第17話 三人目の仲間?
日向と北園の二人は必死に頼んで、何とか「三人目の仲間」と思われる人に話を聞いてもらえるところまでこぎ着けた。
その男は「うわぁ面倒くせぇ」と言いたげな目線を投げかけていたが、北園が持ち前の押しの強さを見せて何とか丸め込んだ。
そして三人は、街の一角の喫茶店で話をすることにした。
「三人目の仲間」と思われるこの男の名前は本堂 仁。
年齢20歳の予備校生だという。しかし、知的な雰囲気と高身長で、実年齢よりもっと大人びて見えるのが印象的だ。また、北園の予知夢の通り、メガネにコート、首には女性もののシルバーのネックレスをつけている。
現在、北園が本堂に対して「世界を救う予知夢」について熱演しているところだ。
「で、その予知夢の内容が『五人の少年少女たちが太古よりこの星に巣食う、大いなる悪意に立ち向かう』っていうものなの!」
「…………。」
「それで、その五人の中の一人が、貴方だと思うの! 私たち!」
「…………。」
「お願い! 世界を救うために、貴方の力を貸して!」
「…………。」
(隣で北園さんの話を聞いていて、改めて思うけど、俺、よくもまぁこんな怪しい話を信じる気になったよなぁ……)
まだ北園の話を信じていなかった自分を思い出す日向。
見れば、本堂も怪訝そうな表情をしている。
(俺も最初に話を聞いた時は、あんな表情をしていたんだろうなぁ)
「……話は終わりか?」
「あ、はい、終わりですけど……」
「そうか。悪いが断らせてもらう」
「えぇー!? そんなぁ!?」
「君たちの遊びに付き合ってやれるほど、此方も暇ではない」
北園の必死な頼みを、本堂は冷酷なまでにバッサリと斬り捨てる。
だが実際、こう反応されるのも無理はない。
普通の人間の感性であれば、何らかの怪しい勧誘と思われるのがオチだ。
「日向くん! 日向くんも何か言ってやってよ!」
「むしろ、よくそんな真正面からぶち当たって信じてもらえると思ったね……」
「あれぇー!? 日向くん、こっちの味方だよね!?」
「今この瞬間だけはあっちの味方だよ」
「あれぇー!?」
味方がいなくなってしまった北園。
すると、ここで思わぬ行動に出る。
「そうだ! 私、あなたのことを予知夢で見て、似顔絵も書いたんですよ! これを見……」
「うおおおおよせ北園さん!? あんなの見せたら名誉毀損で訴えられかねん!」
「あんなのって」
似顔絵を見せようとする北園を、日向は何とか阻止する。
(これ以上北園さんに任せていたら、また先ほどのような蛮行を犯しかねん。俺が何とかしなければ。……とは言え、こういう交渉みたいなの、苦手なんだけどなぁ。なんなら人と話すこと自体が苦手だし……)
とはいえ、このまま北園に任せっきりでは埒が明かない。
意を決して、日向も本堂に話しかける。
「えーとですね、大変信じられないでしょうが、マジなんですよ、この話」
「君もそう言うのか。勘弁してくれ。此方は忙しい。そういう設定のごっこ遊びは、然るべき友人たちと共にやってもらいたい」
「あー、やっぱりそう思ってます?」
「それはそうだろう。それで見ず知らずの人間に声をかけるなど、悪いが君たちの神経を疑いそうになる」
「じゃあ、彼女が『本物』だと証明すれば、少しは信じてもらえますかね。では北園さん、やっちゃってください」
「りょうかーい! 見せてあげるよ、私の超能力!」
そう言って北園は、本堂に超能力を披露していく。
日向にしてみせた時と同じように、本堂が彼女を異能力者だと知れば、少しは二人を見る目も変わるだろうという考えだ。
北園は手から炎を出し、お冷をコップごと凍らせ、空のコップや食器を宙に浮かべ、本堂に精神感応を送った。
「む……。これは、一体どういう仕掛けだ……?」
「種も仕掛けも無いですよ! 超能力ですから!」
胸を張る北園。
「あ、本堂さん、そこの窓見てください。誰かが映っていませんよね?」
日向が窓ガラスを指差す。
そこに映っているのは、北園と、本堂。二人だけだ。
「……君が映っていないな。どうなってるのだ?」
「俺も知りたいです」
「???」
怪訝な表情を浮かべる本堂。
そんな本堂に、北園はドヤ顔で詰め寄った。
「さぁどうです!? 私が超能力者だって分かってくれましたよね! それで予知夢のことも信じてくれますよね!?」
「……まぁ、そういう人間もいるんじゃないか。それで予知夢とやらを信じる気は起きないし、協力する気にもならないがな」
「「えぇー!?」」
今度は逆に二人が驚かされた。
こんな珍妙奇天烈摩訶不思議な存在が、目の前に二人もいるのに、この本堂という男、まるで興味無しである。
「じ、じゃあこれならどう!? 本堂さん、私の手を握って!」
そう言って北園が自身の右手を差し出す。
それを見て、日向はあの忌々しい記憶が呼び起こされた。
(あれはアレだ、電撃流すヤツだ……)
あの時の衝撃を思い出し、そっと右手に左手を添える日向。
日向の中で、電撃が軽くトラウマになりつつある。
「……洗脳とかしないだろうな?」
そう言いながら、本堂はしぶしぶ右手を差し出し、北園の手を握る。
そのまま、数秒の時が流れた。
「……あれ? あれれ?」
「……どうした。何かあったのか」
「あれぇ? おかしいなぁ……。本堂さん、何か感じなかった?」
「……別に、何も」
少し間を置き、本堂は答えた。
これは一体どういうことか。
本堂は全くの無反応だ。
その様子は、とても電撃を受けたようには見えない。
北園は電撃を流せなかったのだろうか?
「もう終わったか? じゃあ、俺は帰らせてもらう」
そう言って本堂は席を立つ。
「あっ、待って!」
「悪いがお断りだ。此方は受験を控えている身だ。他を当たってくれ」
「そんな! あなたじゃないと駄目なの!」
「しつこい。俺は興味が無い」
ぶっきらぼうにそう言い捨てつつも、本堂は律儀に自身の食事代を置いて店を出ていった。
「こうしちゃいられない! 日向くん、お会計お願い!」
「へ? 何する気?」
「もちろん、後を追うんだよ! 勧誘は失敗したけど、来るべき時のため、せめてあの人の自宅くらいは突きとめてなきゃ!」
「うっへぇ、よくやるよ……。店員さーん、お勘定お願いしまーす」
そう言って、二人も店を出る準備を始めたのだった。
◆ ◆ ◆
「やれやれ。とんだ時間の浪費だった」
中心街の道を歩きながら、思わず悪態をつく本堂。
(俺が世界を救う? そんな馬鹿げた話、信じる必要は無い。そも、俺には受験がある。今年で二浪目。彼らの遊びに付き合っている暇は無い。万が一、俺が世界を救う運命にあるとして、俺に世界を救うのに役立つ力など……)
「……まぁ、無くは無いか」
そう呟き、電気を流された右手を見つめた。
本堂の自宅は、中心街から少し離れた住宅街の一角にある。
パッと見ても分かるほど家は大きく、レンガの外装のモダンな造りである。
「さて、舞ももう帰っているだろうな。すっかり遅くなってしまった。何も言われなければいいが」
舞とは、本堂の妹だ。歳は5つ離れており、現在中学3年生である。マンガ好き、アニメ好きな面もあるが、家事全般も得意な出来る女子である。自分の受験もあるだろうに、兄の朝食と夕食を作ってくれる甲斐甲斐しさも持っている。
(舞の為にも、今年こそは何としても志望校、東大医学部に受かってみせる)
本堂が自宅のドアを開けると、ふと、あることに気づく。
「なんだ、これは。何の跡だ……?」
廊下に、なにか濡れたものが引きずられていったような跡がある。
それはズルズルと、リビングまで続いているようだ。
「舞の仕業か? 何をしているというのだ?」
リビングの戸は開きっぱなしである。几帳面な妹にしては珍しい。
本堂はリビングに入り、舞を呼ぶ。
「舞、いるのか? この濡れた床は一体何なのだ?」
そこまで言いかけ、本堂は言葉を失った。
「お兄ちゃ……ゴボッ……」
目の前の、妹が取り込まれた、謎の液状球体の姿を見て。