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第163話 花の園

 フラワードームにマモノが出現する数分前。


「あ、田中くん! あそこに日向くんがいるです!」


 こちらは田中と小柳のペア。フラワードームの近くで日向と謎の少女……星の巫女を見つけたところだ。二人はフラワードームの中へと入っていく。


「おお、でかしたカナリア! さっそく追うぞ!」


 二人も急いで日向たちを追う。

 入場料を支払い、ドーム内へと入った二人であるが、肝心の日向たちを見失ってしまった。


「くそ、いねぇ! どこ行った!?」


「落ち着いてくださいです。ドームの中にいるのは確実です。一か所ずつ、ゆっくり探していくですよ」


「そ、そうだな。よし、探すぞ……」


 二人は人ごみを掻き分けつつ、日向たちを探し回る。


 フラワードーム内はかなり広い。この中から特定の個人を探し出すのは、中々に骨だ。モタモタしているうちに日向たちはドームの外へ出てしまい、また見失うのではないかと、田中は焦り始める。


「見つからないな……。こうなったら、出入り口で待ち構える作戦にシフトして……」


「うわぁーっ!? マモノだーっ!?」



 そんな時だった。

 その叫び声を聞いたのは。



「え……マモノ……?」


 田中が周囲を見回すと、人型の花のマモノ……ランシーバの群れがドーム内の客を追い回しているところを見つけた。人々は悲鳴を上げて、ランシーバたちから逃げ惑っている。


「た、田中くん!? これは……!?」


「マモノだ……! 何でこんなところに!? とにかく、急いで逃げよう!」


 田中と小柳もドームの外へと逃げ出そうとする。

 しかし……。


「ママぁー! どこー!?」


「あれは……!」


 施設の奥の方に、母親とはぐれたのか、立ち尽くして泣いている女の子を見つけた。そして、その後ろから一匹のランシーバが接近してきている。


「……ああくそ! カナリア、先に逃げてろ!」


「え、ちょっと、田中くん!?」


 田中は女の子を助けるため、ドームの奥に向かって走り出す。

 ランシーバはすでに、女の子を打ち据えるべく触手を振りかぶっている。


(くそ、駄目だ! 女の子を逃がすのは間に合わねぇ! 俺が受け止めるしかない……!)


 田中は女の子とランシーバの間に割って入る。

 それと同時にランシーバが、振りかぶった触手を縦に振り下ろしてきた。


「痛っつ……!!」


 田中は腕を交差させて触手をガードする。

 しかし、それでもなお強烈な衝撃だ。

 大人の男性の腕が二本まとまったような太さの触手が田中のガードを破り、彼の鎖骨に叩きつけられた。


「く……お嬢ちゃん! 今のうちに逃げろ!」


「あ……う、うん……!」


 もはや泣いている場合ではないと分かってくれたのか、女の子は自力で逃げ出した。


 しかしこのままでは、女の子は目の前のランシーバに追いつかれる可能性がある。だから田中は、もう少しだけこのランシーバを足止めしなければならない。


「何か武器になりそうなものは……無いよなぁ。くそ、こういう時こそ竹刀が欲しいぜ……!」


「シーッ!」


 ランシーバが触手を振り下ろしてくる。

 しかし田中とて十字高校剣道部の次期キャプテンなのだ。

 反射神経は人並み以上。

 そして今度は女の子をかばってガードする必要も無い。

 田中は横っ飛びで振り下ろされた触手を避け、ランシーバに走り寄る。


「おおおおおっ!!」


 そして、握りしめた拳で思いっきり、ランシーバの花弁の頭部を殴りつけた。


 ……しかし、ランシーバは堪えた様子が無い。

 田中の拳は、まるで効いていない。


「やっぱ、素手じゃ無理か……!」

「シャーッ!!」


 効いていないとはいえ、これでランシーバは田中を害敵と認識した。


 ランシーバが花弁の頭部を大きく開く。

 花弁の中には、鋭い牙が無数に生えている。

 この牙で田中を噛み砕くつもりだ。


「くっ……!?」


 田中は後ろに下がってランシーバの噛みつきを避ける。

 しかしランシーバは、後ろに跳んだ田中に向かって触手を伸ばし、その身体を捕まえた。


「なっ!? し、しまった!」


 ランシーバは触手を引っ張って、田中を引き寄せる。

 牙の生えた花弁を大きく開きながら。

 次こそは逃がさず、その牙で噛み殺そうというのだろう。


 田中はランシーバの触手から逃れようとするが、ランシーバの力も強い。並の人間では歯が立たないパワーだ。


 もはや絶体絶命か。

 田中がそう思った、その瞬間。


「おりゃああああ!!」

「え、カナリア!?」


 小柳が田中を捕まえているランシーバに向かって突撃していった。

 持っていたハンドバッグを両手で構え、ハンマー投げの鉄球の要領でフルスイング。

 荷物多め、遠心力もたっぷり乗った小柳のハンドバッグが、ランシーバの頭部を打ち抜いた。


 ランシーバはたまらず仰け反り、田中の触手が解けていった。


「田中くん、今のうちに逃げるです!」


「あ、ああ! 助かった!」


 急いでその場から離れようとする田中と小柳。

 しかしその瞬間、ゴゴゴゴ……と地鳴りが聞こえ、同時に床が激しく揺れ始めた。


「きゃああ!? じ、地震!?」

「やべぇ、頭を守れカナリア!」


 天井のガラスが振動に耐え切れず、割れて落ちてくる。

 そのガラスに当たらないように、二人は身を屈めながらその場を離れる。


 バキッ、と上の方で音が鳴り、ガシャン、と何かが落ちて来た。

 背後を見てみれば、先ほどのランシーバが落ちてきた巨大なガラス片に潰されていた。


「ら、ラッキーだぜ! この隙に逃げよう!」

「あっちです! あっちに出口を見つけたのです!」


 小柳に案内されながら、田中はドームを出ようとする。

 しかし田中は、その途中で小柳を止めた。


「ま、待てカナリア! あっちにデカいマモノがいる! こっちは危険だ!」


「え!? あれマモノなんですか!?」


 田中が指差した先に居るのは、巨大なバオバブのマモノ……バオーバッシャーだ。

 そのバオーバッシャーは、根っこで誰かを捕えているように見える。


「誰かヤツに捕まってやがる! 何とか助けてやりたいが……え?」


「た、田中くん、あれは……あの人は……!」


 二人は驚きで目を見開いた。バオーバッシャーに捕まっているのは自分たちの友人、日下部日向だったからだ。日向もこちらに気付き、二人の方を見ている。


 その時、バオーバッシャーが動き出した。

 よじった身体を元に戻し、その勢いで日向に太い右枝を叩きつけた。


 日向は物凄い勢いで飛んで行き、ドームのガラスを破って、見えなくなった。あれはもはや、人間が喰らって生き延びられるような攻撃ではない。



「あ……」


 田中の顔色が青くなっていく。

 日向は死んだ。間違いなく死んだ。その実感が沸々と湧いてくる。


「ひ……日向ぁぁぁぁ!!」


 田中は叫んだ。

 怒りと悲しみの混じった声が、フラワードームにこだました。



◆     ◆     ◆



 一方、こちらはシャオラン、リンファ組。

 相変わらず、気まずい空気が続いている。

 二人でコチョウランの花畑を眺めているが、お互い、表情が硬い。


「わ、わぁー、見てリンファ、綺麗なお花だよー……」


「そ、そうね」


(うわぁぁぁぁぁぁ塩対応だぁぁぁぁぁ絶対嫌われてるよぉぉぉぉぉぉ)


 お互い、相手と仲直りし、改めて想いを伝えようと思っているのに、緊張からなかなか言い出すことができない。シャオランに至っては一人勝手にネガティブな方向へ突っ走っている。



「……ねぇ、シャオラン」


 そんな空気を覆さんと、先に口火を切ったのはリンファだった。

 ピンクのコチョウランの花畑をバックに、彼女たちなりの戦いが始まった。


「え、な、なに? ……あれ? またシャオランって……」


「あ、あのね。昨日はゴメンね。アタシ、すごく自分勝手なこと言ってた」


「じ、自分勝手って? むしろ自分勝手にリンファにひどいこと言ったのはボクのほうじゃ……」


「ううん。アタシは、シャオランがアタシの家族に認められるような人になってくれれば、それで解決すると思ってた。けど、それは結局アタシの都合。アタシはシャオランの都合なんて考えずに、自分のためにシャオランを変えようとしてた」


「ボクの都合って言っても、ボクはリンファのこと、迷惑だとか思ったことはないよ。そりゃあ、マモノと戦いに行くのは怖いし、それに送り出そうとするリンファにも、勢いで思わずあーだこーだ言っちゃったりするけど」


「それでも、謝らせて。ごめんなさい、シャオラン……」


「う、うん、わかった。許すよ。だからリンファ、顔を上げてよ」


「ありがとう、シャオラン。……それともう一つ、決めたことがあるの」


「決めたこと……?」


「ええ。家族が認めてくれないのなら、アタシはあんな家族は捨てる。シャオランについて行くわ」


「え……ええぇぇぇぇぇぇ!?」


 唐突に突きつけられた、事実上の駆け落ち宣言。

 シャオランの驚愕がこもった叫び声が、園内にこだました。


「い、いいい、いや、リンファ!? そ、そこまでしてもらわなくても!」


「そこまでするわよ! だってシャオランが好きなんだもの! これからも一緒にいたいんだもの!」


「で、でも、ボクだって昨日、リンファのために、リンファに見合う強い男になるって決意したばっかりで……」


「…………へ? 今なんて?」


「いやだから、ボクも昨日、リンファに見合う強い男になるって決めたんだって…………あ。」


 思わず言ってしまった、決意の言葉。

 あまりにしまらない展開に、シャオランもリンファも、呆気にとられる。


「…………こ、コホン」


 しかしシャオランは、一つ咳払いをして仕切り直し、改めて口を開いた。


「り、リンファ。ボクは決めたんだ。ボクはキミのために強くなるって。そ、そして、正々堂々、キミの家族に認めてもらうって。だから、家族を捨てる必要なんて無いよ。今はケンカしてるのかもしれないけど、それでも大事な家族なんだろう? 大事だから、今の今まで、家族を捨てるなんて選択を考えなかったんでしょ?」


「シャオラン……」


「えっと、だから、その、あの、えと、つまり、ええと……」


「う、うん」


「……こ、これからも、よろしくお願いします?」


 疑問符で飾られたその言葉を聞いて、リンファはズッコケてしまいそうになった。


「そ、そこは『愛しています、付き合ってください』とかじゃないの……?」


「ご、ゴメン……心臓が破裂しそうで、安全牌に逃げちゃった……」


「はぁ……。ま、実際、これから正式に付き合うにしたって、アタシたちの生活が変わるワケじゃないか。今までだってほとんど付き合ってたようなものだしね」


「ま、まぁ、それは確かに。……それでリンファ、結局、返事は……?」


「返事? そんなの決まってるでしょ?」


 そう言うと、リンファは姿勢を正し、シャオランに向き直る。

 そして、口を開いた。



「……はい。これからも、よろしくお願いします」




「……オーケーってこと?」


「それ以外に何があるのよ」


「そ、そうだよね……良かったぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 告白が上手くいった安堵からか、シャオランはその場に座り込んでしまった。見れば、脚がガクガク震えている。力が抜けてしまったのだろう。


「やーね、シャオシャオったら。大げさなんだから」


「お、大げさなもんかい! 下手なマモノと戦うより緊張したよぉ!!」


「ま、まぁ、気持ちは分かるけどね」


「あとシャオシャオはやめろぉ!」


「ゴメン無理。やっぱりシャオシャオはシャオシャオじゃないと。……それで、北園はいつまでそこで見てる気かしら?」


「へ? キタゾノ?」


 リンファが北園の名を呼ぶと、近くのベンチの後ろから、ひょっこりと北園が顔を出した。


「えへへー、バレてた?」


「バレバレよ。アタシたち二人を残したのも意図的だったんでしょ? 北園も強くなってるんでしょうけど、気配の消し方はまだまだね。アタシやシャオシャオにかかれば、一発で見つかるわよ。ね? シャオシャオ」


「ぜ、全然気づかなかった……」


「……って言ってるよ?」


「これだからシャオシャオは……」


「うぐぐぐ。さっきのしおらしいリンファはどこに行っちゃったんだ」


 すると北園は、ベンチの後ろから出てきて、二人のところへやって来る。

 そして、二人が先ほどまで眺めていたピンクのコチョウランの花畑を、同じように眺め始めた。


「いやー、それにしても、コチョウランとは乙な場所を選んだねー」


「おつ? 何が乙なの?」


「あれ? シャオランくんは知らないの? ピンクのコチョウランの花言葉。

 『あなたを愛しています』だよー」


「…………恥ずかしすぎて死にそう……死んだ……」


 シャオランの顔が真っ赤になる。

 そして、両手で顔を覆い隠してしまった。

 そんなシャオランを見て、リンファと北園は顔を見合わせつつ、苦笑いをするのであった。



 と、その時だ。


「逃げろーっ! マモノが出たぞーっ!」


「え!?」


 観光客らしい人物が、大きな声で叫びながら園内を走り回っている。

 見れば、フラワードームから続々と人が逃げてきている。

 みな、何かにひどく怯えているかのような表情だ。


「まさか、あそこにマモノが!? 行こう、シャオランくん!」


「や、やだ! ボクも逃げる!」


「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょー!?」


「そうよシャオシャオ! アタシのために強くなるんじゃなかったの!?」


「ぜ、前言撤回で! 来年から頑張ります!」


「この甲斐性無し! こうなったらアタシが無理やり連れて行ってあげるからね!」


「あー!! 待ってー!! 引っ張らないで―!! いやぁぁぁぁぁ!!」



 こうして三人もまた、フラワードームへと向かっていった。

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