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④ 世界

 日向と日影の傷が治された後、五人は日向を運び、彼の家へ向かった。


 自室のベッドに安置された日向だったが、なかなか意識は回復せず、北園が心配してちょくちょく様子を見に来ていたという。


 日向が意識を失っている間に、世界では”最後の災害(テラ・バスタード)”によって犠牲になった人々が復活。北園も”精神感応(テレパシー)”で終戦を呼び掛け、この星の人々は、長い災害がようやく終わったことを実感した。


 ここはヘリコプター空母「ひゅうが」。

 現在、艦は十字市に向けて舵を切っている。


 その艦内のブリーフィングルームに、日向の父親の陽介と、マモノ対策室の倉間がいる。


 陽介と倉間が、ハッとした表情で顔を合わせた。


「おい倉間さん! 今の聞こえたか!?」


「ああ、聞こえたぜ! 北園の”精神感応(テレパシー)”だ! アイツらが勝利した! この”最後の災害(テラ・バスタード)”を終わらせてくれた!」


「いいよっしゃあああ!! ウチの息子がやり遂げたぜ! 我等、災害に勝利せり!」


 さらにここで、同じくマモノ対策室の的井が入室。

 慌てながらも喜んでいる様子で、陽介と倉間に声をかけた。


「二人とも、大変ですよ! レッドラムに殺害された人たちが、次々と復活しています!」


「おお!? そりゃマジかよ!?」


「本当です! もう艦内はあちこち、すごい騒ぎで! これは少し皆さんには落ち着いてもらわないと収拾がつかなく……」


「こうしちゃいられねぇ! 俺たちもこの祭りに混ざるぞ、倉間さんよ!」


「よし来た! 的井、政府各所への報告、頼んどくぜ! お上の連中も生き返ってるだろうからな!」


「ええちょっと!? 皆さんを落ち着かせてくださいって頼みに来たのに、なんでお二方まで参戦しに行くんですか!?」


 的井の制止も聞かず、男二人はブリーフィングルームを飛び出した。



◆     ◆     ◆



 先ほど的井が言っていた通り、ひゅうが艦内は喜びと驚きの声があちこちから飛び交っており、本当に何かの祭りが開催されているかのようだ。


「渡辺さん、幽霊じゃなくなってるっす!」


「はい! 新しい肉体を造っていただきました!」


「ワイも無事復活や。一時はどうなることやらと思うたけど、これで一件落着やな。坊らはようやってくれたで」


 日向の友人である田中剛志は、食堂室で復活した。

 新たに形成された自分の肉体を、まじまじと見回している。


「わお、本当に生き返っちまったよ。世の中って、意外と何でもアリだったんだなぁ」


 ……と、そうつぶやいている田中の後ろに誰かが立っている。

 クラスメイトの小柳カナリアだった。


「田中くん……生き返ったのです?」


「お、カナリアじゃん。どうやらそうみたいだ。今日は田中復活祭だな!」


「ふふ……バカです。相変わらずのおバカなのです。バカは死んでも治らないというのは本当でした」


「おおー!? そりゃどういう意味だよー!? いいか、俺は断じてバカじゃない! ただ単にアホなだけだ!」


「ふふっ……ふふふっ……!」


「ぷっ……ははははは!」


 田中とカナリアは、笑った。

 教室での何気ない会話のように。

 年相応の子供のように。



◆     ◆     ◆



 その頃、ひゅうがの甲板では、マモノ討伐チームの狙撃手である雨宮と、水のキツネのマモノのスイゲツも復活していた。


「……松葉隊長。鳥羽さん。岡崎さん。上原さん。横田さん。どうやら俺は、また死に損なったみたいです。そちらへ行くのは、もう少し先になりそうです」


「コーン」


「君も生き返ったのか。どうやらこの艦は十字市へ向かっているようだ。この艦に乗っている人間のほとんどは十字市の市民だから、まずはそこで大勢を降ろすのだろう。君も元の住処へ帰るつもりなら、もうしばらくこの艦に乗っているといい」


「コン!」


 雨宮の言葉に、スイゲツはうなずいた。

 それを見て、雨宮は何か、感慨深い思いが湧いてきた。


「かつては互いに排斥し合っていた人とマモノが、こうやってコミュニケーションを交わすなんてな。人とマモノが手を取り合う、新しい時代が始まるのだろうか。そうだといいな」


 そうつぶやいた後、雨宮は周囲を見回し、自分と同じく復活した部下たちに声をかけた。


「さぁ、こういう時だからこそ、俺たち軍人は普段通りに落ち着かなければならない。羽目を外しすぎる人間がいないか、各自艦内を見回ってくれ!」


「了解しました、隊長!」



◆     ◆     ◆



 その後、空母は無事に十字市へ到着。

 大勢の生存者たちが、懐かしの街へ降りていく。


 街には、復活した人々が、艦から降りてくる生存者たちを迎えるために集まっていた。


 その中には金髪の不良女子中学生、サキの姿もある。

 彼女は、自分が逃がした小岩井ましろを出迎えるために、ここへやって来た。


「……いた! ましろ!」


「あ……サキちゃんっ!」


 サキの姿を見つけたましろが猛ダッシュしてくる。

 そして、身体ごと体当たりするかのように、サキの胸に飛びついた。

 サキはこの衝撃に耐えきれず、ましろを抱えながら背中から倒れる。


「わぁっ!? ちょっとましろ、落ち着きなって……」


「だって、だって、嬉しくって……私のせいでサキちゃんは逃げ遅れて……うええええ……!」


「ましろ……ごめん。あの時のアタシはアンタを助けたい気持ちでいっぱいだったけど、それがかえって、アンタに重荷を背負わせちゃったみたいだね」


 ……と、その時。

 サキは、自分たちの隣に、巨大な四つ足の黄色い怪物が立っていることに気づいた。『星の力』によって進化し、変わり果てた姿になったいなずまちゃんだ。


「グルォォ!!」


「ひ……ひいやああっ!? ちょっ、何コイツ!? マモノ!? 赤い怪物の仲間!? どっち!?」


「あ、サキちゃん。この子はいなずまちゃんだよ」


「ええ!? これが!? 何があったのよ!? 前と姿が全然違うじゃん!? もう別種じゃん!? アタシがいない間、何があったの!?」


「グルォォォン!」


「鳴き声こわっ!?」


「ふふ……。あ、それと聞いてサキちゃん! 嬉しいニュースがもう一つあってね! 北園さんの”精神感応(テレパシー)”で知ったんだけど、日影さんも無事なんだって!」



◆     ◆     ◆



 空母ひゅうがが十字市に到着して、あちこちから喜びの声が聞こえる。


 その光景を、遠くから眺めている白い毛皮のコートの女性が一人。

 白き大人狼、ゼムリアだ。


「どうやら、災害は終息したようね。……ヘヴン、見ていますか? あの子と一緒に私たちが始めてしまった長い戦いは、ようやく終わったみたいよ」


 空を見上げ、今は亡き戦友に、彼女はそう告げた。

 その後、彼女は日向の家がある方角を見る。


「あちらから、エヴァの気配を感じる。……立派になったみたいね、エヴァ。気配が、以前とは明確に違う。今から会いに行っても、大丈夫かしら」


 ゼムリアがそうつぶやいていた、その時だった。

 彼女の横に、次元のゲートが開く。


 そのゲートの向こうからエヴァが姿を現し、ゼムリアに飛びついた。


「ゼムリア……!」


「エヴァ! 私の気配を探って、そっちから来ちゃったのね」


「うん。すぐにでも会いたかったから。日向と日影は皆に任せて、私だけ来たの」


「もう、仕方のない子。でも、今回ばかりは私もあなたのことは言えないわね。会いたかったわ、エヴァ」


「ゼムリア……ゼムリアぁ……!」


 これまで年齢に不相応な、厳とした姿勢を崩さないエヴァだったが、今回ばかりは幼子のように泣きじゃくった。



◆     ◆     ◆



 その頃、こちらはマモノ対策室十字市支部。

 ここにはスピカとミオンがいる。


 スピカは、元の人間の姿に戻っていた。

 狭山は彼女の新しい肉体も一緒に製造していたらしい。


「まぁ、地球基準の肉体だから、前の肉体みたいに不老不死ってわけにはいかないけどねー。でもやっぱり、肉体があるって落ち着くなー」


「もう、のん気してるわねスピカちゃん。仮にも私たちの王子さまがいなくなっちゃったっていうのに」


「……もちろん、分かってますよ、ミオンさん」


 微笑みながらも、悲しそうに、スピカはそうつぶやいた。

 ミオンは、それ以上は何も言わなかった。


 そんなミオンを見て、自分らしくない姿を見せたと思ったのか、スピカは今まで通りの調子で再びミオンに声をかける。


「それよりもミオンさん、これからどうしよっか?」


「え? そうね~、やっぱりまずは、あの子たちに話を聞きたいかしら。その後、街の復興も手伝わなきゃだし……戦いは終わったけれど、まだまだ忙しくなりそうね~……」


「だねー。でも、キライじゃない忙しさだよ」


 平和になった世界の空を見上げながら、スピカはそうつぶやいた。



◆     ◆     ◆



 同じく十字市内、本堂の自宅。


 ここでは、復活した本堂の妹、本堂舞がリビングの床を雑巾で()き掃除していた。


「うう……気持ち悪い色。床にこびりついた自分自身の血の(あと)を掃除するなんて……人生でこんな経験するなんて夢にも思わなかった……」


 それでも最後には彼女の根気が打ち勝ち、床の血痕は綺麗さっぱり無くなった。

 舞は満足そうな笑みを浮かべた後、冷蔵庫の方を見る。


「きっとお兄ちゃんも、たぶん何日かしたら、もうすぐ帰って来るよね。勝利のお祝いのさばぬかを用意してあげないと。……あー、でも、今まで電気って止まってたんだっけ。冷蔵庫の中のお魚、みんなやられちゃったかなぁ」


 ……と、その時だった。

 ガチャリ、と玄関のドアが開いた音がした。


「チャイムも鳴らさずに? 誰だろ」


 小走りで玄関へ移動する舞。

 そこにいたのは、兄の本堂仁だった。


「久しぶりの自宅だな。……む、舞?」


「お兄ちゃん! もう帰ってきたの? まだしばらくは事後処理とか色々あって忙しいかなって思ってたのに」


「ん……ああ。日向は北園たちに任せて、お前の無事を確認しに来た」


「やっぱり日下部さんも北園先輩も、みんな無事なのね! お祝いしなきゃ! あ、でもゴメン、さばぬかはちょっと用意できるかどうか……」


 舞が話を続ける、その一方で。

 本堂は相づちの一つも打たず、ジッと舞の姿を見つめている。

 彼女も兄の様子が変であることに気づき、声をかけた。


「お兄ちゃん? どうかした?」


「……ここに帰るまでの道すがら、考えていた」


「何を?」


「この家に帰って、お前がいた時、帰宅したのだから『ただいま』と言うべきか、お前が無事に生き返ったから『おかえり』と言うべきか」


「また変な事で悩んでる。それで、どっちに決めたの?」


「…………。」


「お兄ちゃん?」


「……まだ、決めかねていて、な……」


 その時、舞は兄の顔を見て、気づいた。

 兄の右目から、一筋の涙が(ほほ)(つた)って落ちていくのを。


「わ……お兄ちゃん泣いてる!? 珍しい~!」


「泣いているのではない。あれだ。玉葱(たまねぎ)の汁が目に入ったのだ」


「タマネギなんて影も形も無いじゃない!」


「そう言うお前こそ、その顔は何だ」


 そう言って妹の顔を指さす本堂。

 彼女も楽しそうに笑いながら、大粒の涙を流していた。


 兄にそのことを指摘されると、舞がピタリと話を止めた。

 その直後に、黙って兄に抱きついてきた。


 兄を抱きしめながら、妹が口を開いた。


「おかえり……お兄ちゃん」


「……ああ。ただいま」



◆     ◆     ◆



 こちらは中国、シャオランの故郷の街。


 ”嵐”の星殺しドゥームズデイによって、人も家も、何もかも消し飛ばされていたこの街だが、犠牲になった街人たち全員が復活していた。


 武功寺の修行僧たちはもちろんのこと、日向たちと武闘会で激戦を繰り広げた四狂拳の姿もあった。


 毒爪の暗殺者、紫子涵(チャイズーハン)がつぶやく。


「さすがに私たち、肩身が狭いわネ……。アポカリプスの霧で狂わされていたとはいえ、完全に人類の敵方だったわけだシ……」


 その言葉に反応して、返事をするのは二メートルを優に超える巨人、胡云翔(フーインシャン)


「そうカ? 俺は大して気にならんガ。お前はコロニーの狂人たちを率いていた、悪の女王役だったからナ。俺達と比較しての、顔の知られ具合が関係しているかもナ」


「良いわよねあなたたちハ! 邪魔者を始末する裏方だったものネ!」


 チャイとフーが言葉を交わす一方で、何やら剣吞な雰囲気を醸し出している二人もいる。一人は神速の拳の老師、王義(ワンイー)。もう一人は二重人格の悪鬼、劉徽(リューフェイ)だ。


「のう、丸坊主の若造や。あの時はよくも(わし)にトドメ刺してくれたのう? ここで第二ラウンドと行くかの?」


「ククッ、俺様は喜んで受けるぞ? ハゲ最強決定戦の開幕と行こうか?」


 一触即発の二人。

 その両者を、チャイが止めた。


「ちょっとちょっト! 復活したばかりの命をいきなり捨てようとしてんじゃないわヨ! 命は大切にしなさいよネ!」


「仮にも現役暗殺者がそれを言うかね」


「というか、この若造、一種の快楽殺人者じゃろ? ここでもう一度あの世へ送っておくのが世のためじゃないかの?」


「いいかラ! 今は休戦! 決着はせめて復興が終わってからにしてよネ!」


「仕方ないのう。復興が終わったら覚悟しとれよ若造」


「クク! せいぜい復興の最中に寿命で死んでくれるなよ、ご老体?」


「抜かしおる」


 ひとまず、人類復活からいきなり死人が出る事態は回避された。



 復活した人々の中にはもちろん、シャオランの友人であるリンファの姿もある。

 彼女は復活の喜びもそこそこに、この何も無くなった街を見回して、途方に暮れた表情をしていた。


「……人間は元に戻ったけれど、街まで元通りとはいかないみたいね。この街を復活させるだけでも気が遠くなるような時間と資金が必要になりそうだわ。もっと大きな街だと、復興にどれくらいかかるのかしら……」


 しかし同時に、リンファは気づく。

 この街の人たちは、住んでいた家も、住み慣れた街の景色も、全て失ってしまった状態だが、それでも今は命が助かったことを皆で喜び合い、笑っている。


「……不思議なものよね。これだけ元気そうな人たちばかりだと、まぁどうにかなるかなって思えてきちゃうんだもの。そういえば……シャオシャオたちも……日下部たちも、そんな感じだった気がする」


 やはり彼らは、まごうことなく英雄なのだろう。

 リンファは改めて、そう感じた。



◆     ◆     ◆



 一方その頃、こちらはロシア。

 山間のホログラートミサイル基地。


 もちろんここでも犠牲者たちが復活し、生存者たちと喜びを分かち合っていた。


 ロシア兵たちのまとめ役。

 赤鎌型のレッドラムとの戦闘で死亡していたアンドレイも、無事に蘇生。


 キール、シチェク、イーゴリといった同僚たちが、アンドレイのもとに駆け寄った。キールはまだ先の戦いでの後遺症があるので、自分が座っている車椅子をイーゴリに押されて。


「アンドレイ! この大馬鹿野郎! 一人でアホみたいにカッコつけて死にやがって! 帰還を歓迎してやるよクソッたれ!」


「すまないキール。あれは確かに無謀な行動だった。しかし、そうせずにはいられなかった」


「復活早々カッコつけやがってバーカ! 気持ちは分かる!」


「ははは! まぁ許してやれキール! 終わり良ければ全て良し! そうだろう!」


「そういえば……なんか最後に僕たちの味方をしてくれた赤鎌型のレッドラムとか、元は人間だったジナイーダ少将も、復活したのかな……? 少将に関しては、僕たちどんな顔して会えばいいんだろ……」


 そんな調子でロシア兵たちがやり取りを交わす中、群衆をかき分けながら周囲を見回しているズィークフリドの姿もある。



 彼は現在、姉のオリガを探している最中なのだが、姿が見当たらない。

 その途中で、父親のグスタフ大佐が声をかけてきた。


「ズィーク。オリガはいたか?」


「…………。」(首を横に振る)


「そうか……。実は先ほど、小さな女の子が基地の外へ出て行ったという話を聞いたのだが」


「……!」


「追いかけてくれるかズィーク? 私はそろそろ、ここで皆をとりまとめねば」


「……。」(うなずくズィークフリド)


 父に返事をして、すぐにその場から移動しようとしたズィークフリド。

 その直前、再びグスタフが息子に声をかけた。


「ズィーク!」


「……?」


「何となくだが……伝えなければならない気がしてな。オリガを、頼んだぞ」


「…………。」


 父にそう言葉をかけられたズィークフリドは、ゆっくりと、力強くうなずき、その場を後にした。



◆     ◆     ◆



 ホログラートミサイル基地から少し離れた雪原。


 その雪原の真ん中。

 ぽつんと地面に埋まっている岩の上に、オリガが腰かけていた。


 彼女は何か独り言を発することもなく、かすかに微笑みながら空を見上げている。


 やがて、何かを決意したように。

 彼女は拳銃を取り出し、その銃口を自分のこめかみに当てた。


 ……が、その彼女の背後から、一つの石ころが飛んできた。

 狙いは、オリガが持っている拳銃。


 しかし、優れたオリガの聴力は、石が飛んできた風切り音を聞き逃さなかった。自分のこめかみから素早く銃口を離して、銃床で石ころを叩き落とした。


「……何の真似かしら、ズィーク?」


 オリガが口を開く。

 彼女の背後から石を投げたのは、ズィークフリドだった。


 ズィークフリドは何も語らず、ただ力強い視線をオリガに向けている。

 それだけでオリガは、彼が何を言わんとしているか想像できた。


「……止めないでちょうだいズィーク。私は生き返ってはいけない人間だった。”最後の災害(テラ・バスタード)”で死んだ人たちは蘇ったかもしれないけれど、マモノ災害で死亡した人たちは……私が起こしたあのテロで命を落とした人たちは帰ってこない。私は今も大罪人なの。死刑執行を待つ身なのよ。たとえ、ほんの少しでも、あの子たちの勝利に貢献したとしてもね」


 そう語るオリガだったが、ズィークフリドは首を横に振った。

 それから彼は紙とペンを取り出し、筆談を始める。


『姉さんの死刑なら、もう執行された。だって一回死んだじゃないか』


「いや、確かに死んだけれど、それとこれとは話が別……」


『もう嫌なんだ。やっと一緒になれたんだ。もうどこにも行かないでほしい。それでも止まらないと言うのなら、僕も姉さんの後を追う』


「……それは駄目だわ。私は、あなたには生きていてほしい」


 そう答えて、オリガはため息を吐いた。

 (あき)れ混じりの、降参のため息だ。


「分かったわ。考えてみれば私、弟のお願いって今まであまり聞いてあげなかったものね。たまには姉らしいことをしてあげなきゃね」


 そのオリガの答えを聞いたズィークフリドは、彼女のもとへ歩み寄り、そして抱きしめた。その抱擁に力強さはあまりなく、とても優しかった。


「もう……しょうがない子」


 そうつぶやくオリガも、まんざらでもない様子だった。


 ……と、その最中。

 二人は第三者の視線を感じて、同時に視線を三時の方向へ向けた。


 二人のすぐ近くに、一人の少女が立っていた。

 銀色の長髪で、ぶかぶかな赤い軍服を着て、赤い軍帽を被った、オリガよりも幼く感じる女の子だ。


「……オリガおねえちゃん! いちゃいちゃしてる!」


「誰この子……? あ、まさかジナイーダ……?」


「そうだよ! もう! さがしたんだよ!」


 ジナイーダ。

 オリガと対峙し、相討ちの形で命を奪い合ったジナイーダ少将その人。


 そのジナイーダ少将が、面影を残した幼女の姿になって、オリガとズィークフリドの前に現れた。敵意は全くないらしく、むしろオリガになついている。


「あの子は、肉体は大人だったけれど、実のところ精神は幼いままだった……。もしかして狭山誠は、彼女の精神年齢の方に合わせて、新しい肉体を用意したの?」


 試しにオリガは、ジナイーダの(ほほ)()でてみた。

 ジナイーダは嬉しそうに、満面の笑みを見せた。


「えへへへ~」


「……もう。仕方ないわね。この子も国の暗部で生み出されたのだし、このまま元の場所に帰すわけにもいかないわよね。三人で一緒に、逃亡生活しましょうか」


「いっしょ! おとうさんとおかあさんといっしょ!」


「ちょっと。母親にまでなる気はないわよ。精神的には幼くても、生きた年数は同じくらいでしょ私たち」


『でも僕たち二人で面倒みるわけだから、事実上の養子みたいなものじゃないかな。僕たち二人の』


「それはそうかもだけど! 母親と呼ばれるなら、あなたとの本物の子供がいいの!」


『でも僕たち姉弟だし』


「こちとら現役死刑囚よ。姉弟の絆を超えるくらい、今さらよ」


『変な方向に開き直っちゃった』


 その後、三人は雪原から姿を消した。

 始めからそこには誰もいなかったように、そこには何の痕跡も残っていなかった。



◆     ◆     ◆



 フランス、パリ。


 ”水害”の星殺しジ・アビスによって水の底に沈められていたこの街も、今は水が引いて、水底に沈んでいた人たちも新しい肉体と共に帰ってきた。


 水は引いたが、多くの物や建築物がずっと水の中だったため、浸水によって駄目にされてしまっている。人々は互いの無事を喜びあっているが、またこれから復興のための大変な日々が続くだろうということを予感していた。


「……それでも、なんだかんだで、人間っていうのは強く、しぶとく生きていくんじゃないかな。誰もいなくなったこの街で、ずっと一人で生きてきた、この私みたいにね!」


 このパリの街で日向たちと出会い、助けられた女性、ミシェルはそうつぶやいた。


「それにしても、人がたくさんのパリって久しぶりだわ! やっぱり都市っていうのはこうでなくちゃね! にぎやかってサイコー!」



◆     ◆     ◆



 スペイン、とある海岸沿いの丘陵地帯。


 日向たちに声援を送っていた六匹の犬たちが、水平線の向こうまで続く青空を眺めていた。


『アイツら、やったんだな! 信じてたぜ!』


『やったやったー! ようやく平和な時代が訪れるよー!』


 イビとポメが歓喜の声を上げる。

 しかしその後、シベが何やら神妙な鳴き声を上げた。


『けれど……私たちはこれからどうしましょう。私たちはマモノになった。もう普通の犬として生きていくのは難しいわ。ポメはあまり見た目が変わらないから、まだチャンスはあるかもだけど』


『自然の中で自由に生きていくことになるだろうけど、他の復活したマモノたちも世の中に溢れ出てくるだろうからなー。生存競争はなかなか大変なことになりそうだー』


 シベの言葉に、のんびりやのスパがそう返す。


 すると、しっかり者のピレが皆に声をかけた。


『幸い、私たちには知恵と、ここまであなたたちと共に戦ってきたという友情、チームワークがあります。これを利用して、今後も我ら六匹で行動するというのはどうでしょう』


 そのピレの提案に、最初に乗ったのは気まぐれなラフ。


『あ、それいいねー。賛成ー。一匹で生きるよりものんびりできそう』


『のんびりするだけじゃなくて、必要な時はしっかり働いてもらいますよ。我らは運命共同体です』


『うへー』


 その後、六匹はそろって海岸沿いを離れ、丘陵の向こうへと駆けて行った。


 また、六匹の近くの海には、クジラのマモノ親子のネプチューンとラティカ、チョウチンアンコウのファグリッテ、巨大クラゲのアイランドもいる。


『彼らは、勝ったみたいね。私たちも行きましょう、ラティカ。誰にも束縛されない、自由な海へ』


『うん、お母さん』


『よっしゃ! ジ・アビス討伐隊、撤収だよ! クラゲの嬢ちゃん、アンタも達者でな!』


『さようなら! 今度は私の島の上に案内しますよー!』


『いや、そりゃ干からびちまうから遠慮しとこうかな』


 この四体も、クジラ親子は東へ、アイランドは北へ向かって泳ぎ出し、ファグリッテはそのまま潜行。それぞれ別の行き先に向けて泳ぎ出した。



◆     ◆     ◆



 アフリカ大陸、リビア。

 狭山が建てた学校、オネスト・フューチャーズ・スクール。


 飛空艇に乗り込み、日向たちの旅について来ていた子供たち。

 ブラジルで全滅してしまった彼らも全員、生き返っていた。

 当然ながら、この地で命を落としていた、先生を務める大人たちも、である。


 喜びの声々が響き渡る中、少し離れた場所でスケッチブックの白い紙面に色鉛筆を走らせているのはアラム少年。


 そんなアラム少年の背後には、二体の大鷲のマモノ。

 岩の大鷲のロックフォールと、その息子で雷の大鷲のユピテルだ。


「生き返った直後に、さっそく絵か、アラム」


「うん。この瞬間を収めておきたいって思って。今この瞬間じゃないと収めきれない熱がここにある……そんな感じがするんだ」


「今この時くらいは、友と共に、喜びを分かち合ってもいいのではないかとも思うが」


「うーん……ほら、僕ってもともと周りから浮いてるしさ。みんなと混じってっていうのは、あまり……」


 ……と、その時。

 前方から数人の子供たちが駆け寄ってきて、アラムを引っ張る。


「アラム! こんなところにいた! ほら、こっちおいでよ! 一緒にお祝いしよう!」


「先生たちもいるんだよ! ネメア先生、アラムくんも好きでしょ?」


「あ、わ、わ、ちょっと待ってみんな……」


 困惑顔のアラムだが、本気で嫌がってはいない。

 ずるずると引きずられるように、校舎の方へ向かっていった。


 この場に残されたスケッチブックを、ロックフォールは覗き込む。

 アラムがよく描く、花火のような模様だ。

 まだ描きかけの状態だが、現時点でもよく描けている。


「……アラムは、この独特な絵の感性によって、周囲から浮いていたらしい。しかし今のあの子は、あの六人と共に旅をして強くなった。その旅の中で、他の子どもたちとの結束も自然と強くなったのだろう。もうまったく浮いているようには見えないな」


 改めてロックフォールは、アラムの描きかけの絵を見つめる。

 生の実感に歓喜する、友人たちの熱狂が表現されている。

 そして、途中でクラスメイトたちに引っ張られてスケッチを中断されたのも、後に彼の良い思い出となるだろう。自分を引っ張ってくれる友人ができた、その成長の実感として。


「まだ未完だが、この絵はこれで完成なのかもしれないな」


「ケェェン!」


 ロックフォールがつぶやくと、息子のユピテルも同意を示すように一声鳴いた。



◆     ◆     ◆



 アメリカ大陸。

 合衆国機密兵器開発所。


 やはりここでも、犠牲者たちの生き返りによる歓喜の声が上がっていた。

 災害の勝利の喜びもあり、施設内は大歓声に包まれていた。


「ぶふふぅぅ! 今日はお祝いだぁ! お肉たくさん食べるぞぉ!」


「タイガー。誰かマイケルを見張っておいてくれ。この様子じゃ、明日にはこの施設の備蓄が全て消えてなくなっているかもしれんぞ」


「皆、冷静さを忘れて大騒ぎだなぁ。けれど、今回ばかりは僕も同じ気持ちだ。勝ったぞー!!」


「ふん、准尉までもが熱に当てられたか。冷静なのは俺だけか」


「サミュエル中尉。(ほほ)(ゆる)んでるっすよ」


「上官命令だカイン曹長、こっち見んな」



 また、こちらではニコ少尉が生き返り、それを見たロドリゴ少尉が感極まってハグを交わそうとしているようだが、ニコが右足で押し返してハグを阻止している。


「ニコちーん! 帰ってきてくれて嬉しいぜー! 皆も一緒で憂いなしだぜー!」


「ああもう、生き返って早々、暑苦しい! あっち行ってよ、ここは人が多いから!」


「それってつまり、人が少ない場所ならハグOKってこと!?」


「うっさい死ね!」


 ただの失言だったのか、それとも本音が漏れたのか。

 ともかくニコは、本気の蹴りでロドリゴを吹っ飛ばしてしまった。



 そしてこちらはARMOUREDの面々。おまけにハイネ。

 ジャックはレイカとアカネ、そしてコーネリアス少尉とハイネはマードック大尉と言葉を交わしていた。


「レイカ! マードック! おまけにアカネまでいるじゃねーか!」


「狭山さんは、私とアカネ、二人分の肉体を造ってくれたのですね」


「こんな日が来るなんてな……。アタシとレイカ、二人が生身の身体で並んで立ってやがる。夢みたいだ」


「それに私たち、義足じゃない……。生身の足に戻ってる……!」


「でも二人そろって胸はそのまんまなんだな。もうちょっと膨らませてもらえば良かったのにな」


「よし、アカネ! ジャックくんの足を持って! 私は腕を持つ! 二人でこの失礼なちびっ子を()じ切るわよ!」


「よっしゃ任せろ! 初めての共同作業ってヤツだな!」


「待て待てオマエら! いくら体幹が優れている俺でも耐えられるレベルってモンがだな! あー! 背骨と腰が外れるー!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ男子一人と女子二人。

 その(かたわ)らで、マードックがコーネリアスとハイネの二人とやり取りを交わす。


「大尉。帰還を歓迎すル。大尉も生身の身体に戻ったようだナ」


「少尉。私が不在の間、よくやってくれたようだな。礼を言おう」


「レイカや大将が生き返ってくれたのはホントに嬉しいんだけど、二人とも生身に戻っちゃったかー。義足や義体をいじくり回すの、楽しかったのになー」


「当面は少尉を頼れハイネ。彼は恐らく、腕を元に戻すつもりはないだろう」


「だね! それじゃコーディ、さっそくロケットパンチとかつけてみる?」


「実用性は(とぼ)しいガ、男のロマンだナ。どうしたものカ」


 マードックを置いて、さっそく打ち合わせに没頭してしまうコーネリアスとハイネ。


 そんな二人とのやり取りもそこそこに、マードックはジャックの方を見る。

 ジャックもまたマードックの視線に気づき、彼の方を振り向いた。レイカとアカネに()じ切られそうになりながら。


「ジャック。英雄にはなれたか?」


「さて、どうかな。まぁ、俺なりに頑張ったとは思うぜ」


「そうか。……ところで、だ。マモノ災害と”最後の災害(テラ・バスタード)”の二大災害は無事に終息した。エヴァ・アンダーソンの協力を得られれば、食いちぎられたお前の腕も元に戻るだろう。マモノへの復讐が入隊動機だったお前は、もうこの部隊にいる理由は無いが……」


 マードックはまだ話している途中だったが、ジャックが指を立てながらそれを中断させて、返事をした。


「ヘイ大将。それ以上は野暮ってモンだぜ。ソイツぁ例えるなら、自分の家を出て行けって言われてるようなモンだ。けどアスリートの夢も諦めてねぇ。せいぜい兼業するさ」


「そうか。だが、当面はスポーツどころではないぞ。これからも復興活動を中心にこき使ってやるから覚悟しておけ」


「へッ。ちょうどいいリハビリになりそうだぜ」


「話は終わりましたか? それじゃあ、()じ切り再開しますね」


「おわぁぁ待て待て待て! おいマードック! ちょいと助けてくれ! このまな板モンスターズを止めてくれ!」


「あらゆる観点から見てもお前に非があるのに、なぜ止めねばならんのだ。ちょうどいいリハビリと思って諦めろ」


「この無能上官め! ……ぎゃあああ絞られるぅぅ! ボロ雑巾にされるぅぅ!!」


 ねじりパンのようにされているジャックを鼻で笑い、マードックはその場から離れる。


 彼が向かった先は、近くにいたアメリカ合衆国大統領、ロナルド・カードのもとだった。


「大統領。ウィリアム・マードック、ただいま帰還致しました」


「うむ。無事の帰還……いや無事と言うべきか? ともかく、心より歓迎する。この星史上最も大きな戦いは終わったが、すぐにまた大きな戦いが始まるだろう。復興という名の長い戦いがな。お前の統率力、引き続き頼りにさせてもらう」


「承知いたしました」


「……本当に、戻ってきてくれて良かった」


「有難きお言葉です」


 それからマードックは、さっそく復興に向けての計画立案の準備を開始。

 復活直後ではあるが、その喜びに浸る暇もなく、仕事に取り掛かる。


 彼にとっては、合衆国が一日でも早く元通りの豊かな国になることが、何よりの喜びなのだ。

 それこそ、その命を懸けて『星殺し』グラウンド・ゼロから大陸を守るほどに、彼は祖国を愛している。



◆     ◆     ◆



 ブラジル、リオデジャネイロ。


 完全に全滅していたこの国の住民たちも、全員が復活していた。


 少し前までエドゥアルド・ファミリーの拠点となっていた政府市庁舎。

 全住民が復活したことで、今はもう正当な職員たちが出入りしている。


 そんな政府市庁舎を、路地から懐かし気に眺めているのは、エドゥことエドゥアルド・ジュニオール。彼もまた無事に復活を果たしていた。


「結局、街は元通り。金持ち連中も蘇って、俺たちは再び底辺生活か」


 母国語、ポルトガル語でそうつぶやくエドゥ。

 その彼の後ろには、テオをはじめとして、彼を慕うファミリーのメンバーたちが集まっていた。


「でもエドゥ。なんだか嬉しそうだね」


「まぁな。なにせこれは、チャンスでもある。金持ち連中もそうでない連中も皆まとめて生き返ったが、街は見てのとおりボロボロだ。皆そろって復活したが、それでも皆、失った物は多いんだ。金持ち連中だって、今は金持ちじゃねぇかもな」


「それって、つまり……」


「俺たち全員、今は同じスタートラインに立っている。出し抜くなら、今がチャンスってことだぜ。生きていれば、いつか必ずチャンスが来る……それはつまり、今日なんだろうさ」


 エドゥがそう答えると、後ろにいたファミリーたちが歓声を上げた。


「さすがエドゥだ! ついて行くぜ! 行かせてくれ!」


「俺も、夢の上流階級になれるかな!?」


「ったく、しょうがねぇヤツらだな。いいぜ、まとめてついて来い! 頼んでもねぇのに、勝手に拾われたこの命、皆でまとめて有効活用してやろうじゃねぇか!」


 エドゥがそう告げると、再びファミリーたちが歓声を上げた。

 一回目より大きな、派手な歓声だった。


 エドゥは終始、重荷が全て無くなったかのように、活き活きとしていた。


 それはきっと、ビジネスチャンスを見出したからではなく。

 ただ、皆にまっすぐ慕われるのが、嬉しかったのだろう。



◆     ◆     ◆



 一周回って、再び日本、空母ひゅうが。


 すでに艦は十字市に到着し、大勢の人間が街へ降りていたが、まだ艦内に残っている人間もいる。


 日向の母親もその一人。

 甲板の上から、長らく暮らしてきた十字市を眺めている。

 ウェーブがかかった茶色の髪が、潮風に揺られて(なび)いている。


 そんな彼女の後ろから、夫の日下部陽介がやって来て、自分が羽織っていた黒いコートを妻の肩にかけた。


「そんなところにずっと立っていると冷えるぞ、お前」


「あら、あなた。ごめんなさい。なんか色々と考え事……じゃないけれど、少しボーっとしてたわ。なんだか、まだ夢みたいというか、現実味がなくて。本当に私たちの息子が、世界を救ったの?」


「俺も直接見たわけじゃないから何とも言えねぇけど、そうらしいな。まったく、もうこの父親より立派になっちまったよ。いつかそういう日も来るだろうとは思ってたが、ちょっと早すぎるぜ」


「ふふ。さすが、あなたの息子ね」


「ああそうさ。俺たちの息子だ」


 それから夫婦は、並んで十字市を眺める。

 二人の背後では、他の自衛官たちが忙しそうに右往左往している。


「お仕事、サボってていいの?」


「休憩時間中だよ。さっきまでしっかり働いていたさ。そういうお前は、艦から降りないのか? 先に帰っててもいいんだぞ? 日向にも会いたいだろ?」


「今は……ここがいいわ。もう少し、こうしていたい気分なの」


「そうかい」


 短いやり取りを終えて、二人は再び街の光景を眺める。

 災害の最中は、死んだように静まり返っていた十字市。

 ボロボロなのはそのままだが、なぜか災害前よりも活気に満ち溢れているように見えた。



◆     ◆     ◆



 表の世界では、犠牲になった全ての人々が復活した。

 それによって生存者たちは、長い災害の終わりを知った。


 それだけでなく、北園が”精神感応(テレパシー)”で呼び掛けることで災害の終息を知った者もいた。


 ただ一人、『幻の大地』に残された狭山も、北園からの声を受け取った一人だった。


(狭山さん! 日向くんと日影くん、二人とも無事だったよ! まだ詳しい話は聞けてないけど、二人とも消えずに、一緒なんだよ!)


 狭山の頭の中で、北園の声が響く。

 その報告を受けて、狭山は心底から驚いているような表情を見せていた。


「あの二人は……生き残ったのか……」


 そんな表情もすぐに消えて、やがて彼は嬉しそうに微笑んだ。


「はは……そうか……。この自分でもどうにもできないと思っていた、二人の決別の運命……。回避することはできなくとも、乗り越えることはできてしまったということか。あの二人の不死性は筋金入りだな。運命さえも、二人を葬ることは叶わなかった」


 日向と日影の未来はこれからも続く。

 これでもう、狭山としても、思い残すことは何もない。


 安堵したからだろうか。

 狭山の身体から、急速に力が抜けていく。


 最後の力を振り絞って、狭山は空を見上げた。


 この空の向こうから、彼らはこの星にやって来た。

 今ではもう、生まれ育った母星の空よりも見慣れた、この星の空。


「……眠く、なってきたな……」


 空を見上げていた狭山の顔が、だんだんと下がってくる。

 同時に、彼の両方の(まぶた)も、徐々に閉じ始める。


「こんなに眠いのは、いつが最後だったか……。今日は、良い夢が見られそうだ……」


 そして。

 青々とした草原の真ん中で座り込みながら。

 狭山の動きは、完全に止まった。


 目を閉じて、真っ暗になった狭山の視界。

 そこに浮かび上がるのは、見知った顔の数々。

 同じ遊星(ほし)で、同じ時間を過ごしてきた、アーリアの民たち。


「……父上。レオネ祭司長。民の皆。自分は……僕は……あなたたちが自慢できる王に、なれただろうか……」


 その言葉が、最後だった。


 もう、彼の身体は動かない。

 もう、彼の心臓も動かない。

 もう、彼の魂さえも、そこにはない。


 アーリアの最後の王が、その生涯を終えた。


 ”最後の災害(テラ・バスタード)”の、ただ一人の犠牲者だった。

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