第1655話 未来と思い
日影が間合いを詰めて、日向に殴りかかる。
その拳を、上手く腕で逸らす日向。
日影の攻撃は止まらない。
先ほどまで息を切らせていたとは思えない猛攻。
日向との間合いを詰め続けて、左右の拳を繰り出し続ける。
「うおおおおおおッ!!」
「ぐっ……! 拳が、硬い……! このまま腕でガードし続けていたら、いずれ腕を壊されそうだ……!」
日影の攻撃を止めるため、日向は正面から日影の腕と胸倉を掴みかかる。
これに対して、日影も日向を捕まえて、取っ組み合いの形に。
互いに互いを地面に叩きつけようと、両腕に力を込めたり、足を引っかけようとしたりする両者。ここに至るまで二人とも体力を消耗しており、ここぞという場面で技が決まらない展開が続く。
日向と取っ組み合いながら、日影が声をかけてきた。
「オレは……テメェの影だ。本来ならあの日……テメェが『太陽の牙』を手に取って実体化した、あの時。オレはテメェに倒されて、テメェを『太陽の牙』の正式な所有者として認定させる。そういう目的で生まれたはずだった。生まれついてのやられ役。そういう存在だった」
「く……日影……!」
「だが、オレはテメェに倒されず、オマケに何の因果か、こんな人格まで芽生えちまった。そして、憧れちまったんだ。テメェに倒されなかった、その先の未来……やられ役じゃない人生によ」
ここで、日影が一気に動いた。
日向の右腕を取って、一本背負いの形で投げ飛ばす。
「おるぁぁッ!!」
「うわっ!?」
投げ飛ばされた日向は、その先の木の幹に背中から激突し、頭から地面に落ちた。
幸い、地面には枯れ葉が積もっているので落下のダメージは少ない。
ただし、木に叩きつけられたダメージは大きく、肺の中の酸素が全て口から飛び出たような感覚に襲われた。息苦しさで、日向の足がふらつく。
「かはっ、うぐ……!」
「たとえこの先には、一緒に戦った仲間もほとんどいなくて、やりたいことも全くできないであろうボロボロの未来しか待っていないとしても! それでも、オレは生きてぇんだ! ここでテメェをぶっ倒してでもな! ……日向、テメェはどうだ?」
「お……俺は……」
理由。
ここで日影を倒してでも、その先の未来を手に入れたい理由。
何かを言おうとする日向。
ここで、誰かの人生を奪ってでも勝とうとしているのだ。
それ相応の理由が無ければ、それはただの人殺しだ。
しかし。
日向は、何の言葉も出てこなかった。
何かを言おうとして、口を半開きにしたまま、それで終わった。
「……何も、ねぇのか?」
不機嫌になるでもなく、日向を馬鹿にするでもなく、無表情でそう問いかけてきた日影の言葉に対して、日向は再び、何も答えられなかった。
「ただ死にたくないから、オレに勝とうとしているのか? それは否定しねぇよ。実質、オレと同じ理由だしな。けどよ……そうなれば、勝つのはより熱量が高い方だ。そんなに燻ってるようじゃ、オレはなおさら、テメェには負けられねぇぞッ!!」
日影が再び日向との間合いを詰めて、ラッシュを仕掛けてきた。
左右の拳のコンビネーション、からの蹴りでトドメ。
荒々しくも丁寧で、シンプルながらも、だからこそ隙が無い戦い方。
日向は反撃を差し込む余地を見出せず、ガードを固めるしかない。
「うるぁッ! だるぁぁッ!」
「く……うう……!」
このままではいずれ限界がきて、ガードを突破される。
日向は一発か二発の直撃を受ける覚悟で、日影に右フックを繰り出した。
「はぁっ!」
しかし、日影はこれをするりと回避。
ガードが空いた日向の右わき腹に、逆に左ブローを突き刺した。
「ごふっ……!?」
「どうした! 動きが悪くなってんぞ! その程度か日向ッ!」
叱咤の声を上げながら、日影は回し蹴りを繰り出して、怯んでいた日向をなぎ倒した。
地面に倒れ込んでしまう日向。
日影は追撃するでもなく、倒れた日向を見下ろしている。
「くっそ……舐めんなっ!!」
負けじと声を張り上げて、すぐさま立ち上がり、その勢いのまま日影に殴りかかる日向。
しかし、日向が拳を繰り出すよりも早く、日影は日向に接近し、その顔面に頭突きをぶち込んだ。
「おるぁッ!!」
「ぶあっ……!?」
日影の硬い前頭部を叩きつけられて、思わずよろける日向。
その隙を逃さず、日影はダッシュの勢いも乗せた全力の右ストレートを繰り出した。
「らぁぁッ!!」
日影の拳は、日向の左頬に直撃した。
昏倒間違いなしの、強烈な一撃。
……だが、日向は日影のストレートを受けながらも、無理やり日影との間合いを詰めた。そのまま日影の鳩尾に右のボディーブローを突き刺す。
「あああああっ!!」
「ぐふッ……!」
下がった日影の頭を、日向が両手で捕まえる。
そして日影の顔面に膝蹴りを繰り出す。
左、右、左と交互に、連続で。
日影は、自身の両腕を顔の前に持ってきて、日向の膝蹴りをガード。
隙を突いて思いっきり頭を振り上げ、日向の両手から脱出し、同時に後頭部で日向の下顎をかち上げる。
「るぁッ!!」
「がっ!?」
再びよろける日向。
日影はここで決めるため、怯んでいる日向の左の側頭部を狙って殴りかかる。
「追い詰められたテメェほど厄介なヤツはいねぇ! このまま終わらせるッ!」
……が、日向は無駄のないモーションで左腕を動かして、日影の右拳を下から打ち上げるように、その軌道を上へ逸らした。
「この動き……最初から、オレがこう動くのを狙っていたか……!? 他の攻撃への対処はあえて捨てて、この攻撃だけに狙いを絞って……!」
上へと逸れた日影の拳の下をくぐりながら、日向は日影との間合いをさらに詰める。ジャブすら満足に繰り出せないほどの超至近距離。
間合いを詰めると共に、日向は自身の右拳を、日影の鳩尾に押し当てる。
そして、全身の筋肉と関節を連動させて、日影の鳩尾に寸勁を打ち込んだ。
「はぁっ!!」
「がッ、は……!?」
まさか日向が、これほど高度な寸勁を使ってくるとは思わなかった想定外。そして、先ほど強烈なボディーブローを打ち込まれた鳩尾への、二度目の衝撃。この二つの要素も合わさり、内臓がひっくり返りそうなダメージが日影を襲った。
起死回生の反撃が決まり、訪れた千載一遇のチャンス。
日向はすかさず、追撃の右フックを繰り出す。
「いっけぇぇぇっ!!」
「……いいや、オレもそれを待ってたんだよ」
右フックを繰り出すために、ガードが空いた日向のボディ。
その日向の胸部と鳩尾の間あたりに、日影は左の貫手を突き刺した。
その瞬間。
日向の、全ての生命活動が、停止した。
「はっ……?」
呼吸も、血流も、思考も、心臓の鼓動さえも。
日向の全てが止まった。
「これ……ず、ズィークさんの……心臓貫き……」
「終わりだぁぁッ!!」
動きが止まった日向の顔面に、日影は全力の右ストレートを突き刺した。
何の抵抗も防御もできず、直撃を受けた日向。
まっすぐ吹っ飛ばされ、ひっくり返りながら宙を舞い、うつ伏せの体勢で地面に叩きつけられた。
日向は、起き上がらない。
五秒経っても、十秒経っても、彼は起き上がらなかった。
「……トドメを、刺させてもらうぞ、日向。お前の戦いは……これで終わりだ」
そう声をかけながら、日影はゆっくりと、日向のもとへ歩き始めた。