかる者もいるだろう。


 ましてや日向は、まだ若い。それもつい数か月前までは、マモノとの戦いなどと無縁に生きてきて、ある日突然、死の運命を告げられた。言わば「巻き込まれた人間」だ。その心労たるや、推し量るに余りある。


 それでも日向は、日影と折り合いをつけて、上手く付き合っている。

 それは、「もう自分では日影に敵わないから」という諦めも入っているが、一番の要因は北園の予知夢だ。


 あの『世界を救う予知夢』の中には日向も入っている。

 日向の存在は一応、予知夢には必要らしい。


 その予知夢の中で、自分が一体何を為すのかは知らないが、とにかく今の自分は生きなければならない意味があるようだ。その事実を頼りに、日向は正気を保っている。


(キツイけど……俺にはまだ、生きている意味がある……)


 8キロのダンベルを二階のトレーニングルーム予定地に運び終えた日向は、次の器具を運ぶために下の階へと降りる……と、そこへ……。


「あら日向くん。今、ちょっといいかしら?」


 メガネをかけた女性が、日向に話しかけてきた。

 狭山の部下の的井である。今は日影の作業の補助を担当している。


「的井さん? どうしたんですか?」


「紅茶を淹れたの。そろそろ休憩したらどうかしら?」


「なるほど、そうですね。じゃあ、いただきます」


 的井の提案に頷き、日向はリビングへと入る。

 テーブルには、温かそうな紅茶がズラリと並んでいる。

 数が多いが、恐らくは作業員の分もあるのだろう。


「……それにしては、もう一つカップが多いような。作り過ぎですか?」


「あ、こっちは狭山さんの分よ。それで数はピッタリでしょ?」


「あ、なるほど。あの人忘れてた」


「……けど、今はあの人、UNAMaCのビデオ会議中なのよね……。終わるまで待ってたら、紅茶が冷めちゃうかも」


「……良かったら、俺が部屋まで行って渡してきましょうか?」


「うーん……そうね。私が行ったら陰険なお偉いさんに『会議中に入ってくるなんて、マナーがなっていない部下だ』なんて思われるかもしれないけれど、若者の日向くんが行ってくれれば『まだ若いから』って言い訳ができるかも。お願いしてもいいかしら?」


「いいですよ。じゃ、行ってきます」


 そう言うと、日向は紅茶を手に取り、リビングを出て、二階へと上がった。


 マモノ対策室十字市支部は大きい家だが、特別広い施設というワケでもない。ビデオ会議室に使われるモニタールームには、あっという間に到着した。


 日向がモニタールームのドアをノックしようとすると、中から狭山と誰かの話し声が聞こえる。それが何故か妙に気になったので、日向はノックをする前につい、聞き耳を立ててしまった。


(一体、何の話をしてるんだろ……?)


 スピーカー越しに、誰かの声が聞こえる。生の声ではない。

 どうやら狭山は、モニター越しに誰かと話をしているらしい。


 狭山と話しているのは、英語を喋る壮年の男性らしき声だ。

 その声には聞き覚えがある。

 アメリカの現大統領、ロナルド・カードだ。




「それで、プレジデント。問題というのは……?」


『うむ。お前に頼まれた次元移動装置だがな。ちょっと、開発が難航している」


「……なるほど。ちなみに、現在の完成予定はいつごろになりそうですか?」


『研究者たちは、最低でも二年は欲しいと言っている』


「二年……。日向くんたちのタイムリミットには、到底間に合わない……」


『時間さえあれば、完成させることは可能だろう。……だが、そちらの頼みである予知夢の五人については、諦めてもらう他あるまい。あと半年ほどすると、一人欠けてしまうのだろう?』


「いえ、まだ諦めるには早いでしょう。こちらが現在抱えている問題が片付いたら、自分もいち技術者としてそちらを援護します。次元跳躍のプログラムコード作りくらいなら、こちらの仕事と並行しつつ手伝えるはずです」


『精が出るな。止めはしないが、ダメそうならいつでも我が国のARMOUREDアーマードを頼ってくれたまえよ。彼らは既に世界を救うに足る実力を持った、優秀な兵士だ』


「ええ。頼りにさせてもらいます。それでは、今日はこれでお開きにしましょう」


(ふむ……。ここで『ARMOURED』を売り込んでくるあたり、まだ『マモノ災害に決着を付けるのはアメリカだ』という考えは捨てきれていないようですね、プレジデント。この分だと、果たして次元移動装置も、始めからタイムリミットまでに完成させようとしてくれているかどうか……)




 そして、狭山とロナルド、他の国のトップたちとの通信は切れた。

 それを見計らって、日向はドアをノックし、モニタールームへと入る。


「狭山さん。的井さんが紅茶を淹れてくれましたよ」


「お、ナイスタイミングだ。喋り続けたから、喉がカラカラだよ。ありがとう日向くん」


 そう言って狭山は紅茶を取ると、一息に飲み干して、日向に空のカップを返した。


「ごちそうさま。すまないが、そのカップを下まで持っていってくれると助かる。こちらはもう少し、ここで作業をする必要があるんだ」


「いいですよ。じゃあ、失礼しました」


「うん。ありがとう」


 狭山の礼を背に受けて、日向はモニタールームを出た。



 ……そして、モニタールームのドアを閉めたその直後、日向は愕然がくぜんとした様子で、目の前の壁にもたれかかってしまった。


「次元移動装置の完成まで、あと二年……。俺の存在のタイムリミットは、恐らくもう一年も無いのに……。これじゃ、俺が生きている意味なんて、もう何も……」



 日向の心は、もはや限界を迎えていた。

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