第177話 再生の炎 力を此処に
「おるぁぁぁッ!!」
燃え上がる死体の山に照らされる大部屋の中。
日影が『太陽の牙』を振りかぶり、キキに斬りかかる。
その刀身は、彼の怒りを体現するかのように灼熱の炎を纏っている。
「キキーッ!!」
しかしキキは、これをヒラリと躱す。
その攻撃の隙を突いて、日影の腹に拳を叩き込んだ。
強烈な一撃だ。日影の身体が大きく後ずさる。
だが日影もこれに耐え切り、すぐさま反撃を開始する。
「おぉぉぉぉッ!!」
剣を両手で握りしめ、素早く斬撃を繰り出す。
斬り上げからの振り下ろし、そして身体を時計回りに回転させて薙ぎ払う。
重心の移動まで利用した、高速の三連撃。
重量のある『太陽の牙』でこれほどのスピードの攻撃を繰り出せるのは、日々限界まで自身を鍛えている日影ならではだろう。
しかしキキは、この攻撃も全て避けてしまう。
最後の薙ぎ払いを後ろに跳んで避けると、その背後の壁に向かって垂直に着地、そのまま壁を蹴り、日影の顔面目掛けて拳を叩きつけてきた。
日影は咄嗟に『太陽の牙』でガードする。
重厚な金属音が部屋の中に響き渡る。
上手く防いだというのに、身体が大きく仰け反った。
キキの拳はそれほどの威力なのだ。
「グギギ……!」
しかしキキも無傷では済まなかった。
何せ、燃え盛る『太陽の牙』の刀身を素手で殴ったのだ。右手に大きな火傷を負った。
「へっ! ざまぁねえな!」
「ムッキャアアア!!」
怒りの声を上げて、キキが日影に襲い掛かる。
火傷を負ったにもかかわらず、再び右の拳を振りかぶる。
そのキキを迎撃するように、日影は剣を横薙ぎに振り抜いた。
しかしキキはこれをジャンプして避け、がら空きになった日影の顔面に痛烈な右フックをお見舞いした。
吹っ飛ばされ、肩から石畳に叩きつけられる日影。
しかしすぐさま後転し、受け身を取った。
顔を上げれば、また凄い勢いでキキが迫ってきている。
「うるぁッ!!」
そのキキに向かって真っ直ぐ、右手に持った『太陽の牙』を突き出した。
串刺しにして炙り殺す勢いだ。
しかしキキはこれを左に跳んで避ける。
「キキーッ!!」
突きを避けたキキが、そのまま日影に向かって右ストレートを繰り出す。
日影は左手で掌底を放ち、キキを迎え撃つ。
キキと日影の拳が、大きな音を出して激突した。
「ちっ……!」
キキの拳を受け止めた日影。しかしすぐに跳び退いた。押し負けこそしなかったが、左手にひどい痛みが走り、悲鳴を上げている。やはりキキの腕力は、こちらの腕力を大きく上回っている。
(パワーで負けているのもキツイが、問題はあのすばしっこさだ。『太陽の牙』が全然当たらねぇ……)
歯噛みしながら、日影はキキを見据える。
キキのスピードは相当なものだ。恐らくは、日影がこれまで戦ってきたマモノの中でも最高クラスだろう。
そもそも、今までの『星の牙』は、身体が大きいマモノがほとんどだった。だから重い『太陽の牙』を振るっても、あまり問題なく攻撃を当てることができた。しかしキキとの戦いにおいては、この『太陽の牙』の重さが致命的だ。
当然、日影の斬撃のスピードだって言うほど遅いワケではない。むしろ165センチの身長で、その身長より多少低い程度の長剣を振るうということを考えれば、体格のわりに相当な剣速であると言えるだろう。しかしそれでもキキには通じない。
(だがいかんせん、この大部屋には戦闘に利用できそうなものが何一つとしてない。オレはあくまで、オレ自身の力であのスピードを捉える必要があるワケだ)
恐らくは先ほどの『太陽の牙』の、燃える刀身によるガードカウンターも通じなくなっているだろう。あれが現状、唯一キキに与えることができた有効打であるならば、当然向こうも警戒し始めている。
すると日影は、あろうことか『太陽の牙』を部屋の隅に放り捨てた。
そして拳をポキポキと鳴らし、構えた。
(……だったら、素手でボコる!)
両の拳を握りしめ、再びキキと対峙する。
素手ならば、『太陽の牙』よりも格段に速いスピードで攻撃ができる。それに、日影の拳の威力は極めて高い。ボクシング経験者が一撃で戦意を喪失し、現役の軍人さえ恐れるほどだ。
『星の牙』は高い生命力を誇るが、基本的に防御力が優れているワケではない。骨が折れても死にはしないが、動かすことはできなくなる。内臓が潰れても死にはしないが、激痛で身悶えするだろう。
つまり日影は、素手でキキを弱らせた後、『太陽の牙』でトドメを刺すつもりだ。
後は、素の腕力でキキに負けているという問題点があるが、そこはもう自分の技量でカバーするしかない。どのみちこのままでは、『太陽の牙』を当てることさえできないのだから。
「おるぁぁッ!!」
キキとの距離を詰めた日影が、拳を引き絞り、右ストレートを放った。握りしめられた拳が、風を切ってキキに迫る。
「キキッ!!」
……しかしキキは、これを真正面から受け止めた。
そのまま日影の拳を払うと、前のめりになった日影の顎に強烈なアッパーを打ち込んだ。
「がふっ!?」
大きく仰け反り、倒れる日影。
すぐさま起き上がり体勢を整える。
すでにキキが追撃を仕掛けるべく、こちらに向かって走ってきている。
「おらぁッ!!」
日影が左の拳で、振り払うように裏拳を放つ。
だがキキはこれも受け止め、逆に日影を殴り飛ばした。
再び床に倒れる日影。
頭を振り払いながら起き上がる。
キキはこちらに追撃を仕掛けず、先ほどの場所から動いていない。
「キッキッキ……」
その代わり、下卑た笑みを浮かべて日影を挑発している。
いいようにやられ、日影も思わず熱くなってしまう。
「クソ野郎がぁッ!!」
キキに駆け寄り、日影は渾身の蹴りを放つ。
まともに喰らえば壁まで吹っ飛びそうな勢いのサッカーボールキックだ。
「キキィッ!!」
……だがしかし、キキはこれも受け止めてしまった。
そのまま受け止めた日影の足に、思いっきり噛みついた。
「ムッキャアアア!!」
「ぐああっ!?」
キキの牙を受けた日影が悲鳴を上げる。
肉を食いちぎられるどころの話じゃない。骨まで噛み砕かれそうな勢いだ。
キキは、日影が『太陽の牙』を捨て、素手の勝負に出ると、今度は自身の腕力を生かしたガード主体の戦法に切り替えてきた。
『星の牙』に特効を持つ『太陽の牙』を、キキが素手で受け止めるワケにはいかない。しかし日影の拳ならその限りではない。腕力も勝っている以上、わざわざ日影の拳を避ける必要も無い。受け止めて反撃すればいいのだ。
(クソッ……。もしかして、詰んでねぇか、コレ……?)
『太陽の牙』は避けられ、拳は受け止められる。
これではもはや、どうしようもできない。
……しかし、諦めるわけにもいかない。
松葉たちの仇を討たなければならないのももちろんだが、キキを倒さなければこの森から出られないのだ。やるしかない。
頭の中で悪態をつきながら、日影は足に噛みついたキキを振り払おうとする。
しかしいくら引っ張っても、キキは全く離れない。それどころか、どんどん牙を足の奥へと食い込ませてくる。
「だったら、コイツはどうだぁ!!」
日影は、キキが噛みついている右足を振り上げ、そのまま身体ごと倒れるように地面へと振り下ろす。キキを、自身の足と床とで挟んで、叩き潰してやろうというのだ。
「キキッ!」
しかしキキは、素早く足から離れて日影の攻撃を避けてしまった。
キキがいなくなった日影の足が、虚しく石畳に激突する。
「ちぃっ! また避けられた!」
急いで起き上がろうとする日影。
しかしその日影の右足首を、キキが掴んだ。
「ムッキャアアア!!」
「うおおおお!?」
キキが、日影の右足首を掴んだまま、自分ごと回るように日影の身体を振り回す。いわゆるジャイアントスイングだ。
そして不意に日影の足を放し、ぶん投げる。
日影はその先の壁に後頭部から激突し、倒れた。
「う……ぐ……」
頭蓋骨がかち割れるかのような痛みだ。
頭から血が流れ出る。
血が目に入り、視界が赤く染まる。
ふと視線を右に落とすと、傍に先ほど投げ捨てた『太陽の牙』が落ちていた。反撃のため、日影はそれを拾おうとする。
「ムッキャアアア!!」
「ぐっ!?」
……しかし、キキが走り寄ってきて日影の頬を殴りつけた。
強烈な一撃に、首ごと持って行かれそうになる。
「キャアアアッ!! キャアアアアアッ!!」
壁にもたれる日影の上に乗り、キキが連続で拳を叩き込む。
右、左、右、左。
とにかく執拗に、キキは日影を殴りまくる。
その度に日影の上体が、右に左にと大きく揺れる。
意識が朦朧としてきた。
後頭部を強打した影響だろうか。
”再生の炎”が傷を焼く痛みも、よく分からなくなってきた。
非道くボコボコにされているというのに、それがどこか他人事のように感じている。
”再生の炎”が日影を焼く。
焼いて傷を回復させる。
しかしそれより早く、キキが新しい傷をつけてくる。
回復しては殴られ、回復しては殴られの堂々巡りだ。
このままいけば、やがて”再生の炎”の回復エネルギーも尽きてしまう。
(ああクソ……なんてザマだ……)
キキに殴られ続ける日影の内側で、炎が燃え上がる。
それは松葉たちを殺された怒りであり。
キキの残虐性に対する怒りであり。
現状を打破できない自分への怒りだ。
――オレが、今まで戦ってきたのは何の為だ。
マモノを倒し、北園の予知夢に従い、世界を救う為だ)
――オレが、今まで鍛えてきたのは何の為だ。
もう二度と、こんな惨めな思いをしない為だ。
日影の内の炎が、どんどん勢いを増していく。
それこそまるで、己自身をも焼き尽くしてしまうかの如く。
――それでいい。
燃えろ、燃えろ、オレの炎。
”再生の炎”は生命の炎。
燃え滾るほど、オレの力はみなぎっていく。
その証拠に、見ろ。
さっきまで死に体だったオレの身体が……。
今では、どんどん生き返っていくようだ。
「再生の炎……」
ボロボロになった日影が、力なく呟いた。
まだ殴られ足りないのか、とキキは苛立ちを露わにする。
「ムキャアアアアア!!」
キキの拳が、日影に迫る。
トドメを刺すべく、真っ直ぐと。
しかし日影の眼はまだ死んでいない。
キキを真っ直ぐ見据えていた。
日影の炎が、限界を超えて燃え盛る。
やがて内側より生じた炎は、遂に日影から溢れ出て……。
「……”力を此処に”ッ!!」
瞬間、日影の全身が、爆発するかのように燃え上がった!
「キッ!?」
咄嗟にキキは後ろへと跳んで、日影から離れた。
爆炎の直撃こそ避けたが、熱波に身を焼かれ、吹っ飛ばされた。
キキが立ち上がり、顔を上げる。
そこには、”再生の炎”をオーラのように身に纏う日影の姿があった。
今まで発動したことのない、新しい力だ。
「こいつは……”再生の炎”が限界まで活性化しているのか……?」
己の両手をしげしげと見つめながら、日影は呟いた。
恐らくは、”再生の炎”が持つエネルギーが日影の中で満たされ、彼に力を与えているのだろう。あらゆる傷を治し、死に体の彼に生命と活力を与えるエネルギーが。
そして溢れ出た炎は日影の身を包み、外部から更なる力を彼に与えている。つまるところ、今の日影は”再生の炎”で完全武装している状態だ。
一体なぜ、今さらになってこのような力が発揮されたのか。
正直に言って、日影自身にも分からなかった。
松葉たちの死がトリガーになったのか。
それとも別に要因があったのか。
だがともかく、これは間違いなく、ほかならぬ自分自身の能力だった。
(すげぇ……。身体の底からパワーが湧いてくるみてぇだ)
『傷を治すエネルギー』が、今度は『己の力を高めるエネルギー』となって身体を駆け巡っているのが分かる。今ならきっと、キキが相手でも力負けしないはずだ。
(いけるぜ……これなら! 奴に勝てるっ!)
日影は傍に落ちていた『太陽の牙』を拾い上げ、再びキキと対峙する。
敵の明らかなパワーアップを見て、キキは狼狽していた。
「キキィ~……!!」
「悪ぃな、待たせちまったか? ……さて、第二ラウンドと行こうか」
日影が戦闘態勢を取る。
左の拳に力を注ぎ、右手で『太陽の牙』を肩に背負う。
腰を軽く落とし、身構える。
後は一秒足らずでキキに斬りかかることができるだろう。
「行くぜ、キキ。……テメェはオレが、ぶっ潰す!!」
「ムッキャアアアアアアアアッ!!」
それぞれが駆け出し、衝突するまで、瞬き程度の時間さえかからなかった。
両者はそれほどの、生物の限界を超えた瞬発力を発揮してみせたのだ。