第160話 日向と星の巫女
「まったく! 植物園内をさもモブみたいにうろつくラスボスとか前代未聞だっつーの!」
愚痴をこぼしながら、日向は星の巫女の手を取り植物園内を歩いている。彼女が何か騒ぎを起こす前に、この施設内から追い出すのだ。
「私は一体どこに連れて行かれているのでしょう?」
「植物園の外だよ! その辺の植物をマモノに変えられたらたまったもんじゃない!」
「それは困ります。私はこの施設を見て回りたいと思っているのです」
「お前自分の立場を分かってんのかラスボス!」
「手荒なマネはいたしません。なんなら傍について見張ってくださっても結構です。だから見学させてください」
「ぐぐ……」
青と緑のつぶらな瞳が真っ直ぐ日向を見据える。
対する日向は、思わずたじろいでしまう。
なにせ相手は、下手をすると小学六年生くらいの女の子なのだ。幼い少女のお願いとあれば、動じてしまうのが人の性というものだろう。
「……はぁ。分かった、分かったよ。その代わり、しっかり見張らせてもらうからな」
「構いません。ありがとうございます」
「しかしまぁ、お前と並んで歩くことになるとは……。大人しくしているみたいだけど、俺が『太陽の牙』で斬りかかってくるとは思わないのか?」
「それなら致し方なく、こちらも反撃するだけです。”地震”の振動エネルギーを直接あなたに叩き込みます」
「グラグラの実かよ……。ちなみにそれを喰らうと、俺はどうなる?」
「そうですね……なにせ大地を鳴動させるパワーを人間の身で受けるワケですから、まず間違いなくあなたの身体は爆散します」
「ひでぇことしやがる」
「……ところで先ほどから、あなたの友人たちが尾行してきているようですが?」
「え?」
星の巫女の言葉を受けて、日向は背後をチラリと見やる。
すると確かに、物陰に隠れながら田中と小柳がこちらの様子を窺っているのを見つけた。
「あ、アイツら、何やってんだ……」
「どうします? 私は別にかまいません。しかし、あなたが尾けられて都合が悪いようでしたら、彼らを撒くこともできます」
「え? できるの?」
「はい。ついて来てください」
そう言うと星の巫女は足早に歩き出した。
日向もそれにならい、早歩きでついて行った。
一方、田中と小柳は。
「やっぱり親しそうだなあの二人。絶対何かあるぞ」
「どういう関係なんですかね。……まさか恋人同士とか」
「馬鹿な! あの野郎、北園さんがいるクセに何やってるんだ!」
「お、落ち着いてくださいです田中くん。まだそうと決まったワケでは……」
「く……俺だって、あんな風に小さくて可愛い彼女が欲しいなー!」
「うわぁ……。田中くんはロリコンだったのです?」
「ロリコンとは人聞きの悪い。父性に溢れる男と言ってほしいね。……ん? 日向のヤツ、いまチラリとこちらを見なかったか?」
「見ましたですね。……あ! 移動スピードが上がりましたです!」
「ちっ、気づかれたか!? 追うぞカナリア!」
田中と小柳は、逃げるようにその場を去り始める日向たちを尾行する。
日向たちは角を右に曲がり、田中たちもそれを追って右に曲がる。
……しかし、そこに日向たちの姿は無かった。
「あれ!? 今確かにこっちに曲がったよな!?」
「はいです。確かにこっちに行ったはずです。けど、どこに……?」
「まるでワープでもしたみたいに消えやがった。けど、それは有り得ねぇハズだ。恐らくは角を曲がった瞬間、全力疾走で逃げ出したんだろう。急いで追いかけるぞ!」
田中の言葉に頷く小柳。
二人は見失った日向たちを探して走り始めた。
視点は戻って、日向と星の巫女は……。
「ここまで来たら安心でしょう」
先ほど角を曲がった場所とは全く別の場所にいた。
そこは植物園内の公衆トイレの近く。
人通りは少なく、周りには誰もいない。
「まったく、ホントにメチャクチャしやがる……。今のを周りの人に見られたらどうするんだよ……」
「ご心配なく。”気配感知”のシステムで人がいない場所を探り、そこに裂け目を開きましたから」
二人は、星の巫女の”次元移動”によって田中たちから逃げおおせたのだ。角を曲がった瞬間、星の巫女が次元の裂け目を開き、二人でその中に飛び込んだ。
先ほど、田中は「ワープなんて有り得ない」と言っていたが、有り得てしまったのだ。
「”気配感知”……。『星の力の完全適合者』しか使えないっていう能力だったな」
「はい。この能力のお陰で、私はこの星の彼方に至るまで、あらゆる生命体の気配を察知することができます。上はオゾン層の天辺から、下はこの星の中心まで」
「く……やっぱり今までのマモノとはスケールが違い過ぎるな……」
「私は今や、この星そのものですから。……さて、では続きと参りましょう」
そう言うと、星の巫女はゆっくりと歩き出す。
日向も彼女に並んで歩いていく。
「……で、この園内を見て回りたいって言ってたけど、何が目的なんだ?」
「ここの植物たちの声を聞きたいのです。人間たちに不平不満は無いか、それを確認しておきたかった」
「へー。それで、植物たちは何て言ってるんだ? 不平不満だらけなのか?」
「いいえ。思ったよりは皆、楽しく過ごしているようです。『自分たちを眺めて笑顔になる人々を見るのが楽しい』と言っています」
「そうなのか。ちょっと意外だな」
「不満を抱える植物たちもいないワケではありませんが、ここの植物たちはおおむね人間たちに友好的なようです」
「そうやって動植物の声を聞くのも、『星の力』によるものなのか?」
「いいえ。これは私が生来から持っている能力です」
「生来から……? ひょっとして超能力なのか?」
星の巫女の話を聞きながら、そういえば、と日向は思う。
今日は、以前彼女が連れていたヘヴンという赤い鳥がいない。あの鳥は相当に口が悪く、人間に強烈な敵意を持っている。あの鳥がいないから、今日はこんなにも彼女と話しやすいのだろうか、と。
(話しやすいのもそうだし、相変わらず聞けば何でも答えてくれるなこの子は。……もしかしたら、色々聞き出すチャンスなんじゃないか?)
そんなことを思う日向をよそに、星の巫女は先ほどの日向の質問に答え始める。
「私には、生まれたころから二つの能力が備わっていました。一つは『言葉持たぬ者と会話を交わす能力』。もう一つは『大地から星の力を借り受ける能力』です」
「『言葉持たぬ者と会話を交わす』っていうのは、動物とか植物と話ができるってことだな?」
「はい。ですがそれだけではありません。私は風や水の流れを通じて、この星そのものと会話を交わすことも可能です」
「大自然の声を聞ける、ってワケか……?」
「はい。この能力があったからこそ、私は未開の地たる『幻の大地』で、自然の力を借りて生きていくことができた。……もう一つの能力は、読んで字のごとく、ですね。本来は少量の星の力を借り受けることで、天候操作や作物の豊作を操ります」
「なんというか……まるでシャーマンだな。自然との会話といい」
「的を射ていますね。私の家系はもともと、オーストラリア先住民の巫女をルーツに持つそうですから。……そして私はこの能力を使って、此度の戦いに反対した星の意思を抑え込み、星の力を吸収しました」
「ある意味、地球からしてみれば最悪の人物が『幻の大地』に流れ着いてしまったワケだ……」
「最悪とは心外ですね。私も星の気持ちを汲んで、私自身は直接手を出さないようにしています。マモノたちにも、人間たちには必要以上の犠牲を出さないようお願いしています」
その言葉を受けて、日向は次なる疑問が湧いてきた。
マモノたちの派閥について、だ。
「お前は知ってるのか? マモノたちは大きく分けて三つの派閥に分かれていることを。過激派のマモノは、お前の意向なんて知ったことではない、って感じだぞ」
「存じています。そして目に余るようであれば止めるようにもしています。……しかし、過激派の者たちも巧妙にその手口を隠します。私は”気配感知”でマモノたちの居所を探すことはできますが、その動向を確認するには直接出向くしかありません」
「過激派のマモノには星の力を与えない、とかはできないのか? 無実の人間たちが一方的に殺されて、こっちはいい迷惑だ」
「星の力を求めるマモノは数多く、彼らの真意までは、私は計りかねます。ただ己の欲望のために、と思う者もいれば、本当にこの星の行く末を憂いて、という者もいます。ですので、あなたの考えは受け入れ難い、としか言えません。……ですが、犠牲者を出したのは、大元を辿れば私の責任です。本当に申し訳ございません」
そう言って、星の巫女は日向に向かって深々と頭を下げた。
しかし日向は、困って頭を掻くことしかできない。
「俺にそんなこと言われてもなぁ。そういうことは遺族に言ってくれ。それとも、星の巫女サマは死者を生き返らせる力でもあるのか?」
「いえ、残念ながら。”生命”の力を使って、死んだ者と同じ肉体を作り上げることは可能です。ですが、その肉体に入れる魂は、星の力でもどうにもできません。生き物の人格を形成するのは、脳ではなく魂です。魂無しでの死者蘇生は、恐らく生前の人物とはかけ離れた、ロボットのような人間になってしまうでしょう」
「そりゃ駄目だ。じゃあ代案として、今すぐこのマモノ災害を止めてくれよ」
「それは無理な相談です。私たちは戦う覚悟を決めました。一度上げた戦いの狼煙は、決着という形でしか消すことはできません」
「まったく、謝る気あるのかお前……」
呆れながら、日向は星の巫女とともに歩く。
彼女の足は、どうやらドーム型温室へと向かっているようだ。