第155話 想いを乗せてゴンドラは回る(リンファ組)
「うひゃー! 凄い眺め! まだ半分くらいしか上ってないのに、もう景色が最高だよ!」
シャオランがゴンドラの端にへばりつき、噛り付くようにシンガポールの景色を眺めている。全面ガラス張りのゴンドラは、上下左右どこを見ても絶景で溢れている。
こちらはリンファとシャオランが乗っているゴンドラだ。
席から立ち上がっているシャオランに対し、リンファは落ち着いた様子で席に座っている。
「子どもねぇ。ま、お気に召したようで何よりだわ。……そういえば、シャオランは飛行機とか苦手だったわよね? 観覧車は大丈夫なの?」
「うん、これくらいなら大丈夫みたい。ちょっと落ち着かない感じはするけどね」
「そう。それなら良かったわ。せっかくの絶景が、乗り物酔いでそれどころじゃないなんて、悲惨だものね」
さりげなくシャオランの体調を気遣うリンファ。
乗り物酔いで絶景どころではなくなる、というのも本心だが、体調を聞いたのはもう一つ理由がある。
(観覧車でシャオシャオと二人きり……! これは、シャオシャオがアタシのことをどう思ってくれているか、聞き出すチャンスかも……! だから、体調の悪さで有耶無耶にされたくない! この状況を作るきっかけをくれた日向には、感謝しとかないとね)
ゴンドラはぐんぐん上る。
頂上が少しずつ近づいている。
だというのに、シャオランはさっきから景色ばっかり見ていて、リンファには特別な言葉をかけるそぶりさえない。
「ね、ねぇシャオシャオ。景色も良いけど、アタシともお話しない?」
「あ、ああゴメン。つい夢中になっちゃった。あとシャオシャオはやめてね」
そう言って、リンファに向き直るシャオラン。
しかし、いざこちらを向いてくれると、今度は上手く言葉が出てこない。
(う……おかしいわね……。普段、シャオシャオとお話しする時なんて、自然に言葉が出てくるのに……。でもその原因は、なんとなく分かる……)
つまりリンファは、シャオランと『他愛のない会話』をしたいワケではない。彼の想いを聞きたいのだ。緊張するが、その気持ちを誤魔化すような言葉を吐くことを、自分自身が望んでいない。
だからもう、率直に聞くことにした。
「ね、ねぇシャオラン」
「なあに? ……あれ? いま『シャオラン』って……」
「シャオランってさ、アタシのこと、どう思ってる……?」
「ど、どうって……?」
「ええとその……そのままの意味よ……」
「そのままって……その……あわ、あわわわわわ……」
質問の意図を理解したシャオランが、おもむろに慌て始める。
明らかに脈がある反応だ。
……しかし。
「ぼ、ぼぼぼボクは、その、別に、リンファのことは何とも……」
「え……」
その答えを聞いたリンファは、愕然とした。
普段、快活ながらも知的な彼女が、落胆を隠せなかった。
「そ、そっか……。それがシャオランの答えなんだね……」
「う、うん、そう……だよ」
「えっと、ね。アタシは、シャオランのこと、好きだったわよ」
「…………え?」
「けど、迷惑だったかな。好きじゃない相手から好かれるなんて。ゴメンね、シャオラン」
「り……リンファ!」
リンファの言葉を聞いたシャオランは、喰いつくように彼女に詰め寄る。
普段のシャオランらしからぬ勢いに、リンファは思わず気圧されてしまう。
「し、シャオラン……?」
「ぼ、ボクもリンファが好きだよ! 何とも思ってないなんて、嘘だった!」
「シャオラン……じゃあ……」
「…………けど、ゴメン! リンファの想いには、応えられそうにないんだ……!」
「え? それってどういう……?」
疑問の表情を浮かべるリンファに、シャオランが続ける。
ゴンドラは、そろそろ頂上に差し掛かろうとしていた。
「だって、リンファは中国有数の財閥の令嬢! ボクは貧乏農家の長男! 差があり過ぎるよ! ボクは、キミには見合わない男なんだ!」
「シャオラン……あなたまで、そんなことを言うの……?」
「そうだよ! リンファのご家族の言うとおりだ! ボクじゃキミを幸せに出来ない!」
「そんな……まだ決めるのは早いわよ……。これから強くなって、アタシに見合う人になってくれれば……」
「無理に決まってるよぉ! だってボクだよ!? 臆病の擬人化みたいな存在だよ!? そんなボクが財閥の跡取りになれだなんて……おこがましいにもほどがあるよぉ!!」
「……アナタも、結局そういうこと言うのね……。アタシには、好きな人を好きになる権利すら無いって言うのね……」
「り、リンファ……。けどボクは、本当はキミのことを……」
「……もう知らないっ!! シャオシャオのバカァ!!」
いきなり声を張り上げるリンファ。
そしてシャオランの頬に強烈なビンタを叩きつけた。
今のシャオランは練気法を使っていない。
リンファのビンタは、普通に通用した。
「痛ったぁ!? な、何するのリンファ!?」
「うるさいうるさい! このっ! このっ!」
「痛てててて!? ちょ、リンファ、ゴンドラの中で暴れたらダメだよ!」
「知らない! ゴンドラごと地獄に落としてやる!」
「む、無理心中……!」
リンファは、ゴンドラをも破壊しかねない勢いでシャオランに容赦なく八卦掌を叩き込む。
気が付けばゴンドラは頂上を通り過ぎ、下降を始めているのであった。