第166話 逆襲
バオーバッシャーが迫ってくる。
フラワードームを飛び出して、シンガポールに地震を引き起こすために。
しかし日向は冷静になるよう努め、北園に話しかける。
バオーバッシャーへの対策は、タクシーの中である程度固めておいた。
「北園さん。たぶんあのマモノ……バオーバッシャーには発火能力を食らわせたよね? 効き目はどうだった?」
「それが、あまり良くないみたい。もう何十発も火球をぶつけてるのにあの余裕だよ。きっとあのマモノは身体が大きいから、生命力もすごく高いんだと思うよ。それで私の炎にも耐えてるんだと思う。アイツは植物なんだから、炎が弱点なのは間違いないよね」
「……生命力が高い、か。……ねぇ北園さん。アイツが北園さんの炎を受けた時、熱がっている様子はあった? 悲鳴を上げるとか……」
「えーと……いや、そんな反応は無かったと思う……」
「なるほど。だったら、アイツは本当に炎への耐性があるんだろう」
「ええ!? でも、植物のマモノだよ!? 火に強いって……そんなのあるの!?」
「有り得ない話じゃない。バオバブは乾燥にとても強い植物だ。それがマモノになれば、熱に強い特性を手に入れても不思議じゃない」
「へぇー。日向くん、随分とバオバブに詳しいんだね」
「あー、バオバブの怪物が出てくる戦車のRPGがありまして。そこから少しバオバブについて調べたことがあるんだ。あ、それと、以前どこかのバオバブが、急激な大雨で水を吸い過ぎて死んだって話をニュースで聞いたことがある。恐らくアイツの弱点は、冷気だ」
「冷気……!? じゃあ、凍結能力が正解だったってこと!?」
「多分ね。試してみて、北園さん」
「う、うん! 分かった!」
日向の言葉を受け、北園は両手に冷気を集中させる。
そして力を溜めると同時に、猛烈な吹雪を放った。
前方の植物たちを凍らせながら、吹雪がバオーバッシャーへと迫る。
「グモオオオオオオオオ……!?」
北園の吹雪を受け、バオーバッシャーが声を上げる。
炎を受けた時とは、明らかに声色が違う。
「すごい……! 本当に冷気が効いてる!」
「よし! 一気に畳みかけるぞ!」
「み、皆で殴れば怖くなーい!」
三人がバオーバッシャー目掛けて走り出す。
北園がもう一度吹雪を撃ち出し、バオーバッシャーの身体を凍らせる。
身体が凍ったことにより、バオーバッシャーの動きが鈍る。
その隙に日向とシャオランがバオーバッシャーへと接近し、凍った身体を打ち砕いていく。
「グモオオオオオオオオ!!」
バオーバッシャーも反撃を開始する。
身体を支える根っこを全て床へと突き刺し、広範囲にわたる根っこ突き刺し攻撃を繰り出した。
「ぐっ!?」
「痛い!?」
日向が腕を、シャオランが胴体を突き刺された。
日向の腕がひどく出血を起こしているが、すぐさま”再生の炎”が日向の腕を焼き、元通りに回復させた。
シャオランに至っては、まともに腹を突き刺されたにもかかわらず、シャオランの腹筋の表面を軽く削っただけに終わった。”地の練気法”の賜物だ。
「熱つつつ……! 相変わらず容赦が無いな、”再生の炎”は!」
「ヒューガ、大丈夫!? って、もう回復してる。いつ見てもメチャクチャな能力だよねソレ!」
「俺はシャオランの練気法の方がメチャクチャだと思う!」
「超痛かったけどね! もうヤダ!」
声をかけあいながら、二人はバオーバッシャーに反撃を仕掛ける。
北園も吹雪を浴びせて援護する。
しかしバオーバッシャーも引き下がらない。
北園に弱点を突かれ始め、ダメージは間違いなく蓄積しているはずだが、やはり見た目通り相当にタフなマモノである。
「そろそろ一発、重い攻撃を入れるか、あるいは弱点を突きたいところだな!」
「あの中心の眼が怪しいよね。あそこを狙えれば……」
バオーバッシャーの身体の中心には、洞のような裂け目が開いており、その中から金色の瞳が覗いている。恐らくあれこそがバオーバッシャー最大の弱点であるはずだ。
しかしバオーバッシャーの身体はとてつもなく大きい。日向たちが戦ったマモノの中で言えば、ロックワームやブラックマウントを抑えて間違いなく最大の大きさと言えるだろう。地上から瞳までの高さは5メートルほどある。バオーバッシャーが直立した状態では、とても狙えたものではない。
「二人とも、退いてぇぇ!!」
そんな時、北園が後ろから二人に向かって叫んだ。
見れば、家ほどもある巨大な氷を生成している。
あれを念動力で持ち上げて、バオーバッシャーにぶつけるつもりなのだ。
「うわぁぁ!? 離れないと!」
「日に日に超能力の威力が増してきているよ、ホント。北園さんも、だいぶ人間をやめてきたよな……!」
二人は急いでバオーバッシャーの元から離れ、北園の後ろへ隠れる。
それと同時に、北園が巨大な氷塊をバオーバッシャー目掛けて投げつけた。
しかしバオーバッシャーはこれを見て、大きな腕のような右枝に地震のエネルギーを込め始める。
「これはマズい! 北園さん、バリアーっ!!」
「は、はいっ!」
日向の声と同時に、北園がバリアーを張る。
そしてバオーバッシャーの右枝が、飛んできた氷塊に叩きつけられる。
地震のエネルギーが炸裂し、氷塊は真正面から粉砕された。
砕かれた氷のつぶてが、散弾のように三人に襲い掛かる。
しかし北園がバリアーを張っていたおかげで、三人は氷のつぶてを浴びずに済む。
そして三人を通り過ぎていったつぶては、背後の出入り口のガラスをガシャン、と破り、直径10メートルほどの大穴がガラスの壁面に開けられた。
「グモオオオオオオオオ!!」
バオーバッシャーの攻撃は続く。
今度は根っこを床に突き刺し、地震を引き起こしてきた。
「ぎゃああああああああまた地震だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「けど、これはチャンスかもしれない……!」
「へ? どういうこと? 日向くん」
日向は呟くと、急いで羽織っていた上着を脱ぎ、『太陽の牙』の柄へと巻き付ける。それが終わると、シャオランに『太陽の牙』を差し出して、言った。
「シャオラン、コイツを食らわせてやれ!」
「……なるほど! それならいけるね!」
この二人の間では、すでにバオーバッシャーにトドメを刺すための道筋が組み上がっているようだ。
「シャオラン、確認したいことがある。ヤツが地震を起こしている最中、何か別の攻撃をしてきたか?」
「いや、そう言われてみれば、してこなかったね」
「やっぱりか。ならあとはシャオラン次第だな」
「任せて!」
(うーん、ついていけない……。本当にここからいきなり勝てるの?)
……そんな中、北園だけが取り残されていた。
「グモオオオオオオオオオ……」
バオーバッシャーが地震を止め、動き出そうとする。その瞬間。
「喰らえぇぇッ!!」
シャオランの声と共に、『太陽の牙』が物凄いスピードで飛んできた。
剣は真っ直ぐ、正確に、バオーバッシャーの瞳を貫いた。
「グモアアアアアアアアアアアア!?」
バオーバッシャーの絶叫が、フラワードーム内に響き渡る。
弱点の瞳を射抜かれて、激痛に悶え苦しんでいる。
「ついでに燃えろ、『太陽の牙』!!」
「グモアアアアアアアアアアアア!? グモアアアアアアアアアアアア!!」
『太陽の牙』が炎を上げる。
バオーバッシャーの瞳に突き刺さりながら、だ。
いくらタフなバオーバッシャーといえど、もはや耐えきれるものではない。
日向の考えた作戦はこうだ。
まず『太陽の牙』に自身の上着を巻き付ける。
『太陽の牙』は、日向以外の者が触れれば熱を発するが、こうすることで他の人間でも多少は握ることができるようになる。
そして、それをシャオランに投げさせた。
バオーバッシャーの瞳に向かって。
”火の気質”を纏ったシャオランの腕は、超人的なパワーで『太陽の牙』を投げ放ち、まさに戦車砲のような勢いでバオーバッシャーの瞳をぶち抜いたのだ。
バオーバッシャーが『地震を引き起こしている間は他の攻撃をしない』と見抜けたのも大きかった。バオーバッシャーは攻撃の際、ほとんどの場合は足の根っこを使う。地震を引き起こす際、どれほどの根っこを使用しているのかは分からないが、もしかしたら他の攻撃に回せる根っこは残っていないのでは、と日向は予測したのだ。
これを見抜いたおかげでシャオランは狙いを定めることに集中できたし、バオーバッシャーは地震攻撃の最中、他の攻撃してこないどころか一切の動きを見せなかった。シャオランからしてみれば、実に良い的であった。
バオーバッシャーの上体が、ぐったりと倒れる。
ちょうどアーチ状の橋のような形で、バオーバッシャーは動かなくなる。
そのバオーバッシャーの身体へ、日向がよじ登る。
そして突き刺さっている『太陽の牙』へと手をかけて……。
「これで、トドメだっ!!」
「グモアアアアアアアアアアアア……!!」
バオーバッシャーの瞳を、思いっきり抉った。
これがトドメとなり、ついにバオーバッシャーは事切れた。
「俺、ガーデニングは趣味じゃないんだよ」
◆ ◆ ◆
「お疲れ、ヒューガ!」
「お疲れ様! 日向くん!」
バオーバッシャーの身体から降りると、仲間の二人が日向に声をかけてきた。日向も手を振って二人の声に応える。
「それにしても今回の日向くん、凄く冴えてたように感じたよ!」
「そうかな? ……そうかも。俺も友達をボコボコにされて、ちょっと怒ってたかな」
自嘲気味に笑いながら、北園に返答する日向。
……だが、その視界の先、フラワードームの出入り口付近で、こちらにジッとスマホのカメラを向ける人物を見つけた。
「じーっ」
「……うわ!? 小柳さん!? 何してるんです!?」
「田中くんを避難させたので、お三方の戦いぶりを録画してたです」
「パパラッチ魂がたくましい……!」
「日下部くん、やっぱりスマホに映らないですね……」
「あ、そこもバレてるのね……」
「昨日の時点でバレてるのです。……ところで日下部くん、この戦いを『マモノと戦ってみた動画』として、インターネットにアップしても……」
「駄目です」
「ちちちっち・ちっちち……」
「変な韻を踏んで舌打ちをするな」
呆れながら、日向たちはフラワードームの出口へと向かう。
その姿はまるで、生き残った剣闘士が闘技場から退場するかのようだった。