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第193話 ココノエスイゲツ

――私は、人間が憎い。


 変な機械で山を荒らし、私たちの住処を壊してしまった。

 他の仲間たちは皆、どこか遠くへ逃げてしまった。

 私たち三匹に、取り巻きのマモノがいないのはそういうワケだ。


 ……けれどそれでも、私は人間を殺すべきではないと思った。

 私たちに仲間がいたように、人間にも仲間がいるからだ。

 悲しみは、連鎖させるべきじゃないと思った。

 

 それに、私は知っている。

 人間には、おじいちゃんのように優しい者もいるということを。


 数年前、おじいちゃんとダムのほとりを散歩していたときのことを思い出す。


「儂の生まれ育った村は、今はあの水の底に沈んでおるのじゃよ」


「コン。」


「ひどい話だと思うじゃろうが、人の生活を豊かにするためには、仕方のないことだったんじゃ。確かに故郷に帰れないのは寂しいが、未練は無いよ」


 ……けれど、おじいちゃんはすぐに悲しそうな顔をして、言った。


「……いや、嘘じゃな。儂はきっと、村に帰れないのが寂しいのじゃろう。そうでなければ、こんな山の中にひとり未練がましく残っている説明がつかないもんなぁ。一度でいいから、またあの村に戻ってみたいのぉ……。こんなこと、他の皆には言えんがな。内緒じゃよ、スイゲツや」


「コン。」


 ……だから私は、あのダムを壊す。

 おじいちゃんをもう一度、あの水の底に沈んだ村に帰らせてあげるために。


 そのおじいちゃんが、今、血を流して倒れている。

 私の親を殺した女を庇って。


 私が? おじいちゃんを傷つけた?

 私のやろうとしたことは、間違いだった?


 ……違う。

 おじいちゃんは、たぶらかされたんだ。この人間たちに。


 私は悪くない。

 私は悪くない!

 私は悪くないッ!!


 私がおじいちゃんを傷つけるなんてあり得ない! 

 そうだ……そうに決まってる!


 許さない。

 私から故郷を奪い、パパとママを奪い、

 そしておじいちゃんまで奪おうとする泥棒猫ども!!


 私の『牙』が、あなたたちの命を貫く!!

 荒ぶる激流に飲み込まれ、このスイゲツの怒りを思い知れッ!!!



◆     ◆     ◆



「コォォォォーンッ!!!」


 叩きつけるような豪雨の中。

 スイゲツが、再び爪を振り上げる。

 今度こそ、意識を失った北園にトドメを刺すために。


「させるかよッ!!」


 そのスイゲツに猛スピードで接近し、日影が『太陽の牙』を一薙ぎした。


 スイゲツは咄嗟に後ろに下がって、日影の攻撃を避ける。

 身に纏う彼の炎は、このひどい雨の中でも消えることを知らない。


「本堂っ! シャオランっ! 今のうちに九重のじいさんと北園を社の中に避難させろっ!」


「分かった」

「ま、任せて!」


「日向はオレと一緒にスイゲツを止めるぞ! どうせお前じゃ、人ひとり運ぶなんざ無理だろ!」


「くそ……分かった!」


 日向は返事をするも、その声はやや荒い。

 

 確かに自分では人をひとり運ぶなんて無理だ。しかし、日影と共にスイゲツを止めるにしたって、自分が戦力の足しになるとは思えない。それが、日向は悔しかった。


 日影と日向がスイゲツに向かっている間、本堂とシャオランはそれぞれ、近い方の救助対象に向か立て駆け出す。


 まずは本堂が九重を背負いあげた。細身な本堂だが、こう見えてかなりの筋力を持っている。”迅雷”による身体強化無しでも、老人一人を背負いあげるくらいは、造作もなかっただろう。


「九重さん、しっかり! 今、安全な場所に運びます!」


「いや……儂は大丈夫じゃよ……もう老い先短い身じゃ……構わんでくれ……」


「く……、医者志望の人間に、残酷な言葉を浴びせてくれる……!」



 一方、シャオランに関しては、北園を背負う分には何の問題も無い。急いで北園の元へ駆け寄り、彼女を背負いあげようとする……しかし。


「シャオラン! そっちに水球が行った! 水のレーザーが来るぞ!」


「えぇぇぇぇ!?」


 シャオランが振り向けば、既に目の前に六つほどの水球が浮遊している。恐らく、そのままシャオランに向かって水のレーザーを放つつもりだろう。避けることは可能だが、シャオランが退けば後ろにいる北園が撃ち抜かれる。


「く……! 『地の練気法』!!」


 シャオランは、北園を庇うことを選択した。

 そのシャオランに向かって、水のレーザーが放たれる。


 纏った”地の気質”によって身体が鎧のように頑丈になったシャオランは、水のレーザーの集中砲火になんとか耐え切ることができた……が。


「クソッ、突破された! シャオラン、そっちにスイゲツが!」


「コォンッ!!」


「うわぁっ!?」


 日影の声と同時に、日影たちを突破してきたスイゲツがシャオランに接近し、身体をぶつけてシャオランを吹っ飛ばしてしまった。シャオランは咄嗟に防御の姿勢を取り、後転して受け身を取るも、北園から引き離されてしまった。


「し、しまった!? キタゾノが!?」


 今、北園の側には誰もいない。いるのはスイゲツだけだ。

 スイゲツは北園にトドメを刺すべく、今一度右の爪を振り上げた。



 だがその瞬間、重厚な発砲音が聞こえた。

 同時に、振り上げたスイゲツの右前足が撃ち抜かれた。


「コンッ!?」


 痛みに耐えかね、右前足を下ろすスイゲツ。

 続いて二発、三発と銃弾が放たれる。

 スイゲツは素早く跳び下がって、銃弾を避けた。


「ふー……危なかった……」


 スイゲツを撃ち抜いたのは、狭山だ。銃口から硝煙を上げている対マモノ用デザートイーグルを真っ直ぐ構えている。

 背中には、医療キットやらタオルやらをたくさん詰め込んで膨らんだ、重そうなリュックを背負っている。


「さ、狭山さん!? なんでここに!?」


「九重さんを追って来たんだよ! けれど九重さん、意外と健脚でね……。あれやこれやと準備して来たら、とうとうここまで追いつけなかった!」


 言い終わると同時に、狭山は真っ直ぐ駆け出す。

 北園を救出するつもりなのだろう。


「コンッ!!」


 スイゲツが狭山に向かって飛びかかり、左の爪を振るう。

 恐ろしい速さだ。まばたきほどの一瞬で距離を詰め、雨風を斬りながら前足を薙いできた。


「おっとぉ!」


 自身の首を目掛けて振るわれたその爪を、狭山は身を屈めて避ける。同時に背負ったリュックで上手く左前脚を引っかけ、攻撃を逸らして受け流した。そのままスイゲツの脇を抜け、北園へと駆け寄る。


「三人とも! カバーを任せた!」


「あ、はい! 分かりました!」

「おう!」

「わ、わかった!」


 狭山は、日向たち三人に指示を飛ばすと、北園をお姫様抱っこの形で抱きかかえ、社を目指してわき目も振らずに全力疾走し始めた。北園が小柄だとはいえ、人ひとり抱えておきながら、かなりの走力である。


 スイゲツが、狭山を追おうと動き出す。

 そのスイゲツに向かって、日向が斬りかかる。

 しかしスイゲツは日向を飛び越え、突破してしまった。


 スイゲツが着地した瞬間を狙って、日影が『太陽の牙』で串刺しにしようとする。


 だがスイゲツは左前脚で剣の腹を弾き、日影の体勢を崩す。

 そしてその勢いのまま身体を時計回りに一回転。

 スイゲツの九尾が、うなりを上げて日影に叩きつけられる。

 日影は咄嗟に左腕でガードするも吹っ飛ばされ、濡れた地面に転がされた。


 再び狭山を追おうと動き出すスイゲツ。

 そのスイゲツに、今度はシャオランが立ちはだかった。

 その身には”地の気質”を纏い、身体から砂色のオーラが漂っている。


 スイゲツが両前足を交互に振るい、シャオランを攻撃。

 シャオランもまた両腕を使って、スイゲツの攻撃をガード。

 爪の部分を避け、肉球の部分を上手く受け止め、スイゲツの腕をさばく。


 しびれを切らしたスイゲツが、身体を回転させる。

 そして、その勢いで以てシャオランに尻尾を叩きつけた。


 しかしシャオランは脚を踏ん張って、この尻尾の薙ぎ払いを受け止める。そのままスイゲツの尻尾を掴み、背負い投げの要領でぶん投げた。


「うおりゃあッ!!」

「コンッ!!」


 スイゲツは地面を転がるが、すぐに起き上がる。

 大したダメージにはなっていないらしい。

 だが、これでなんとかスイゲツの北園追撃を阻止することができた。


 シャオランの元に日向と日影も合流してくる。

 九重を社に避難させた本堂も、社から飛び出して戻ってきた。


「本堂さん! 九重さんと北園さんは!?」


「狭山さんが診てくれている。俺がざっと診た限り、北園は大丈夫そうだ。軽いショックで気絶しているだけだろう。……だが問題は九重さんだ。出血がひどい。すぐにでも病院に運ぶ必要がある」


 ……しかし、そのためにはスイゲツをどうにかしなければならない。日向は、ダメもとでスイゲツに話しかけてみる。


「スイゲツ! 九重さんが重傷だ! 今すぐ病院に運ばないと! お前と此処で戦っている場合じゃないぞ!」


「コォン……ッ!!」


「駄目だ、話を聞いてくれない……」


 スイゲツの瞳は、怒りに満ちている。

 彼女の中からあらゆる事実、あらゆる現実を覆い隠さんとする、狂気の怒りだ。


 スイゲツが、再び水球を自身の周りに浮かべ始める。戦闘態勢だ。

 日向たち四人も、スイゲツの攻撃に備えて、構える。



「……なぁ、日向」


 と、ここで本堂がもう一度、声をかけてきた。


「なんですか、本堂さん?」


「あのスイゲツとやらは、恐らく電気が効くのだろう?」


「……そうですね。多くのゲームにおいて、水属性の弱点は電気であることが多いです。これはテレビゲームじゃないですけど、スイゲツに弱点があるのなら、電気である可能性が高いかと。……けれど本堂さんの”指電”では、正直言って威力不足です。致命傷にはなり得ません」


「だろうな。有効打を与えるには、直接ヤツに掴みかかって電流を食らわせるか、あるいは……」


 本堂は、自身の右の拳を握りしめる。

 その握りこぶしを、じっと見つめる。

 そして、再び口を開いた。


「……日向。俺は今から『奥の手』を使う。これならあるいは、スイゲツを一撃で黙らせることもできるかもしれん」


「奥の手……!?」


 それはかつて、本堂が”迅雷”を披露した時にチラリと言及した、本堂のとっておきの切り札。あの時はそれがどんなものか、ついぞ教えてはくれなかったのだが。


「……だが一つ、問題がある。この技はある事情によって、一発しか撃てない。良くて二発というところか。だから、ここぞという場面で使わせてもらう。あるいは、お前や日影が『太陽の牙』でぶった切ってしまった方が早いかもしれん。あくまで選択肢の一つとして考えておいてくれ」


「……分かりました。めっちゃ頼りにさせてもらいますので!」


「やれやれ……選択肢の一つにしろと言ったろうに……」


「ふ、二人とも、そろそろスイゲツが来るよ……!」


「コォンッ!!」


 スイゲツが四人に飛びかかってくる。

 四人もスイゲツを迎え撃つべく、走り出す。



 あらゆる時間が、もう残されていない。

 こうしている間にもダムは激流に晒され続け、いつ決壊してもおかしくない。


 九重の傷の具合はひどい。このままでは命を落としかねない。

 残された四人の体力も、底が見え始めてきた。


 もはや、無駄にできる時間は一刻一秒とてありはしない。

 次の攻防で、スイゲツと決着を付ける必要があるだろう。

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