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第186話 お狐様を祭った村

 日向たちマモノ討伐チームの六人は、九重ここのえと名乗った老人について行き、彼の自宅へと上がらせてもらった。大きめの木造の一軒家だ。


 通信車は、転倒の際にエンジンの調子が悪くなったようで、上手く作動しない。


 一応、狭山が車の修理もできるらしいが、この嵐の中、修理作業をするのは厳しいものがある。『星の牙』の潜伏場所と思われるポイントも近いので、車の修理は『星の牙』を討伐してから、ということになった。


 車を置いてくる際に、狭山は通信用のタブレットや緊急用の医療キットなど、必要最低限ながらも物資を持ち出しておいた。これで狭山も、通信で多少は皆を援護できるし、誰かが怪我をしても治療することができる。……もっとも、北園が無事ならば治癒能力ヒーリングが使えるので、医療キットの出番は無いかもしれないが。


 六人は九重からタオルを借り、身体を拭いた後、居間に通された。畳張りの部屋の中央には、ツヤのある木造の、大きな四角いテーブルが置かれている。


 六人と九重はテーブルを囲み、畳の上へと座った。

 九重は、ご丁寧にも六人にお茶と茶菓子を用意してくれた。


「おかげ様で助かりました、九重さん。改めまして、自分は狭山誠と申します」


「狭山さんですか。どうもどうも。こんな山奥に若い子たちを連れて、遠足か何かですかな?」


「いえいえ。自分たちはマモノ討伐チームでして」


 それを聞いた九重の眉が、ピクリと動いたように見えた。


「あ、そこバラしちゃうんですね」


 あっさり自分たちの正体を明かした狭山に、日向が思わずツッコミを入れる。それを受けて、狭山はゆっくりと頷き、日向に返答する。


「うん。なにせこの周囲には『星の牙』が潜んでいる可能性が高い。下手をすると、九重さんだって襲われかねない。場合によっては避難を勧告する必要も出てくるだろう。ならば、さっさと正体を明かしてしまった方が話が早くて済むからね」


「ふむ、この若い子らがマモノ討伐チームとは。世の中は分からんものですなぁ」


「まぁ、彼らは少し特殊でして」


「ふむふむ。彼らは全員高校生くらい……ですかな?」


「惜しいですね。一人だけ二十歳を越えている者がいます」


(ぼ、ボクのこと高校生って気づいてくれた!? やった!)


「なるほどですな。ところで……その、『星の牙』というのは、つまりマモノのことですかな?」


「はい、その通りです。このひどい嵐もそのマモノの仕業だと思うのですが。……九重さんは、何か心当たりはありませんか?」


「ふぅむ……ちょっと分からんですかなぁ……」


 九重は狭山の問いに対して、あいまいな反応をしつつ首を横に振る。

 今回の『星の牙』についての情報が手に入れば良かったのだが、めぼしい収穫は無かったようだ。


「そうですか。分かりました。自分たちはもうしばらくしたらここを出て、『星の牙』の捜索に入ります。九重さんも、マモノには気を付けてくださいね」


「ええ、ええ、分かりましたよ」


 九重との話を終えた狭山は、タブレットを取り出す。衛星カメラを使って可能な限り『星の牙』の位置を割り出そうというのだろう。狭山が『星の牙』を捕捉した時が、出発の時だ。


 マモノ対策室の衛星カメラ、『ホルスシステム』は、雨雲や密集した木々にも透過処理を施して、その中に隠れている者を暴き出す。狭山の勘の鋭さもあるので、必ず『星の牙』を見つけ出してくれるはずだ。


 狭山がタブレットを操作しているその一方で、北園が九重に話しかけた。


「九重さん! 九重さんはこんな山の中に、一人で住んでるんですか?」


「そうじゃよ。近くの畑で野菜を採って、細々とね。もう何十年も暮らしとるよ」


「へぇー、すごい! ……けど、どうしてこんなところで、一人で住んでるんですか? 街に出たいとは思わなかったんですか?」


「儂はこの山が好きじゃから、街に出ようとは思わんなぁ。用事で街に降りたことは何度もあるがね。……それと、今でこそ此処に住んでいるのは儂一人じゃが、昔はもう少し人がいたんじゃよ」


「え!? そうなんですか!?」


「ああ。昔、この近くには村があってなぁ。儂はその村で生まれた子だったんじゃ。それで、その村では昔からお狐様を祭っておってなぁ」


「お狐様?」


 村のことを話している内に、懐かしくなってきてしまったのだろう。九重は誰に頼まれるでもなく、村のことを話し始めた。


 曰く。

 今の時代よりずっと昔のこと。


 この辺りでは干ばつが続き、人々は水不足に悩まされていた。その深刻さたるや、近くの川が干上がってしまうほどであった。


 当時の人々は、雨乞いで雨を降らせようとしたが、上手くいかず。日を追うごとに、暑さは人々から生きる気力を奪っていった。


 そんな中、一匹のキツネが村の中に迷い込んできた。


 そのキツネは、腹を空かせていた。

 一人の若者が、空腹のキツネを哀れに思い、なけなしの食料を分け与えた。

 

 食料を食べ終えたキツネは、雨乞いの祭壇に上り、コーン、と一声鳴いた。すると、たちまち空に雨雲が広がり、大粒の雨が降ってきたのだ。

 

 人々は、このキツネが雨を降らせたと信じて疑わなかった。

 

 雨が降った後、このキツネは結局、山へ帰ってしまった。

 村の人々は、このキツネを神の使いとして神格化した。

 以来、このキツネは『お狐様』と呼ばれ、村と山の守り神とされたのであった。



「へぇ……! 素敵なお話ですね!」


「ははは、ありがとう。儂も、君みたいな若い子に、こんなに楽しそうに話を聞いてもらえて嬉しいよ。君は良い子じゃな」


「いえいえ、それほどでも! ところで、村は結局どうなっちゃったんですか? この辺には、村の跡地すら見当たりませんでしたけど……」


「あの村はなぁ……今は水の底に沈んでしまったよ」


「えー!? 水の底!?」


「ああ。ここに来る途中、ダムがあったじゃろ? あれが建設されて、村は湖になってしまって……な」


 あのダムが建設されるに伴い、九重たちを含めた当時の村人たちは、立ち退きを余儀なくされてしまった。


 多くの者は立ち退き料を手に、街へと降りて新しい人生を探しに行った。しかし九重は、ここでの暮らしを忘れられず、今のこの場所に新しい住居を構え、一人だけ残ったというワケだ。



「……ひどい! 大事な生まれ故郷を沈められちゃうなんて!」


「いやいや。こういうことはよくあることじゃよ。ダムだって人々の暮らしに必要なものだし、儂はもう気にしとらんよ。まぁ、故郷に帰れなくなったのは、ちょっと淋しいがね。……じゃが、それを快く思わない者たちもいたようなんじゃ」


「『快く思わない者たち』?」


「……のう、お嬢ちゃん。君たちは、マモノ討伐チームなんじゃな?」


「あ、はい、そうですよ! こう見えても結構強いんですよ、私たち!」


「そうかそうか。……かつてお狐様は、人々に恵みの雨をもたらしたが、あの仔らは人間を排する雨をもたらしてしまった」


「……九重さん? 一体何の話を……」


「いやいや、こっちの話じゃよ。こっちの……」


 そう九重が言い終えた、その瞬間。


「……! 来た! 衛星カメラに反応だ! しかしこれは……こっちに向かって近づいて来ている……!」


 狭山が声を上げた。

 どうやら、『星の牙』がこの家に向かってきているらしい。

 九重の身体がビクリと震えた。


「凄まじいスピードだ……もう二分足らずでここに到着する。戦闘場所は、この家の庭先になるぞ。みんな、急いで準備を!」


「ぼ、ボクもこの家にいちゃダメ……?」


「いいけど、その場合、リンファさんへのお土産話が一つ増えることになる。『シャオランくんは他人の家で引きこもっていました』と……」


「うわーん! サヤマのバカー!!」


 狭山の言葉を受けて、日向たち五人は戦闘準備に取り掛かる。


 日向と日影が『太陽の牙』を呼び出す。

 本堂が高周波ナイフを一本取り出す。

 シャオランは拳に巻いた包帯を締め直し。

 北園は心を落ち着けるべく深呼吸をした。


「九重さん。すみませんが、庭をお借りします。どうやらマモノはここを目指しているようです。もはや移動は間に合いません。……ここまで良くしてもらったのに、敷地を荒らすような真似をすることになってしまい、本当に申し訳ございません」


「……構いませんよ。どうかお気を付けて……」


「……後日、必ず人員を派遣して、庭を修復させますので……」


 やり取りを終えると、狭山も通信機器の準備を始める。通信車はやられてしまったが、手持ちのタブレットがあれば日向たちの戦闘をオペレートし、サポートができる。


 そして今度は、北園が九重に話しかけた。

 九重は北園に呼びかけられ、彼女の方にゆっくりと振り返る。


「九重さん! 私たち、マモノからこの家と九重さんを守りますので!」


「ああ。ああ。ありがとう、お嬢ちゃん」


「はい! 私たちも頑張りますけど、九重さんもどうか気を付けてくださいね!」


「……北園さん、そろそろ行くよ!」


「りょーかいだよ、日向くん!」


 そして五人は雨具を着こみ、玄関から庭へと出ていった。

 居間には、狭山と九重の二人が残される。



「……ありがとうお嬢ちゃん。しかし、マモノはこの家を攻撃せんよ。……しないんじゃよ」


 ポツリと、九重が呟いた。

 その呟きを聞いた狭山は、不敵な笑みを浮かべながら、九重に問いかけた。


「……やはり九重さん、あなたは今回のマモノの存在を知っていたのですね?」


「ああ。顔なじみ、と言ってもいい。どこで気づかれたのかな、お若いの」


「自分がマモノを衛星カメラで捕捉した瞬間のあなたの様子を、偶然見てしまいまして。あの反応は『なんで来てしまったんだ』と言いたげなように見えました。……まぁそれだけでなくとも、あなたの言動はどこか浮ついていたように感じましたから」


「ははは。儂の演技力もまだまだじゃな。これでも子供のころは俳優に憧れておったんじゃが」


「……それと、この辺りでは行方不明者の報告もありまして。そんな場所で普通に生活しているあなたには、何かがあるのではないかと密かに疑っておりました」


「……なるほどのう。そもそも、もはや隠し事ができる段階ではなかったというワケか。……儂も、お前さんたちのような存在が……マモノを狩るような存在が来るのは、そろそろだと思っておった。マモノはいないと適当に嘘をついて、追い返すつもりじゃった。しかし、上手くいかないものじゃな」


「その上手くいかないところがまた、不確定要素の面白いところですがね」


「はは、違いない」


 二人が会話を交わしている途中に、外から何者かの声が聞こえた。

 明らかに人間の者ではない。獣の鳴き声だ。


「……来てしまったか。出てくるなと言っておいたのに……」


「……かのマモノに、名前などはあるのでしょうか?」


「うむ。儂は『ライコ』と呼んでおる」



◆     ◆     ◆



 五人が庭に出ると同時に、どこからか巨大な何者かが飛び降りてきた。


 大きな体躯だ。普通自動車よりもう一回り大きいくらいだろうか。その身体は金色の毛に包まれており、尻尾は三つに分かれている。雨に濡れながらも、いまだにふさふさしていそうな、大きな三本の尻尾だ。


 ピン、と立った耳もまたふわふわとしており、ともすればこの獣を「可愛い」と言う者もいるだろう。


 しかし前足の爪はナイフのように鋭く、瞳は殺気立っている。

 身体からはバチバチと黄金色の稲妻を発し、その獣が魔獣の類であると知らせている。



「コオォォォーン!!」


 黄金色の獣が遠吠えを上げた。

 その獣は、稲妻を纏った巨大なキツネのマモノだ。

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