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第188話 ライコ フウビ スイゲツ

 日向たちを見据える、三匹の巨大なキツネ。

 中央には、黄金の毛並みを誇るライコ。

 左には、薄緑の毛色が特徴的なフウビ。

 そして右には、水色の毛並みを持つスイゲツ。


「ライコが”サンダーボルト”。フウビが”暴風トルネード”。スイゲツが”大雨レインストーム”。

 三匹合わせて”テンペスト”、三位一体の『星の牙』ってことか……!」


 五人と三匹は、しばらくの間、睨み合ったまま動かない。

 しばらくすると、ライコが動き出した。

 日向たちから視線を外し、九重邸の庭から出て行ってしまった。

 フウビとスイゲツもライコを追って、山の中へと消えていった。


「……あれ? 逃げた?」


『恐らく彼らは最初、先ほどのフウビの風の砲弾で君たちを一網打尽にするつもりだったのだろう。それが失敗して、予定が狂ってしまった。だからここは一度退いて、仕切り直しをするつもり……といったところじゃないかな』


「なるほど……」


『……さて、とりあえずみんな、一度九重さんちに戻っておいで。彼からもう少し、あの三匹のキツネについて詳しい話を聞こう』


「……そうですね」


 狭山の言葉に頷くと、五人は再び九重の家へと入っていった。



◆     ◆     ◆



 先ほどと同じく木製のテーブルを囲む七人。

 しかしその雰囲気は、先ほどのように和やかなものではない。真剣そのものだ。


「さて、九重さん。詳しいお話をお聞かせ願えますか?」


 狭山が九重に問いかける。


 九重は、あの三匹のキツネのマモノを庇っているような節があった。あの三匹が、マモノになる以前から知っているような口ぶりも見せた。この老人とあの三匹の間に、一体どんな関係があるのだろうか。


「……仕方ありませんな。まずは、儂があの仔と出会ったところから話さねばなりませんて」


 そう言うと、九重老人は静かに語り始めた。



 曰く。

 それは三年ほど前の話だ。


 その日は曇っており、ポツポツと小雨が降っていた。

 そんな中、九重は庭の畑にて、植えていた大根を収穫しているところだった。


「……おや? あれは……」


 その時、九重は庭の入り口に一匹の獣が迷い込んでいるのを見た。


 近づいて見てみれば、それは子ギツネだった。

 金色の、ふさふさとした毛を持つ、小さなキツネだ。


「おやおや、こんなところに一体何の御用かな? 親とはぐれたのかい?」


「コン。」


 九重が、独り言のように呟いたその言葉に、目の前の子ギツネは返答するかのように一声鳴いた。それを見て、九重はこの子ギツネをたいそう気に入ってしまった。


 その子ギツネは腹を空かせているようだったので、とれたての大根を細かく切って、その子ギツネに与えた。すると、子ギツネは大根を出されるや否や、飛びつくように噛り付いた。


 その子ギツネの尻尾は、三日月のように綺麗な形をしていた。そして、その日はポツポツと小雨が降っていた。


 その二つを合わせて、九重はこの子ギツネに『スイゲツ』と名付けた。ちなみにメスだった。


 スイゲツの親は、なかなかスイゲツを迎えに来なかった。

 その間、九重はスイゲツと一緒に暮らし始めた。

 妻に先立たれ、子供も街へと下りて行った九重老人にとって、スイゲツは我が子にも等しい、新たな家族となった。


 スイゲツは、すくすくと大きくなっていった。

 一年も経つ頃には、立派な体躯のキツネになった。


 スイゲツはとても運動神経が良く、風が吹き抜けるようなスピードで山を駆け巡り、九重に山菜などを採ってきた。本当に頭の良いキツネだった。


 そして、一年と少しが経ったころ。


 九重が畑を耕し、その側でスイゲツが佇んでいると、庭の入り口に二匹の獣が立っているのが見えた。二匹とも、金色の毛並みを持つキツネだった。


 九重は、すぐに分かった。

 その二匹こそ、スイゲツの親なのだと。

 毛並みや雰囲気が、二匹ともどことなくスイゲツに似ていた。


 スイゲツは、九重と両親を交互に見た。

 きっと、どちらについて行くか迷っていたのだろう。

 九重にとっても、スイゲツと共に暮らした日々は、かけがえのないものだった。


 ……だがそれでも、スイゲツは両親について行くよう、九重は言った。

『本当の家族』というものがどれほどかけがえのないものか、九重は知っていたからだ。だからスイゲツには、本当の家族を選ばせてあげたかった。


 結局、スイゲツは両親キツネについて行った。

 だが、それからもスイゲツは、ちょくちょく九重の家に遊びに来た。

 それも、両親キツネを引き連れて、だ。


 九重は、両親キツネにも名前を付けることにした。

 金の色彩がひときわ強い父キツネを『ライコ』。

 流れるような毛並みが美しい母キツネを『フウビ』と名付けた。

 これが九重とライコ、フウビ、スイゲツの出会いだった。


 ライコやフウビもスイゲツと同じく、大変頭の良いキツネだった。だから九重は、ライコたちは特別なキツネなのだと信じて疑わなかった。それこそ、この地の伝承にあるお狐様、その子孫なのではないかと。


 そして、初めてスイゲツと出会ってから、三年ほど経過した。


 今から数か月ほど前。

 突然、この地一帯にゴルフ場を造る計画が立ち上がった。


 それに伴い、付近の森林は伐採され、野生動物たちは追い出されてしまった。九重にも、この家からの退去を求められた。


 そして、それと同時期に、三匹のキツネたちに変化が起こったのだ。


 ある日、九重が居間でテレビを見ていると、いつものように庭から「コン。」とスイゲツの鳴き声がしたので、ガラス戸を開けて九重は庭へと下りようとした。……しかし。


「す、スイゲツ!? お前、その姿は一体……!?」


 ……そこにいたのは、先ほど日向たちが見たスイゲツと同じ、水色の三尾の巨大キツネだった。そして、その後ろには金色の三尾のキツネと、薄緑の三尾のキツネも佇んでいた。


 九重はすぐに分かった。

 このキツネたちこそ、ライコ、フウビ、スイゲツなのだと。

 近頃、世間を騒がせている『マモノ』となってしまったのだ、と。


 その日から三匹のキツネは、山の開発を進める人間たちに妨害を始めた。


 ライコは雷を操り、電撃で重機を大破させた。

 フウビは風を操り、突風でショベルカーなどを倒してしまった。

 フウビは雨を操り、ぬかるんだ土で開発作業に支障を出させた。


 特にライコとフウビは凶暴だった。

 場合によっては、人間相手でも積極的に襲い掛かった。

 作業員たちはライコたちを恐れ、とうとう開発を中止した。


「お前たち、なんてことを……。世の中にはお前たちのようなマモノを狩る機関も存在するらしい。このままではお前たち、退治されてしまうぞ……」


 しかし、ゴルフ場建設をもくろむ企業は、ライコたちマモノの存在を信じようとしなかった。余所ならともかく、あの山にそんなモノが存在するはずがない、と。そして、これまでの数々の妨害は九重が行っていたと考えたのだ。


 そして先日。


 九重さえどうにかすれば作業は再開できると信じた企業が、再び担当を九重の元へと向かわせて、この地から退去することを求めたのだ。


 その様子を、ライコが見てしまった。

 ライコは企業の人間が乗ってきた車を電撃で破壊し、彼らに襲い掛かったのだ。


 企業の人間たちは一目散に逃げだした。

 九重は彼らの安否を確認できていないが、もはや生きてはいないだろう。


 その後、ライコたち三匹は破壊した車を運び、ダムの溜め池へと捨てた。まるで、企業の人間を始末した証拠を隠滅するかのように。彼らは初めからここには来なかった、とでも言うように。


 九重は、決意した。

 こうなってしまったからには、とことん付き合うと。

 彼らが自分を守ってくれるなら、自分もまた、彼らを守ろうと。

 そう決めたのだ。




「……というワケじゃよ」


 以上のことを話し終えた九重の表情は、とても穏やかなものだった。昔のことを昨日のことのように懐かしんでいるような、優しい瞳だった。あるいは、ため込んでいたものをすべて吐き出してしまったかのような。


「話の通り、儂はライコが企業の人間を襲った時、止めもしなかった共犯者じゃ。煮るなり焼くなり、牢屋にぶち込むなり、好きに裁くといい」


 そう言って九重は口を閉ざし、その場に胡坐をかいて座り込んでしまった。


 本堂がそれを見て、日向に声をかける。


「舞から聞いたことがある。こういう状況を『くっころ』と言うのだろう、日向?」


「いえ違います。何もかも違います」


「む、そうか。サブカルチャーというのは難しいな」


 そしてその一方で、北園が狭山に声をかける。


「……狭山さん! なんとかあの三匹のキツネさんたちと、戦わずに済む方法はありませんか!? 九重さんとキツネさんたち、そんなにも仲が良いのに、退治なんてしたくないよ……!」


「とはいえだね、北園さん。先ほど九重さん自身が言った通り、彼とマモノたちは共犯の関係にある。自分たちにお涙頂戴の話を聞かせて、マモノたちだけでも守ろうという算段かもしれないよ?」


「そんなこと……九重さんがするとは思えない……! だって九重さん、スイゲツちゃんの話をしている時、本当に楽しそうだったんですもん!」


「どうだろう。九重さんは若いころ、俳優に憧れていたらしいし、それも演技かも……」


「……もう! 狭山さんのいじわる!」


「はは……。確かに意地悪が過ぎたね。自分はマモノ対策室の長として、あらゆる可能性を想定しなければならないからね。すまない、北園さん。……自分だって北園さんと同じ考えだ。戦わずに済むならそうしたい。……だが、九重さんの話から推察するに、少なくともライコとフウビは『過激派』である可能性が高い。最低でもこの二匹は退治する必要があるだろう」


「やっぱり……戦わなくちゃダメなんですね……」


 結局、戦うという決定は覆せず、北園はしゅんと落ち込んでしまう。

 それを見て、九重が北園に声をかけた。


「もういいんじゃよ。ええと……北園ちゃん……だったかな?」


「はい……北園です……。九重さん、このままじゃキツネさんたちが……」


「もう、いいんじゃよ。儂らが間違っていた。どうかあの仔らを退治して、止めておくれ。これ以上犠牲になる人が出ないようにな」


「九重さん……分かりました。九重さんがそう言うなら……」


「君は本当に優しい子じゃな……」


 決意に満ちた表情を見せた北園に、九重は慈愛に満ちた顔で頷いた。

 それこそ、本物の孫を可愛がるような表情で、だ。



「……見つけたぞ! あの三匹の反応をキャッチした!」


 と、ここでタブレットを操作していた狭山が声を発した。

 どうやら先ほどの三匹は、この山の上、お狐様を祭る神社にて待ち構えているらしい。


「よしみんな、さっそく出発準備だ。次は五人対三匹の大混戦が予想される。フォーメーションなどはこちらが考案しよう。次で決着を付けるよ」


「了解!」

「おう!」

「りょーかい!」


「……それと九重さん。あなたをどうするかは追って決めます。今はとりあえず、自分と一緒にこの家にいてもらいますよ」


「ええ、構いませんとも。儂はもう、人を三人ほど殺してしまったも同然の身。刑務所にでもどこにでも行きましょう」



 狭山の指示を受け、五人は再び外へ出るための準備を始めた。

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