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第192話 悲しみに震える雨

「コォォォォーン……!」


 九尾の狐となったスイゲツが、悲しそうな声で鳴いた。

 それと同時に、先ほどまであまり大したことのなかった雨が、ゲリラ豪雨のごとき勢いで降り始めた。


「うわっぷ!? す、すごい雨……!」


「あ、辺り一面が水しぶきで真っ白だよ!?」


「こうもひどい雨だと、戦闘にまで支障が出るな……!」


 スイゲツは、既に戦闘態勢を取っている。

 身を低くして、何かの能力を使っているような、青色のオーラを漂わせている。


 フウビとスイゲツを同時に撃破し、スイゲツのパワーアップを阻止するという作戦は失敗してしまった。もはや、やるしかない。やらなければ、やられてしまう。


「コォーンッ!!」


 スイゲツが、一声鳴いた。


 すると、周りの水たまりから、ふわりと水が浮いて、集まり、立体的な球体となって空中を浮遊し始める。見ようによっては、まるで妖狐が身の回りに浮かべる鬼火のようにも見える。


「あの能力は……なんだ……?」


 空中にいくつも漂う水の球体を、不思議そうに見つめる日向。

 そして……。


「コンッ!!」


「うっ!?」

「あっ!?」

「くっ!?」


 スイゲツが一声鳴くと、空中に浮かぶ水の球体、その全てから、高圧縮された水のレーザーが撃ち出された。


 水のレーザーは日向の肩を、北園の太ももを、それぞれ射抜いた。

 本堂の額にも水のレーザーが飛んできたが、本堂は間一髪で顔を逸らし、レーザーを避けた。水がかすった頬から、血飛沫が飛んだ。


「さ、三人とも大丈夫!?」


「ああ。俺は避けた」


「俺も、死ぬほど痛いけど、何とか……。けど、北園さんは……!」


「う……くう……」


 日向は肩を抑えながらも立っているが、北園は脚をやられて座り込んでしまう。


 そうしているうちに、スイゲツが再び水の球体を身の回りに浮かべる。


「野郎! させるかッ! シャオランも来い!」

「や、やっぱりぃぃぃ!?」


 なんとかスイゲツの攻撃を阻止しようと、日影とシャオランがスイゲツに飛びかかる。シャオランは”地の気質”を、日影はオーバードライヴの炎をその身に宿し、スイゲツに向かって正面から突撃する。


「うおおおおッ!!」


 日影が跳び上がり、スイゲツに斬りかかる。

 落下の勢いまで上乗せされた『太陽の牙』が、雨を斬りながらスイゲツへと迫る。


「コンッ!!」

「ぐあっ!?」


 ……しかしスイゲツは、まるでサマーソルトキックを放つがごとく、宙返りしながら尻尾で日影を迎撃した。

 水を含んだスイゲツの九尾は、重く強靭で、しかし大変しなやかだ。言うなれば、破壊力を持った鞭だ。


「せやぁッ!!」


 シャオランが掛け声とともに震脚を踏み、肘を突き出す。

 ……だが、その頃にはすでに、スイゲツはその場から離れていた。


 そして、スイゲツの周りに漂っていた水球が、今度はシャオランを取り囲み、中央のシャオラン目掛けて全ての水球が一気に水のレーザーを撃ち出してきた。


「くぅぅぅぅ……!?」


 シャオランは、身をちぢこめてレーザーに耐える。


『地の練気法』を使い、もともと身体も鍛えこんでいた甲斐あってか、シャオランに浴びせられたレーザーは、日向や北園のように彼の身体を貫通することはなかった。それでも水を受けた箇所が、まるで針を突き刺されたかのように痛む。


 シャオランの攻撃を避けたスイゲツは、今度は本堂と日向と北園の三人の前へとやって来た。


「はっ!」


 本堂が左手に電気を纏い、スイゲツに掴みかかる。

 しかしスイゲツは身を捻るようにして本堂の手をかわし、ひねった身体を戻すように尻尾で薙ぎ払ってきた。


 本堂は素早く下がって尻尾を避ける。

 着地と同時に水しぶき。


 だがそれからすぐに、スイゲツの浮遊する水球が本堂を取り囲みにかかる。そして、彼にも容赦なく水のレーザーの集中砲火が浴びせられた。


「く……!」


 しかし本堂は、類まれなる反射神経と”迅雷”による身体強化で、水のレーザーを避けていく。


 右に左に動いてレーザーを避け、頭部を狙うレーザーを屈んで躱し、足元を狙ってきたレーザーからバク転で逃れる。


 何度か肩や脚にかすりながらも、本堂は全方位から撃ち出されるレーザーを避け続ける。もはやアクション映画の主人公の所業である。


 しかしスイゲツは、そんな本堂を放って、日向と北園にターゲットを合わせる。どうやらあの水球は、スイゲツが意識を集中させて操作する必要も無いらしい。


 短い間ながらも、三人がスイゲツの気を引いてくれたおかげで、北園はフラつきながらも立ち上がれるくらいには自身の足を回復できた。日向の肩の傷もほとんど塞がっている。


「フゥゥゥゥゥ……!」


 スイゲツが、口元に水を集中させる。

 一抱えほどもある水の球が、スイゲツの口元に集まった。


「水を撃ち出してくる……? なら、バリアーで……!」


「あれは……ダメだ、北園さんっ!」


「えっ!?」


 嫌な予感を覚えた日向は、反射的に北園を引き倒し、地面に伏せさせた。


「コォンッ!!!」


 そしてスイゲツは、口元から超圧縮された水のレーザーを放ち、袈裟斬りに前方を薙ぎ払った。地面に伏せた日向と北園の頭上を、レーザーが通り過ぎる。

 日向たちの背後に設置されていた石造りの燈籠が、斜め方向に真っ二つにされて、上半分がずり落ちた。


「うそ……!? 石の置物が切断されちゃった!? あれほどの威力、私のバリアーでも防げたかどうか……」


 極限まで圧縮して撃ち出される水は、ダイヤモンドすら切断してしまうという。水は、この世で最も高い切れ味を生み出せる物質の一つである。


「危なかった……。しかしコイツ、なんて強さだ……!」


 日向は、目の前で青いオーラを身に纏いながら悠然と佇むスイゲツを見て、呟いた。



◆     ◆     ◆



 一方、こちらは九重ここのえの家。

 狭山と九重が、タブレット越しに五人の戦闘を見ている。


「強い……!」


 狭山もまた、スイゲツの実力を見て、そう呟いた。

 さすがの彼も、先ほどの余裕を見せることはできない。そんな状況だ。


 あの殺傷力の高い水のレーザーももちろんだが、何よりあのスイゲツ、身のこなしが凄まじい。ライコやフウビの比ではない。

 

 スイゲツは三尾の時でさえ、五人の中でトップクラスのスピードを誇る本堂が全く攻撃を当てられず、さらに日向と二人掛かりでも駄目だった。それが、九尾となったことでさらに素早さが上昇している。この豪雨の中でも、その動きは衰えることを知らない。


「親二匹と比べて、あの俊敏性はいったい何なんだ……? ……いや待て、まさか……」


 ここで一つの可能性に思い当たった狭山は、通信機で日影に声をかける。


「日影くん! 恐らく君の側に、先ほど元のキツネに戻ったフウビが倒れているだろう!? ちょっとそれを見せてくれないか!?」


『この状況でか!? クソ、何のつもりか知らねぇが、了解だ!』


 狭山はとぼけたところもあるが、その能力は本物だ。だから彼は、このような状況において、決して意味の無い行動はとらない。


 日影はそんな風に狭山を信頼して、フウビに近づいてその姿を見る。

 日影の眼に装着したコンタクトカメラが、狭山のタブレットに映像を届ける。


「これは……やはり間違いない……」


『なんだ!? 何が分かったんだ!?』


「……通常、野生のキツネの寿命は、せいぜいが2~3年とされている。キツネの本来の寿命は十年ほどと言うが、外敵や病気などによって寿命が大きく削られてしまうんだ」


『……それが、どうかしたのか?』


「うん。そこで目の前のフウビなんだけどね。この感じだと、ざっと十年以上は生きている」


『十年以上……? そうとうな年寄りキツネだったってワケか?』


「うん。この分だと、きっとライコもそれくらいの歳だろう。……そしてスイゲツは、()()()()()赤ん坊の子ギツネだった」


『……おいおい、ソイツぁまさか……!』


 スイゲツは、まだ若い。つまり肉体の全盛期なのだ。

 よって、老齢の両親よりも身体能力が遥かに強い。

 スイゲツの身のこなしの軽さは、ここにあった。


「自分は、異能の攻撃力の面から、ライコやフウビを最優先撃破対象と認識し、スイゲツはさして危険ではないと判断した。だが、それは間違いだったのかもしれない。恐らく、あの”嵐”の三狐の中においては、スイゲツこそが最強だった……!」


 狭山はいつになく真剣な表情で歯噛みする。

 下手をすると、自分は計算を違えたことによって、最悪の選択肢を残す羽目になってしまったのかもしれない。そう考えた。


「わ……儂は……知らなかった……。ライコとフウビが、そんなにも老齢だったなんて……。スイゲツが、あんなにも強かったなんて……」


 その狭山の隣で、九重老人が声を震わせて呟いた。恐らく彼は、罪の意識を抱いているのだろう。

 自分がそのことを知っていれば、そして彼らにそのことを事前に教えていれば、こんなことにはならなかったのではないか、と。

 そして今、自分がそのことを伝えられなかったせいで、若者五人が窮地に立たされている。


「九重さんを責めはしませんよ。キツネの年齢なんて、普通の人には分からないものです。……しかし、疑問点は他にもある」


 スイゲツの、もう一つの疑問点。

 それは、先ほどから使っている水の球体からのレーザーや、先ほどの凝縮させた水を撃ち出しての薙ぎ払い攻撃について、だ。


 スイゲツは”大雨レインストーム”の星の牙のはずだ。

 ”大雨”の星の牙は、程度の差こそあれ、『天空から水を降らせる』という部分については共通しているが、地に落ちた水を操る能力は持ち合わせていないはずだ。そこはもう”水害ウォーターハザード”の分野だ。


「……いや。つまりこれは、以前日向くんが提唱した『二重牙ダブルタスク』か! スイゲツは、”大雨”と”水害”の二重牙なんだ……! きっとフウビから星の力を受け継いだ時に覚醒したのだろう……」


 スイゲツの”水害”の能力は、その場に水が無いと行使できない。

 だがその水を、スイゲツは天より降らせて供給できる。

 考え得る限り最悪の組み合わせである。


「……あと気になるのは、先ほどから身に纏っている青色のオーラだ。あれは、恐らく何らかの能力を行使している合図のはず……。しかし、水の球体を浮かべていない間も、あのオーラは立ち込めている。……この大雨を降らせているワケでもないな。そうであれば、戦闘開始から現在まで雨が降っている間、スイゲツがあのオーラを纏わなかった説明がつかない」


 しかし、何かの能力を行使しているのは間違いない。

 恐らくは、どこかの水を操っているはずだ。

 それは一体、どこの水か。


「……まさか!!」


 狭山は急いでタブレットを操作し、衛星カメラの映像に切り替える。

 そして五人が戦っている山から少し映像をずらし、付近のダムを映し出した。


「……やはり、ダムの溜め池に強烈な水流が発生して、ダムに叩きつけられている! スイゲツは”水害”の能力を使って、溜め池の水を操っているんだ! このままいくとダムが決壊して、下流の住人が大勢死ぬ……!」


 ダムに溜まった水が、怒涛の勢いでダム本体に押し寄せてきている。阻止するには、急いでスイゲツを倒すしかない。


 しかしスイゲツは、前述したとおりの恐ろしい強さを誇っている。

 もはやどんな手でも構わない。何とかしてスイゲツを止めなければ。



「……おや? 九重さん?」


 ふと狭山が視線を上げると、九重の姿がなかった。

 先ほどまで、自身の隣にいたと思ったのに。

 少なくとも、ダムの話をするまでは、狭山の側にいたはずだ。

 

「可能性としては……」


 狭山が九重邸の玄関へと移動する。

 靴箱を見れば、やはり九重の靴が一足無くなっている。


「つまり、スイゲツを止めに向かったんですね、九重さん……。今のスイゲツが話を聞いてくれる保障なんてどこにも無いのに。……仕方ない。こんな雨の中、ご老人を一人で外に出すのも忍びないか……!」


 そう言うと、狭山もまた外に出る準備を始めた。



◆     ◆     ◆



 視点は戻って山の上。

 バケツをひっくり返したような豪雨の中、五人とスイゲツが向かい合っている。


「くそ、駄目だ! 攻撃が全く当てられない! スイゲツを倒すには俺と日影の『太陽の牙』を当てる必要があるのに、スイゲツの奴、俺たち二人をがっつりマークしてるから、全く隙を晒してくれない!」


「このままでは埒が明かないな…………ふむ」


 日向と本堂が呟く中、スイゲツは再び水球を体の周りに漂わせる。

 そして水球を引き連れながら、五人目掛けて走り出した。

 スイゲツに追従する水球が、五人に向かって水のレーザーを撃ち出す。


「うわっ!?」

「きゃっ!?」

「ちぃ!?」


 なんとか水のレーザーを避けきった五人。

 しかしその間に、既にスイゲツは五人の目の前まで接近していた。

 そして、巨大な九本の尾を振るい、前衛の四人を弾き飛ばす。


「ぐぁ!?」

「くっ!?」

「ぎゃあ!?」

「がっ……!」


 尻尾に薙ぎ払われ、四人は濡れた地面に投げ出される。

 そして、彼らの後ろに控えていた北園と、スイゲツが至近距離で相対する。


「くぅ……電撃能ボルテー……!」


「コォンッ!!」


「あうっ」


 スイゲツが右前脚を素早く振るい、北園の側頭部を殴打した。

 北園の意識は一撃で刈り取られ、濡れた地面に倒れ伏した。


「き……北園さん!?」


 日向が北園の名前を呼ぶ。

 北園は倒れたまま動かない。

 頭から血を流し、意識が完全に飛んでいる。


 そしてスイゲツは、北園にトドメを刺すべく、鋭い爪を持つ右前脚を高く振りかぶり、そして思いっきり振り下ろした。


「コォーンッ!!!」


 降りしきる雨の中、鮮血が飛び散った。



 しかしその血は北園のものではない。


「スイゲツや……」


「コンッ!?」


「もう……いいんじゃ……あのダムを壊しても……儂のあの村は返ってこない……返ってこないんじゃ……だからもう……いいんじゃ……よ……」



 そこまで言うと、老齢の男はバタリと倒れた。

 飛び散った血は、北園を凶爪から庇った、九重のものだった。

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