第18話 スライム
「こっちだよ! こっちを曲がっていったよ!」
「北園さん、そんなに大声出すとバレるから」
日向と北園の二人は、中心街からずっと本堂を尾行している。
彼が本当に「三人目の仲間」であるなら、いずれ力を借りる日が来るかもしれない。そのためにも、住んでいる場所だけでも知っておかねばならない。
本堂を追う二人は、やがて住宅街に辿り着き、本堂はその中でもひと際大きな家に入っていった。
「うわぁ、でっかい家」
「本当に大きいねぇ。お金持ちなのかな?」
いずれ仲間になるかもしれない人物、本堂の素性が気になる二人。しかし、それを彼に直接確認できるのはしばらく先になるだろう。現状、二人は、彼を仲間にできるイメージが全く湧かなかった。
「まぁ、今日は出会いだけで、仲間になるのは別の日って可能性もあるし、今日はもうここまでにしよう」
日向が切り出す。
「そうだね。確かに、夢の中ではあの人に出会っただけで終わってたから」
北園も同意する。
「じゃあ、今日はここで解散ってことで」
「りょうかーい。またね、日向くん」
「うん。また」
「今日のデート楽しかったよ!」
「ええいまたそういうこと言う」
二人が帰ろうとしたその時、突然、「ガシャン」と、本堂の家から音がした。二人とも、少し驚いたような表情で本堂の家を見つめる。
「……今の、ガラスが割れる音?」
「多分、そうだと思う。何かあったのか……?」
「……行ってみよう、日向くん!」
「へ!? ちょ、北園さん!?」
日向の返事を聞く間もなく、北園は本堂の家に侵入してしまった。
「ああもう、これで何もなかったら、いよいよ警察とか呼ばれかねないぞ……」
日向は頭を抱えながら北園についていった。
音がした場所、本堂の家の庭に入ってみると、そこには本堂が倒れていた。状況から察するに、恐らく何者かに窓から叩き出されたのだろう。吹っ飛ばされた拍子によるものか、着けていたメガネは外れ、本堂のすぐ隣に落ちている。
「本堂さん!? 大丈夫ですか!?」
北園が本堂に駆け寄って、彼を助け起こす。
「ぐ……君は……」
北園の手を借りて上体を起こす本堂。
叩き出された窓ガラスで切ったのか、頬からは血がつたっている。
「今、治癒能力をかけますから! 動かないで!」
「いや、それよりヤツを……!」
本堂は怪我した身体を起こしながら、自身が叩き出された窓を指差す。
その窓ガラスをさらに叩き割って、家の中から何かがズルリと這い出てきた。
「な、なにこれ……?」
「これは……スライムか?」
日向と北園の二人が見たのは、球体状の透明の液体だった。
それは一見して水の塊にしか見えないが、生きているように蠢いていた。
「あのぶよんぶよんした化け物が、家に侵入していたんだ」
「『ぶよんぶよんした化け物』って。スライムじゃダメなんですか?」
日向の言う通り、「それ」はRPGに出てくる「スライム」そのもののような何かだ。恐らくはこれもマモノなのだろう。しかもこのスライム、目とか口が無いタイプのスライムである。こういうタイプのスライムは大抵、殺意が高い。
そして、そのスライムの体内に一人の少女が取り込まれている。
少女の表情は苦しげで、既にぐったりして動かない。
「あ、あの人は!?」
日向が本堂に尋ねる。
「妹だ。助けてやりたいが、奴め、近づけさせてくれん」
そう言いながら、北園に怪我を治してもらった本堂が、落ちていたメガネを拾って立ち上がる。
本堂が立ちあがると、北園の顔を真っ直ぐ見て、話しかける。二人の身長差のせいで、本堂が北園を見下ろしているような構図になっているが。
「……君は、本当にすごい力を持っているんだな」
「えへへー、信じてくれました?」
北園はスライムを警戒しながらも、本堂に向かって得意げに笑う。
「分かった、信じる。だから、手を貸してくれ。妹を助けたい」
本堂が頭を下げる。
これに応えない北園ではなかった。
「りょーかいです! 任せてください!」
と、二つ返事で請け負った。
「……というワケで日向くん! アイツを倒すために、私はどうすればいい!?」
「へ!? 俺に聞く!?」
「もちろん! 頼りにしてるよ、マモノ博士!」
「マモノ博士って……」
頭を掻く日向。しかし、その頭の中では真剣にスライムへの対策を考え始めていた。確かにゲームなどで数多のモンスターを相手してきた日向こそが、この場にいる三人の中で一番、マモノへの対抗策を思いつきやすいのは間違いないだろう。
(ええい、こうなれば仕方ない。やってやろうじゃないか。勝利条件は、本堂さんの妹さんを無事に救出し、あのスライムを倒すこと。さぁて、ゲーマーの戦略眼を見せてやるぞ)
目の前の状況を眺め、最善手を計算し始める日向。
スライムを警戒しながら、日向の指示を待つ北園と本堂。
今にも三人に襲い掛からんとするスライム。
本堂邸での攻防が、幕を開けようとしていた。