第187話 雷を呼ぶ狐
戦闘の舞台は、九重邸の広々とした庭先。
空は暗雲が立ち込め、雨と風が吹き荒び、雷まで鳴っている。
日向たちの目の前に現れたのは、人の体躯をはるかに超えた、巨大なキツネ。その身体は、稲妻を思わせる黄金色の毛に包まれている。
ふさふさとした尾の数は三本。三尾のキツネだ。
九重老人は、このキツネを『ライコ』と呼んだ。
「こいつが……今回の『星の牙』!」
「日向くんの予想通り、すばしっこそうな陸上動物だね!」
互いの出方を窺う五人とライコ。
ライコが身体を低くして身構えると……。
「コンッ!!」
先頭の日向に向かって、一瞬で距離を詰めてきた。
「はっや……!?」
鋭い爪を振りかぶるライコ。
日向は回避する暇もない。
咄嗟に『太陽の牙』で防御の姿勢を取る日向。
しかし日向とライコでは体格が違い過ぎる。
ガードごと薙ぎ倒されてしまうのがオチだろう。
「……ふッ!!」
だが、その日向の後ろからシャオランが飛び出てきて、迫りくるライコの前足を左腕で払った。その身に纏うは”地の気質”。そしてそのまま右拳の突きに繋げる。
しかしライコは素早く後ろに下がってシャオランの攻撃を避ける。
体勢を整えると、ライコの身体がバチバチと放電し始める。
「コンッ!!」
そして、五人目掛けて強烈な電撃を身体から放った。
その電撃の勢いは、かつて日向と北園が戦ったサンダーマウスの比ではない。まるで稲妻のビームのようだ。
「危ないっ!」
その電撃に対して、今度は北園が前に出て、念動力のバリアーで受け止めた。
その北園の両脇から、オーバードライヴ状態になった日影と、迅雷状態となった本堂が飛び出す。
「うおぉぉッ!!」
日影がライコに飛びかかり、『太陽の牙』を思いっきり振り下ろす。
ライコはこれを左に飛んで避け、剣は虚しく空を斬った。
地面に叩きつけられた『太陽の牙』の刀身が爆炎を撒き散らす。
「はっ!」
「コンッ!?」
だが、ライコが日影の攻撃を避けたその先に、本堂が先回り。取り出した高周波ナイフを振るって、ライコの身体を切り裂く。鮮血が飛沫を上げて飛び散り、雨の中へと消えていった。
「コォンッ!!」
攻撃を受けたライコは、その瞳に怒りを灯す。
素早く本堂に向き直り、前足の爪を振るう。
本堂は素早く上体を屈めてこれを避ける。
攻撃を避けられたライコは、その勢いのまま、今度は身体の側面で体当たりを仕掛けてきた。
「コンッ!!」
「ぬっ!」
しかし本堂は、この攻撃にも見事に反応する。
瞬時に後ろに大きく跳んで、ライコの体当たりを上手く避けた。
さらに、跳びながらライコに向かって、持っていたナイフを投擲。
ライコの身体に、鋼鉄をも切り裂くナイフが深々と刺さった。
攻撃を避けた本堂は、再び残りの四人の仲間の元へと戻る。
揃った五人は再びライコへと向き直り、状況は戦闘開始と同じ構図となり、仕切り直しのような形になった。
『よし、いいぞみんな。その調子で上手く固まって、ライコの攻撃を凌ぎつつ反撃するんだ』
五人の耳に装着した通信機から、狭山の声が入ってくる。
これは、日向から「今回の相手は俊敏な陸上動物」と聞いた狭山が考案したフォーメーションだ。
素早く、強大な敵を相手に、下手にバラけて動くと、各個撃破されて全滅する恐れがある。だから、固まって動く。幸いこちらにはマモノにも力負けしない北園のバリアーがある。これをうまく使ってライコの攻撃をやり過ごし、攻撃後の隙を突いてダメージを積み重ねていく計算だ。
「フゥゥゥゥゥ……」
ライコが姿勢を低く身構える。
身体からは、電撃をバチバチと放電し始める。
「……北園さん、攻撃が来る! 構えて!」
「りょーかい!」
先ほどの攻撃を受けた日向は、早くもライコの攻撃の予備動作を見切った。この姿勢からは、爪の引っかきか、あるいは電撃で攻撃してくるはずだ。
「……コォンッ!!」
「うひゃあ!?」
だがライコは、電撃を纏ったその身体で、思いっきりタックルを仕掛けてきた。
北園のバリアーは、破れこそしなかったが、北園自身の体勢が軽く崩れた。恐らく、日向の声を受けず、バリアーを前もって展開していなかったら危なかっただろう。
「コンッ!!」
ライコの攻撃は続く。この勢いで五人を押し切るつもりだ。
右前足の爪を、薙ぎ払うように振るってくる。
「おっとぉ!!」
体勢を崩した北園の後ろから日影が躍り出た。
そして、ライコの攻撃を剣の腹で受け止める。
ライコは追撃することなく、いったん跳び下がって後退した。
「逃がすかよッ!!」
「コンッ!?」
だが、その下がったライコに向かって、日影は『太陽の牙』を投げつけた。増強されたパワーから投げ放たれる『太陽の牙』は、まるで巨大な炎のブーメランだ。業火を纏いながら高速回転し、ライコへと迫る。
ライコは着地と同時に素早く右に跳んで、『太陽の牙』を避けた。
だがその先には、今度はシャオランが回り込んでいた。
ライコの着地地点に素早く潜り込み、拳を構えて……。
「……はぁッ!!」
「コンッ!?」
そのがら空きになった脇腹を殴りつけた。
ライコは苦悶の表情を浮かべるが、すぐさま身体から放電を開始し……。
「コォンッ!!」
「ぴぎゃあああああっ!?」
強烈な電撃を、全方位バリアーのように展開した。
電撃に弾かれ、シャオランが吹っ飛ばされる。
そのシャオランに北園が駆け寄り、すぐさま治癒能力で回復を開始する。
先ほどシャオランが纏っていた気質は、引き続き”地の気質”だった。身体が強化されていたため、電撃のダメージをある程度軽減できた。
「コォォォンッ!!」
ライコが跳び上がり、電撃を纏い、縦回転しながらシャオランと北園に体当たりを仕掛けてきた。その巨体で押し潰すつもりだ。
「させるかよッ!」
その二人を庇うように、日影が前に出る。
左手には炎を凝縮している。陽炎鉄槌の構えだ。
これでライコを迎撃しようというのだ。
「おるぁぁぁッ!!」
ライコの接近に合わせて、左のアッパーを繰り出す日影。
しかしライコは体当たりの軌道をずらし、日影の右にズシンと着地した。
恐らくは日影の攻撃を見て、攻撃を避けることを選択したのだろう。
日影とライコ、隣り合った両者が、横目で互いを見据える。
「……コンッ!!」
「うるぁッ!!」
ライコが左爪を、日影が右の逆回し蹴りを放つ。
両者の攻撃が激突し、相殺した。
いや、日影の足が炎を纏っている分、痛手を受けたのはライコの方か。ライコは後ろに下がり、再び五人を見据える。
「……っと、そこで下がるのか……」
追撃のチャンスを逃し、日影は軽く舌打ちする。
その一方で……。
「……やっべぇ、全然ついていけん」
ここまでの戦いを後ろから見ていた日向が、ポツリと呟いた。
ここにきて、仲間たちの超人化が急激に加速してきている。日影、本堂、シャオランの三人は驚異的な身体能力で接近戦を担当し、北園は強力な超能力を使って、広範囲、高威力の攻撃を得意とする。
そんな中、日向だけは何の取り柄もない。
現在も、彼らの戦いに手出しができず、後ろで見ていることしかできていない。
「例えるなら、皆がスタイリッシュなアクションゲームのノリで戦っている中で、俺一人だけダークソウルしているみたいな感じだよ。差があり過ぎる……」
とはいえ、ここまでの流れは順調である。今も北園がバリアーでライコの攻撃を受け止め、残りの男子三人が反撃を加えているところだ。
「このままいけば、勝てそうだね! よーし、私も攻撃に参加しようかな!」
男子三人の健闘にあてられてか、北園も息を巻く。
……しかし。
「……いや、北園さんはここで待機しておいて。いつでもバリアーを張れるよう警戒してほしい」
「え? あ、うん、りょーかい。日向くんがそう言うなら」
「狭山さんも、それで良いですよね?」
『うん。恐らく、自分も同じことを考えていた。日向くんが言わなければ、自分が北園さんを止めていただろう』
日向は、北園の戦闘参加を止めた。
確かにここまでは順調に戦えている。
しかし日向は、一つの『嫌な予感』を覚えていた。
(あの……ライコって言ったっけ……。アイツ、なんでさっきから”雷”しか使わないんだ?)
日向の懸念。
それは、いまだにライコが”雷”の能力しか使わないことだ。
現在の状況を見て、追い詰められつつあるのは間違いなくライコの方だ。だからライコは、持てる力全てを使って反撃してきて然るべきである。
……だが、ライコは”雷”の能力しか使わない。ライコが”嵐”の星の牙であるなら、他にも”暴風”や”大雨”の能力も使えるだろうに。
日向たちを通信車ごと吹き飛ばしたと思われる『風の能力』。それすらもライコは使わない。能力を隠している、という可能性も否定はできないが、使ってこない理由としては他にももう一つ考えられる。
(それは……ライコはそもそも”暴風”や”大雨”の能力を使えないから……?)
ライコは”嵐”ではなく”雷”の星の牙で、風や雨を発生させることはできないのかもしれない、という可能性。
だが、今の天気は雷が鳴り、風が吹き荒び、雨が降っている。間違いなく嵐だ。それが意味するところは、つまり……。
『……日向くん! 九時の方向から反応アリだ! 何かが来るぞ!』
「……北園さん! バリアー準備!」
「あ、はい! りょーかい!」
『前衛! 北園さんの元まで下がって!』
「ちっ、了解だ!」
つまり、”暴風”と”大雨”の星の牙は、別に存在するということ。
北園が九時の方向にバリアーを張る。
ライコを追っていた前衛三人が北園の元まで下がってきた。
瞬間、何者かが九重邸の屋根を越えて跳び上がり、下にいる北園に向かって何かを撃ち出した。
「くぅっ!?」
撃ち出された『何か』は、北園のバリアーに直撃すると、暴風を撒き散らして霧散した。その衝撃で尻餅をついてしまう北園。
北園に放たれたのは、風の砲弾だった。
塊のような風が砲弾として撃ち出され、着弾と同時に破裂した。
凄まじい威力だ。これが通信車を吹き飛ばしてしまったのだろう。
恐らくは、あのまま前衛三人がライコを追っていれば、新手の敵は三人を後ろから狙っていただろう。しかし五人は一か所に固まったため、新手の敵はバリアーを張る北園にターゲットを切り替えざるをえなくなった。
目の前のライコの動きは、あと一歩のところで踏み込まない、敵を引き付ける動きだった。そして前衛三人を引き付けたところを一網打尽にするつもりだったのだろう。
直後、九重邸の屋根から二匹の巨大なキツネが下りてきた。
一匹は薄緑の毛並みを持つキツネ。このキツネが風の砲弾を撃ってきた。もう一匹は水色の毛並みを持つキツネ。どこか大人しそうな雰囲気を感じる。
それらは軽やかにライコの元へと移動し、日向たちを睨みつけた。
◆ ◆ ◆
ここまでの戦闘の様子を、狭山と九重は、家の庭先から見守っていた。家の中と外はガラス戸で仕切られているものの、巨大なマモノの戦闘を見物するには、バリケードとしてはいささか心細い。
「……やっぱり、『星の牙』は一匹だけではありませんでしたか」
狭山が呟く。
狭山もまた日向と同じく、『星の牙』はライコだけではない、と見抜いていた。
「ええ。ここに現れたマモノは、あの三匹ですよ」
「恐らく、薄緑のキツネが”暴風”、水色のキツネが”大雨”の星の牙なんでしょうね。……彼らにも名前はあるのですか?」
「ええ。あの薄緑が『フウビ』。水色の仔は『スイゲツ』と呼んでおります。この山の守り神、その末裔かもしれない仔たちですよ」