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第170話 木上からの凶弾

「だいぶ山を登った気がするけど、松葉さんたちの痕跡は無いな……」


 歩きながら、日向が呟く。


 灰色の霧が立ち込める山岳地帯を往く日向と日影。

 辺りには動物の気配も、マモノの気配も無い。

 鳥の鳴き声も、虫の鳴き声も聞こえない。

 あまりにも閑静な森である。


「……嫌な空気だ。静かすぎるぜこれは」


 日影の呟きに、日向も頷く。霧の中に入ってからこっち、気味の悪い感覚が纏わりついて離れない。おぞましい何かに、ねっとりと見られているような感覚だ。


「……んん? 前方に何か落ちてるぜ」


 日影が何かを見つけたようだ。

 二人ともその何かに接近し、観察する。


 遠目に見ると、ソレはこぶし大の石のように見えた。ちょうどそれくらいの大きさだった。色も灰色に近い。


 しかしソレに近づくにつれて、石とは思えなくなってきた。石と呼ぶにはあまりに生々しい雰囲気を感じたからだ。


 そして、ソレの目の前までようやくその正体が分かった。

 ソレは、首を千切られた鳥の死体だ。


「…………!」


 グロテスクな光景に、日向は思わず顔を背ける。

 顔を背けながらも頭は冷静に、思考を回転させる。


「この殺し方は人間によるものじゃないと思う。他の野生動物によるものという可能性も無いではないけど、やはりここはマモノの仕業だと思うのが自然だと思うな」


「つまり、この山に居るのは『過激派』の星の牙ってワケか!」


 人間から自然を取り戻すことを目的としている『巫女派』のマモノは、その目的のために通常の野生動物たちと共存する。野生動物にも牙を剥くのは『過激派』の所業だ。


 これまでに戦った過激派のマモノは、どれもこれも凶悪なマモノだった。果たして松葉班は無事なのか、二人の間に緊張が走る。


「……うん? 今……」


 その時、日向が上を向いた。

 何かを見つけたような表情である。


「どうした日向? 何か見つけたのか?」


「今、木の上に何かいたような……」


「木の上に? どこだ?」


「ほら、あの辺……」


 日向は目の前の大きな木の上を指差すが、葉っぱが生い茂っており、何があるのかよく分からない。しかしその時。


 ダダダダダダ!


「う……!?」


 突然、木の上から音が聞こえたかと思うと、日向が倒れた。

 その身体からは大量の血が流れており、ほどなくして口からも血を吐き出した。


「が……ふ……!?」


「日向!? まさか今の音は、撃たれたのか!?」


 しかし、今は考えている場合ではない。

 もし本当に撃たれたのだとしたら、相手はまだ自分たちを狙っている。


「くっ……!」


 日影は日向の襟首を掴み、引きずりながら走って行く。

 再び木の上から発砲音が聞こえた。

 と同時に、日影の周囲の落ち葉が爆ぜて飛ぶ。

 やはり自分たちは射撃を受けている。

 ちょうど一発の弾丸が日影の頬をかすめ、ポタリと血が流れ出た。


「クソッ! 危ねぇな全く!」


 ぼやきながら日影は走り、引きずってきた日向と共に木陰へと身を隠した。ここなら背後の木が遮蔽物となり、とりあえず狙われる心配は無い。


「なんとか逃げ切れたか……。それより日向、大丈夫か!?」


「は……ぐ……」


 日向の容態が回復しない。

 傷はすでに塞がっているが、未だに日向は苦悶の表情を浮かべ、ぐったりとして動かない。


「ちっ……。恐らく、身体を貫通せずに残った銃弾を、”再生の炎”が焼き尽くしにかかってるな。鉛玉を消し炭にしないといけないワケだから、その分回復に時間がかかってるんだ」


 身体の中に埋め込まれた鉄を、焼いて排除する。

 恐らくそれは、想像を絶する痛みなのだろう。


 それに実際のところ、鉛玉を熱しても消し炭にはならず、溶解するだけだ。溶岩のごとき灼熱の液体となった鉄が、身体から流れ出て排出されるのだろう。自分も銃弾を受ければそうなると思うと、日影は戦慄せずにはいられない。


「とにかく、日向の回復が完了するまで、なんとか耐えねぇと……」


 その時、ガサガサという音が日影の耳に入った。


「今の音は……下じゃないな。上の方からしたぞ」


 日影は、木々の上方へと意識を集中させる。


 ガサガサという音は、銃弾が飛んできた木から隣の木へ、また隣の木へと移っていき、左側から回り込むようにこちらへと近づいて来ている。


「……野郎、回り込んで来る気か!」


 叫ぶと同時に、日影は『太陽の牙』を呼び出す。

 そして日向を庇うように立ち、柄を逆手に、切っ先を地面に真っ直ぐ突き刺して、盾のように剣を構える。


 それと同時に、生い茂った葉っぱの中から銃弾の雨が降ってきた。


 ガガガガガ、と銃弾が『太陽の牙』の刀身に弾かれる。

 日影の身体は、『太陽の牙』に完全には隠れることができず、肩や腕に銃弾がかする。


 かすっただけでも激痛が走る。

 しかし、ここを退けば日向に弾丸が直撃する。

 日向は今、”再生の炎”で苦しんでいる。

 これ以上ダメージを負わせるワケにはいかない。


「ちっ、映画とかだと、肩に弾丸がかすっても主人公たちは涼しい顔してるけど、やっぱあれフィクションだぜ! かすってもメチャクチャ痛ぇじゃねーか!」


 やがてしばらくすると銃弾の雨が止んだ。

 その隙に日影は日向の襟首を掴み、その場から逃げ去る。


「ここも駄目だ! 野郎、木々を伝ってこちらを追いかけて来やがる!」


 遮蔽物の無い道を、日向を引きずりながら逃げる日影。

 銃を扱う敵からしてみれば恰好の的だが、銃弾は飛んでこない。リロードの最中なのだろう。


「……よし、とりあえずここに隠れるぞ」


 やがて日影は、別の大きな木の元まで辿り着き、日向と共にその後ろへと身を隠す。


 その木はかなりの樹齢のようで、あちこちがボロボロだ。

 そしてそっと木の陰から顔を覗かせると、再び銃弾が飛んできた。

 銃弾が命中した木の幹が、破裂したかのように吹き飛んだ。


「くっ!?」


 急いで日影は木の後ろへと身を隠す。

 あのまま顔を出し続けていれば、顔面を撃ち抜かれていた。


「クソ、敵の銃のなんつー威力だ! 下手なマグナムくらいあるぞ!」


「そ……それほどの威力で連射できる銃と言えば、恐らく対マモノ用アサルトライフルだと思う……」


 日影の声に反応したかのように、隣の日向が身を起こした。

 意識は回復したようだが、その顔色はまだ青い。


「日向!? 思った以上に早い復活だな……? 身体から溶けた銃弾が流れ出るのかと思ったが、そんな様子もなさそうだ……」


「勝手に人の身体で身の毛もよだつ想像をするな……」


「実際、身体に撃ち込まれた弾丸はどうなった? 身体の外に出たのか?」


「いや、なんか、体内の弾丸がめっちゃ熱くなったと思ったら、急にスッと消えていった。まるで俺の身体と一体化したみたいに」


「なんだそれ。大丈夫なのかお前の身体」


「俺が聞きたい。大丈夫なの俺?」


 しかし、その問いに答える者はいない。

 二人が持つ『太陽の牙』は超常の力を持っているが、結局はただの武器に過ぎない。二人の疑問に回答するような機能はついていないのだ。


「……それより日影、敵の正体は分かったか?」


「いや……木の上の葉っぱに身を隠し続けて、まだ姿すら見れてねぇ」


「そうか……。なぁ日影、マモノが銃を使ってくるって、有り得ると思うか?」


「いや、聞いたことねぇな……。だがあれは、間違いなく銃による攻撃だ」


「そうだな、それは間違いない。考えられる可能性としてはまず、松葉さんたちが何らかの要因でこちらに攻撃を仕掛けてきたか……」


「松葉がオレたちを裏切ったってのか!?」


「クイーン・アントリアの時みたいに、操られているって可能性も無いわけではない。……けどそれだと、”濃霧”の能力でどうやって人を操ってるんだという疑問が出てくるんだけどな……」


 説明しながら、日向は木陰から顔を覗かせる。

 日向たちを攻撃している何者かは、再び木々を伝って移動しているようだ。葉っぱがガサガサと揺れる音が聞こえる。


「もう一つの可能性がある。松葉さんたちが武器を奪われ、アイツがそれを使っている可能性だ。ロシアのビッグフットみたいに、武器を使用するのに適した、サルみたいなマモノなのかもしれない」


 ビッグフットは、自身の能力で氷の棍棒を作り出し、それを振るって大暴れした。


 マモノの知能は人間と大差ない。武器の使用方法を知った霊長類型のマモノであれば、人間のように武器を扱うことも可能だろう。また、サルのマモノであるならば木々を伝う特性にも説明がつく。


「……とにかく、敵を木の中からいぶり出さないとな。敵の正体が分からないと、対策も立てようが無い」


「いぶり出すって言っても、何か考えがあるのか?」


「無いわけでもない。日影、あの木まで走れるか?」


 言って日向は、ここから前方30メートルほど先にある木を指差す。

 日影はもちろん、日向からしてもワケない距離ではあるが、下手に動けば敵から狙い撃ちされる可能性もある。


「……というか、走るぞ。ここでジッとしていたら、どの道回り込まれて、狙い撃ちされるだけだ」


「へっ、ナメんな。あの距離くらい、オレの瞬発力にかかれば屁でもねぇぜ」


「よし、よく言った。因みに俺は自信が無いから、撃たれた時は助けてくれ」


「抜かせ! 自力で何とかしろ!」


「うへぇ、ひどいヤツだ。……それと、ここから離れる前にやることがある」


 そう言うと、日向は日影に『やること』を伝える。

 それを聞いた日影は頷き、手早く『やること』を為し終えた。そして……。


「じゃあ……走るぞ!」


 日向の声と共に、二人は向かい側の木へと全速力で駆け出した。


 その二人を追って敵が木々を伝い、先ほどまで二人がいた木の上へと移る。そして二人を狙って引き金を引き、銃弾を乱射し始めた。


 銃弾が降り注ぐ中を逃げる二人。

 やはり事前の宣言通り、日影が日向の先を行く形で逃げている。

 その時。


「痛ったぁ!?」


 日向が、足を撃たれた。

 あまりの痛みに、思わずその場でこけてしまう日向。

 それを見た日影は、苦い顔をしながらも日向の元へと戻る。


「ああクソ、マジで撃たれやがった! オラ、立てるか!?」


「悪い、立てない! ……けど、もう逃げる必要も無さそうだ」


 そう言って日向は、先ほど自分たちが隠れていた木……今は敵が潜んでいる木を指差す。その木は今、激しい炎を上げて燃えていた。


「よっしゃ、やっぱり老齢の木はよく燃えるな!」


 二人はあの木の下から逃げ出す前に、それぞれの『太陽の牙』を木の幹に突き立て、さらに刀身から炎を発生させておいたのだ。『太陽の牙』の炎は凄まじい火力を持っており、あっという間に老木は炎に包まれることとなった。つまるところ、日向が考えた策は『いぶり出し』だ。


「さあて、これでもう、その木には居られないだろ! 降りてこい!」


 炎が、煙が、敵が潜んでいる上方へと昇っていく。

 やがて敵は、たまらず木の上から地上へと飛び降りてきた。



「……キキッ!」


 その敵は、見た目は完全に、黒いチンパンジーだった。

 これまで異形そのものだった他のマモノたちと比べれば、逆に彼こそがマモノとしては異形であるかと思えるほど、普通のチンパンジーだった。


 しかし、その手に持つのは、松葉たちが装備していた対マモノ用アサルトライフル。

 背中には誰かのバックパックを巻き付けており、ニヤリと笑うその口の中には、吸血鬼を思わせる異様に長い牙が四本生え揃っている。


「……このエテ公、見覚えがあるぞ」


「ああ。中国の峨眉山で、星の巫女と一緒にいた奴だな」


「星の巫女の側近ってワケか。名前は確か……『キキ』!」


「ムキャアアアアアッ!!」



 キキが叫び、アサルトライフルの銃口を二人に向けた。

 星の巫女の側近たるマモノ、果たしてどれほどの実力なのだろうか。

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