第1652話 本当の最終決戦
日向と日影。
二人の最後の勝負が始まった。
初撃。
二人そろって、全力の右フックを繰り出す。
命中。
二人の拳は、二人同時に、互いの左頬に突き刺さった。
「ぶっ……!」
「ぐぅッ……!」
目が覚めるような衝撃が、脳髄の最も深いところまで響いたような感覚だった。まだなんとなく最後の勝負という実感がなかった日向も、一気にスイッチが切り替わった。
両者、同時に後退して、互いに距離を取る。
いったん仕切り直しの形だ。
間合いが開き、最初に動き出したのは日向。
拳を構えながら日影めがけて走り寄る。
そのまま殴りかかって来るのかと思いきや、日向は拳の間合いの一歩前で跳躍し、日影の顔面を狙って蹴りかかった。拳を構えたのはフェイントだ。
しかし、この程度で欺ける日影ではない。
冷静に日向の蹴りを回避し、右サイドに回り込む。
そして、日向のがら空きの右わき腹に、左拳の下突きを打ち込んだ。
「おるぁッ!!」
「うぐっ!?」
急所に強烈な一撃をもらい、日向がよろめく。
間髪入れず、日影が追撃を仕掛けに行く。
……が、その日影の接近に合わせて、日向が鋭いタックルを繰り出した。日影の腰に組み付き、彼を押し倒しにかかる。
「りゃあああっ!!」
しかし、日影はしっかりと踏ん張り、日向のタックルを受け止めてしまった。そのまま日向の背中の上から体重をかけて、逆に彼を地面に押し付けようとする。
「やっぱり、効いたフリだったかよ! わき腹を殴った感触がちょっと浅ぇと思ったぜ! オレを誘い込むつもりだったな!?」
「くっそ、読まれてた……!」
日影に押し潰されて、背中の上に乗られてマウントポジションを取られでもしたら、日向の負けは確定だ。必死に踏ん張り、日影の重みに耐える。
日向がしつこいので、日影は作戦を変更。
右腕を振り上げ、そのがら空きの脊髄に肘鉄を落とそうとする。
日影が右腕を振り上げた、その一瞬。
日向を押さえるパワーが弱まった瞬間を、日向は逃さなかった。
今度は日影の左脚を取るため、頭から飛び込むようなタックルを仕掛ける。
だが、日影はこれにも素早く反応。
すぐさま身体を右へ逃がし、日向の二度目のタックルを回避。
「ま、また避けられた……!」
タックルを回避され、地面を転がる日向。
立ち上がろうとした瞬間、駆け寄ってきた日影がサッカーボールキックを繰り出してきた。
「るぁぁッ!!」
日向はとっさに両腕で防御の構えを取るが、やはり日影の蹴りは強烈。両腕のガードは突破され、顔面を蹴り上げられてしまった。
「ぶぁ!?」
蹴りの衝撃で大きくのけ反り、よろける日向。
日影は右拳を引き絞りながら、日向との距離を詰める。
引き絞られていた日影の右拳を見て、まっすぐ殴りかかって来るかと予想した日向だったが、これは日影のフェイントだった。日影は日向の左膝を狙って、鋭い右ローキックを打ち込んだ。
「らぁッ!!」
「あぐっ……!」
骨に衝撃が直接走ったような、乾いた音が鳴り響く。
日影は続けて左ローキックを繰り出し、今度は同じ膝を内股側から蹴りつける。
膝の関節が、蹴りの威力でずれ込むような痛み。
日向は歯を食いしばって、その痛みに耐える。
「痛ったぁ……! けど、これでもどうにか上手いこと打点をずらして、ダメージは軽減させた。まともに食らっていたら、もう今ので左膝を壊されてた……!」
ローキックの痛みに歯を食いしばって耐えた日向は、いま攻撃を繰り出したばかりの日影に右拳で殴りかかる。
「ここだ! これならガードは間に合わな……」
「甘ぇッ!」
日影は、蹴りを繰り出したばかりの左足を素早く動かし、体勢を整え、上半身を右へ大きく傾けて日向の拳を回避。その体勢から右アッパーを繰り出し、日向の顎を下から打ち抜いた。
「うるぁぁッ!!」
「がっ……!?」
思わぬ反撃を受けて、またも日向は大きくのけ反り、よろけてしまう。
その日向の隙を逃さず、日影は間合いを詰めてラッシュを叩き込む。左ジャブ、右ジャブ、右ローキック、回転しての左裏拳。
続いて日影は、右の拳を突き出してきた。
日向はその右拳を弾こうと、左腕を振るった。
しかし、日向の左腕は空振った。
日影はその日向の防御を先読みし、攻撃のタイミングを一拍ずらしたのだ。
そのまま日影は、日向の頭部に右手を伸ばし、彼の頭髪を鷲掴みにして引っ張る。
「痛っ!?」
日影は日向の髪を引っ張って自分の方に引き寄せた後、日向の顔面を狙って右ひざ蹴りを繰り出した。
「どるぁッ!!」
容赦ない一撃だったが、これは日向も先読みしていた。
右腕と左手を同時に顔面の前に差し込み、日影の膝を受け止めた。
分かってはいたことだが、日向は改めて実感する。
この情け容赦ない攻撃の数々。
日影は本気で、こちらを殺しに来ている。
(やっぱり、強い……! そりゃそうだ。日影は俺たちの中で誰よりも身体を張って、常に最前線で、強い奴らと真正面から戦ってきた。一緒に同じ戦いを生き抜いてきた仲だけど、それでも俺とは根本的に戦闘の経験値が違う……!)
再び日影が猛ラッシュを仕掛けてくる。
日向は、これまでの日影の戦い方を思い出しながら、必死に先読みして日影の猛攻を捌き続ける。
だがここで、日影の左フックが、日向のこめかみを殴りつけた。
「だるぁぁッ!!」
「あぐぁっ……!」
こめかみもまた、人間の急所。
日向の身体が左に向かって大きく傾く。
「もらったッ!!」
傾いた日向の頭部を狙って、日影が右アッパーを繰り出した。
ところが、日向はすぐさま日影の攻撃を捉え、両手を使って、日影のアッパーを上から押さえるようにして止めた。そこから日向は右手の親指を立てて、日影の左目を狙って素早く振り上げた。
「はっ!!」
「ちぃッ!?」
日影もすぐに上体を反らして、日向の親指を回避しようとする。
だが、完全には回避しきれず、眼球の表面を日向の爪先が抉った。
反射的に、日影は日向から距離を取る。
閉じた左目からは血が流れている。
その左目を開けてみれば、失明はしていないが、血が滲んで視界がぼやける。
「……やるじゃねぇか」
笑みは浮かべず、日影は日向にそう告げた。
日向もまた何も言わず、表情も変えず、真剣な顔で拳を構えている。
日影もまた、今の日向の反撃を受けて、改めて認識する。
これこそが、日向の戦い方だったと。
日向は、日影ほど直接的な戦闘力は高くない。
ただ、その優れた観察眼で、相手の隙を見出すことはできる。
そのわずかな隙に致命的な一撃をねじ込んで、勝利をぶんどる。
それを実現するための技術、戦い方を、日向は習得している。
首絞め、急所狙い、関節技……使えるものは何でも使ってくるだろう。
「ったく、油断も隙も見せられたもんじゃねぇな。……いや、今やアイツだって曲がりなりにも、この星を守った英雄だ。そもそも油断できるわけがねぇか……!」
もう、かつて日向を「出来損ないの本体」と見下していた日影はいない。彼は今、目の前の相手を「自分の未来を勝ち取るために越えねばならない、最後に立ちはだかった最大の宿敵」と認識している。
二人は再び駆け出して、急速に間合いを詰めながら殴りかかった。
「うおおおおおっ!!」
「らぁぁぁぁぁッ!!」