第1654話 互いに
日向が腕十字を仕掛けた。
日影は完全に地面へ引き倒されないよう、日向をぶら下げながらも立ち姿勢を維持して、必死に抵抗している。
今の日影は、日向に腕を取られながら、左わきや首にまで彼の足を巻きつけられている状態だ。このまま日向が、浮いている腰と両足を降ろせば、日影は地面に仰向けに倒されて、腕十字が完璧な形で極まるだろう。
利き腕をへし折られたら、今の日向が相手では、日影は絶対に勝てない。この腕十字は絶対に決めさせるわけにはいかない。日影は歯を食いしばり、必死に耐えている。嚙み合わせた歯が、その咬合力で互いに砕け散るのではないかと思うほどの形相だ。
「くああああああッ……!!」
「こいつ……! 技の入りが浅かったとはいえ、何でこの体勢で耐えられるんだよ……!」
やがて日影は、日向に絡みつかれながらも、その絡みつかれている右腕一本で日向を持ち上げてみせた。
「このまま振り下ろして、頭から激突させてやるッ……!」
「だったら、作戦変更だ!」
日向は引き続き日影の上体に絡みつきながら、彼の右腕から両手を放し、今度は彼の頭部を掴む。そのまま身体全体を使って日影の身体に捻りを加え、日影を掴みながら彼の身体から落下。その勢いで日影を投げ飛ばした。
「やぁっ!」
「うおッ!?」
さながらルチャリブレのように器用な投げ技。
日向を振りほどくために体力を消耗した日影は、成すすべなく投げ飛ばされた。
投げ飛ばされはしたが、うまく受け身を取ってすぐに立ち上がる日影。
日向は日影に向かって猛ダッシュし、その勢いで体当たり。
「はっ!!」
「ちぃッ……!」
とっさにガードの構えを取った日影だが、まだ体勢が整っておらず、日向の衝突に対して踏ん張りが利かなかった。大きく突き飛ばされて、背後に立っていた背の高い木の幹に背中から叩きつけられる。
日影は背後に木を背負い、疑似的に壁際に追い詰められた形に。
それを日向は見逃さず、再び日影に向かってダッシュ。
日向が右の拳を振りかぶる。
ダッシュの勢いで殴りかかってくるのかと日影は考え、ガードの体勢を取ったが、それは日向のフェイント。
日影に接近すると同時に、日向は身を翻し、背中で日影に激突した。
「せやっ!!」
「ぐおッ!?」
日向の背中と、自身の背後に立っていた木の幹に板挟みにされ、押し潰される日影。日向が繰り出したのは八極拳の鉄山靠だった。
「クソ……今度はシャオランの技か……!」
さらに、日向の怒涛の追撃。日影に木を背負わせたまま逃がさず、左右の拳の連続パンチで日影の顔や胸部を殴りつける。そうして日影に顔面をガードさせてからの、右わき腹への左フック。これを見事に直撃させて日影を怯ませると、彼の左大腿筋に右ひざ蹴りを突き刺した。
「せいっ! やっ! らぁぁっ!!」
「コイツ……!」
ここまでで日影から受けたダメージを倍返しにする勢いの滅多打ち。
日影は日向を振り払うため、大きく振りかぶっての右フックを繰り出す。
「おるぁぁッ!!」
これはモーションが大きかったため、日向も前もって屈んで回避。
とはいえ日影も、今の攻撃は日向に避けられるだろうとは予想していた。本命は、この右フックの勢いで一回転してからの左逆後ろ蹴り。屈んだ日向の顔面を蹴り抜く作戦だ。
「そのムカつく面、粉砕してやるッ!」
ところが、日向は頭を左へ動かして、顔面を狙ってきた日影の蹴りを回避。そのまま右腕を日影の足に巻きつける。
「そう来ると思ったさ!」
「……やべぇッ! 踵を壊す気か!」
その日影の予想は正解。
日向は、捕まえた日影の足を引っ張って彼を転倒させながら、自分の両脚も日影の右脚に巻きつけようとした。日影の右脚と踵を固定して、あらぬ方向に捻じ曲げて破壊するために。
瞬時に日向の狙いに感づいた日影は、転倒こそしてしまったが、技が完璧に決まる前に日向を振りほどくことに成功。背後に立っていた木を支えにしながら、すぐに立ち上がって体勢を立て直そうとする。
だが、日影が立ちあがるよりも早く、日向が日影の背後から腕を伸ばし、チョークスリーパーの形で日影の首を絞めた。
「かッ……!?」
「よし、捕まえた!」
日向のチョークスリーパーは完全に極まった。
ここまで完璧な形ならば、七秒前後もすれば、どんな人間だろうと意識が飛ぶ。
「クソがッ……! まだだ……!」
すると日影は、日向に首を絞められながらも、すぐ目の前に立っていた木に足を伸ばし、駆け上がるように後方へ一回転。ちょうど、逆上がりの補助板の要領だ。その勢いで日向の首絞めを振りほどき、今度は逆に日影が日向の背後に降り立った。
「しまった……!」
今度はこちらの首を絞められるかと思い、自分の首の前に両手を持ってくる日向。自身の手を、自分の首と相手の腕の間に挟み込むことができれば、首絞めは完璧には決まらず、不発の形になる。
しかし、日影が仕掛けてきたのは首絞めではなくバックドロップだった。日向の腰に両腕を回して、日向の全身を持ち上げ、後方へ自分もろとも倒れ込む。
「うるぁぁッ!!」
「そう来たか!」
首絞めではなかったが、日向は冷静に対処。日影に持ち上げられながらも大きく両足を振り上げて、日影の腕の中で後転するように足から地面に着地。日影のバックドロップを無傷でやり過ごした。
日影を振り払った日向は、間髪入れず日影との間合いを詰める。
日向はそう来ると考えていたのか、日影も日向へと向かっていく。
「倉間直伝だ! 貰っていけッ!」
「こうするのが一番威力が出るって、狭山さんが言ってたっ!」
そう言いながら両者が繰り出したのは、両者そろって、正拳突きだった。
互いに、互いのわき腹に、互いの拳がまっすぐ突き刺さった。
日向も日影もたまらず後ずさり、相手から距離を取った。
「くぅっ……!?」
「痛っつ……!」
あばら骨にヒビでも入ったのではないかと思うほどの激痛。
両者ともに、気を抜いたらその場でうずくまってしまいそうだった。
だが、本当にうずくまってしまったら、その隙に相手は攻撃を仕掛けてくるだろう。日向も日影も歯を食いしばって、立ちの姿勢を維持して見せる。
「はぁっ、はぁっ……! くそ、なんでまた、こんなにしつこいかな……! そんなに俺に消えてほしいかっ……!」
自分の疲労と、日影のタフネスによって、別に言うつもりはなかったのに思わずそんな悪態が口から出てきてしまった日向。
これに対して、日影も息を切らせながら返答した。
「ぜぇッ……はッ……。ああ、そうさ。悪ぃがオレは、テメェに消えてもらいたいのさ。けどな、それはテメェがムカつくからじゃねぇ。そうしねぇと、オレは未来を手に入れられないからだッ!!」
そう言うと、日影は再び日向に殴りかかってきた。
決意を新たにしたかのように、消耗しているとは思えないスピードで。




