第1657話 限界突破
日向が立ち上がり、勝負は再開。
立ち上がったばかりの日向が、さっそく日影に殴りかかった。
一瞬で日影との間合いを詰めて、彼の左頬を打ち飛ばす。
「うおおおおおっ!!」
「がッ……!?」
その速度は、先ほどまで意識を失っていたとは思えないほどに速かった。日影もボロボロとはいえ、彼をして反応が完全に遅れてしまったほどだった。
日向の追撃。
殴り飛ばしたばかりの日影に追いついて、左右の拳の三連撃。
その三連撃の全てが速く、そして重い。
三発全てが日影に直撃した。
「どうなってやがる……!? もう死にかけの満身創痍のクセして、この勝負を始めた直後よりも動きが速ぇ……!?」
そして、日向の右回し蹴りが炸裂。
日影もとっさに防御したが、防ぎ切れずにガードごと蹴り飛ばされた。
「りゃああああっ!!」
「がぁッ……!?」
大きく吹っ飛ばされた日影だが、落下と同時に後転して受け身を取り、すぐさま立ち上がる。受けたダメージもまた大きいが、これ以上日向から追撃を受けないために、根性で拳を構えなおす。
……が、そんなのお構いなしに日向は突撃してきて、その突撃の勢いも乗せて右ストレートを放つ。
「らぁぁぁっ!!」
このストレートを左腕で弾こうとした日影だったが、突破されて顔面を殴り飛ばされた。
「ぐぅッ……!」
いったい日向に何が起こっているのか。
彼の猛攻を必死にガードしながら、日影は考える。
命が尽きる寸前まで負傷したことで、日向の力のリミッターが解除され、普段の限界以上の力を発揮できるようになった。
創作などではよくある展開だが、これは現実。
そんな都合の良い話が、こんなに都合よく起こったとは考えにくい。
やはり、日向が何かをしたのだ。
普段以上の力を発揮するための、何かを。
「ああああああああっ!!」
絶叫しながら日影を殴り続ける日向。
その攻撃速度は、日影が使っていた”オーバードライブ”にも匹敵しそうなほど。
この時、日影は何かの音を聞いた。
停車しているバイクのエンジン音のような、ドッドッドッド、と太く小刻みな音を。
「コイツぁ……心音……? 日向の心臓の音か……?」
だとすると一つ、考えられる可能性が浮上する。
現在、日向の心臓の心拍数が急速に高まり、それに伴って体内の血流も高速化。さながら車のエンジンが速度の限界を突破したように、日向のスピードも上昇しているのだ。
これと同じ現象を、日影は目撃したことがある。
中国にて、ズィークフリドがミオンと勝負している中で、今の日向と同じ状態になるための技を使用していた。その技の名は鬼心孔。経絡秘孔の最奥の一つだとミオンは言っていた。
そして、この鬼心孔を、日向はズィークフリドから教わっていた。
『星殺し』アポカリプスを倒し、シャオランの故郷の村で祝いの宴が開催されていた、その中で。
あの時は結局、鬼心孔によって起こった日向の身体の変化を、”再生の炎”が異常だと判断し、日向の身体を熱して止めてしまった。よって日向は鬼心孔を使えないという結論に至った。
だが、その”再生の炎”も機能しなくなった今ならば、日向は鬼心孔を使用できる。
しかし、この技にはもう一つ問題があった。
鬼心孔は身体の奥深く……心臓の真下あたりに存在し、日向が突くにはパワーが足りないとズィークフリドは言っていた。
だから日向は、日影を利用した。
先ほど彼が放った心臓貫き……あれで日向自身の鬼心孔も刺激させたのだ。
ズィークフリドの貫手を使ってくるなら、心臓貫きも必ず使ってくる。
日影に心臓を突かれた日向が、その直前に思い至って決行した、とっさの判断の逆転策だった。
「この野郎……ここに来て、ぶっこんできやがった……!」
この真正面からの殴り合い対決なら、お得意の策も何もないだろう。
そう高を括っていた日影は、この最後まで油断ならない宿敵に対して、自然と笑みがこぼれていた。
日向は引き続き、日影を殴り続けている。
左右の拳を大きく振りかぶり、渾身の一撃を放つ。
本来なら、これほど動作が大きい攻撃ならば、日影であれば避けることは造作もないのだが、日向のスピードがあまりにも速すぎて、回避がまったく間に合わない。
「ここまで来たら、もう下手に防いだり避けたりしようとするのは悪手だな! おるぁぁッ!!」
日影は日向の拳に耐えながら、反撃の右フックを繰り出して、日向の左頬を殴り飛ばした。
「うぐっ……!?」
よろけながら後退する日向。
ようやく彼の猛攻撃が止まり、日影が溜まっていた息を吐く。
日影に殴られた日向だが、何やら様子がおかしい。
胸のあたりを押さえて、片膝をつき、大量に吐血してしまう。
「う……ぷ、ごほっ!? げほっ、げほっ……!」
「はぁッ、はぁ……。鬼心孔の反動か……。本来の人間の限界を超えて、心臓の鼓動と血流速度を高める鬼心孔……ソイツぁ当然、使用者の肉体に凶悪な負担を強いることになる。ズィークだってキツそうにしてたんだ。テメェじゃ長くはもたねぇだろうよ……」
その日影の言葉を裏付けるように、日向の身体のあちこちが赤黒く染まり始める。上昇した血流速度の影響で、彼の身体の中で切れた血管から急速に内出血が発生しているのだろう。
だが、日向は先ほど以上に死にかけの状態になりながらも、立ち上がった。
「それでも……俺はここでお前に勝ちたいっ……! もう未来に夢も希望も無いのなら、その未来を犠牲にしてでも、今度こそお前に勝ってやるっ……!!」
「は……良いね、そのイカれ具合。付き合ってやるぜぇッ!!」
その言葉と共に、日影は駆けだす。
日向も同じく走り出し、両者ともに、互いの顔面に拳を打ち込んだ。
両者、共に限界は近い。
……いや、両者とも、限界などすでに突破している。
あとは、どちらが先に、終わりが訪れるかだ。