第21話 油断大敵
「うわぁまたコイツらか」
本堂の家の二階に上がると、またしてもフーセンクラゲが浮かんでいた。その数、四体。相変わらずふよふよと、自由に空中を漂っている。
日向は、その全てを先ほどと同じように剣で叩き落とした。
これほど楽に倒せるマモノもそうそういないだろう。
「日向くん。これ見て」
北園に言われ見てみると、廊下に何かが這っていったような、濡れた跡がある。恐らくは最後のスライムの足跡だろう。足跡は廊下を進み、誰かの部屋の中へと続いている。
二人はその部屋のドアの前までやって来た。
「よし、一気に突入するぞ。北園さん」
「りょーかい!」
「できれば北園さんの超能力でトドメを刺したい。俺が斬ると、また分裂するだろうからね」
「分かったよ!」
「よっしゃ。じゃあ行こう!」
一気にドアを開け、突入する。
部屋の中を見渡すが、スライムの姿は無い。
「あれれ? どこに行ったんだろう?」
「落ち着いて。こういう時は、足跡を辿ろう」
部屋の中に続いているであろう、スライムの足跡を調べる。
しかし足跡は、部屋に入るとすぐにプツンと途絶えていた。
(部屋に入って、すぐに消えた……?いや、良く考えろ。何かカラクリがあるはずだ)
日向は今まで遊んできたゲームの知識からスライムの特徴、生態を必死に漁る。そして……。
「北園さん、上だ!!」
「へっ!?」
思い出すと同時に、叫んだ。
(俺が遊んだゲームの中では、ほとんどのスライムは天井に張り付き、獲物を待ち伏せる習性がある。部屋に入ってすぐに途絶えた足跡。これが天井に飛び上がった為だとしたら……!)
日向の予想通り、スライムは天井に張り付いていた。
「あ、いた!」
声を上げ、北園がスライムに向かって冷気を放つ。
しかしスライムはこれを避け、日向に向かって飛びかかってきた。
「うおおおおおお!?」
日向は咄嗟に剣を突き出し、スライムを切り裂く。
やはりスライムは再び二つに分裂し、行動を再開した。
(くそ、やってしまった。北園さんに仕留めさせるはずが、反射的に俺が攻撃してしまった)
だが、スライムの大きさはもはや人の頭ほどしかない。分裂にも限界があるだろう。ここまでいけば、後は日向の剣でも倒せるかもしれない。実際、日向の剣サンドイッチでなら、下で戦った個体にトドメを刺すことに成功している。
「こうなったらゴリ押しだ! やるぞ、北園さん!」
「おー!」
二人は分裂した二体のスライム目掛けて、やたらめったらに攻撃を仕掛ける。
日向は剣を振り回し、北園は冷気を放出する。
しかしスライムたちは部屋中を縦横無尽に動き回り、こちらの攻撃を回避する。
「日向くん! 攻撃が全然当たらないよ!」
「同じく! くっそぉ、ちょこまかと……!」
スライムはテーブルの上、ベッドの下、タンスの側面、天井など、あちらこちらを飛び回って二人を翻弄する。
特に日向は、剣という長物を振り回す以上、部屋に置いてある物を傷つけないように気を使う必要がある。よって、思いっきり剣を振るうことができない。
「くそっ、すばしっこすぎるだろコイツら! はぐれか! はぐれナントカか! 倒したら経験値10050点もらえるのかー!?」
「日向くんのゲームネタ、私は全然ついていけないや! ゴメンね!」
「ゲームネタと分かってくれただけでも上出来だよ! 気にしないで!」
気持ちが楽になったのか、軽口を言い合いながら攻撃を続ける二人。
確かに敵は小さくなったスライム二体だけ。
もはや、勝ったも同然の展開。
……しかし、それはまさしくお手本のような「油断」。
二人は思い知らされることになる。
マモノがいかに危険で、狡猾なのかを。
「く、くそ、流石に疲れてきた……」
日向が持つ剣は相当な大きさだ。先端から柄までは彼の背丈近くまであり、刀身も分厚く、かなり重い。無計画に振り回せば、あっという間に息が上がる。普段から運動しない日向ならばなおのこと。
今ならスライムの攻撃も来ない。
日向はそう判断し、警戒を解いて一息つこうとする。
その瞬間。
突然、北園が短い悲鳴を上げて、倒れた。
「うあっ……」
「え、北園さん……?」
何が起こったか把握できず、日向は北園に呼びかける。
返事は無い。
北園の身体はビクビクと痙攣し、倒れたまま動かない。
北園の頭上には、一匹のフーセンクラゲがふよふよと浮いていた。




