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第168話 静けさ

――その日、夢を見た。


 もう三人、やられてしまった。


 チームはほぼ壊滅だ。


 本部との連絡は不可。


 援軍も期待できない。


 もはや賭けるしかない。


 イチかバチか、俺がここでヤツを仕留めるしか……。


――そして振り向いたその瞬間、鋭い牙が襲い掛かってきた。





「はっ!?」


 声と同時に、北園は跳び起きた。

 また、予知夢を見てしまった。

 しかし彼女の表情は、ひどく暗い。


「……なんで、こんな夢を見ちゃうかな……」


 そう呟く北園の言葉は、今にも泣き出しそうな、悲痛な声色であった。



◆     ◆     ◆



 それから数日後。

 五月も下旬に突入したころ、金曜日の午後。


 修学旅行が終わり、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイにマモノが出たという噂は瞬く間に学年中に広まった。


 以前から「マモノ討伐チームなのではないか?」とささやかれている日向たちだったが、今回もマモノが出現した現場に居合わせたというだけで、再びクラス内から疑惑の目を向けられ始めている。しかしそこは、彼らの事情を知る田中と小柳が上手いこと沈静させてくれていた。


 そしてしばらくすると新しい行事が控えるようになり、皆は日向の正体探りどころではなくなった。新しい行事とは、そう、中間テストである。


「はぁ~ぁ、憂鬱だぁ……」


 机に項垂れながら、日下部日向は呟いた。


 当然、マモノ討伐の任を受ける日向もまた、例外なくテストは受けなければならない。今日は午後からマモノ対策室十字市支部に行き、狭山に軽く勉強を教えてもらう予定である。


 しばらくゲームから離れなければならないのは憂鬱だが、いつまでもクヨクヨしてはいられない。こうしている間にも時間は過ぎ、中間テストに一秒一秒近づいているのだ。


 今日の学校は終わり、生徒たちはそれぞれ帰路に就き始めている。

 日向もまた、席を立とうとする。……と、その時。


「……うん? 母さんからメッセージが来た」


 日向のスマホに、日向の母からメッセージが送られてきた。


 内容を見てみると『日向、今から帰り? 実はお母さん、今日買い物に行ったとき玉ねぎとにんじんを買い忘れちゃって。明日の料理に使いたいから、帰りに買ってきてくれる?』と書いてあった。


「仕方ないな……。『オーケー。ただ、友達の家でテスト勉強してくるから帰りは少し遅くなると思うよ』……と。そして送信。……しかし、玉ねぎとにんじんか。ラインナップがピクミンと同じなのは何の偶然か……」


 ちなみに『友達の家で勉強』というのは嘘であり、実際は先述の通りマモノ対策室十字市支部で勉強をする予定である。母にはまだ、自分がマモノと戦っていることを話していない。


「ここからならいつも行くスーパーより、学校の近くのサイコーマートの方が近いな。よし、さっそく行きますかねぇ」


 日向は立ち上がり、カバンを持ち上げると、教室を後にした。



◆     ◆     ◆



 スーパー『サイコーマート』の自動ドアをくぐる日向。


 ふと左上を見ると、天井にテレビがぶら下げられており、そこには入り口を見張る監視カメラの映像が映されている。そこに日向は映っておらず、独りでに自動ドアが開いたような映像になっていた。


「傍から見れば完全に心霊映像だな……」


 呟きながら、日向は野菜コーナーへと向かう。


 見た目に寄らず相当な量を食べる日向であるが、その一方でスナック菓子やジュースなどには大して興味がない。目的の玉ねぎとにんじんを購入し、さっさと帰る予定である。


「玉ねぎは球形に近く、皮に傷が少ないものを選ぶべし。にんじんは、オレンジ色が濃いものが美味しい。知ってて得する豆知識」


 日向の家は、スーパーから離れたところにある。そのため、男子だからという理由で母からしょっちゅうお使いに行かされてきた。その度に美味しい野菜の見分け方を教え込まれたので、日向の野菜選びの知識はそこらの主婦にも負けていない。


「……よし、良い玉ねぎとにんじんを見つけたぞ。あとはこれをレジに持って……おや?」


 その時日向は、前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。


 着ている服は十字高校のセーラー服。華奢で小柄な身体にふんわりボブ。ショッピングカートに大量の商品を詰め込んで、一生懸命に押している姿はなかなかに愛らしい。


「……北園さん?」


 カートを押しているその少女は、北園良乃だ。


「あ、日向くん。こんなところで会うなんて、珍しいね」


「そうだね。北園さんもお使い?」


「んー、まぁそんなところかなぁ。私は今からレジに行くけど、日向くんはまだ買い物?」


「いや、俺もレジに行くところだったよ。一緒に行く?」


「うん、行こー」


 二人はレジに商品を持って行って、会計を済ませる。


 北園が購入した商品を見てみると、肉や野菜といった食材に調味料、ティッシュペーパー、洗剤、シャンプーなど、様々な日用品を買いそろえている。それこそ主婦のようなラインナップであり、日向のような『ちょっと頼まれてお使いに来た学生』の購入品ではない。


「色々買ったね、北園さん。家の物は北園さんが買い出ししているの?」


「んー……まぁね。お母さんがちょっと、買い物に出られる状態じゃないから」


「そ、そうなのか。悪いこと聞いちゃったかな。ゴメン」


「いいよいいよ、気にしないで」


「……それだけ荷物が多いと、帰りが大変なんじゃないか? 良ければ北園さんの家まで俺が持とうか? 北園さんの家って確か、ここから近いだろ?」


「まぁ近いけど……どうしようかなぁ」


「流石の俺も、北園さんよりは力があると思うし、遠慮しないでいいよ」


「うーん……私の家ね、あまり余所の人を入れないようにって言われてるんだ。だからせっかく運んでもらっても、お茶の一つも出せないと思うけど、それでもいいなら……」


「ああ、大丈夫だよ。もともとこっちもお礼欲しさに申し出たワケじゃないし」


「そっか。じゃあ、お願いしようかな」


「よしきた」


「よしの、きたぞの。略してよしきた」


「そうだけど、そうではない」


「えへへー」


 やがて北園が袋に商品を詰め終えると、それを日向が受け取った。

 スーパーの外に出て、自転車の前かごに荷物を入れて、二人並んで歩いていく。


「……日向くん。一つ、聞きたいことがあるんだ」


 不意に、北園が口を開いた。


「なに? 北園さん」


「ちょっとした質問。例えば、目の前で何かしらの危機が迫っている人を見つけたとして、その人は自分に迫っている危機に気付いていないとするよ。それで、自分だけがその危機に気付いている。そんな時、日向くんなら助ける……よね?」


「まぁ……俺で助けられるなら……」


「だよね。……それでさ、もしもその人を助けた結果、巡り巡って自分に別の危機がやってくるとしても、助ける?」


「自分に別の危機が……」


「自分に来るとも限らない。それは周りの他人に来るかもしれないし、どこか余所の、見知らぬ誰かに来るかもしれない。あるいは、世界に影響を及ぼすかもしれない。……それでも、日向くんは助ける?」


 その質問に、日向は悩んでしまう。

 もともと彼は、面倒ごとを嫌う性格である。


「うーん……難しいなぁ……。危機が俺にやって来るのも困るし、世界にまで影響を及ぼすとなると……最初の人には悪いけど、見て見ぬフリをしてしまうかもなぁ……」


「そっか。やっぱりそうなっちゃうよね」


「俺がその人の危機も、俺に対する危機も、世界への影響も、全部まるっと背負えるのなら助けたと思うけど、俺にそんな力は無いしなぁ。……ところで、何でこんな質問を?」


「ちょっと聞いてみたかっただけだよ。答えてくれてありがとうね」


「どういたしまして。……しかし、北園さんがそういう質問をするとは思わなかったな。あまり難しいことは考えない性格だと思ってた」


「むー。私だってちゃんと物は考えてるんだよー。日向くんは私のこと、どういう人だと思ってるのー?」


「あー……ゆるふわの擬人化?」


「何それ嬉しい」


「嬉しいんかい……」


 やがて二人は、北園の自宅の前に到着した。

 彼女の自宅は、二階建ての洋風の一軒家だ。


 北園の家は、建てられてからそこそこの年月が経過しているように見える。壁はカビでやや黒ずんでおり、下の方はコケで緑がかっている。また、表札にはガムテープが貼られ、その上からマジックで『北園』と書かれている。


(マモノ退治のときに狭山さんが送り迎えする時とか、何度か家の前まで来たことはあるけど、北園さんらしからぬ暗い家だよな……。最初はもっと明るい家に住んでるかと思ってたけど……)


 現在、家には誰もいない状態なのだろう。

 部屋の中には全く光が無い。

 北園はポケットから家の鍵を取り出し、鍵を開けてドアを開いた。


「じゃあ日向くん。荷物運びありがとうね。今度ジュースでも奢るよ」


「いやいや気にしないで。俺が好きでやったことだから」


「そっか。じゃあ日向くん……ごめんね……」


「え? あ、うん。またね」


 北園は、家の中に入っていった。

 その際の彼女の表情は、ひどく暗いように見えた。


(何か……謝られるようなこと、あったっけ……?)



◆     ◆     ◆



 一方、こちらはマモノ対策室十字市支部。

 そのリビングにて、狭山と日影が何かの部屋の間取り図とにらめっこしながら議論を交わしている。


「ここにレッグプレスを置くのはどうだ? そんでアブドミナルをここだ」


「うーん……位置取り的には悪くないけど、風水的には良くないなぁ……」


「トレーニングルームに風水を求めるかよ普通……」


 二人が眺めている間取り図は、近いうちに新設するトレーニングルームのものだ。予定では来月、6月の半ばごろに完成する予定である。


「筋トレか。懐かしいな。俺も高校でバスケをしていた時は、毎日のようにやっていた」


 二人の傍らでは、本堂が参考書を読んでいる。

 彼もまた、受験のために狭山から勉強を習いに来ていた。


「すまないね本堂くん。これがひと段落したら、すぐにでも君の勉強を見よう」


「どうぞお構いなく。あなたの教え方が良すぎるおかげで、最近は少し余裕さえ出てきました」


「狭山の教え方、マジで分かりやすいからな。元々英語なんかまったく喋れなかったオレや日向が、ある程度の英会話ならできるようになったぐらいだ。……ところで狭山、ここにベンチプレスを置いたらどうだ?」


「うーん……けどここに置いたら北枕に……」


「まだ風水にこだわる気か」

 

 現在、マモノ対策室十字市支部および『予知夢の五人』は、狭山から見ても随分と軌道に乗っていると言える。『星の牙』との戦いは連戦連勝。先日は日向が星の巫女と接触し、『マモノ災害』に関する新たな情報を持ち帰ってきた。


 日本政府、ならびにUNAMaCにおける五人の評価も上がってきている。北園が見た予知夢、いずれ来たる『世界を救うための戦い』に送り出すのに相応しいチームになりつつある、と言えるだろう。


 と、ここで狭山のスマホが着信を告げる。

 狭山がスマホを取り出し、画面を見てみると、どうやら本部のオペレーターからの連絡のようだ。


「すまない、ちょっと電話に出てくるよ」


「ああ、分かった」


 二人に断りを入れてから、狭山は席を立ってスマホの着信に出る。

 するとすぐに、若い女性オペレータの声が耳に飛び込んできた。


『狭山さん! 大変です!』


「落ち着いて仙崎さん。何が起こったんだい?」


『松葉班の消息が……途絶えました!』


「……なんだって?」



 この言葉には、さすがの狭山も衝撃を隠せなかった。

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