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第162話 バオーバッシャー

「うわああああ!? マモノだあああああ!!」

「誰か、助けてーっ!!」

「えーん! ママぁーっ!」



 突然のマモノの大量発生に、温室ドーム内は大混乱だ。我先にと入場客たちが逃げ始め、その後ろから自立歩行する花のマモノが多数追いかけてくる。


 自立歩行する花のマモノは、背丈は成人男性ほどもあり、その花弁の色は白、ピンク、紫とどれも鮮やかで綺麗ではある。しかしその一方で、太い茎が人間の身体のように発達し、頭部の大きな花弁には無数の牙を持つ、見るからに人を食いそうな凶悪な外見のマモノである。


 このマモノたちの名前は『ランシーバ』。

 シンガポールの国花、蘭が星の力を受けて進化した存在である。


 だが日向は、ランシーバたちに追われている人々を助けることができない。なぜなら、目の前にもっと危険な大物がいるからだ。


「グモオオオオオオオオ!!」


「バオバブのマモノ……! マモノ対策室のデータには無い相手だな……!」


 つまり、相手の能力は不明。

 しかしそのプレッシャーは、周囲のランシーバたちとは比較にならない。まず間違いなく、この場のマモノたちを指揮する『星の牙』だろう。


「名前は……もう適当にもじるか。『バオーバッシャー』で」


「グモオオオオオオオオ!!」


 待ちくたびれたか、それとも名前が気に入らなかったか、バオーバッシャーが先制攻撃を仕掛けてくる。バオーバッシャーの足元の床が盛り上がりながら、日向に向かって迫ってくる。


「根っこの突き刺し攻撃か……!」


 日向は頭の中で、これまでプレイしてきたゲームに登場した植物型のモンスターの攻撃方法をピックアップし、その全てを改めて頭の中に叩き込む。どんな攻撃が来ても上手く対処できるように。


「こんなゲームの知識でも、こんなところで役に立つんだから、人生っていうのは分からないよホント……!」


 日向は急いで右に走り、盛り上がりながら迫ってくる床から逃れる。


 床の盛り上がりが日向の足元まで来ると、その中から太く鋭い根っこが突き出てきた。しかし走っている日向の足を捉えることはできず、根っこは虚しく空を突いた。


 根っこを避けたことを確認すると、日向はバオーバッシャーへと駆け寄り攻撃を仕掛けようとする。しかし、そこに二体のランシーバが立ちふさがり、日向の攻撃を妨害する。


「キシャアアアアアア!」

「邪魔だ、この!」


 ランシーバが日向に向かってツタ状の両腕を伸ばす。

 その腕で日向を捕らえ、頭の花弁で噛み殺すつもりだ。


 しかし日向は、迫る腕を『太陽の牙』で切り払い、次いでランシーバたちの懐に潜り込み、二体まとめて一文字に斬り捨てた。


「グモオオオオオオオオ!!」

「うわっ!?」


 ランシーバを倒してから、間髪入れずにバオーバッシャーが根っこ攻撃を仕掛けてくる。日向の目の前の床から、根っこが突き出てきて日向の顔面を狙う。


 反射的に構えた『太陽の牙』が、根っこの刺突を上手い具合に逸らした。


「あ、危ない……!」


 後ろに跳んでバオーバッシャーから距離を取る日向。

 しかしその後ろから、また別のランシーバが迫ってくる。


 日向の頭を食いちぎるため、牙が生え揃った頭部の花弁を大きく開く。

 日向は身を屈めてランシーバの噛みつきを避け、逆にランシーバの胴体を切り裂いた。


 その日向を狙って、再びバオーバッシャーの足元から根が伸びてくる。


 根を避けるために走り出す日向。

 その先には、また別のランシーバ。

 走りながら剣を振るい、ランシーバを突破する。


「く、くそ、俺一人じゃ不利だ! ランシーバは多いし、バオーバッシャーの攻撃は避けるだけで精一杯。とても攻撃どころじゃない! スマホでみんなを呼ばないと……!」


 逃げながら、日向はスマホを取り出し、皆に電話しようとする。

 だがしかし、何かが日向の横から伸びてきて、日向のスマホをひったくってしまった。


「はぁ!?」


 驚きと怒りが入り混じったような声を発する日向。

 見れば、一匹のランシーバが、ツタ状の右腕で日向のスマホを手にしている。


「おいコラお前! 俺のスマホ返せ!」


 日向はランシーバに向かって抗議するが、ランシーバはまるで飲み終わったペットボトルを投げ捨てるかのごとく、日向のスマホを後ろに放り投げてしまった。


「……このバー!!」


 叫び声と共に、日向はランシーバに向かって『太陽の牙』を振り下ろした。

 分厚い刀身がランシーバの頭部に食い込み、そのまま胴体ごと斬り潰された。


「くそ、コイツ、俺が仲間呼ぶの分かっててスマホを奪ったな……!」


 マモノの知能は人間と同程度だと言われている。元はフラワードームに咲く蘭だったランシーバたちは、観光客たちがスマホを使う場面を多く見てきたはずだ。ゆえにスマホがどういう役割を持つか分かっていたのだろう。日向に仲間を呼ばせないため、スマホを取り上げたのだ。


 スマホは茂みの中に落ち、もはや探している暇は無い。日向は後ろ髪を引かれる思いでスマホを諦め、バオーバッシャーに向き直る。こうなった以上、このマモノを手早く討伐して事態を収めるほかないだろう。


「うおおおお!!」


 日向は『太陽の牙』を握りしめ、バオーバッシャーに向かって走り出す。


 その途中で、また一匹のランシーバが立ちふさがってきた。

 身体を大きく捻り、左から右に向かってツタ状の両腕で薙ぎ払ってくる。


 日向は、素早く身を屈めてこれを避ける。

 頭頂部の髪の毛先が、振り回されたツタに当たってチッ、と鳴った。

 ギリギリの感覚に日向は軽く息を飲み、ランシーバを切り裂いた。

 直後、息絶えたランシーバの背後から根っこが突き出てきた。


「ぐっ!?」


 ランシーバの陰、つまり日向の死角から鋭い根っこが伸びてきた。

 日向は身をよじって根っこから逃れるが、回避が遅れた。

 根っこの先端が日向の脇腹をかすり、抉り飛ばした。


 脇腹から血を流して床に倒れる日向。

 直後、”再生の炎”が日向の脇腹を焼く。

 肉まで見えている脇腹が、さらに炎で燃やされる。


「あ、ぐうううう……!!」


 歯を食いしばり、脇腹を燃やされながらも立ち上がる日向。燃やされる痛みを、『太陽の牙』を強く握りしめることでごまかす。そして狙うは、自身の脇腹を刺し貫いた、バオーバッシャーの根っこだ。


「喰らえっ!」

「グモオオオオオオオオ!?」


 根っこを斬られたバオーバッシャーが悲鳴を上げた。その声色は、生物のそれとはどこかかけ離れた、ひどく無機質な”音”のよう。

 しかし、その音には間違いなく苦痛の感情が込められている。日向の攻撃は効いているようだ。


「よし……! 根っこだってヤツの身体の一部なんだ。『太陽の牙』で斬りつけてやれば、ダメージを与えられる!」


「グモオオオオオオオオ!!」


 バオーバッシャーが叫び声を上げると、自身の身体を支えていた、足に相当する根っこを全て床に突き刺した。瞬間、バオーバッシャーを起点に、扇状にわたって広範囲に根っこが突き出てきた。


「うおおおおお!?」


 その攻撃範囲に日向も巻き込まれている。

 今さら逃げてももう遅い。

 祈るような気持ちで『太陽の牙』を盾に、防御の姿勢を取る日向。


 しかし、迫ってきた根っこは偶然にも、標的である日向には一本も当たらなかった。攻撃範囲を優先したあまり、命中精度を捨てていたのだろう。


「……ラッキー!」


 日向は剣を構えなおすと、身体ごと回転させて周囲の根っこを切り払った。

 尖った岩のようなバオーバッシャーの根っこが、あっさりと『太陽の牙』によって斬り飛ばされる。


「グモオオオオオオオオ!?」


 これにはバオーバッシャーもたまらない。

 周囲の根っこが地面に潜り、バオーバッシャーの足元へと仕舞われていく。


「チャンスだ……!」


 日向は剣を手に、バオーバッシャーへと駆け出した。

 今ならヤツの身体を直接斬れるかもしれない。

 バオーバッシャーとの距離、あと五メートル……。


「グモオオオオオオオオ!!!」


 瞬間、バオーバッシャーがひと際大きな声を上げた。

 続いて、地面がゴゴゴ……と鳴動を始める。

 同時に日向は足元に巨大な振動を感じ、立っていられなくなってしまう。


「うわわわわわ!? じ、地震か!?」


 周囲の床が、看板が、植物が左右に動く。

 地震の規模は相当なものだ。フラワードーム全体が揺れている。

 天井のガラスが強烈な揺れに耐え切れず、パリンと割れて落ちてくる。

 落ちて来たガラスに、逃げている客たちが悲鳴を上げる。


「もう間違いないな……! バオーバッシャーは”地震アースクエイク”の星の牙だ! 根っこを地殻に突き刺すことで、周囲に大地震を引き起こすことができるのか……!」


 やがて揺れが少しずつ弱くなってくる。

 永続的に大地を揺らすことはできないらしい。


 日向はなんとか体勢を整えて、バオーバッシャーへの攻撃を再開しようとする。しかし、バオーバッシャーが動くのが早かった。


「う、うわっ!?」


 日向の足元から無数の太い根っこが伸びてきた。

 そのまま日向を絡めとるように捕えてしまう。


「しまった!? くそ、離せ……!」


 まだ『太陽の牙』は手に持ったままだ。日向は、自分を捕えている根っこを斬りつけて脱出しようと試みる。だが根っこが邪魔で、剣を持つ腕を思うように動かせない。


 そうこうしているうちに、バオーバッシャーが身をよじり始める。

 乾燥した幹の身体がバキバキと音を立てながら、ゆっくりと回転していく。

 右腕のような太い枝に、何か透明のエネルギーが溜まっていくのが見える。


「あれは……?」


 初めて見る攻撃だ。あれも『星の牙』の力なのか。

 日向はそのエネルギーを不思議そうに見つめ、しかし同時に、恐怖で息を飲む。


 日向を捕えた根っこはどんどん天へと伸びていき、やがてバオーバッシャーの右腕と同じ高さに到達した。


「コイツまさか、そのエネルギーを溜めた右腕を、俺に直接叩きつけるつもりか!?」


 あのエネルギーの正体は不明だが、あんな太い枝で殴られれば間違いなく無事では済まない。何が何でも絡みついている根っこを切り払おうと、日向は必死に抵抗する。


 ……と、その時。


「…………あ、田中……」


 視界の端、日向とバオーバッシャーが戦っている場所から少し離れたところに、田中と小柳を見つけた。二人とも日向に気付いていて、驚愕やら心配やら恐怖やら焦りやらが入り混じった表情でこちらを見ている。 


 そしてバオーバッシャーは、限界まで身をよじり切ると……。


「グモオオオオオオオオ!!」


 よじった身体を元に戻し、エネルギーを溜めた右腕をフルスイング。

 右腕はジャストミートで、根っこに掴まっている日向を捉えた。


「がっ……!?」


 右腕を叩きつけられると同時に、エネルギーが弾けて炸裂した。


 日向はこのエネルギーを直接食らうことで、理解した。

 このエネルギーは、星の巫女も言及していた『地震の振動エネルギー』だ。

 地殻をも揺らし動かす力を、人間である日向に直接叩き込んだのだ。


 この攻撃はもはや、人間がまともに耐えられるものではない。

 その証拠に、日向は野球のホームランのごとく、遥か彼方へと吹っ飛ばされた。



「――――…………。」


 頭がキーンとする。

 物凄い速度で宙をかっ飛んでいるのに、流れゆく景色は妙にゆっくりだ。

 アドレナリンでも分泌されているのだろうか。



(これって、俺、どこまで飛ぶのかな。落下したら、どうやってここまで戻ろうかな。今から考えとかないとなぁ……)



 かっ飛びながらも、日向はのん気にそんなことを考えていた。

 まるで走馬灯でも見ているかのように。



 やがて日向は天井のガラスをぶち破り、場外へと飛んで、消えていった。

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[一言] 日向くん、大丈夫なの~!
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