第195話 豪雨の果ての結末
本堂の轟雷砲を受けて、遂にスイゲツは倒れた。
戦いの爪痕は凄まじいものだ。社へと続く石畳はボロボロに剥がされ、石造りの燈籠は真っ二つになり、あちこちの土が抉れている。これほどの被害をもたらしたマモノを、生身の人間が討伐したというのだから恐ろしい。
激しい雨が降りしきる中、日向は本堂の元へと駆け寄る。
「本堂さん! やりました……ね……あの……その腕は……」
……しかし、本堂の傍まで近づいた日向は、思わず声を失ってしまった。なぜなら、轟雷砲を放った本堂の右腕の異常に気付いたからだ。
「ああ。これが、轟雷砲を一発しか撃てない理由、そして、俺が轟雷砲を使いたがらなかった理由だ」
本堂の右腕は、真っ黒に焦げ付いていた。
さらに、腕の至る所から出血し、血が滴り落ちている。
医療に疎い日向でもわかるほどの重傷だ。
本堂が言うには、これは轟雷砲の反動らしい。
轟雷砲を討つ際は、己の内に宿る電気を、右腕の一か所に極限まで集積させる。その結果、本堂自身の電気耐性を超えて電気が集まるため、本堂の右腕をも焼いてしまうのだ。
さらに、轟雷砲を放つ際にも問題がある。
なにせ、落雷と同等の勢いの電撃を、人の身で発射するのだ。身体にかかる衝撃は半端ではない。現に、腕の一本は軽く持っていかれてしまった。最初に「轟雷砲を撃てるのは、良くて二発」と言ったのは、左腕も使った場合の話だ。
「なるほど……だから『なるべく使いたくない』と……」
「そういうことだな。だが、今回は使わざるを得ない状況だった。北園がいれば治癒能力でこの腕を治してもらえるが、普段からあまり多用するワケにもいかん能力だ」
ボロボロになった右腕を押さえながら、本堂は日向の問いに答えた。おそらくその腕はひどい激痛に苛まれているだろうに、彼は顔色一つ変えない。本堂の精神力の強さが窺えるようだ。
「……あ、ちょっと待って! スイゲツが!」
と、日向たちの元へとやって来たシャオランが声を上げる。
見れば、スイゲツが足をふらつかせながらも、立ち上がろうとしていた。その眼には、まだ闘志を宿している。
……しかし、よほど本堂の轟雷砲が効いたのだろう。身体がビクビクと痙攣している。恐らくは、身体全体が電気によって麻痺してしまっているのだ。
「このぶんなら、もう勝負はついたも同然だな。……日向、トドメを」
本堂が、スイゲツにトドメを刺すよう、日向に促す。
日向はしばし苦い表情を浮かべた後、スイゲツに歩み寄る。
その右手に『太陽の牙』を携えて。
やがて日向はスイゲツの前までやって来た。
スイゲツに向かって、『太陽の牙』の切っ先を向ける。
そして……。
日向は、『太陽の牙』を、地面に放り投げてしまった。
「……む? 日向?」
「……すみません、本堂さん。けど俺、やっぱりスイゲツは……スイゲツくらいは、生かしてやるべきだと思うんです……九重さんのためにも」
「……それと、北園のためにも、か?」
「えーと、まぁ」
話を聞いただけでもわかるほど、九重とスイゲツは良き関係だった。きっとそれは、スイゲツがマモノになっても変わらないだろう。
もしここでスイゲツが死んだら……”嵐”の三狐が全滅したら、九重はひどく悲しむだろう。そして、最初にスイゲツたちとの和解を提案した北園も。
日向も、同じ気持ちだった。
ここまで日向たちとスイゲツはお互い、本気で命の奪い合いをしてきた。だがそれでも、死なずに済むならそれが良いはずだ。
九重老人を悲しませないためにも、日向は今一度、和解の道を辿ろうとしていた。あとついでに北園のためにも。
「……オレは反対だけどな」
だが、日向の言葉に異を唱える者もいた。
日影である。
「九重のじいさんも言ってただろ。スイゲツたちは、既に人を殺している。ここで仲直りしてハッピーエンド……っていうのは、殺された奴らの家族とかは納得しねぇだろうぜ」
「それなんだよなぁ……。実行犯はライコだから、スイゲツは悪くない……っていうのは、ダメかな……?」
「いや厳しいだろ流石に……」
「けれど、だぞ? ここでスイゲツが死んだら、九重さんは最悪、スイゲツがマモノになるまで追い込んだ人間を恨むかもしれないぞ? かと言って、ライコたちにやられた人たちの遺族はマモノを恨むだろうし……このままじゃ泥沼だ。だから、遺族には『マモノは退治した』って伝えて、スイゲツは死んだ、ってことにして九重さんと再び仲良く暮らす……っていうのが、一番丸く収まる方法だと思うんだけど……」
「……ったく、人の良い野郎だ」
「他が全部ダメダメな人間なんだ。人くらい良くないと」
「そうかよ。……それで、肝心の問題は、スイゲツがそれに納得してくれるかどうか、だけどな。オレたちゃソイツの親を殺してるんだぜ?」
「う……。まぁ、とりあえず説得してみよう……」
そう言うと日向は、スイゲツに向き直った。
スイゲツは、まだその瞳から闘志を消し去ってはいない。
雨はいまだに降り続いている。
緊迫した空気が、場を包む。
「……なぁ、スイゲツ。もう、ここで止めにしないか?」
「…………。」
「お前はきっと、自分たちの住処を荒らした人間たちを恨んでると思う。お前の親を殺した俺たちを恨んでると思う。……けど、それで逆に人間たちを襲うのは、きっと九重さんは望んでいない。お前から北園さんを庇ったのを見ても、それは明らかだと思う」
「……。」
「……えーと、その、どうしてもと言うなら、ここで俺を好きなだけ殺してもらって構わない。だから、もうそれで勘弁してくれないかな? 九重さんの意思を、踏み潰さないでやってほしい」
スイゲツの眼差しに若干気圧されつつも、日向は真っ直ぐスイゲツと向き合いながら、語りかける。スイゲツは、ただじっと日向を見つめている。
「……うん? 雨が……」
と、後ろにいる本堂が呟いた。
たった今まで激しく降り続いていた雨が、突然ピタリと止んだ。
やがて、空を覆っていた分厚い雲が霧散していき、午後の陽光が差し込んだ。
「スイゲツ……お前……」
「……コン」
日向の言葉に、スイゲツは短く鳴いて返事をした。
その瞳からまだ敵意は消え去っていないものの、既に戦闘態勢は解いている。
「あなたたちは許せないが、あなたの言わんとしていることには納得できる」と、そう言っているような様子であった。
「……アイツ、マジでやりやがった」
「す、すごい! さすがヒューガ!」
「そうだな。あいつはやはり優しい奴だよ」
「いやみんな褒めすぎだから。このくらい、他の人だって誰でもできると思うし、そもそも、最初に和解の提案をしたのは北園さんだし……」
――それに、いくら優しくても、それだけじゃあ日影は倒せない……。
後ろから称賛の言葉をかけてくる仲間たちに、日向はいつものように謙遜する。……と、その時。
「日向くん! みんな! ちょっと来て! ……って、うわぁ!? スイゲツ!?」
噂をすれば、社の中から北園が飛び出してきた。どうやら意識が回復したらしい。頭を怪我していたはずだが、既に治っている。自身に治癒能力を使ったのだろう。
「あ、北園さん。このスイゲツは、えーと、なんとか和解した」
「そ、そうなんだ! すごい! ……って、本堂さん!? その腕は!?」
「ああ、焦げた。治療を頼めるか?」
「り、りょーかいです! ともかくこれで予知夢どおり……あ、いや、そんなことより、大変なんです!」
「日向、聞いてくれ。せっかく腕一本犠牲にして頑張ったのに、『そんなこと』で片づけられてしまった」
「あ! えーと、違うんです! それも大変ですけれど、もっと大変なんです! 狭山さんが、『九重さんの容体が悪化しつつある』って……!」
「何だって……!?」
北園のその言葉を聞いて、四人の顔に焦りの色が見え始める。
スイゲツも動揺しているようだ。
全て丸く収めるには、あと一つ、試練を乗り越えなければならないらしい。