第173話 反撃の糸口を探す
「あのキキとやらに、目にもの見せてやろう!」
と、鳥羽が声を上げて皆を奮い立たせる。
しかし雨宮は乗り気ではないようだ。
「無理ですよ……。あのサル、全く死なないんですもん……。いくら『星の牙』だからって、あれは異常です……。なぶり殺しのされるのがオチですよ……」
「お前なぁ、そうやって水を差すもんじゃないぞ。士気が下がってしまう。それに、こちらには二人が持ってきてくれた『太陽の牙』がある。あれならキキを倒しきれるはずだ」
「あのすばしっこいサルに、その重そうな剣が当たるとは思えないんですけどね……」
と、ここで二人の会話を側で聞いていた日向が、鳥羽に声をかけた。
「鳥羽さん。キキが死なないっていうのは……?」
「君たちはまだ知らないのか。あのキキという奴、怪我をしてもしばらくすると回復してしまうんだ」
「回復……?」
「ああ。俺たちだっていいようにやられているワケじゃない。運悪く遭遇した時は撃ち返して反撃してるさ。……しかし、あのキキとやら、ダメージを受けると即座に撤退し、次に遭遇する時にはすっかり怪我が治ってるんだ」
『星の牙』は、生物の常識に当てはまらない、驚異的な生命力を誇っている。
だがしかし、あくまで生命力が優れているだけであり、「怪我を自動的に回復する」などという、RPGのボスキャラが持っているような特殊能力をデフォルトで備えているわけではない。
「考えられるとしたら、”濃霧”の能力……。霧に『怪我を回復する能力』が備わっているのかな……? けど、それなら霧に包まれているこの山全体に回復効果が及ぶはずでは……? なのに、雨宮さんは回復していない……」
霧に回復効果があるならば、その中にいる雨宮も回復して然るべきだ。
しかし、雨宮の傷は数日経っても塞がっていない。
霧と回復効果は無関係なのだろうか。
だが、先日「星の力は魔法のようなもの」と、日向は星の巫女から知らされた。本当に『星の力による異能』が魔法のようなものであるならば、今さら回復の対象を絞るような芸当ができても不思議ではない。
「だけどなぁ……さすがに都合が良すぎる気がするんだよなぁ……。やっぱり霧と回復は切り離して考えたいところだけど……」
「けどよ、この霧が発生している以上、ヤツに再生能力があるとしたら、間違いなく原因は霧だろ? 『電波妨害』、『道に迷わせる』、『回復効果』。それがヤツの霧の特性だ。すでに『電波妨害』と『道に迷わせる』で、霧に二つの能力が付与できるのは確認済みだ。なら、今さら三つになっても不思議じゃねぇだろ?」
「それはそうなんだけど……他にも腑に落ちない部分があるんだよ」
「腑に落ちないって、どこがだ?」
「えーと、そうだな……。鳥羽さん、『キキに撃ち返して反撃した』っていうのは、もちろん銃弾をヤツに直撃させてるんですよね?」
「ああ、もちろんだ。腕、足、胴体……そこそこの数を撃ち込んだぞ」
「それからどれぐらい時間が立つと、キキの傷は完璧に塞がってますか?」
「あー、そうだな……30分くらいで完全回復していた時があったな。俺の攻撃を受けてキキが逃げ出し、そこから再遭遇するのに30分。その時には完全に治っていた」
「なるほど……やっぱり早すぎる……」
「『早すぎる』だぁ?」
「うん。『霧で回復』って、つまりゲームでいうところの『リジェネ』みたいなものだろ?」
『リジェネ』とは、主にゲームの回復魔法などにつけられる名前であり、『徐々にHPを回復させる効果の技・魔法』の俗称にもなっている。このリジェネによる一度のHPの回復量は大抵の場合、微々たるものである。しかし長い時間をかけることで、じわじわと大量のHPを回復させることができるのだ。
「……けど、いくら『星の牙』とはいえ、銃で撃たれるって相当な重傷だろ? 霧の回復力がどれほどのものかは分からないけど、30分程度で回復できるのか……?」
「確かに、そういう考え方もできるか……」
「それに俺は、”濃霧”の能力は『相手をかく乱させるような、搦め手に長けた能力』が基本だと思ってる。それが、ここにきて回復能力ってのは、なんか納得いかない」
「『納得いかない』って、さっきと比べてえらくふわっふわした意見だな……」
「それに何より、百歩譲ってこの霧に回復効果があったとしても、『灰色の』霧だぞ? 回復能力があるにしては禍々しすぎるだろ。緑とかピンクにするべきだ」
「それはお前の気分の問題じゃねぇのか……」
「色のイメージっていうのも大事だと思うけどなー俺は」
だが、ここまでの日向の意見はあくまで推察に過ぎない。例えば、キキを回復させている別の『星の牙』が潜んでいるという可能性も存在する。それこそ巫女派のキキとは逆の、真の過激派である『星の牙』が。
……と考えた日向だったが、それを鳥羽が否定する。
「俺たちもその線は考えたけど、今は違うと考えている。俺は食料を探すため、数日にわたってこの山の中を練り歩いたが、それらしいマモノはいなかった。それどころか、この山に突入した初日から、あのキキ以外のマモノと遭遇していない。この山にいるのは、キキだけなんじゃないかな」
まだ完全に可能性が無くなったワケではないが、これで『星の牙が二体』という線は消えたとみていいだろう。
「あとは、”濃霧”の能力が『相手のかく乱に特化している』っていう考えが確かなものだと証明できれば、霧と回復を完全に分けることができそうなんだけど……」
「俺たちが戦ってきた”濃霧”の星の牙は、まだ『電波妨害』しか見せてねぇな。あとは、キキの『道に迷わせる』くらいか。判明している能力が二つじゃあ、決め打つにはちょっと弱いんじゃねぇか?」
「そうなんだよなぁ……。鳥羽さん、今まで戦ってきた”濃霧”の星の牙に、俺たちが知っている以外の能力を、何か知ってますか?」
「『電波妨害』と『道に迷わせる』以外でか。……あ、そういえば」
その時、再び鳥羽が口を開いた。
「この任務の前々回だったか。その時も俺たちが戦ったのは”濃霧”の星の牙だった。その時の能力は『幻覚』だった」
「『幻覚』……!? 相手に幻を見せる能力ってことですか!?」
「ああ。偽物の松葉隊長やら他の隊員が出てきてな。こっちに向かって発砲してくるんだ。けど所詮は幻。実体が無いから実際に撃たれたワケじゃないんだけどな。この『幻覚能力』も、相手をかく乱させる能力に入るんじゃないか?」
その言葉に、日向は力強く頷いた。
やはり”濃霧”の星の牙は、搦め手に特化した能力を持っている。
『霧で回復』という線も完全に捨てたワケではないが、やはりキキの能力には、まだ隠された秘密がありそうだ。
……とはいえ、ここまで議論を交わしておいて、肝心の『秘密』が分からないのだが。分かったのはあくまで『回復能力と霧は無関係かもしれない』という点だけだ。
「くそ、さすが敵の幹部格だよ。厄介さが今までのマモノと段違いだ」
「なに、一つ謎が解明されただけでも儲けものだ。そうやってできることを積み重ねていけば、自ずと光明が見えてくる。さっそく反撃のための作戦を練ろう。……ほれ、雨宮も参加しろ」
「どうぞご勝手に……」
「お前なぁ……」
「『霧と回復能力が無関係』……? そんなのが分かったところで何になるっていうんですか……」
未だに立ち直る様子を見せない雨宮。
そんな雨宮に、日影が歩み寄り……。
「いつまでへこたれてんだおらぁッ!!」
「ぶっ!?」
……殴り飛ばしてしまった。
慌てて日向と鳥羽が仲裁に入る。
「待て待て日影! すぐに暴力に訴えるのは良くない!」
「そ、そうだぞ日影くん! 雨宮は怪我人なんだから、やるにしたってもうちょっと手加減をだな……」
「うるせぇ! こんな野郎、ぶっ飛ばしてやらねぇと気が済まねぇ!」
日向と鳥羽に抑えられながら怒鳴り散らす日影。
日影に殴られた雨宮は、殴られた頬をさすりながら上体を起こし、日影を睨む。
「お前、何するんだよ……」
「分からねぇのか! 殴ってやったんだよ! さっきから鳥羽が元気づけようと頑張ってるのに、一人で勝手に落ち込みやがって! 鳥羽だっていつやられるとも分からない状況の中、明るく振舞って頑張ってるんだぞ!」
「仕方ないだろ。もう俺たちは助からない。明るく振舞うだけ無駄だって……」
「それだけじゃねぇ! 岡崎と上原と横田は、さぞ苦しそうに死んでたぞ! 『もっと生きたかった』って想いが伝わってくるようだった! それなのにお前は! 運良く生き残ったっていうのに、ロクに生き残ろうともせず腐りやがって!」
「そ……それは……」
「あの三人の分まで生きてやれよ! 戦ってやれよ! アイツらの無念を晴らせるのは、生きているお前たちだけだろうが!!」
「…………。」
日影の言葉を受け、雨宮はすっかり黙り込んでしまった。
なおも日影は怒鳴ることを止めない。
「お前、狭山から才能を買われて松葉班に入ったんだっけか? そんなエリート様がこんなザマなんてな! 日向以下のヘタレだったってワケだ!」
「今度は俺が相手だ……」
「待て待て日向くん! 君まで仲間割れしようとするんじゃない!」
日影に詰め寄ろうとする日向を止める鳥羽。
そんな彼らの傍らで、雨宮がライフルを手に取った。
鳥羽が大慌てで雨宮を止める。
「お、おい雨宮、早まるな。マジで仲間割れする気か……!?」
「……そんなつもりはないですよ、鳥羽さん」
ライフルを手に取った雨宮は、穏やかな声で鳥羽に返事した。
その瞳は、憑き物が落ちたかのように澄んでいた。
「あの人たちの分まで生きて、戦う、か……。それが生き残った者の義務なら、やるしかないか。俺もあの人たちには本当に世話になったからな……」
「雨宮……立ち直ってくれたのか……」
「ええ、何とか。……それと鳥羽さん。今まですみませんでした……」
「気にすんな! けど、なんならこの山から帰った時、美味い焼き肉を奢ってくれ! そろそろ山菜やキノコ以外の美味い飯を食うのが、今の俺の夢なんだ!」
「はは……分かりましたよ。……それと日影くん。この借りは必ず返すよ」
「ま、オレにかかれば人ひとり元気づけることくらい、どうってことねぇよ。借りを返してくれるなら、オレも焼き肉がいいぜ」
「え? いや、俺が返すのは、君にぶん殴られた分だが?」
「は?」
「君の拳、メチャクチャ痛かったぞ……。この借りは必ず返す」
「そっちかよチクショウ!」
四人の間に、和やかな空気が流れる。
ようやく雨宮も協力する気になってくれたようだ。
「……さて! 雨宮も復帰してくれたところで、今度こそ対キキのための作戦を練ろう!」
「……それなら一つ、提案があるのですけど」
そう言って恐る恐る手を挙げたのは、日向だ。
「一つ確認したいんですけど、キキってどれくらい銃を扱えますか? 射撃の腕ではなく、銃の知識的な意味で、です」
「銃の知識か……。そういえば、最初はリロードもままならないような様子だったな。弾丸を撃ち尽くしても引き金を引いていたよ。それがいつしか、あんなに銃を使いこなすようになってやがる」
「だとするとやっぱり、銃の扱いはこちらの見よう見マネなのかな」
「……それで日向くん。君の策というのは?」
「あ、はい。……と言っても、策なんて立派なものじゃないですし、ほとんど賭けみたいなものですけど……」
そう言って日向は、鳥羽に自身の考えを伝える。
それを聞いた鳥羽は……。
「……面白そうだな。良い作戦か悪い作戦かより、ただ単純に面白そう」
と、随分と乗り気な様子を見せるのであった。