第181話 曇る表情
夕焼けに染まった空の下。
自転車で川沿いの道を駆け抜ける日向。その表情は暗い。
「はぁー……」
自転車をこぎながら、ため息を吐いてみる日向。
少しは胸の内がスッキリするかと思ったが、胸のモヤモヤは残ったままだ。
日向の表情が曇っている理由は、今日のテストの点数がひどいものだったから……ではない。まぁ確かに、決して褒められた点数ではないのだが、狭山から勉強を教わることが出来なかった割には、それなりに点数は取れていた。あくまで、日向としては、だが。
日向の表情を曇らせる要因は、いくつかある。
一つは、この間の松葉班の件についてだ。
見知った顔が目の前で死んだのだ。ショックを受けないはずがない。日向たちも戦いに身を置いている以上、そういう出来事に直面する日は、遅かれ早かれ来ていたことだろう……が、実際に来てみると、想像以上に胸が辛かった。
日向も含めて『予知夢の五人』は、どうにか松葉班壊滅のショックから立ち直りつつある。ただし、表面上は、だ。心の中では皆、それぞれ色々と思うところがあることだろう。
日向の表情を曇らせる要因、その二。
それは、最近の日向と、仲間たちとの実力の開きについてだ。
日向たちもそこそこの数の戦闘を経験してきたことで、それぞれの戦闘時における役割を確立しつつある。
例えば北園は、後方火力担当だ。
超能力による広範囲、高威力の攻撃は、まさに彼女ならでは。
彼女がいるといないとで、戦闘の難易度が大きく変わる。
シャオランはもちろん前衛だ。
練気法によって攻守ともに死角無し。
そしてシャオラン自身も優れた武人なので、非常に戦闘慣れしている。
『地の練気法』によって大型のマモノの攻撃を正面からガードできるのも、彼ならではだろう。よって、敵の注意を引くのにも向いている。
本堂は中衛、あるいは撹乱役といったところか。
電撃や高周波ナイフによって、近距離~中距離まで対応できる。
さらに本堂はスピードも相当なもので、そのスピードを”迅雷”によってさらに底上げできる。
そして日影が、メインアタッカーだ。
『太陽の牙』を保有している彼は、『星の牙』に問答無用で致命傷を負わせることができる。やや突撃癖があるものの、最近ではオーバードライヴなる技まで習得し、アタッカーとしてますます磨きをかけた。
そんな中、日向はこれといった長所が無い。
確かに日向も日影と同じく『太陽の牙』の使い手なので、メインアタッカーを務めることは可能だ。しかし日影より身体能力が劣るため、彼より役立つことはできない。極端な話、日向を抜いた四人だけでも、あのパーティは上手くいくのではないか、などと日向は考えていた。
「それに、なにより……」
日向が呟く。
日向の表情を曇らせる、第三の要因について考えようとする。
……と、その前に。
前方に見知った顔を一つ……いや、二つ発見した。
小柄な女子中学生と、一匹の蒼いマモノだ。
「あ、あなたはたしか……日下部日向さん?」
「お、君は確か…………ゴメン、名前何だっけ……」
「ましろですよ。小岩井ましろです」
「ああ、そうだった……」
二人の少女のうちの一人は、以前日向が知り合った小岩井ましろだ。些細なことで友人と仲違いしていたところを、日影や狭山が助けたのだ。
「ゴメン、ましろさん。どうも人の名前と顔を覚えるのは苦手で……」
「気にしないでください、私もですから。……ただ、あのとき私を助けてくれた、日影さんのことはよく覚えています。顔も名前も似ているから、ついでに日向さんのことも覚えてたんでしょうね。……って、ごめんなさい! これじゃとても失礼ですよね……!」
「いやいや、気にしてないよ。仮に失礼だとしても、名前を憶えてなかった俺より百倍マシだよ」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
「いやいや、こちらこそごめんなさい……」
互いに頭を下げ合う二人。
基本ネガティブ思考なこの二人が向き合うと、このように謝罪合戦が始まる。
「チィ!」
「……お。お前は」
そして、ましろに頭を下げる日向の足元で、蒼いハリネズミのような姿のマモノが一声鳴いた。ましろの友達、サンダーマウスのいなずまちゃんである。
「よぉ、首輪付き」(精一杯のイケボ)
「チィィィィ……!」(バチバチと放電を開始する)
「あわわわわ、ごめんなさいごめんなさい。だから電撃はやめて」
「こーら、いなずまちゃん。乱暴は駄目だよ」
そう言うと、ましろはポケットからゴム手袋を取り出し、それを着用していなずまちゃんを抱きかかえた。するといなずまちゃんはすっかり大人しくなる。
「おお、すごい。もうすっかり慣れてるね」
「はいっ。最近はサキちゃんとも仲良くできてるし、いなずまちゃんと一緒にいられるし、人生で一番楽しい時間かもしれません。これも日向さんたちのおかげです。あの時は本当にありがとうございました!」
「どういたしまして……と言いたいけれど、俺はほとんど何もしてないからなぁ。是非とも日影に直接伝えてくれ」
「そうしたいんですけれど、日影さんの電話番号とか、まだ聞いてなくて……」
「何やってるんだアイツ……。俺が代わりに教えようか?」
「あ、はいっ。お願いします!」
ましろの頼みを受けて、日向は日影の電話番号を教えた。
ましろはとても嬉しそうだ。
「じゃあ、俺はこれで。危険なマモノには気を付けるんだよ」
「はい! ありがとうございました!」
やり取りを終え、日向は自転車に乗ってその場を立ち去ろうとした。
……が、不意にましろから呼び止められた。
彼女の表情は、どこか心配そうである。
「あのっ! 日向さん!」
「ん? どうしたの、ましろさん?」
「えっと、その、日向さん、何だか元気がなさそうに見えて、ちょっと心配になって……」
「……そっか。そう見えたのか」
「日向さんも、マモノ討伐チームで働いているんですよね? お仕事とか、大変なんですか?」
「……うん。大変だよ。もしかしたら死ぬかも……」
「え!? そ、そんな!?」
「あ、ああいや、冗談冗談。気にしないで」
「冗談……なんですね。ビックリしました。そういえば、その……討伐チームって、日影さんも戦ってるんですよね? あの人は大丈夫なんですか……?」
「ああ、もちろん。最近はアイツ、凄い強くなっちゃって、今では一人でマモノと戦ってるくらいだよ」
「そ、そうなんですね。教えてくれてありがとうございます。……日向さんも、どうか気を付けてくださいね」
「ああ。ありがとう」
そう言うと、今度こそ日向は自転車に乗って去っていった。
その表情は、やはり暗かった。
日向の表情を曇らせる第三の要因。
これが、日向の目下最大の悩み。
それは、日向と日影の実力差。
日影は、強くなった。
日向から見れば、あまりに強くなり過ぎた。
日影は『再生の炎 ”力を此処に”』という新しい力を手に入れ、日向を大きく突き放してしまった。自分では使えない、その力で。
日向もキキとの戦いの後、一度その力を見せてもらったことがあるが、ハッキリ言ってアレは異常だ。人間ができる動きを大きく超えている。その強さたるや、先ほどもましろに言った通り、今では単独で『星の牙』を狩ってしまうほどである。
日向はいずれ、日影と戦わなければならない。
あの、超人と化した日影と……だ。
彼に勝てなければ、たとえマモノ災害を終わらせようとも、日向は死ぬ。
「…………勝てるワケないよなぁ……」
諦念と羨望が入り混じった声で、日向は弱々しく呟いた。
ほとんど確定してしまったような死の運命が、彼の表情を曇らせていた。