第171話 ”小悪魔”キキ
「ムキャアアアアアアアッ!!」
キキが叫び、日向たちにアサルトライフルの銃口を向け、無造作に引き金を引いた。高威力の対マモノ用アサルトライフルを、片手で軽々と連射してくる。
日向と日影は二手に分かれ、引き金を引かれるより早くその場から退避する。
「ひええええ!?」
「クソッ、どうする!? またどこかに身を隠すか!?」
「いや、それは駄目だ! ここで逃がせば、また木の上に逃げられる! 俺たちは有効的な遠距離攻撃の手段を持たない! またヤツを引きずり下ろすところから始めないといけなくなるぞ!」
「そうかい! それなら攻めるだけだ!」
日向の言葉を聞いた瞬間、日影は一気にキキとの距離を詰める。
キキは日向を狙って銃を撃っていたため、日影はキキの背後から斬りかかる形だ。
「貰ったぜ!!」
声と共に、日影が『太陽の牙』を思いっきり振り下ろす。
「ムキャアアッ!!」
キキは身体ごと回転させながら、迫る刀身にアサルトライフルを叩きつけた。日影の剣とキキの銃が、甲高い音を立てて激突する。
押し負けたのは、日影だった。
「ぐッ……!?」
日影が大きく体勢を崩す。『太陽の牙』ごと身体を打ち払われたかのようだ。
キキの背丈は日影の膝上くらいにしか満たないが、そのパワーは日影よりも数倍上だ。
「キャアアアアアアッ!!」
キキが叫び、さらに身体をもう一回転させて、日影に銃身を叩きつけた。
ハンマーで殴られたかのような衝撃が日影を襲い、日影は大きく吹っ飛ばされた。
「日影っ!!」
それを見た日向が日影を援護しようと、急いでキキに斬りかかる。
しかしキキはこれを大きく跳んで避けてしまい、さらに空中で日向にアサルトライフルの銃弾をお見舞いした。数発の銃弾が日向を襲い、彼の脚に一発、被弾した。
「うぐぁ!?」
銃弾は脚の側面を抉り、体内に留まることはなかった。
しかしそれでも、日向は激痛で動けなくなる。
「キッキッキ……」
着地したキキがニヤリと笑いながら、日向にアサルトライフルの銃口を向ける。
脚を撃たれた日向は、仰向けに上体を起こして後ずさるしかない。
「おるぁッ!!」
「キッ!?」
しかしそのキキの横から、日影が『太陽の牙』を投げつけた。
キキが後方へと跳び下がり、先ほどまでキキがいた場所に厚手の両手剣が突き刺さった。
後ろへ下がったキキは、そのまま背後の木へと登ってしまう。
「クソ、逃がした! ほれ立て、日向!」
「分かってる……ぐ、熱つつ……!」
撃たれた日向の脚から火が噴き始める。
痛みで脚が震え始めるが、逆に思いっきり脚を殴って黙らせる。
そして日影の手を借りながら、歯を食いしばって日向は立ち上がった。
と、その時、何かが二人の間へ投げ込まれた。
「これは……」
それは緑色の球体だ。
球面には縦と横の線が引かれ、マス目上の模様ができている。
上部分に付いている金属パーツは、いわゆる安全装置なのだろう。
「……グレネードッ!!」
「退避ーっ!!」
投げ込まれた球体の正体に気付くや否や、二人は一気にその場から逃げ出した。
その直後にグレネード……手榴弾が爆発した。
「「うおわああああ!?」」
直撃こそ避けた二人だったが、その背中に爆風をモロに喰らい、前方へと大きく吹っ飛ばされた。
腐葉土の上へと叩きつけられた二人。しかし休んでいる暇は無い。もたもたしていたら狙い撃ちされる。すぐさま立ち上がって、再びその場から逃げ出した。
「クソッ、あのサル、無茶苦茶しやがる! まさかマモノから手榴弾を投げられるなんざ、夢にも思わなかったぞ!」
「マシンガンを乱射し、人に向かってグレネードを投げる殺人サルか。どこのアウトフォクシーズだ……!」
それぞれがそれぞれの文句をぶちまけながら、わき目も振らずに二人は逃げ出す。目指す先は同じ。自衛隊が駐屯している山のふもとだ。
「敵の正体は分かった! 戦法も分かった! これなら対策を立てられる! 一度ふもとに戻って、自衛隊の皆さんに援護を頼むぞ、日影!」
「仕方ねぇ、オレたち二人じゃ不利だもんな! ……しかしこれは、北園や他の奴らを連れてこなくて正解だったな。オレたちは”再生の炎”があるから良かったものの、アイツらが銃で狙われていたらマジでヤバかった。クソ、狭山の言う通りだったな……」
「けど、相手の正体が分かった以上、警戒のしようはある!」
霧の立ち込める森の中を、二人は走る。
しかし、先ほどから何かが妙だ。
確かに二人は斜面を下り、山のふもとへと向かっているはずだ。
なのに、全く進んでいる気がしない。
まるで、同じ場所をぐるぐる回り続けているような……。
「……おい見ろ、日向」
日影が足を止め、指を差す。
その先には、地面が大きく抉れている場所があった。
「あれってもしかして……」
「ああ、間違いねぇ。さっき手榴弾が爆発した場所だ」
二人はあれから、一直線に、真っ直ぐ逃げ続けていたはずだ。
それなのに、先ほどと同じ場所へと戻ってきた。
やはり何かがおかしい。
「これはまさか、アレか? 『迷いの森』か?」
日向が呟く。
霧の立ち込める森の中。
霧によって方向感覚が狂わされ、同じ場所をグルグルと回る。
これもまた、RPGなどのゲームではお馴染みの仕掛けだ。
こういった仕掛けは、ある特定の謎や法則を解くことで脱出できるのが常道だ。しかしこの灰色の霧が、あのキキが作った結界のようなものならば。
「……ヤツを倒すまで、この霧の中から出られないのかもしれない。それならば、松葉班がこの山から出られず、消息を絶ったことにも説明がつく!」
「けど、オレたちには信号弾があるぜ。これを使えば自衛隊が一斉に突入する。オレたちがこの山から出られずとも、向こうから助けに来てくれるってワケだ」
「ああ、そうだな。さっそく信号弾を使ってくれ、日影」
「おう、任せろ」
日影は荷物から信号拳銃を取り出し、銃口を空へと向ける。
その瞬間、銃声と共に、日影の信号拳銃が破壊された。
「はっ……!?」
「なんだと……!?」
破壊された信号拳銃が、腐葉土の上に落ちる。
信号拳銃を狙い撃ちされて壊された。
間違いなくキキの仕業だ。
そして同時に、再び葉が生い茂る木の上から銃弾の雨が降ってきた。
狙いは、日影だ。
「くぉぉぉ!!」
日影は素早く『太陽の牙』を呼び出し、刀身を盾にして銃弾を防ぐ。
射撃が止むと、二人は再びキキから背を向け、逃げ出した。
「くそっ、やられた! 信号弾を破壊されちまった!」
「落ち着け、まだ俺が持ってる分がある。けど、またさっきみたいに破壊されたらいよいよ後が無い。次の使いどころは慎重に選ぶぞ」
「ああ、分かった」
とにかく、あの場所にいても打開策は見つからない。
なんとかキキを倒すためのヒントを探すべく、二人は森の中を駆け抜ける。
そして、走りながら、日向はあることを考えていた。
(俺たちは最初、首を食いちぎられた鳥を見て、この山に潜んでいるのは『過激派』のマモノだと思った。けど、実際にここにいたのは星の巫女の側近であるキキだった。星の巫女の側近ならば、キキは間違いなく『巫女派』のはず……)
考えられる可能性としては、ここには『巫女派』であるキキと、もう一匹の『過激派の星の牙』が潜伏している、というところだろう。……しかし。
(しかし、何か違和感がある。あのキキってサルは、こちらへの攻撃を愉しんでいるかのような残虐さがある。そんな奴が、星の巫女の側近なのか?)
だが、今それを考えてもヒントが足りない。
日向は推察を中断し、目の前の現実に意識を戻す。
と、前方に何かが落ちているのを見つけた。
「あれは……アサルトライフルだ!」
落ちていたのは、先ほどキキが使っていたものと同じ対マモノ用アサルトライフルだ。恐らく、松葉班の誰かが落としたものだろう。
「アレを使えば、キキと撃ち合える! 一方的に攻撃されることは無くなるぞ!」
日向と日影は、急いでアサルトライフルの元へと駆け寄る。
その瞬間、二人の目の前に手榴弾が一つ、投げ込まれた。
「や、ヤバいーっ!!」
「うおおおおお!?」
踵を返してその場から逃げる二人。
アサルトライフルを拾う暇も無い。
やがて手榴弾が爆発し、二人とアサルトライフルは爆風に吹っ飛ばされた。
「ぐへぇ!?」
日向が仰向けに、地面へと叩きつけられた。
爆風で頭が揺さぶられ、景色がぐわんぐわんと歪む。
頭を振って目を凝らすと、キキが木の上からこちらを狙っているのが見えた。
「うわわわわわわ!?」
キキが容赦なく銃弾を放ってくる。
急いでその場から退避する日向。
何とか近くの木の後ろへと身を隠し、銃弾を凌ぐ。
しかし、今回隠れた木は細く、威力の高い対マモノ用アサルトライフルから身を守るには、いかんせん心もとない。いまにもへし折れてしまいそうだ。
日向が、そんな細い木の陰に隠れながら日影の方を見ると、彼の足元には先ほどのアサルトライフルが転がっていた。
「日影っ! それでキキを狙えっ! 早くっ! お願いっ!」
「分かってる! ちょっと待ってろ!」
日影はアサルトライフルを拾い上げると、おもむろにキキに向かって引き金を引いた。
しかし弾丸はキキにかすりもせず、彼の周囲の木の葉を揺らすだけに終わった。
「……キキッ」
キキは小馬鹿にしたように一声鳴くと、今度は日影に向かって引き金を引いた。
「うおっとぉ!?」
日影は素早くローリングを繰り出し、傍に生えている木に身を隠した。
そしてチラリと向こうを見ると、ボロボロになった木に隠れている日向と目が合った。
「ヘタクソっ! なんつー射撃の下手さだ!」
「うるせぇ! それならお前が手本を見せろ!」
怒鳴りながら、日影が日向にアサルトライフルを投げてよこす。
それを受け取った日向は、素早く排莢口を引き、銃を構え、キキ目掛けて引き金を引いた。
「キキーッ!?」
しかしキキは、日向の攻撃にいち早く気づき、その場から撤退した。
先ほどまでキキがいた場所を、日向の弾丸が虚しく通り抜ける。
「ああくそ、避けられた!」
「……ちっ。あれだけのことをやっておいて、相変わらずの銃の腕だな」
「……その話は、今ここでするべきじゃないだろ」
「それもそうか……。とにかく、このまま体勢を立て直すぞ」
日影の言葉に頷き、日向は木の陰から這い出る。
そして二人は、再びその場から移動を開始した。
「アサルトライフルの弾丸は、あと何発残ってる?」
「どうやら、拾った時点で弾倉はフル装填だったみたいだ。この銃は確か、最大で45発装填できて、俺がさっき撃ったのが8発だから、残りは37発だな。5発ずつ撃つとして、キキと撃ち合えるのはあと7回ってところか」
「なるほどな。……ん? あれは……」
その時、日影と日向が、前方に何かを発見した。
人間だ。
迷彩柄の装備に身を包んだ人間だ。仰向けに倒れている。
「……松葉班の連中だ!」
日影が叫ぶ。
二人は急いで彼らの元へと駆け寄る。
……が。
「…………嘘だろ」
「これは……こんな……」
駆け付けた二人は、愕然とした。
松葉班の者たちは、既に事切れていた。
死体の数は三つ。岡崎隊員と、上原隊員と、横田隊員だ。
三人とも、恐怖に顔を歪めたような、悲痛な表情で死んでいる。
体のあちこちが、無残に食いちぎられているようだ。
さらに、彼らの脚には銃弾を撃ち込まれたような跡がある。
恐らくは、脚に弾丸を撃ち込まれて動きを封じられた後、鋭い牙でなぶり殺しにされたのだろう。
「う……ぷ……」
凄絶な光景に吐き気を催しながら、それでも日向は彼らの傷をジッと見つめる。彼らの噛み跡が誰のものなのか、確かめるために。
これほど残虐な殺害方法を、星の巫女の側近たるキキが実行するとは思えないが……。
「噛み跡が小さい……。それに、四本の特別長い牙で抉ったような跡もある……」
日向は先ほどのキキの表情を思い出す。
ニヤリと笑った、あの表情を。
彼の犬歯に当たる部分には、吸血鬼を思わせる四本の長い牙が生えていた。
もはや間違いない。
彼らを残忍極まる方法で殺したのは、キキだ。
”小悪魔”と言えど悪魔なのだということが、痛烈に伝わってくるかのようだ。
日向と日影は、その場から立ち上がる。
二人の眼にはそれぞれ、煮えたぎるような怒りと、静かな怒りを湛えていた。
「日向……決めたぜ……。オレは、あのエテ公を絶対にぶっ殺す」
「珍しいな、お前と意見が合うなんて。……必ず仇を取るぞ」