第164話 混乱のフラワードーム
フラワードーム内へと突入したシャオランと北園、そしてリンファ。
その直後、いきなり巨大な地震が発生した。
「わわわっ!? こんな時に地震!?」
「いやぁぁぁぁぁぁ地面が崩れるぅぅぅぅぅああああああああ」
「シャオシャオうるさい! 崩れないから! 大丈夫だから!
地震が収まるのを待たず、ドームの奥からたくさんの人々が逃げてくる。
その人々を追って、人型の花のマモノ……ランシーバの群れがやってきた。
「あれが今回のマモノだね! 植物が相手なら、私の発火能力がよく効くはず!」
さっそく北園は両手で一つずつ火球を生成し、計二つの火球をランシーバの群れ目掛けて投げ入れる。
火球は大爆炎を巻き起こし、ランシーバたちを蹴散らした。
……だが、正面からはさらに多くのランシーバたちが迫りつつある。
「シャオランくん! 正面は任せて! シャオランくんは逃げ遅れた人がいないか探してみて!」
「やだぁーっ!! 地震怖いいいいいい!! 今すぐ外に出ないと危ないよぉぉぉぉ!! もしくは机の下に隠れるとかぁぁぁぁぁぁ!!」
「わがままだなーもー! ……あ、そうだ。リンファ、ちょっと耳貸して?」
「え?」
北園は何かを思いついたらしく、リンファに耳打ちをする。
北園の話を聞いたリンファは、少々げんなりした様子である。
「ほ、ホントに言うの? アタシのキャラじゃないと思うんだけど……」
「お願い、言ってみて! きっとシャオランくんもやる気出すから!」
「しょうがないわね……」
そう言うとリンファは、シャオランに向かって微笑み、口を開いた。
「……アタシ、シャオシャオのカッコいいところ、見たいなー?」
「…………。」
「し、シャオシャオ?」
「覚悟完了、行ってきます!」
そう言うとシャオランは、”地の練気法”を使い、フラワードームの奥へと向かって行ってしまった。
「……上手くいったけど、複雑な気分だわ……」
「な、なんかゴメンね?」
「良いのよ。……さて、アタシもシャオシャオを追いかけるわね。あなた達ほどじゃないかもしれないけど、アタシだって戦えるんだから!」
そう言うとリンファは、シャオランの後を追って行ってしまった。
◆ ◆ ◆
リンファの声援を受けたシャオランは、ドーム内を駆け抜けながらまだ人が残っていないか探し回っている。すると、二体のランシーバによって壁際に追い詰められている女性を二人見つけた。
「させるかぁ!」
シャオランはランシーバの左側面から駆け寄って、その胴体を右の拳で吹っ飛ばした。吹っ飛ばされたランシーバに巻き込まれて、二体目も地面に倒れる。
「さ、今のうちに逃げて!」
「ありがとうございます!」
女性客二人はシャオランに礼を言うと、一目散に逃げだした。
シャオランの攻撃で地面に倒れたランシーバたちは、しかし平然と起き上がってみせる。
「コイツら、打撃に強いのかな……」
構えながら、シャオランは呟く。
先ほどランシーバを殴った時、シャオランはあまり良い手ごたえを感じなかった。ランシーバの胴体は、絡まった茎のような形だ。故によくしなり、伸縮性に富んでいる。シャオランの拳を受けた時、ランシーバの胴体はたゆみ、衝撃を逃がしたのだ。
「ふ、普段のボクなら、ここで形勢不利を悟って逃げているところだけど、今日のボクはひと味違うぞ! リンファに良いところを見せるんだ!」
言うと同時に、シャオランはランシーバの懐へと潜り込む。
ランシーバが噛みつきにかかる。
それより早くシャオランは、ランシーバの顎を掌底で打ち上げた。
倒れたランシーバの胴体を踏み潰す。
ランシーバの胴体が、シャオランの足と床とで板挟みになる。
衝撃は後ろへ逃げること叶わず、ランシーバは真っ二つになった。
二体目のランシーバがシャオランに太い触手を叩きつけてくる。
シャオランはそれを素手で受け止める。
そして逆に触手を掴み、力任せに引きちぎった。
ランシーバが悲鳴を上げて悶える。
その隙にシャオランは、一体目と同じくランシーバの体勢を崩し、踏み潰した。
ドームの奥を見てみれば、さらに十体近いランシーバたちが迫ってくるのが見えた。シャオランは息を整え、ランシーバの群れに突っ込んでいく。
「……はッ!!」
まずは一体目に駆け寄り、肘をぶつける。
一体目が吹っ飛ばされ、二体目、三体目を巻き込み転倒させた。
四体目がシャオランの足元目掛けて触手を薙ぎ払う。
シャオランはそれを足で潰して止める。
体勢を崩した四体目のランシーバ目掛けて、シャオランは飛びかかる。
ランシーバの顔面に蹴りを入れて、そのまま頭部を踏み潰した。
五体目のランシーバが触手を伸ばしてくる。
シャオランはそれを受け止め、逆に触手を引きちぎろうとする。
「ぐっ!?」
……しかし、それは六体目のランシーバによって阻止された。
五体目に気を取られている隙に、無防備になった脇腹に触手を叩きつけられた。
触手を喰らい、シャオランが床に転倒する。
六体目のランシーバが、続けて触手を振り下ろす。
「く……!」
シャオランは床を転がって触手を避ける。
叩きつけられた触手は、コンクリートの床を砕いた。
急いでシャオランは立ち上がり、体勢を整える。
しかしそれより早く、七体目のランシーバがシャオランの背後から首を絞めにかかった。
(かっ……!? しまった……!)
『ランシーバを転倒させて踏み潰す』。それは確かにランシーバに対して有効な戦法だが、転倒させるという工程を増やさなければならない分、一体を倒す時間も増える。そうなれば、隙を突かれる可能性も格段に高くなる。素手で戦わなければならないシャオランにとって、このランシーバの数は多すぎた。
「はぁぁぁ!!」
シャオランも負けてはいない。”地の気質”をまとった彼のパワーは、ランシーバの遥か上を行く。後ろから首を絞めるランシーバを、そのまま背負い投げの要領で前方に叩きつけた。
「シーッ!!」
「え……!?」
だがその瞬間、また別のランシーバがシャオランに噛みつきにかかる。頭を丸ごと噛み潰す勢いで。
息を整えようとしていたシャオランは、完全に反応が遅れてしまった。
(あ……ボク死んだかもコレ……)
「やぁぁ!!」
その時、凛とした掛け声が聞こえた。
同時に何者かがランシーバに駆け寄り、今にもシャオランに噛みつかんとしていたランシーバの頭部に長い刃物を突き刺し、逆の手に持つもう一本の刃物でランシーバを斬り倒した。
「……リンファ!?」
シャオランを救出したのは、リンファだった。
両手には、刃渡りが非常に長い包丁を一本ずつ持っている。
さらに背中には、持っている刃物よりさらに大きく太い刃物を背負っている。
「油断しないで、シャオシャオ! 敵は多いんだから! 普段の一対一の組手とはワケが違うのよ!」
「……り、リンファあ……助かったよぉ……」
「ちょっと! 泣くのは後にして! ほら、アンタはこれ使って!」
そう言ってリンファは、背負っていた大きな刃物を投げてよこす。
それはマチェットだった。鞘から引き抜くと、先端が丸みを帯びて長さもある、片刃の剣のような刃物があらわれた。
「ど、どこから持ってきたの、こんなもの……?」
「この施設内のレストランから! 戦いでもビジネスでも、利用できるものは何でも利用しないと! アンタに渡したソレは、ケバブを切り分ける時に使うやつみたいね!」
「た、たくましいなぁ……」
「ソレなら、植物のマモノにもよく効くでしょ! さ、行くわよ!」
「あ、待ってよリンファ!」
改めて、シャオランとリンファがランシーバの群れに突っ込んでいく。
リンファが二本の包丁で、ランシーバたちを切り分けていく。その太刀筋は実に流麗。ランシーバの攻撃を躱しつつ、次々と返り討ちにしていく。
シャオランがマチェットを振り回す。
重い片刃の一太刀が、ランシーバの首を斬り飛ばした。
マチェットは相当な重量があるはずだが、シャオランはまるで青龍刀でも使っているかのように軽々と振るう。
今度はマチェットを大きく横に一閃。
三体まとめて、ランシーバたちは斬り倒された。
二人が武術を習った施設、武功寺では、武器を使った武術も教えている。
シャオランとリンファもある程度武器術を仕込まれているため、この程度の武器の扱いなどお手の物だ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあっちいけぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「シャオシャオに関しては、やたらめったらに振り回してるだけに見えるけどね……」
気が付けば、あれだけいたランシーバたちは一匹残らず全滅していた。
◆ ◆ ◆
「アイツ! よくも日向を!」
一方こちらは田中と小柳。
バオーバッシャーに向かって、田中は激情をぶちまけている。
……実際のところ、日向には”再生の炎”があるのだが、彼はそれを知らないのだ。
「だ、駄目です田中くん! わたしたちが立ち向かっても勝てるはずありません! 逃げるのです!」
憤る田中を、小柳が止める。
田中は悔しそうな表情をしているが、小柳の言葉に頷いた。
「ぐ……そうだよな……あんな化け物、素手で勝てるワケがない。堪えないと……!」
二人は踵を返して、その場から逃げようとする。
しかし二人の行く手を阻むように、太い根っこが大量に突き出てきた。
「きゃあ!? 何これ、根っこ!?」
「あの木のマモノ、俺たちを逃がさないつもりか!」
二人は先ほど、バオーバッシャーの配下たるランシーバを攻撃した。よってバオーバッシャーは二人を、排除するべき敵だと認識している。
田中がバオーバッシャーの方を振り向けば、何やら床が盛り上がりながら小柳に向かって迫ってきているところだった。
「あ、危ねぇカナリア!」
「きゃっ……」
反射的に田中は小柳を突き飛ばした。
そして、田中の脚が、飛び出てきた鋭い根っこに抉られた。
「ぐああ!? い、痛ぇ……!」
「た、田中くん!?」
痛みに耐え兼ね、田中が転倒した。
小柳が田中を助け起こそうとするものの、180センチもある田中の巨体を支えるには、女子一人の力では厳しいものがある。
「カナリア……俺は大丈夫だから、早く逃げろ!」
「大丈夫なワケないでしょう! 頑張ってください! 立ってください!」
二人が撤退に手間取っている間に、バオーバッシャーはずりずりと二人の元へ接近してきている。
やがてバオーバッシャーは二人の元まで来ると、その巨大な右枝を持ち上げた。二人を叩き潰すつもりだ。
「グモオオオオオオオオ!!」
「や……やばい……!」
もはや逃げても間に合わない。
バオーバッシャーの右枝が、無慈悲に二人へと振り下ろされた。