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第169話 松葉班救出作戦

 松葉班の消息が途絶えた。

 その知らせは、その場にいた狭山、日影、本堂を漏れなく凍り付かせてしまった。


「……松葉たちがやられたのか? 冗談だろ?」


 いつになく真剣な表情で、日影は狭山に問いただす。

 彼は日向たちが学校に行っている間、松葉たちと何度も共闘した仲である。それゆえに、彼に叩きつけられた衝撃は大きい。


「彼らは熊本県の山岳地帯に出現した”濃霧ディープミスト”の星の牙を討伐しに行った。今回の濃霧には電波妨害の能力が確認されているが、作戦開始の連絡から二日間が経過しても未だに通信が繋がらない。まだやられたと決まったワケではないが、流石に遅すぎる」


「ヤベェじゃねぇかそれ! アイツらは連絡を怠るような奴らじゃねぇ! 何かあったんだ!」


「自分もそう思う。今すぐにでも対処をしなければ。しかし……」


 言いながら狭山は、考え込むような様子を見せる。

 日影としては、今すぐ何らかのアクションを起こしたいところなのに、何の行動もとらない狭山を見て、居ても立っても居られなくなる。


「何だよ! 何か問題があるのか!?」


「うん。なにせ、日本最強と謳われる松葉班を倒したかもしれない相手だ。いったいどのチームを派遣したものか……」


「そんなの、オレたち五人で十分だ! 今すぐ皆を集めろ!」


「そういうワケにもいかないんだよ」


 熱くなる日影を、狭山は冷静に諭す。


「考えてもみてくれ。”濃霧”の星の牙は、ほとんどが霧の中からの不意打ち、暗殺を得意とする。一方、松葉班は経験豊富な軍人の集団だ。不意打ちに対抗する手練手管は取り揃えている。しかし、そんな彼らが後れを取った相手だ。それを、民間人あがりの君たちが相手をするには危険すぎる」


「そんなの百も承知だ! 今までの相手だって十分危険だった!」


「君たちはまだ、不意打ちに対する訓練が不十分だ。君には”再生の炎”があるが、他の仲間たちにはそんな能力は無い。死んでしまったらそれまでだ。そして相手は、一瞬で人の命を刈り取ることに特化しているであろう相手。気が付いた時には、君の仲間は死んでいるかもしれないよ?」


「く……」


 そこまで言われて、ようやく日影は相手の危険性を認知した。

 自分だけならともかく、仲間たちを危険に晒すわけにはいかない。


「……しかし現状、日本には松葉班を超えるほど対マモノに特化したチームは無い。下手に人員を送っても、いたずらに犠牲を増やすだけかもしれない。さて、どうしたものか……」


「……だったら」


 再び、日影が口を開く。

 その口調に、先ほどの激しい熱さは無い。

 そこにあるのは、静かながらも確かな熱を秘めた、決意に満ちた声だ。


「だったら、オレが一人で行く。なんなら、ついでに日向も連れて行く。オレたち二人なら、不意打ちを喰らっても死にはしない。これなら仲間たちを危険に晒すことも無い。文句無ぇだろ?」


「む……自分もその策を考えはしたが……」


 確かに日影と日向なら”再生の炎”のおかげで、死ぬことはない。

 しかしそれでも、『詰み』は存在する。


 例えば巨大な何かに潰されている時、あるいは水中に沈んで溺死した時、もしくは死亡回数がかさんで”再生の炎”のエネルギーに限界が来た時。彼らの”再生の炎”は機能を停止する。その『詰み』の状況から脱出するまでだ。彼らは限りなく不死であるが、それでも弱点はあるのだ。

 

 それに、攻撃を受けた際の痛みは普通に感じるのだ。いや、彼らの場合は”再生の炎”で傷を焼かれる分、普通に怪我をするより余計に痛いとも言えるだろう。松葉班を下した敵を相手に、果たして二人は何回攻撃を受けなければならないのか。その末に敵を倒しきることはできるのか。二人が死なないとはいえ、危険であることに変わりはないのだ。


「……狭山さん」


 悩む狭山に、本堂が声をかけた。


「日影を行かせてやるべきです。ここで行けなければ、コイツは一生後悔する。恐らくあなたが止めても、明日には勝手に現地へと向かうでしょう」


「よく分かってるじゃねぇか本堂! こうしている間にも、松葉たちが助けを求めているかもしれねぇんだ! 一人でも行くぜ、俺は!」


「……仕方ない。ただし、出発は明日の朝だよ。今から行っても、現地に到着するのは真夜中だ。夜、霧が立ち込めた山に、土地勘も無いのに登るなんて自殺行為も甚だしい。松葉さんたちを救出する前に、君が遭難しかねないからね。それに、日向くんの都合もある」


「……わかった。それでいい」


「よし、では早速準備しよう。日向くんにも連絡を入れなければね。……それと本堂くん、すまないが今日は……」


「ええ、大丈夫です。今日の勉強と人の命、どちらを優先するかなど悩むまでもありません」


「ありがとう。助かるよ」


 と、その時、家のインターフォンが鳴り響く。

 玄関のカメラを見てみれば、そこには誰も映っていない。

 しかし、誰も映ってもいないのにインターフォンは鳴った。ということは……。


『日下部でーす。勉強教えてもらいに来ましたよー』


 日向だ。

 本来の予定通り、中間テストの勉強をしにやって来たのだ。


「へっ、連絡する手間が省けて助かるぜ」


 日影はニヤリと笑い、日向を出迎えに玄関へと向かった。



◆     ◆     ◆



「明日も、友達の家で勉強することになったから」


 その日の夜、日向の家にて。

 夕食を食べながら、日向は母親に、明日は出かけることを伝えた。

 ちなみに『友達の家で勉強』というのは嘘であり、本当は松葉たちの救援に行くつもりだ。


「……また出かけるのね」


 日向の母は、どこか暗い表情でそう呟いた。


「……母さん? 大丈夫? なんか元気が無さそうだけど」


「え、ええ。大丈夫よ。勉強、頑張って来なさいね」


「ああ、分かった」


「……実は友達の家で遊ぶだけ、ってことは無いでしょうね? テスト期間、始まってるんでしょ? ちゃんと勉強しないと駄目よ?」


「わ、分かってる。ちゃんとするから」


 その言葉を聞いた日向の母は微笑むが、やはりその笑みにはどこか影がある。

 無理もない。息子は『友達の家に行く』と言いながら、本当はマモノと戦っているのかもしれないのだから。


「それじゃ……ごちそうさま」


 母親の様子が気になる日向だったが、日向に理由を言いたくなさそうだったので、何も聞かないことにした。


 それから日向は食器を流し台へ持っていき、リビングから自室へ移動。

 ……だがその途中、廊下にて、不意に日向がうずくまって倒れてしまう。


「ぐっ……うぅ……!?」


 日向の全身が痛む。

 腹部を刺し貫かれたような痛み。

 全身が焼け焦げるような痛み。

 内臓を潰されたような痛み。

 叩きつけられ、身体がバラバラになりそうな痛み。


 それら全ての痛みが一度に襲い掛かる。


 ……いや、これは実際に痛いのではない。

 この痛みは幻覚だ。

 日向の脳や神経がエラーを起こして発生する、まやかしの痛み。


 ”再生の炎”は日向が死ぬほどの傷であろうと治してくれるが、その死ぬほどの痛みは記憶となって日向の心に残り続ける。


 時おり日向は、今まで受けた傷が急に痛みだすことがあった。

 まったく怪我をしていないにもかかわらず、幻覚となって傷が痛む。

 戦えば戦うほど、ダメージを受ければ受けるほど、その痛みと、痛みが発生する頻度はひどくなっていった。



 それはまるで、日向をこれ以上、戦いに行かせぬよう引き留めているかのようであった。

 明日、松葉班の救援に向かうことが急きょ決定したから、幻覚も急に湧いてきたのだろうか。


「……それでも、俺は行く……。これが、今の俺にしかできないことなら……」



◆     ◆     ◆



 そして迎えた次の日。


 日向と日影は、狭山が運転する車に乗って熊本県へと向かう。

 狭山が車を運転し、助手席には日影が座っている。

 後部座席には日向が座っているのだが、その隣には……。


「ありがとう北園さん。今日はついて来てもらって」


「いえいえ! 戦いの役に立てないのは残念ですけど、松葉さんたちが怪我をしていたらすぐに私が治しますので!」


 北園が座っている。


 昨日、松葉班救出作戦のことについて狭山から連絡を受けた時、治療係として同行を申し出たのだ。戦闘には参加しないが、山のふもとにて待機し、救出された松葉たちがひどい怪我を負っているようなら治癒能力ヒーリングで回復させる。そのためだけに同行してくれている。


「松葉さんたち、無事だといいね……」


「うん。本当に……」


 北園の言葉に、日向は真剣な表情で頷いた。



 朝7時からマモノ対策室十字市支部を出発、高速道路を経由し、『星の牙』が出現したという山岳地帯に到着。移動にはたっぷり五時間近くかかり、時計はすでに13時前を指していた。


「……よし、到着だ」


「ここが……」


 狭山が車を停め、その中から日向と日影が下りてくる。

 春日山は『星の牙』の仕業か、深い灰色の霧が立ち込めている。

 周囲には、狭山が昨日のうちに手配しておいた自衛隊員たちが待機しており、周囲の様子を探っている。


「やぁお疲れ様。首尾はどうかな?」


「狭山さん、お疲れ様です。やはりあの霧は衛星カメラを通してくれません。霧の中の様子は不明。山のふもとを捜索しましたが、松葉班の痕跡はありません」


「そうか……。やはりあの二人に、霧の中へと突入してもらう他無いか」


 今回の任務は、あくまで松葉班の救出が最優先とされる。そのため、『星の牙』の撃破は必須ではない。


 日向たちが勝てないと判断したら、松葉たちを連れ帰るだけに留める。そして後日、然るべき対策を練ってから、改めて討伐するのだ。言ってしまえば、不死身の二人を利用した威力偵察のようなものである。


 今回の濃霧には電波妨害の能力が備わっている。そのため、狭山は日向たちの指揮を執ることができない。現場での動き、『星の牙』を討伐できるかどうかの判断は、完全に二人に任せられる。


 一応、日向たちには信号弾を持たせており、有事の際はこれを空に打ち上げることで、待機している自衛隊たちを一気に突入させることも検討している。


「いざとなったら私も戦うよ! 遠慮せずに呼んでね!」


「うん、助かるよ北園さん。北園さんの殲滅力は俺たちの中でも随一だからね」


「オレとしちゃあ、日向より北園に来てほしかったな。遠距離攻撃もできるし」


「はいはい。お前と役割も被ってる完全下位互換で悪うございましたー」


 日向と北園、そして日影の三人がやり取りを交わしているところに、自衛隊の報告を聞き終えた狭山が戻ってきた。いよいよ作戦開始の時が来たのだ。


「松葉班との連絡が途絶えてから三日目……。彼らも優れたサバイバル能力を持ってはいるが、やはり心配だ。どうか彼らを、無事に連れて帰ってきて欲しい」


「任せとけ。絶対に連れ帰ってやる。ついでに『星の牙』もぶちのめしてやるよ」


「松葉さんたちに勝ったかもしれない『星の牙』に、俺たちが無事に勝てるとは思えないんだけどなぁ。……けど俺も、やるだけやってみます」


「ありがとう。……今回の任務は、これまでの君たちの戦いの中でも特に過酷なものになるかもしれない。どうかそのことを、忘れないでくれ」


「……はい。行ってきます」


 狭山に返事をすると、日向と日影は歩き出した。

 向かう先は、灰色の霧が立ち込める山の中。

 鳥のさえずりさえ聞こえず、ただ静かに広がる不気味な森は、さながら悪魔の住処のようであった。



◆     ◆     ◆



 霧の中に、何者かが侵入した。

 自分の領域テリトリーに、何者かが足を踏み入れた。


「……キキッ」


 それを感じ取った小さな黒いチンパンジーは、歯茎を剥き出しにしてほくそ笑んだ。



 彼の名はキキ。他のマモノたちからは『小悪魔』のあだ名で知られている。そして赤鳥ヘヴンや白狼ゼムリアと同じ、星の巫女の側近たる『星の牙』だ。

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