① 目覚め
目を覚ます。
最も深いところまで沈んでいた意識が、浮上する。
日向が目を開けると、まず視界に入ったのは、とても見慣れた白い天井だった。
「ここは……俺の家……?」
つぶやくが、それに答えてくれる人間はいなかった。
この部屋にいるのは日向のみ。
日向はどうやら、自分の部屋のベッドで寝ていたようだ。
身体がひどく気だるく、上半身を起こすのも苦労した。
「俺は何をしてたんだっけ……ええと……日影と……そうだ! 日影!」
まず日向は、日影との勝負に勝ったことを思い出した。
そして同時に、日向は悟る。
日影を倒したことで自分は消滅を回避し、今も存在していること。
そしてもう、日影はこの世にいないであろうことを。
「日影……」
寂しそうに、日向はつぶやく。
何かと自分には冷たくて、いけ好かない奴だった。
自分には無いものをたくさん持っていて、妬ましかった。
しかし同時に、あの誰が相手でも自分らしさを貫いた生き様は、確かに憧れだった。
そして、数々の戦いで共に肩を並べた、かけがえのない戦友だった。
胸が張り裂けそうになるが、彼のことでいつまでも思い悩んでいては、他ならぬ日影に叱咤されることだろう。日向はひとまず、日影への気持ちの整理は後に回すことにした。
そうなると、次に疑問に思うのは。
どうして自分は、自宅のベッドで寝ているのか。
「あの後、家に帰った記憶とかは全くない……。たぶん、あの裏山で意識を失ったと思うんだけど……。誰かがこの家に運んでくれた? エヴァかな? でもエヴァって俺の家を知らないよな……?」
もしかすると自分は死んでしまったのかもしれない、と日向は思った。
死後の世界というのは、こういう、生前で最も落ち着ける空間として出てくるのではないかと。
何しろ、日影に勝つことはできたが、日向もあれだけボロボロになったのだ。それこそ自分で自分の命を捨てる覚悟で挑んだ。日影に勝った直後、日向も彼の後を追うことになったと言われても不思議ではない。
「万が一そうだとしたら……日影にぶん殴られても文句言えないな……。他に残っている可能性と言えば……夢オチ? 今までのは全部夢でしたとか? でも、この尋常じゃない身体の疲労感は、間違いなくあの最後の勝負の……」
……と、その時。
ガチャリ、とこの部屋のドアが開いて、誰かが入ってきた。
「え、誰……?」
部屋に入ってきたのは、北園だった。
死んだはずの、彼女だった。
ヴェルデュの姿ではない。
小ぢんまりとした背丈に、黒いふんわりボブヘア。
そして、その黒髪以上にふんわりもちもちしてそうなほっぺ。
日向が一番好きな北園の姿が、そこにあった。
「北園さん……?」
無意識に、北園の名前を呼ぶ日向。
北園も、日向の姿を見て固まっている。
その直後に、北園が日向に飛びついてきた。
「日向くんっ!!」
「わっぷ!? 北園さん!?」
「よかった! よかった! 目が覚めたんだね! よかったよぉー!」
日向に顔を埋めるつもりなのかと思うほどに、北園は深く日向に抱きついて離れない。
北園がくっついてくるのは、日向としても嬉しい。
しかし、今はこの現状について尋ねたかった。
とはいえ、こんなに嬉しそうな様子の北園を引きはがすのも申し訳なかった。
そして、それ以上に。
死んだはずの彼女がここにいる、という事実に混乱していた。
「あ、あの、北園さん。どうしてここに?」
どうにか気を落ち着けて、なんとかその一言を発した日向。
北園は顔を上げて、日向の問いに答える。
「だいじょうぶ! 他のみんなも今、”精神感応”で呼んだよ!」
「微妙に質問の答えになってなくない? というか、他の皆って……」
日向がそう尋ねていると。
新たな人物が複数、次々とこの部屋に入ってきた。
「北園。日向が目を覚ましたと聞いたぞ」
「ホントだ! ヒューガが起きてる!」
「やーっと目ぇ覚ましたのかよ。遅すぎんだろ」
「これはもう、私よりも日向の方が朝が弱いことになったのでは?」
部屋にやって来たのは、本堂、シャオラン、日影、エヴァ。
ずっと一緒だった仲間たちが、ここに揃った。
そして、日向の混乱はますます深まった。
死んだはずの皆が……日影までもがここにいる。
しかし、死後の世界でもないのだろう。他の四人はともかく、エヴァは最後まで生存していた。
「あの……えっと……どういう状況……?」
皆と再び会えたのは、それはもう喜ぶべきなのだが、あまりにも現状が把握できず、素直に喜べない様子の日向。
そんな日向の様子を察してか、北園が答えた。
「そ、そうだよね。今の日向くんからすると、よく分からないよね。順を追って説明していくね」
まずは日向にそう言って、次に北園は日影にも声をかける。
「日影くんのことに関しては、日影くんが説明してもらってもいい?」
「ああ、分かった……とは言っても、オレは当時の状況からの推測しかできねぇから、実際に何をやったのかは、日向に思い出してもらわねぇといけないんだが」
「俺が……何かやったのか……?」
「まぁそいつはいったん置いといて、だ。まずは北園の話だぜ」
そうして、北園は話を始めた。
死んだはずの自分たちが、どうしてこの場に存在しているのか。