第185話 状況分析
謎の衝撃により、六人が乗った通信車が吹っ飛ばされた。
飛ばされた先は断崖絶壁。落ちたらまず無事では済まない。
しかし日向たちにはどうしようもできない。
このまま落ちるのを待つしか……。
(……いや待て。北園さんの念動力なら、この車を浮かせることができたのでは……)
咄嗟にそれを思いついた日向だったが、そう思う頃には、すでに車はガードレールを飛び越えた後だった。
ズン、と大きな音が鳴り響き。
車は、道路の上に屋根から落ちた。
「……あれ? 助かった……?」
日向が呟く。
逆さまになった車の中で、逆さまになりながら。
一体何が起こったのかと後ろを振り向くが、後ろの道路には何もない。
(マモノの襲撃かと思ったけど、肝心のマモノがいないな……。俺の勘違いか? それとも…………いや、今はとにかく皆の無事を確認しないと)
そう考え、日向は車内を見回す。
幸い、ひどい怪我を負ったものは一人もいないようだ。
「うーん……みんな無事かい……? 自分は何とか平気だよ」
「こっちもどうにか……。つけててよかったシートベルト」
「クッソ……シートベルトつけるのをサボったせいで、座席から屋根に叩きつけられたぜ……身体が痛ぇ……」
「日影ざまぁ」
「この野郎」
「俺も大丈夫です。落下の衝撃で本体を落としましたが」
「良いんですかそのルビで」
「寿命が縮んだ……もう帰ろう……?」
「この状態の車でどうやって帰る気なんだシャオラン」
「帰りの手段を潰された……もうおしまいだぁ……」
皆もどうにかこうにか無事なようだ。
日向が声をかければ、しっかり反応を返してくれる。
だがそんな中、北園だけが口を開かず、押し黙っていた。
「…………。」
「……北園さん? 北園さん?」
「…………。」
狭山が北園の名を呼ぶが、北園は返事をしない。
見れば、北園は必死な表情で自身の身を抱き、震えている。
「……これはいけない。とにかく一度、外に出よう。北園さんを下ろしてあげないと」
「分かりました。まずはシートベルトを外して……ぐえぇ!?」
「あ、ヒューガが不用意にシートベルトを外したから、頭から天井に落ちた」
◆ ◆ ◆
狭山の言葉を受け、皆はレインコートを着込んで車の外へと出る。そして狭山が北園の容態を確かめる。
北園は、意識はしっかりあるものの、やはりひどく怯えている。呼吸も少し荒い。
「過呼吸寸前……といったところかな。さっきの吹っ飛びが随分とショックだったらしい。けど、この分なら応急処置は必要なさそうかな……」
「…………。」
「とにかく、気持ちを落ち着かせてあげる必要があるね。……というワケで日向くん、後は任せた」
「え!? なんで俺です!? ちょ、狭山さん!?」
しかし狭山は、日向の呼び止めに応じず、車の様子を見に行ってしまった。後には日向と北園がポツンと残される。
「……大丈夫? 北園さん?」
任されたからには仕方ない、と日向は北園に声をかけてみる。
「日向くん……大丈夫だよ……大丈夫……」
「大丈夫なように見えないけど……」
すると北園は、顔をうつむけたまま、日向の身体に寄りかかってきた。意識を失って倒れたのではなく、少し身体を預けてきたような形だ。
「わっと!? 北園さん!?」
「ごめん、日向くん……。少しだけでいいから、こうさせて……。少しだけ……」
「……分かった」
日向の胸に支えられながら、北園は震え続ける。
日向は北園の背中でもさすってあげようかとも考えたが、自分から北園に触れるなどおこがましいと考えて止めた。
(北園さんの、この様子……。怯え方が明らかに普通じゃない。ライジュウに追い詰められたときだって、ここまで怯えてはいなかったぞ。考えられる可能性としては、北園さんはああいう絶叫マシン系アトラクションみたいなのがひどく苦手なのか、あるいは、交通事故とかにトラウマがある……?)
北園の事情を推測する日向だが、明確な答えは出てこない。仮に、本当に何らかのトラウマを抱えている場合、それを今の北園に直接聞くのは、余計に怯えさせてしまう可能性がある。だから日向は、何も聞かなかった。
やがて北園は落ち着いたようで、日向から離れ、顔を上げた。
「……うん。だいぶ落ち着いた。ありがとう、日向くん」
「ああ、どういたしまして」
二人がやり取りを交わしていると、後ろから日影が声をかけてきた。
「おーい、そこの二人。イチャイチャしてるところ悪いが、ちょっと手伝ってくれねぇか?」
「へ!? いやあの別に、イチャイチャしてたワケじゃ! ねぇ日向くん!?」
「そ、そうだぞおまっ、別にイチャ、ちゃ、チャチャッ、チャっ、イチャっちゃ」
「動揺の仕方がありえねぇだろお前は。それより来てくれ。車を動かして道路脇に寄せたいんだよ。ここは交通量が少ないとはいえ、このままじゃ邪魔だからな。北園の念動力で動かせそうか?」
「うーん……通信車ってかなり大きいからねー……。けっこう頑張らないといけないかも」
「ボクたちも手伝うよー! 力仕事なら任せてー!」
「”迅雷”を使えば、俺も多少は足しになるだろう」
「……うん。みんなが手伝ってくれれば、何とかなるかも!」
北園はすっかり復活したようだ。ひっくり返った通信車の元へと歩いていく。
自分も何か手伝えれば、と日向は北園について行く。
……しかし、その途中で狭山に止められた。
「おっと、日向くん。君はこっちに来てくれ。向こうは北園さんと残りの男子三人がいればなんとかなる」
「ちょ、今度は何ですか狭山さん? 何の用ですか?」
「えーとその前に。さっきは北園さんを落ち着かせてくれてありがとう。君ならできると思ったよ」
「いや、あれは北園さんが勝手に落ち着いたというか、俺は別に何もしてないというか……」
「それでも、ありがとう。……で、次の要件なんだけど、先ほど、自分たちは一体なぜ、何によって吹っ飛ばされたのか、君の見解を聞きたい」
「俺の? そういうのは本堂さんとかに聞いた方がいいんじゃ?」
「いや、君の見解が聞きたい」
「……まぁ、そういうなら……」
そう言って、日向は道路や車、その周辺などをその場から見回す。
(ええと……道路のあの部分、何かが爆発したような跡がある……けど、焦げ跡とかは無いな……。車体にも焦げ跡は無し……。それとあの辺、土が少し崩れてる……?)
時間にしてざっと十秒足らず。
しかし日向は何か分かった様子で口を開いた。
「……多分これは、『風』ですね」
「ほうほう、風かい」
「はい。今回の『星の牙』は”嵐”の能力者、それは間違いないはずです。”嵐”の星の牙は、”暴風”、”雷”、”大雨”の三つの能力を単独で扱える相手。けど、車体に焦げ目は無いから”雷”の線は無い。雨で車を吹っ飛ばすというのも考えにくい。なら、残るのは”暴風”の能力です」
「なるほどなるほど。他にはあるかい?」
「ええ。あそこの道路を見てください。何か強烈な衝撃を受けたかのように砕けています。恐らく、自分たちが車で走っている時に、あの場所で風の砲弾を受けて、車が吹っ飛ばされたのかと」
「『風の砲弾』?」
「ゲームの話になりますけど……『風』という能力は様々な形を持つんです。能力者自身を包み込んでバリアーになったり、かまいたちのように敵を切り刻んだり、暴風となって全てを吹き飛ばしたり……。そしてその中に、風の塊を砲弾のように飛ばして相手にぶつけるというのもあります」
「なるほど。つまり今回の『星の牙』は、雷や大雨に加えて、風の砲弾を得意とする能力者というワケか」
「……それだけではありません」
「え?」
「あの場所、見てください」
そう言って日向が指差したのは、道路脇から続く山道だ。木々や草が生い茂り、非常に急な坂となっている。人間ではとても登れそうにない。
「気になってたんです。俺たちを襲撃したのは、一体どんなマモノなのか。それで気づいたんですけど、あの山道の下側、ちょっと土が崩れてます。さらにそこから、何者かが草木を踏み分けたような跡も続いてます。思うに、俺たちを襲撃したマモノは、攻撃後、あそこから山の中へと逃げたのでしょう。土が崩れてるのは、あの場所から坂を上がった拍子に、です」
「へぇ、良く気づいたね」
「俺は、車がひっくり返ってから、すぐに後ろを確認しました。しかし、マモノの姿は無かった。並のマモノなら、まだその場から逃げきれず姿くらいは見れたと思うんです。……けど、マモノはすでに逃げていた。さらに山の中に徒歩で逃げたと分かっている以上、空を飛ぶマモノでもない。……ならば今回のマモノは、かなり俊敏な陸上動物型のはず……」
「……いや、大したものだ。日向くん、やはり君は…………おっと」
狭山が何かを伝えようとするが、不意に狭山はその話を中断した。道路の向こうから、誰かがやって来るのが見えたのだ。その人物は、やや腰の曲がった男性の老人だ。
「……おや、こんなところに人とは珍しい。それにこれは……事故ですかな? もし良ければ、ウチに来てもいいですよ。こんな雨の中で立ち往生するよりは、いくらかマシでしょう」
「おお、それは大変助かります。あ、自分は狭山と申します。ご老人、あなたは……?」
「儂はこの近くにある神社の、神主をしているものでして。
名前は……九重 稲男と申します」
こうして、六人は九重と名乗る老人の提案を受け、彼の家へとついて行ったのであった。
(気になることは他にもある。あの時、車が吹っ飛ばされた時、俺は間違いなくガードレールを飛び越えたと思ったんだ。なんで、車は道路に着地したんだ? 咄嗟に北園さんが念動力を使ったとか? ……駄目だ、ここは分からないや……)