敵性個体紹介・終章
❂魔王アーリア
”最後の災害”を引き起こし、この地球の全てを抹殺することを企てた悪意。この物語のラスボス。
その正体は、アーリア遊星そのものの意思、そのアーリア遊星に住んでいたおよそ一億の民たちが、アーリアの王子ゼス・ターゼットの精神世界の中で混ざり合い、永遠とも思える長い時間の中で完全に一体化した存在。
肉体を捨てて魂だけになったアーリア遊星だったが、その肉体と魂は未だに感覚が繋がっており、地球に取り込まれた肉体の痛みと熱さを永遠に感じ続ける状態になってしまった。
その後、アーリア遊星はこの星に対する怨みを爆発させて、民たちも、自分を保護してくれている王子も取り込み、この星に復讐を果たすために行動する。
この地球に宿る『力』には、アーリア遊星が持っていた『力』も多く溶け込んでいる。そのため、遊星の魂と一体化し、遊星の化身となった魔王アーリアは『星の力』にこれ以上ないほどの適応力を有している。エヴァに並ぶ「『星の力』の完全適合者」である。
主人格は、基本的には肉体の持ち主であるゼス・ターゼットのもの。しかし温和な言動の裏では常に、この星に対する殺意が渦巻いている。一体化した民たちの記憶や人格も受け継いでおり、言動こそゼス王子のものだが、性質は王子と似て非なる別人と言える状態になっている。
魔王アーリアの魂は、「一つの魂の中に一億の魂」ではなく、「一億の民が完全に混ざり合った、巨大な一つ」になっている。例えるなら、一斤のパンを五枚に切り分けたり、ちょっとずつ千切って無数のパンくずにするように、その魂を自由に分割して自分の分身体を作り出すこともできる。それがレッドラムである。
基本的には悪意しかない人格だが、ゼス王子の善心もわずかに生きている。その王子の心は、本来なら悪意の塊である魔王アーリアの行動に対して密かに、しかし様々な影響を及ぼしている。
この善意があったからこそ、魔王アーリアは日向たちの前で善人を演じ続けることができた厄介な要素でもある。しかし同時に、日向たちと決別してもなお、日向たちが自分という災害を終わらせてくれることを心から祈り、彼らの勝利に貢献してくれた要因でもある。
日向たちと過ごしていた日常生活の中でも、遊星が苦しんでいた地核の獄熱を常に感受していた。そんな状態でありながらも一切顔色を変えることなく、日向たちに接し続けていた。こんな状態だったので、睡眠などもまともに取ることはできていなかった。
マモノ対策室室長を務め、日向たち五人がエヴァとの決戦を目前に控えた当時、エヴァを許せないと考えていた日影を利用すれば、エヴァが持っている『星の力』を奪い取れるかもしれないと思い立つ。
それに気づいてしまった瞬間、もうゼス王子の善性では止められなくなったほどに、彼の悪意は大きくなってしまった。
起きているとも寝ているともつかない白昼夢のような中で見た予知夢に従い、この星を殺すための切り札として所持していた『太陽の牙』を放棄。結果として日向に譲渡した。彼を英雄に仕立て上げて、この星を殺してもらうために。
彼のその行動を、この星に未曾有の災害をもたらす引き金になったと見るか、後の英雄に最高の武器を手渡したと見るかは、人次第だろう。
そして、日向たちとの決着がついた後、果たすべき責任を果たし、久しぶりにゆっくり休めることを喜びながら、永い眠りについた。
●第一形態
見た目は普段と変わらない。
本人曰く、強さは「初めて日向たちと決別し、対決した時くらいの、まだ『星の力』の操作に慣れていない状態」に設定している。
これまでの戦いで日向たちを取り巻いてきた超能力、練気法、星の権能、三種類の異能を全て使いこなしてくる。
そこに”怨気”も加わっており、彼の攻撃によって受けたダメージは異能で回復することができなくなってしまう。時間経過と共に痛みも増してくる。また、恐怖の感情も刺激され、深刻に侵された者はまともに戦う事さえままならなくなる。
極めて厄介な能力だが、シャオランの”空の気質”と、その性質をコピーしたエヴァの霧で緩和できる。
特に多用してくるのは、練気法を用いた肉弾戦。ミオンに長く師事していたからか、彼は異能を用いて戦うよりもシンプルな殴り合いの方を得意としている。
遊星が苦しむ熱さを感受し続け、悪意に侵された民たちも王子の善性をへし折るために苦痛を与え続けた。その結果、彼の痛覚は完全に退廃し、痛みをほとんど感じない。身体を剣で刺し貫かれても涼しい顔をしている。
ちなみに魔王アーリアは、生命活動の主体が完全に肉体から魂になっており、いくら肉体が傷ついても魂が無事な限り死ぬことはない。肉体はこの世に物理的な干渉をするための魂の容れ物に過ぎず、たとえ肉体が消滅したとしても魂のみで活動が可能。この星の”生命”の権能を利用すれば、消滅した肉体も再構築できてしまう。
●第二形態
戦闘の中で魔王アーリアが見せた、新たなる姿。
白黒のコートは、白い部分が赤く変色し、赤黒いコートになっている。
最大の特徴は、常に全身から発し続けている燃え盛るような”怨気”と、そこから出現する赤黒いオーラの腕。文字通り手数が増えて、一対多の戦闘にも適応できるようになった。
背中から発する”怨気”を翼のような形にして、日影に負けない音速飛行を行なうことも可能。火力、耐久力、機動力、どれをとっても隙が無い恐るべき敵である。
ただでさえ強力だった”怨気”はさらに出力が上昇し、シャオランの”空の練気法”やエヴァの霧があっても、完全には悪影響を防げなくなってしまった。
発せられる”怨気”の波動を受けるだけでも回復不能なダメージを受け続けることになり、シャオランはこれを「性質や成分は違えど、高濃度の放射能に汚染された空間の中で戦っているようなもの」と表現した。
本来なら、利用できる異能をフル活用すれば、もっと激しく、悪辣に日向たちを攻め立てることも可能だった。それを可能にする頭脳もあった。レッドラムを大量生産して数の暴力で押し潰したり、高機動と広範囲攻撃を組み合わせて、日向たちの攻撃が届かない遠距離から一方的に攻撃したりなどである。また、日向たちにトドメを刺せそうな状況でいきなり話しかけてきて、そのトドメを先延ばしにするような場面もあった。
この魔王アーリアの一連の行動は、この状態になっても生きていたゼス王子の善意によるところが大きい。「本当にそんな戦い方でいいのだろうか」という感情が働き、常にどこか遠慮がちに日向たちと戦っていた。
魔王アーリアは異能よりも直接殴る方が得意と先述したが、それは「ずる賢く戦うよりも、真正面から正々堂々やり合いたい」という気持ちが彼にあったという面もある。そして、それを優先させたのも、このゼス王子の善意によるものと思われる。日向たちを苦しめるという悪意を優先させていれば、さらに手段を選ばず戦っていただろう。
この魔王アーリアの精神状態は、日向たちの戦闘中はずっと発動しており、そういう意味では、魔王アーリアは日向たちとの戦闘において、一度も本気を出していなかったとも言える。
ただし、そんな魔王も、一切の遠慮を忘れて本気を出していた場面がある。
日向が太陽の勇者として覚醒した後の最終決戦である。
●第三形態
エヴァから残りの『星の力』を奪取し、この地球が持つ全てのエネルギーをその身に宿した魔王アーリア。姿は第二形態と変わらないが、この星に生まれた生命であれば誰であろうと、一目見れば屈服するほどの圧倒的なオーラを発している。
ただ敵を引き裂くために”怨気”の腕を振るうだけでも、その速度は軽々と音速に達し、瞬きよりも早く標的をみじん切りにしてしまう。
ただの通常攻撃でもこの始末であり、星の権能まで余すところなく活用して戦闘を行なえば、その破壊力は誇張抜きで地球を終焉に導く。
星の権能の最上位でもある次元干渉も思いのままに操ることができるようになった。どんなに頑丈な物質だろうと、「その物質が存在する空間そのもの」を破壊して、空間もろとも物質を崩壊させることが可能。
展開するバリアーは次元屈折現象まで取り入れており、彼のように次元を破壊する属性を持った攻撃でなければ、いかなる物理干渉も無効化してしまう。
スピードも尋常ではなく、”怨気”の翼を展開した際の移動速度はマッハ二十を越す。ちょっとした距離であれば、事前準備が必要な”瞬間移動”よりも、普通に飛んで移動する方が早い。
およそ、この星に誕生した生命であれば何者であれ敵うはずがない、”最後の災害”にふさわしい、絶対打倒不可能な最強最悪の災害となる……はずだった。
余談だが、エヴァが全ての『星の力』を吸収し、その権能をフル活用できる状態である場合、この魔王アーリアよりも少し低いくらいの戦闘力を発揮できる。物語初期の頃、自分が日向たちに負けるはずがないと思い込んでいたのも無理からぬ話である。
・”滅星”
魔王アーリアの最大最強の技。自身が湧き起こせる”怨気”と”星の力”の限界量、それら全てを前方一点に向かって発射する。超極大の赤黒い光線。
シンプルな光線技だが、その規模はまさに異常。光線の直径は地球の表面の半分以上にも及ぶ。技の発動の準備段階だけでも地球を半壊させ、光線が直撃すれば地球そのものが完全に粉砕されてしまう。
出力の源でもある『星の力』を”怨気”でコーティングすることで、『太陽の牙』の炎に弱いという『星の力』の弱点も克服しており、純粋な出力差にものを言わせて、地上の太陽を地球もろとも終わらせようとした。
●第四形態
全ての『星の力』を取り込み、可能な限り最強の状態になった魔王アーリアだったが、最後は太陽の勇者に敗北した。しかし、その魂は完全に消滅しておらず、ほんのわずかに魔王の肉体に残っていた。
最後の激突によって魔王アーリアの魂が炎に焼かれた際、ゼス王子の善性も消滅してしまった。これによって、彼の善性の裏に抑え込まれていたアーリア遊星の悪意が表出してしまう。
魔王アーリアの第四形態と銘打ってはいるが、その人格は完全にアーリア遊星のもの。ここまで来てもなお治まらない怨嗟と憤怒を振りかざし、この星に再び復讐するため、そして此度の復讐を台無しにした日向たちを制裁するため、襲い掛かる。
肉体はほぼ完全に死んでおり、魂も魔王アーリアの時とは比べ物にならないほど小さくなった。まだ全ての『星の力』を持ったままだが、もう星の権能を行使できるほどの力は残っていない。
ゼス王子の人格も消えているので、彼が鍛え上げた超能力も技も使えず、戦闘方法はただ力任せに殴りつけるのみ。それでもなお、ただの人間を撲殺するくらいなら十分過ぎるほどの攻撃力を持っている。
今までゼス王子の善性が混ざっていたことで、アーリアの”怨気”は純粋性が低下し、むしろ弱体化していた。そのため、王子の善性が消滅して純粋になった彼女の”怨気”は、弱体化前とも遜色ないほどの出力を誇っている。
もしも魔王アーリアの状態で、この純粋性を保っていたならば、「自分の”怨気”は触れるだけでも全ての生命を呪い、その命を奪っていただろう」と彼女は言う。
太陽の勇者との戦いで、ゼス王子の善性は消滅したはずだった。
しかし、これまで述べてきた通り、ゼス王子とアーリア遊星の魂はすでに一体化している。ゼス王子はアーリア遊星そのものであり、逆もまた然り。アーリア遊星は、ゼス王子に成り得るということ。
日向の言葉によって、アーリアの中の「ゼス王子の善性」が再び覚醒。
とっさに肉体の主導権を横取りし、彼女の動きを止めた。
それが、日向が彼女にトドメを刺した際の真相である。
……ゼス王子の善性が裏目に出て、地球に大きな厄災の種を植え付けてしまった。それは否定できない事実である。
しかし、もしもゼス王子がアーリア遊星の悪意に耐え切れず、その魂をもっと早い段階で解放してしまっていたら、解き放たれた遊星は凄まじい力を持った大怨霊として、この星を汚染していただろう。地球に人類が誕生し、文明が築かれる、それよりも前に滅んでいたかもしれない。
王子もそのことを予期し、遊星の魂を己の内に留め続けた。
この星に、遊星の悪意に対抗できる力が育つその時まで、ずっと、ずっと。
そして、自分自身のみという最小限の犠牲で、”最後の災害”に幕を引いた。
ともすれば、彼は。
北園の予知夢に導かれた、七人目の英雄と呼べるのかもしれない。