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第182話 サラマンダー

 時期は6月に入り、ある日の正午過ぎ。


「こりゃまたひでぇことになってるな」


 辺り一帯が焼け焦げた森が目の前に広がっている。

 そんな光景を眺めながら、日影は呟いた。


『気を付けてね日影くん、それと本堂くん。『星の牙』はおそらく、すぐ近くに潜んでるわ』


「おう。分かってる」

「承りました」


 通信機からの的井の声に、日影と本堂は応答した。


 今日は平日。よって日向たちは学校のため、マモノ退治に来れなかった。今回やって来たのは日影と本堂の二名のみ。また、狭山は別の仕事で忙しいため、オペレーターは的井が務めている。


 木々が焼かれ、すっかり見通しが良くなってしまった森の中を歩く二人。


 この森に『星の牙』が潜んでいるらしく、近くの村や集落を襲いに来るらしい。まだ死者こそ出ていないが、周囲の自然さえ容赦なく焼き払うこのスタイルから推察するに、今回の『星の牙』は過激派である可能性が高いだろう。


 このまま放置していれば犠牲者が出る可能性も高い。早急な対処が必要だ。そのために日影が派遣された。

 日向たちに『自分一人で星の牙を狩る』という提案をして以来、日影は連戦連勝だ。今では単独でも積極的に『星の牙』を狩りに来ている。


 本堂も受験勉強で忙しい身であるが、日影の『再生の炎 ”力を此処に(オーバードライヴ)”』が見たいがために同行した。


「無理してこなくてもよかったんだぜ? オレ一人でも十分だ」


「まあ、そう言うな。お前の新たなる力を生で見たいのもあるが、俺も一応マモノ討伐チームだ。たまには身体を動かさねば鈍ってしまう。聞いて驚け、ギロチン・ジョー以来戦っていないのだ俺は」


「ああ、そんなにご無沙汰だっけか。そりゃあ、たまには運動しねぇとな」


「例の……オーバードライヴだったか? あの技にはもう慣れたのか?」


「まぁ、ぼちぼちだな。日向ほどじゃねぇが、発動したら身体中が火傷しそうなくらい熱くなる。この痛みにある程度慣れないといけねぇ。そのためにはもっと多くの戦闘経験が必要だ。……ああ、もっと、もっとだ……」


「…………。」


 始めこそ和やかに話していた日影だが、話が進むにつれてだんだんと、その瞳から笑みが消えていった。そんな日影を見定めるように、横目で彼を見つめる本堂。


 二人が焼けた森を散策していると、前方の地面にぽっかりと空いた穴を見つけた。人ひとりはすっぽり入れるであろう、何かが潜っていったような、深い穴だ。それに、その穴は何かが潜っていったというよりは、焼いてくり抜かれたようにも見える。


「……本堂」


「うむ」


 日影の身体が炎を纏う。オーバードライヴ状態だ。

 本堂もまた自身の異能力、”迅雷”を使用し、身体から電流がほとばしる。


 その身に炎を宿す日影と、雷電を宿す本堂。

 二人は敵の気配を感じ取り、戦闘態勢を取った。


「……絵になる構図かもしれんが、その状態のお前の近くにいると、普通に熱いな」


「それはまぁ、素直に悪ぃ。ところで的井、周囲に敵の反応は?」


『反応は……無いわね。けれど、周囲のこの様子を見るに、間違いなく近くにいる』


「ふむ。付近にいるのに反応は無い。つまり敵は、衛星カメラの死角を突いてきているということか」


「この見晴らしのいい場所で、衛星の死角……つまり下か!」


 日影が声を上げた瞬間、二人の背後の土が盛り上がる。

 そして、巨大な緋色の大蛇が姿を現し、二人に噛みつきにかかった。


「シャアアアアアアアアッ!!」


「おっと!」

「ぬっ……!」


 不意打ちを察知し、その場から飛び退いて噛みつきを避ける二人。

 体勢を整えると、姿を現した敵を観察する。


 先ほど、この大蛇を「緋色」と形容したが、厳密にはこれは誤りだった。正確に言えば、「緋色の炎で身を包んでいる」。


 そう。この大蛇は身体が炎上している。

 しかし苦しむ様子は無く平然としている。

 つまりこの、『身体に炎を纏う』のが目の前の大蛇の能力だ。


 体躯も非常に大きい。

 二階建ての一軒家くらい、ぐるぐるに巻き付くことができるだろう。

 緋色に燃え上がる大蛇は、舌をチロチロと出しながら、とぐろを巻いて日影たちを睨みつけていた。


『データベースにあるマモノね。名前はサラマンダー。”溶岩ボルケーノ”の星の牙よ』


「『炎を身に纏う能力』か。へっ、オレと同じ能力ってワケだ。上等だぜ。その皮剥ぎ取って、サイフかバッグにしてやるぜ!」


()()に潜んでいると思ったら、()()に潜んでいたというワケか」


「なんてこった。”吹雪ブリザード”の星の牙もいやがった」


「なに? どこだ?」


「テメェだよバーカ! 激寒ギャクかましやがって!」


「そんなことを言われると、照れるな」


「一ミリだって誉めちゃいねぇんだよ!!」


『ちょっと二人とも集中して。……来るわよ!』


 的井の言葉とともに、サラマンダーが動き出す。まるで空を飛ぶ龍のように身体をくねらせながら、二人に向かって突進してくる。

 サラマンダーの身体は灼熱の炎に包まれており、少しぶつけられるだけでも大火傷は免れない。


 しかし日影と本堂はサラマンダーの動きを上手く見切ってこれを避ける。突進を避けたことで、日影がサラマンダーの背後を取った。


「おぉぉぉッ!!」

「ギャーッ!?」


 日影が素早くサラマンダーに接近し、横一文字に斬りつける。

 横斬りを放った勢いのまま身体を回転させ、回し蹴りを叩き込む。

 身体能力が爆発的に向上し、太陽の炎を纏った日影の肉弾攻撃は、巨大な『星の牙』であろうと十分なダメージを与えることができる。


 さらに、日影はサラマンダーの燃える身体を直接蹴ったにも関わらず、熱さを感じたような様子は無い。オーバードライヴ状態は、日影の炎への耐性も上げるのだろう。


「シャーッ!!」


 サラマンダーが日影に反撃を仕掛ける。

 牙を剥き、大きな口を開けて噛みつきにかかる。


「おるぁッ!!」

「ギャッ!?」


 しかし日影はこれも退ける。

 迫る牙に対して、サラマンダーの顎を蹴り上げることで迎撃した。

 サラマンダーの頭が弾かれるように上がり、炎に包まれていない白い腹が露わになる。


「そこだ……!」


 瞬間、本堂が日影の脇を駆け抜け、サラマンダーの腹を高周波ナイフで突き刺した。そのまま、刺し傷から強烈な電気を直接流す。


「ギャアアアアッ!?」


 本堂の電撃を受け、サラマンダーの身体が翻って地面に倒れた。

 麻痺したのか、身体がビクビクと痙攣し、ぐったりと倒れて動かない。


「もらったぜッ!!」


 その様子を見た日影が、サラマンダーの頭部へと駆け寄る。

『太陽の牙』を持つ手とは逆の、左手に炎を凝縮させながら。


「くたばれ! 陽炎鉄槌ソルスマッシャーッ!!」


 叫び、サラマンダーの頭部に炎の拳を叩き込む。

 サラマンダーの頭部で大爆炎が巻き起こされ、サラマンダーの身体がビクンと一回、大きく痙攣し、動かなくなった。


「よっしゃ、一丁上がりだぜ!」


 勝利の雄たけびを上げる日影。

 目の前のサラマンダーの身体は、いまだにごうごうと燃えている。



『……ちょっと待って、日影くん。データによると、サラマンダーは死亡した時、身体の炎が消えるらしいわ!』


「は? じゃあつまり、目の前のコイツは……」


「シャアアアアアッ!!」


 そう。今のは死んだフリ。

 突然、サラマンダーが起き上がり、日影を狙って噛みついて来た。


「ふっ!」

「ギャアッ!?」


 ……しかし、そのサラマンダーの横から、本堂が高周波ナイフを投げつけ、サラマンダーの動きを止めた。

 ”迅雷”による身体強化もあり、弾丸のように鋭く真っ直ぐ投げられたナイフは、サラマンダーの側頭部に命中し、それこそ弾丸のようにサラマンダーの頭蓋を貫通した。


 さしもの『星の牙』もこれにはたまらない。

 致命的なダメージだ。

 しかし、まだサラマンダーは倒れない。

 怒りのこもった瞳で本堂を見据える。


「…………。」

「シルルルルル……!」


 本堂は新しい高周波ナイフを腰の鞘から取り出し、サラマンダーと向き合い、構える。


 対するサラマンダーも、舌をチロチロと出しながら本堂を睨みつける。蛇にらみ、というやつだが、本堂は蛇に睨まれたくらいで動けなくなるカエルではなかった。


「シャアアアアアッ!!」


 サラマンダーが噛みつきにかかる。

 地面ごと喰らおうという勢いだ。

 本堂はそれを跳んで避ける。


 噛みつきを避けられたサラマンダーは、すぐさま二撃目の噛みつきを繰り出す。


 背後の木の幹へと着地した本堂は、さらにその木の幹を蹴って跳び、二撃目を避ける。そして、サラマンダーの頭上を飛び越えながら、宙返りして高周波ナイフを投げ放った。


「ギャアアアアッ!?」


 ナイフは見事にサラマンダーの後頭部に命中。

 そのまま脳髄を突き抜け、下顎まで貫通した。

 サラマンダーの身体がグラリと倒れる。

 その頭部の落下地点に、日影がいた。


 日影は左手に『太陽の牙』を持ち替えると、右手に炎を凝縮する。

 そして……。


「もう一発だ、今度こそ沈めッ!!」


 倒れてきたサラマンダーの頭部に、陽炎鉄槌ソルスマッシャーのアッパーを繰り出した。


 サラマンダーの巨体が爆炎と共に浮き上がり、轟音を立てて地面に墜落する。そして、サラマンダーが起き上がることは、二度となかった。



「よっしゃ! 今度こそやったぜ!」


 日影が、本日二度目の勝利の雄たけびを上げた。

 オーバードライヴを解除し、身体から炎が消えている。

 そんな日影の元へ本堂も歩み寄り、事切れたサラマンダーを見下ろす。


「……もう終わったのか。話には聞いていたが、相当な能力だな、それは」


「ああ、すげぇだろ。しかしまぁ、本堂もやるじゃねぇか。迅雷状態の動きのキレなら今のオレとも大差ねぇよな。空中であの体勢からナイフを投げるとか、見た目によらず運動神経の塊みたいな奴だな」


「前も言ったと思うが、元は頭を使うより身体を動かす方が得意でな」


「そういやぁ言ってたなそんなこと。いつの話だったっけか。確か……」


「北園の胸がそこそこある、とか話してた時だな」


「……ああ、思い出したぜ。あの時は結局、一発もお前に拳を当てられなかったが、今ならいけるんじゃねぇかな……?」


めろめろ。あのオーバードライヴ状態とやらで殴られたら洒落しゃれにならん」


 戦闘の緊張を解き、再び二人が和気あいあいとやり取りを交わしていると、的井からの通信が入った。


『お疲れ様、二人とも。改めて周囲を確認したけど、取り巻きのマモノもいないわ。これで今回の任務も達成よ』


「おう、サンキューな。……まぁ、周囲をこれだけ好き放題に燃やす奴には、コバンザメだって寄り付かねぇわな」


「どうでしょう的井さん。仕事の疲れを癒すため、我々三人で銭湯にでも行くというのは」


『あなたがいなかったら考えたわね、本堂くん』


「ふむ、上手くいかないものだな。湯上り的井さんが見れると思ったのだが」


「露骨すぎるんだよエロメガネが」


「お誉めにあずかり恐悦至極」


「だから一ミリも誉めてねぇっつってんだろ!! ……はぁ、疲れる。やっぱ本堂コイツの相手は日向に任せるに限るな……」


『星の牙』の討伐も終え、二人は的井が待つ通信車へと戻っていく。サラマンダーの死骸は、放っておけば星の力が抜け落ち、骨となって土に還るだろう。


 通信車へと戻る道中。不意に本堂が日影に声をかけてきた。


「日影」


「あん? 何だ?」


「俺たちは仲間だ。お前は随分と強くなったが、あまり一人で突っ走り過ぎるなよ」


「おう。……けど、どうしたんだ急に?」


「焦っているように見えたのでな」


「焦り、か……」


 確かに、日影にも思うところはあった。

 日向たちと一緒に戦えないなら、たとえ自分一人ででも戦いに赴き、少しでも戦闘経験を積む。……いや、積まなければ。そんな思いが、どこかにあった。


 またいつキキと戦うことになるか分からない。

 その時に備えて、少しでも強くならなければ。

 そして、今度こそ松葉たちの仇を取らなければ。

 心のどこかで、そんな意識が渦巻いていた。


 今はまだ、十分抑えられるくらいの焦りだった。

 だが、これがいずれ大きくなっていたかと思うと……。


「……サンキュー、本堂。ナイスブレーキだったぜ」


「ああ。俺に出来ることであれば、いくらでも力になろう」


「……時々そうやって、いきなりマトモになるから油断ならねぇなお前は」


「それは…………すまなかった…………」


「いや誉めたつもりなんだが今のは」


「ああ知ってる」


「クソが」


「……ふっ」


「……へへっ」


 馬鹿馬鹿しいやり取りに、思わず笑みがこぼれる二人。



 やがて通信車も見えてきた。的井が手を振ってこちらを呼んでいる。

 日影もまた手を振りながら、本堂はポケットに手を突っ込みながら、的井の元へと歩いていった。

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