第2話 終業式
―――その日、夢を見た。
空から一本の剣が落ちて往く。
紅い軌跡を描きながら、流星のように。
落ちた先は、住宅地付近の小さな山の中。
そこにやって来た、一人の少年。
少年は、しばらくその剣の様子を窺うと。
おもむろに剣の柄を握りしめた。
―――嗚呼、思えば、ずいぶんと久しぶりに夢を見た。
◆ ◆ ◆
日向が家を出発しておよそ四十分後、無事に高校へ到着した。
「ふー……。きっつい。全然慣れないや」
高校に入学してから何度も行き帰りした道であるが、日向にとっては未だに遠い道のりである。息を切らせず到着できた試しがない。ちなみに、帰りは坂を登らなければならないのでもっとキツくなる。
駐輪場に自転車を止め、教室へ向かう。
教室に到着したら、ホームルームが始まるまでただボーっとして時間を過ごす。時おり、周りのクラスメイトの他愛のない会話に耳を傾けながら。
他の生徒と会話はしない。まず、そんな友人がクラスにはいない。クラス内において、話しかけられたら気さくに答え、それ以外は静かに佇む、さながらタンポポのような立ち位置を日向は築いていた。
……と、言うよりも。
日向自身が、周囲を避けているような様子にも感じられた。
◆ ◆ ◆
終業式も終わり、あっという間に下校時間がやって来た。これからの長期休日に皆が胸をときめかせる中、日向は一人、自分の成績表とにらめっこしながら、暗い顔をしていた。
「やっべぇ……。2か3しかない……」
もちろん、彼の高校の成績表はスタンダードな五段階評価だ。4さえ一つも無いのは、勉強嫌いな日向と言えど流石に堪えた。
(さて、母さんにどう言い訳しようか。俺の実力に成績表がオーバーフローを起こした結果、逆に数字が低くなったとか…………それは一学期に言ったやつだな)
そんなことを考えていると、不意にクラスの女子から声を掛けられた。
「ねぇ、日下部くん?」
「はい? えっと、北園……さん?」
彼女の名前は、北園良乃。
基本的に明るめな性格だが、その性格の割にはあまり大勢の友達で集まったりしない、どこか少し変わった女子だ。
身長は同年代の女子の中でも低い部類だろう。小ぢんまりとした外見に、ふわりとした黒のボブヘアーが良く似合う。パッと見た感じ、大人しめでふわふわとした雰囲気の少女、という印象だった。
ちなみに、なぜかいきなり話しかけられたが、日向と彼女に交友関係は全くない。彼から見てもこれは異常事態である。
日向は普段から小心者な上に、女子には全く慣れていない。
未知との遭遇と言っても過言ではない緊張感が日向を襲った。
「えっと、何か用……?」
かろうじて平静を装い返事をする日向だが、思いっきり声が震えている。しかし北園は構わず話を続ける。
「うん。ちょっと今から、すごく変わった質問をするんだけど、いいかな?」
「すごく変わった質問……? あー、うん。どうぞ。俺に答えられることなら」
「じゃあ遠慮なく。日向くんって、剣とか持ってる?」
「剣? 剣って……あれだよね? 武器の? 英語で言うとソード?」
「うん。そーど」
「いや、持ってないけど……」
ちなみに日向の家は骨董品店でもなければ武器屋でもない。
ましてや日向が古物コレクターというワケでもない。
前置きされたとはいえ、本当に変わった質問だった。
北園がどうして日向にこんな質問をしたのか、彼自身にも見当がつかなかった。
「あー、持ってないんだ。そっかー」
「んー……。竹刀とかならあるけど。中学の時に部活で使ってたやつが」
「ううん、竹刀みたいなのじゃなくて、もっとこう、西洋の両手剣みたいな……」
「オーケー。絶対無い」
「そっかぁ。絶対無いかー。ごめんね、変なこと聞いて」
「いやいや、気にしてないよ」
そう言って北園は「そっかー、まだ持ってないのかー」などと呟きながら去っていった。
(それにしても西洋の両手剣って……。持ってたら持ってたでどうするつもりだったのだろう?)
そう思い日向は、しばし頭をひねって考えてみる。
「……うーん、ダメだ、分からん。考えてもしょうがないか」
頭をひねっていると、窓の外の景色が視界に入った。
今日は、冬の季節としては珍しく、空は青く晴れ渡っている。
気がつけば太陽は中天に上り、時計は正午を伝えた。
(さて、学校ももう終わったし、ぼちぼち帰ろうかなぁ)
気持ちのいい景色を眺めながら、日向は席を立とうとする。
日向のクラスは学校の四階にある。そのため窓からの景色はとても見晴らしがよく、向こうの山まで良く見える。その山のふもとには彼が住んでいる家もある。中心街から離れた、閑静な住宅地だ。
そんな窓の景色を眺めていると、異様な光景が目に映った。
(ん……? なんだ、あれ……?)
空から、何か光るものが、真っ直ぐ落ちていく。
紅い軌跡を描きながら、まるで一条の流星のように。
あるいは、天から降ってきた一本の矢のように。
(え、何だあれ? 隕石?)
そしてそれは、ちょうど日向の自宅の裏山に、吸い込まれるように落ちた。
『それ』が落ちても、爆発などは起こらない。
あとはただ、いつもの景色が広がっている。
クラスの皆は誰も気づいていない。
今の光景を目にしたのは、偶然か運命か、日向ただ一人だった。
「これは……行ってみるか……」
そう言って、日向は急いで荷物をまとめると、教室を飛び出した。
そして、慌てるように教室を出ていく日向を、北園良乃は後ろから眺めていた。
「動いたね……。さて、夢の通りに動いてくれるかな……?」
そう言って北園は、日向の後ろにこっそりついて行った。