第167話 修学旅行の終わり
日向たちがバオーバッシャーを討伐し終えた、その後。
ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ内にはシンガポール軍が派遣され、戦闘の事後処理を行っている。生き残ったランシーバなどがいないか、くまなく調査しているが、どうやらマモノは完全に全滅しているようである。
二人のシンガポール軍兵士が、外からフラワードームを眺める。
天井のガラスは至る所が割れ落ち、正面の出入り口には大穴が開けられている。壮絶な破壊の跡である。ドームは恐らく建て直しの必要があるだろう。それほどまでにボロボロだ。
「凄まじいな……。これが『星の牙』とマモノ討伐チームの戦闘跡なのか……」
「あの出入り口の近くで死んでいるのが、出現した『星の牙』らしいな」
「デカいな……。アレをたった三人の子供たちが討伐したというのか……。信じられん」
呟きながら、隊員二人がフラワードームから視線を外し、右方向を見やる。そこでは戦いを終えた日向たち六人が、木陰に入って休んでいるところだった。
「はぁ、疲れた。今何時だっけ。……13時か。そういえばまだ昼飯も食ってないんだっけ。腹減ったなぁ」
スマホのデジタル時計を見ながら、日向が呟く。
ランシーバに捨てられていたスマホは、シンガポール軍の兵士が見つけて返してくれた。
「……さて」
日向が顔を上げて、真っ直ぐ正面を見る。
そこには、田中と小柳が座っていた。
田中は北園の治癒能力を受けて、傷はすっかり回復している。
「……さっきはありがとうな北園さん。怪我を治してくれて……」
「あ、うん、大丈夫だよ。うん……」
田中の御礼に返事をする北園だが、その表情はどこか浮かない。知人に自分の超能力の存在をバラしてしまったことを引きずっているのだろう。しかし、怪我した友人を見て見ぬフリするほど、北園は薄情にはなれなかった。
「……それで、日向。お前たちは本当に……」
田中が、改めて日向たちの正体について尋ねようとする。
しかし、そんな彼らに向かって、何者かが近づいて来た。
日向が見てみれば、その人物はシンガポール軍の者のようだ。
「お取込み中失礼します。私はこのシンガポール軍の指揮を任された、ホァン少佐です。日本のマモノ討伐チームというのは、あなた方ですね?」
「あ、ああ、どうも初めまして。何の用でしょうか?」
「お礼を言わせてください。ありがとうございました。あなた方がマモノを討伐してくれたおかげで、事態は最小の被害で済みました。怪我人こそいますが、犠牲者もゼロと報告を受けたところです。感謝してもしきれません」
そう言ってホァン少佐が頭を下げた。
日向は慌てて、少佐に頭を上げるよう促す。
「よ、よしてください。俺たちはそんなに大それたことは……。それに、フラワードームもあんなに破壊されちゃいましたし……」
「それで済めば儲けものです。フラワードームならまた建て直せる。けれど人の命はそうもいかない。それに今回のマモノは地震を引き起こす能力を持っていたと聞きました。それが街の中心のオフィス街に出ていればどうなっていたか……。あなた方は、この国を救ってくれたと言っても過言ではありません」
「俺たちじゃなくても、あなたたち軍隊でも十分に勝てたかと……」
「国民を代表してお礼を言わせてください。この国を救ってくれてありがとう!」
「駄目だ、俺がいくら謙遜しても、あっちが大それた功績に仕立て上げてくる」
日向たちに礼を言い終えると「では私はこれで。どうぞゆっくりしていってください」と言ってホァン少佐は去っていった。
再び日向と田中が向き合うが、田中は先ほどの『日向たちはマモノ討伐チームなのか』という質問をする気が、すっかり失せていた。
「あんな場面見せられたら、そりゃもう間違いなくマモノ討伐チームだわな……」
「ははは……」
「率直に聞くが、一体どういう経緯でそうなっちまったんだ? 十字市に引っ越してくる前からか? それとも、つい最近?」
「ああ。こうなってしまったのは、つい最近だよ……」
そう言って日向は、田中と小柳に語り始めた。12月の終業式に『太陽の牙』を拾ってから、今に至るまでの全てを。
影が消えた理由も、自分がほぼ不死身であることも、持っている剣が特別な物だということも話した。
ただし、『日影を倒さないと自分が消滅してしまう』というところだけは伏せておいた。田中たちと日影に接点は無いが、それでも日影のことをあまり悪く思ってほしくはなかったのだ。自分が消えるかもしれない、という点も隠しておきたかった。
「……マジか。そんなことになってたのか、お前。……けど、良かった。やっぱりお前はいつもの日向だったよ」
「衝撃の事実です。事実は小説より奇なり、なのです。ここが実は漫画の世界だったと言われても、今なら信じてしまいそうです」
「いや本当にね。……それで、二人にはお願いがあるんだ」
「お願い? なんだ?」
「俺たち三人の正体については、まだ他の皆には黙っててほしい。特に北園さんの超能力については。北園さんは、超能力にあまりいい思い出が無いらしい。他人に知られるのが怖いそうなんだ」
「おま、そういうことは早く言え! それなら北園さんの超能力なんかに頼らず、あんな怪我自力で治したのに!」
「本気で言ってんのかお前……」
ちなみに先ほどまでの田中の容態をまとめると、鎖骨にヒビが入り、太ももを抉られ、内臓を殴打され傷つけていた、というところだ。本気で言ってんのかお前。
「北園さんは、自分の超能力をバラしてまで俺を治療してくれた……天使かよ……」
「て……天使では、無いかなぁー……」
田中の言葉に、北園は気まずそうに言葉を返した。
怪我が治ったこともあり、田中はすっかり元の調子である。
「そんなワケで、くれぐれもこのことは内密に頼むぞ」
「おう。お安い御用だ。カナリアも、それで良いな?」
「むぅ……。正直、良くないです。せっかく『マモノと戦ってみた動画』が撮れると思ったのに……」
「まだ言うか。それに俺を撮ったところで、俺は動画に映らないから。マモノたちが動画内で謎の死を遂げていくだけだから。編集だと思われるのがオチだよ」
「むー。……あ、シャオランくんなら動画には映るし、北園さんみたく能力へのコンプレックスも無いし、オーケーでは? ……です」
「いやー、ヒューガが『マモノ討伐チームのことは内密に』って言う限りは、ボクも駄目かなー。個人的にはオーケーなんだけどねー」
「じ、じゃあ最悪、リンファさんに……」
「アタシはそもそもマモノ討伐チームじゃないからね。ただの協力者だからね。今回役に立てたのはたまたまよ」
「むきー」
「……まぁこうは言うが、カナリアも善良な動画投稿者だ。分かってくれてるのは間違いないぜ。他にも協力できることがあったら言ってくれよ。何だかんだで、お前は命の恩人になっちまったし」
「命の恩人……まぁ、そうなるのかなぁ……?」
「嫌なら別に良いぜ? タダで助けてもらってラッキー!」
「待てや」
六人が談笑に浸っていると、こちらに向かって近づいて来る人影が一つ。日向もよく知ってる顔だ。彼らの担任、椚木錬司である。
「お前らー! マモノに襲われたって聞いて、すっ飛んできたぞ! 大丈夫だったか!?」
「くぬぎーん! 全然大丈夫だったぜ! ほらこの通り、怪我も無し!」
そう言って田中が、椚木に自身の身体を見せつける。
実際は先述の通り、北園に治療されるまでは大怪我人だったのだが、あたかも何もなかったかのように振舞っている。日向たちをマモノ討伐チームだと察知されないようにと、田中の配慮だ。
「そ、そうか、良かった。とにかく一度病院に……」
「いや全然大丈夫だって! 逃げてただけで、マモノには触られてもいないぜ! なぁ!?」
「あ、ああ、そうだな。(コイツよくもまぁいけしゃあしゃあと……)」
「というワケで! 俺たちは修学旅行を続行します! まだ飯も食ってないし、お土産も買ってないんだぜ!」
「あ、ちょ、お前ら!」
椚木の静止を聞かず、田中の言葉と同時に、六人は逃げるようにその場を立ち去る。
「そういえば、ここから全部済ませようとすると、相当ドタバタなスケジュールになるな……。リンファさん、段取りは任せた」
日向に話を振られたリンファも、焦りの表情を見せる。
「ええ!? 難しいわね……。とりあえず、マリーナベイサンズは諦める方向で行くわよ」
「そ、そんなーなのです。そこを何とかなりませんかです。展望台の絶景を楽しみにしてたのです」
「う、うーん、ホテルの食堂でお昼を済ませて、敷地内にはお土産が買える場所もあるだろうし、案外なんとかなるかしら……。だいぶ高くつきそうだけど……」
「……しまった、タクシーの特急料金を支払ったせいで、もう金欠だ。田中、命の恩人にメシ代とお土産代を恵んでくれ」
「お前、一番最初のお願いがカネって、めちゃくちゃ俗っぽいぞ……」
「うるせ、俺だって好きで頼んでるワケじゃないやい」
立ち去る六人に、周りのシンガポール軍たちは小さく敬礼をして見送っていた。
◆ ◆ ◆
その後、六人を含めた十字高校の学生たちは、無事に日本に帰国。
後日、日向たちはマモノ対策室十字市支部に、シンガポールのお土産を持ってきた。今日は本堂も勉強に来ており、久しぶりに十字市支部のフルメンバーが集まっている。今はちょうど、日向が狭山たちにお土産を渡しているところだ。
「はいこれ、狭山さんにはマーライオンクッキー。的井さんにもマーライオンクッキー。日影は歯ブラシね」
「なんでだよテメェ。オレにもマーライオンクッキーよこせ」
「はいはい冗談だよ。ほれ、マーライオンクッキーだ」
一見適当な品選びに見えるものの、ちゃんと皆の好みに合わせてチョコ味、バター味を分けて買ってきている。『お土産と言えば、キーホルダーよりもお菓子でしょ』というのが日向の持論である。
他の皆も、続々とお土産を渡している。
「私はこれだよー! あっちで描いた風景画!」
「へぇ、凄い綺麗に描けてるわね。マリーナベイサンズの展望台から描いたのかしら、これ」
「ボクはこれ! 美味しそうな肉まん見つけた!」
「ははは、あっちに行ってまで肉まんとは。シャオランくんは本当に肉まんが好きだね」
「ほらシャオシャオ。狭山さんに笑われてるわよ。だからあなたはシャオシャオなのよ」
「どういう意味だよー! シャオシャオって言うなー!」
やがてあらかたお土産を渡し終えた四人。
狭山は受け取ったお土産を両手いっぱいに持ちながら、口を開いた。
「ありがとうみんな。お土産、大切にさせてもらうよ。……それはそれとして、今度は君たちのお土産話を聞かせてほしいなー。あっちで出会ったんだって? 星の巫女と」
「ああ、はい。また色々聞かせてもらいましたよ。ひどい目にも合わされましたが。……それと、友達二人に俺たちがマモノ討伐チームだってことがバレました」
「あっはっはっは。そうかそうか、とうとうバレちゃったか。あっはっはっは」
「なんでちょっと楽しそうなんですか」
「ははは、不確定要素あっての人生だ。それくらいなら楽しんで行かないと。それに、こちらとしてはもうバレても問題ないと、君たちには伝えていたしね」
「まぁそれはそうですけど、何だかなぁ」
腑に落ちないような表情で呟く日向。
……と、そこで本堂が口を開く。
「……日向よ。俺にはマーライオンクッキーは無いのか?」
本堂だけは、日向とシャオランからまだお土産を貰っていない。
そんな本堂に、日向とシャオランはゆっくりと近づき……。
「「アンタにはこれだぁぁぁぁ!!」」
「ぐはっ……!?」
二人同時に本堂の胴体に正拳を叩き込み、本堂を吹っ飛ばしてしまった。
してやったり、と二人は満面の笑みでハイタッチを交わす。
事情が飲み込めない他の皆は、キョトンとした表情で顔を見合わせるしかなかった。
ちなみに、「やはりそれだけじゃあんまりかな」と思っていた日向とシャオランは、その後で本堂にもクッキーと肉まんを渡した。のちに本堂は、それをぬかみそに漬けて美味しく頂いたという。
◆ ◆ ◆
空には突き抜けるような蒼が広がり、大地は豊かな緑で覆われている。
ここは『幻の大地』。
悠久の時より人の眼から隠れ続けてきた、異次元の世界。
その大地の中心に次元の裂け目が開き、中から星の巫女が出てきた。
「ふう。戻ってきました」
そう呟く星の巫女を、鮮やかな赤い鳥が出迎える。
彼女の側近のマモノ、ヘヴンだ。
「戻ったか。長くもなく、短くもない。どうやら今のところ、向こうとのズレはあまり大きくないらしいな」
「ええ。今は同期が安定しているみたい。あの『星の牙』は……もうやられちゃったのね……。流石と言っておくわ、日下部日向とその仲間たち」
彼女の”気配感知”の能力が、バオーバッシャーが既にこの世にいないことを伝えた。星の巫女はこの場にいない日向に称賛の言葉を贈る。
「……そういえば、キキの姿が見当たらないわね。あの子はどこに?」
「知らん。おおかた表の世界で遊びまわっているんだろう。ヤツの考えていることはよく分からん。……よく分からんから、気に入らん」
「こら、ヘヴン。キキをあまり悪く言わないの。あの子はいつも面白いことを言って私を笑わせてくれる、いい子よ」
「どうだか。なにせ仲間内から”小悪魔”なんて呼ばれている輩だ。道化のフリをした悪党じゃなければいいんだがな」
「はぁ。どうしてあなたはこう、昔から捻くれているのかしら」
「……ケッ」
どこまでも広がる蒼空を見上げながら、一人と一羽は語り合った。