第154話 シンガポールフライヤー大作戦
「なぁシャオラン。リンファさんって、何かあったのか?」
シンガポールの夜。十字高校の宿泊先のホテルにて。
ベッドに腰かけながら、日向がシャオランに声をかけた。
ここは日向とシャオラン、そして田中の男子三人が泊っている部屋である。
田中は今、別の男子たちの部屋に遊びに行っている。修学旅行あるある『他の友達の部屋に遊びに行く、コミュ力高いクラスメイト現象』である。そのため、現在この部屋にいるのは日向とシャオランだけである。
「ヒューガ、なんでそんな質問を?」
「今日、俺が『リンファさんは財閥令嬢だからー』って話をしたら、リンファさん、一瞬だけど暗い顔をしたんだよ。リンファさんと初めて中国で会った時は、令嬢であることに誇りを抱いていたような感じだったから、今回あんな表情をしたのが気になるんだ」
「あー、それかぁ……。えっと、実はね、リンファがニホンに来る時、どうも実家の方でひと悶着あったらしいんだ」
「え!? そうなの!?」
「うん。百歩譲ってリンファがニホンに行くのは良かったんだけど、『ボクと一緒』っていうのがリンファの両親は気に入らなかったみたいなんだ。『もっと良い相手がいるだろう』って言ってね。そうしたらリンファは怒っちゃって、ほとんど家出同然にニホンに来たらしいよ」
「『良い相手』ってことは、リンファさんの実家は、リンファさんとシャオランをそういう目で見てるってこと?」
「そういう目……まぁ、そうなんだろうね……。とにかくそういうワケで、今のリンファは実家の財閥とのつながりを断っている。そしてリンファ自身、令嬢であることに誇りを抱けない気持ちになっているんだと思う」
つまり、リンファのあの時の「今のアタシは……」という呟きは、「財閥の令嬢とは呼べない」と繋がるはずだったのだろう。
(なるほど……つまり、シャオランがリンファさんに相応しい相手になれば、この件は解決するかもしれないということ? ……あ、じゃあ、リンファさんがシャオランを容赦なくマモノ退治に送るのは、そのために?)
シャオランの言葉を聞いた日向は、思考に集中。
一方、シャオランは自身の話を続けている。
「……けど、この問題、ほとんどボクが原因で起こったようなものだから、ボクとしては胃痛案件だよぉ……。リンファはボクのこと、好きかどうかさえ分からないのに……」
「さ、災難だね……」
困り果てた表情で呟くシャオランに、何か上手い言葉をかけてあげたい日向であったが、良い感じの言葉は結局、思いつかなかった。
◆ ◆ ◆
そして次の日。
日向が朝食を食べに廊下に出ると、リンファに呼び止められた。
「あ、日向。二人で食堂まで行かない? 北園もカナリアも、朝食が楽しみ過ぎてもう行っちゃったのよ」
「ああ、いいよ。俺で良ければ。……しかし『朝食が楽しみ過ぎて先に行く』って、子どもかあの二人は……」
呆れたように呟きながら、日向はリンファと共に食堂へ向かう。
その途中で、日向がリンファに話しかけた。
「なぁリンファさん。ちょっといい?」
「なにかしら、日向?」
「俺なりに考えてみたんだ。なんでリンファさんが、シャオランをマモノとの戦いに容赦なく送り出すか」
「なんでって……別に深い理由は無いわよ? シャオシャオは、北園の予知夢に現れた、運命の戦士……的な何かなんでしょ? だったらその戦いが終わるまで、アタシはシャオシャオをサポートして、日々の戦いへ送り出す。それだけよ?」
「それも事実なんだろうけど、たぶん、それだけじゃないでしょ?」
そう言って日向は、さらに話を続ける。
「リンファさんはおそらく、シャオランに強くなってほしいんじゃないかな。マモノとの戦いを通して、肉体的な面はもちろん、精神的にも。それこそ、リンファさんの相手として相応しい男になるために」
「『アタシに相応しい男』って……ちょっと日向!? 何の話を……!?」
「それだけじゃない。北園さんの予知夢が本当で、シャオランが世界を救ったら『実績』が付く。シャオランとリンファさんでは身分差があるけど、怪物から人類を守った英雄なんて、良家の嫁の貰い手にはもってこいだ。これで身分差も埋められる」
「よ、嫁って……!」
「リンファさんは今、実家とは絶縁状態だ。シャオランが原因で。だからこれは、リンファさんにとっても賭けなんだ」
「あ、アタシの家族との交友関係までバレてる……!?」
「この戦いを通して強くなったシャオランを連れて帰り、家族に認めさせる。そのためには、シャオランにマモノと戦ってもらわなければならない。だからリンファさんは積極的にシャオランを戦わせている、っていうのは…………あ」
ここまで話して、思わず日向は口を止めた。なぜなら、当のリンファが顔を赤くして、わなわなと震えているからだ。言い当てられたくないことを、一句違わず言い当てられてしまったように。
「ご、ごめんリンファさん、喋り過ぎた……」
「い、良いのよ……。バレたところで減るモンじゃないし……。それにしても、そこまで当てられるなんて思わなかったわ。意外と鋭いのね、日向」
「もしかして俺、消される? このことは江家の最高機密だったりしない?」
「しないから。大丈夫だから。……それよりも、そこまで分かっているってことは、アタシがシャオシャオのことを想ってるっていうのも、もうバレたも同然よね……?」
「ま、まぁ。そもそも『シャオランと同棲』とか言い出した時点で怪しさを感じてたし、普段から隙を突いては、シャオランとイチャイチャしようとするし……」
「そ、そんな風に見られてたんだ……。自分じゃ加減が分からないものね……」
「ギンクァンと戦った帰りなんかは、めっちゃイチャイチャしてたのに?」
「あ、あれもカウントされるの!?」
「逆になんでカウントしないの?」
「だってあれは、アタシなりに気を引こうとしてただけというか……」
「『気を引こうとしてた』って……ん? あれ? どういうこと? だって別にそんなことしなくてもシャオランは……」
日向が言い終わる前に。
リンファは目線を泳がせながら、日向に向かって叫んだ。
「だって、アタシがそんな風に想ってても、シャオシャオはアタシのこと、異性としては好きじゃないかもしれないじゃない!」
(こ、この二人、あそこまでやっておいて両片思いなのかー!?)
恥じらいつつカミングアウトしたリンファに、日向は衝撃を隠せなかった。
◆ ◆ ◆
生徒たちがホテルでの朝食を終え、いよいよシンガポール観光が始まる。広大なシンガポールの街並みを、二日間にわたって自由に練り歩くのだ。
日向たちの班も、シンガポールの大都市を満喫する。
マーライオンを見に行き、名物のチキンライスを食べ、人がごった返すアーケード街に立ち寄った。
「いやー、空き容量がいくらあっても足りないですねー」
その全てをスマホのカメラに収めようとする小柳。
その小柳のカメラから必死に逃れ続ける日向。
おかげで日向は、自分に向けられる意識に対して随分と敏感になってしまった。
「……しかし、移動するのにも結構時間がかかるなぁ。もう三時近くになってる」
日向はそう言うが、日向たちの班には、シンガポールに来たことがあり英語も堪能なリンファがいる。そのため他の班に比べれば、日向たちの班はかなりスムーズに目的地を巡ることができていると言えるだろう。
「シンガポールで三時だと、日本じゃ今は四時くらいだねー。そう思うと少し疲れてきたかも」
「もう少し辛抱してちょうだい、北園。次のスポットはゆっくりできる場所だから」
「次……えーと、次はどこに行くんだっけ?」
「シンガポールフライヤー。世界最大級の観覧車よ!」
シンガポールフライヤー。
リンファの説明の通り、世界最大級の大きさを誇る観覧車である。
乗車時間も世界最大級の名に恥じぬ30分間。
ゴンドラは全面ガラス張り。
大都会シンガポールの、清涼感溢れる絶景を余すところなく堪能できる。
まさしくシンガポール指折りの名所である。
「しかし、料金が一人につき33ドルか……高い……」
受付の料金表を見た日向が、苦い表情で呟いた。
……が、すぐにその表情を切り替える。
(おや、待てよ? 観覧車に、両片思いの男女。組み合わせると、どうなるか)
そして日向は、すぐさまリンファとシャオランに声をかけた。
「シャオラン、リンファさん。どうせなら二人で乗りなよ」
「え……ええ!? ボクとリンファで!?」
「ちょ、日向!? それってどういう……!?」
「いやぁ、他意は無いよ? けど、『是非ともそうするべきだ』って電波を受信したというか、なんというか」
「「理由になってなーい!!」」
リンファとシャオランを二人だけで観覧車に乗せる作戦を考え付いた日向だったが、二人は自分の思惑通りには動いてくれない。「声のかけ方を間違えたか」と内心、頭を掻く日向。
その日向の横で、田中が口を開いた。
「なぁ。どうせならさ、全員二人ずつで乗らないか? 観覧車」
「…………はい?」
素っ頓狂な声を発して、日向が田中の方に振り向く。
「メンバーはこうだ。シャオランとリンファ。日向と北園さん。俺とカナリア。どうだ、完璧だろ?」
そう言いながら、田中は日向の方を見て、これ見よがしにニタァ……と笑った。
田中は把握したのだ。日向が、リンファとシャオランをくっつけようとしていることを。把握したうえで、それを利用して日向と北園までくっつけようとしている。
(お、お前ぇー!! お前ぇぇぇー!!!)
目で田中に訴える日向。
長い付き合いの二人は、目線だけで会話することも可能とする。
(へっへっへ。日向はフリが雑すぎるんだよ。四人と二人で分けるより、二人ずつ三チームで分ける方が自然だろぉ? なぁ?)
(そ、そりゃあ、北園さんと二人で観覧車とか、夢のようだけれど、絶対緊張する……! 間違いなく俺のメンタルがもたない……!)
日影にへたれ呼ばわりされても仕方ない貧弱メンタルである。
両手をあたふたさせつつ、北園に声をかけて軌道修正を図る。
「き、北園さんは、俺と二人なんて迷惑だよね? ほら、俺って口下手だから、会話とか全然続けられないし、絶対に退屈だよ?」
「私は別に大丈夫だよー?」
「ぐああ親切!」
「ぼ、ボクも日向と北園は一緒に乗るべきだと思うなー!」
「シャオランお前ー!!」
「じゃあ、日向たちが二人で乗ったら、アタシたちも二人で乗るわよ?」
「何なんだその交換条件は!?」
日向がくっつけようとした二人まで、日向と北園をくっつけようとしてくる。そしてトドメに、小柳が口を開いた。
「わたしも賛成です。わたしはシンガポーフライヤーからの絶景を動画に収めたいのですが、日下部くんはカメラを向けられるのを嫌がるですよね? さっきから一瞬たりとも映らないように立ち回っているですよね? なら私たちは別々のゴンドラに乗るべき、なのです」
「ぐぅの音も出ない正論……! けど……でも……!」
「日向くん……私と一緒に乗るのはイヤ? ぐすん。それなら無理にとは言わないけど……しくしく」
とうとう北園が両手で顔を覆って、泣き始めてしまった。
日向、顔面蒼白になり、慌てて北園に声をかける。
「い、いやゴメン北園さん、イヤだなんて、そんなことはないんだよ。ただ……」
「じゃあ大丈夫だね! 一緒に乗ろ!」
「え? あれ?」
日向が「そんなことはない」と言った瞬間、「言質を取った」と言わんばかりに北園の表情が明るくなった。もはや日向も言い逃れは出来ない。
(ず、ずるいぞ北園さん……!)
こうしてそれぞれの思惑を孕んだ『シンガポールフライヤー大作戦』は、無事に決行に移される運びとなった。果たして彼らの想いは何処に行き着くのか。続く。
◆ ◆ ◆
「……声が、聞こえたわ」
白髪の少女、青と緑の瞳を持つ巫女が、呟いた。
ここは、この地球であってこの地球でない場所。
絶滅に瀕した動植物たちが、最後に行き着く楽園。
天を仰げば蒼穹が広がり、地を見渡せば地平の彼方まで新緑だ。
地球のどこかにありそうで、本当はどこにも無い幻想の地。
その中心に、『星の巫女』は佇んでいた。
「また一つ、人と戦わんとする者の声が聞こえたわ。ならば、私は応えないと」
そう呟くと、星の巫女は次元の裂け目を空間に開き、その中へと消えていった。