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第1651話 光と影

 日向と日影は、狭山とエヴァの二人に別れを伝え終えた。


 ふと、日向は気づく。

 自分と日影の傷が、ほとんど完治していることに。


 狭山やエヴァが日向たちに回復の異能を行使した様子はまったくなかった。そうなると、恐らくは北園のおかげだろう。日向と日影が狭山たちに別れを告げている最中に、二人の怪我を”治癒能力(ヒーリング)”で治してくれたのだ。


 アーリアとの戦闘中は、日向も日影も”怨気”を受けていたので、ダメージの回復はほとんどできなかった。もっとも、日向は少しだけ”再生の炎”が稼働していたのだが。

 ともあれ、すでアーリアは消滅し、”怨気”もこの星から消え去った。そのため、もう北園の異能でも二人の怪我を治すことができた。


 しかし同時に、日向はもう一つ気づく。先ほどまで自分の魂とリンクしていた北園の魂が、すでに離れていることに。もう北園の声は聞こえず、彼女の超能力も発動できない。


 日向と日影の勝負に水を差さないよう気を遣ってくれたのかもしれないが、彼女の性格を考えると、ここで日向に何も伝えず、ただ黙って見送るというのもいささか考えにくい。


 もしかすると、この星を守るための戦いが終わったことで、彼女の魂も役目を終えたように消えてしまったのかもしれない。


 スピカから聞いたことがある。生者が死亡し、肉体が魂から離れると、やがてその魂は天へ昇り、地球を離れて宇宙に出て、やがて消滅するのだと。


 それを考えると、どうして北園よりもずっと前に命を落としていたオリガやリンファ、その他の人たちの魂が今までこの星に留まり、日向を応援してくれたのかが分からないのだが、彼女たちもきっとすでにこの星にいないのだろう。


 原理は分からない。

 ただ、”最後の災害(テラ・バスタード)”が何か関係していたのかもしれない。


 それが終わった今。

 もう命を落とした皆は、そろって旅立ってしまったのだろう。


「……ありがとう、北園さん」


 空に向かって、日向は小さく、そうつぶやいた。


 これでもう、やり残したことはない。

 あとは、決着を付けるのに相応(ふさわ)しい場所へ移動するだけ。


 するとここで、狭山が次元のゲートを開いた。


「これをくぐるといい。君たちの最後の勝負にはもってこいの舞台に通じている」


「あ、どうも。ありがとうございます狭山さん」


 今はもう遠い、かつての日常のように、日向は狭山に礼を言った。



 そして日向と日影の二人は、次元のゲートに足を踏み入れる。

 ……その直前に、二人は再び狭山に声をかけた。


「……それじゃあ狭山さん。それとエヴァ。……さようなら」


「……あばよ」


「うん、さようなら。君たちの行く末に、星と運命の加護があらんことを」


 狭山も二人にそう返答した。

 エヴァは何も言わず、まっすぐ二人を見つめて、見送った。


 狭山とエヴァの視線を背に受けながら、日向と日影は、共に次元のゲートをくぐった。



◆     ◆     ◆



 蒼く光るトンネルのような空間をくぐり抜けた先は、どこかの森の中だった。


 どこの森か、まだよく分からない。

 ただ、日向も日影も、この場所に何となく(おぼ)えがあった。

 間違いなく、二人は以前、この場所に来たことがある。


 前方は少し木が少なく、なだらかな下り坂になっており、それによって木々の先にある街が見える。ここはどこかの山の上で、ここからその街を一望できる。


 遠くには海が広がっており、その海の向こうの空が少しずつ明るくなり始めている。夜明けの時間だ。先ほどまで日向たちがいた『幻の大地』は夜が明けきっていたが、もともとあの世界は、この次元とは時間がずれているので、おかしいことではない。


 前方に広がるその街の景色を見て、日向は思い出した。

 ここは、日向の家の裏山だ。


 そして、この場所は、『太陽の牙』が落ちてきた場所でもある。


 この場所に落ちた『太陽の牙』を拾って、全てが始まった。

 日向の影が日影となって分かたれ、刃を交えた。

 その直後に北園と出会い、彼女の予知夢を信じることになった。


 この場所で最初の『星の牙』、アイスベアーを倒した。

 日向がマモノ災害に身を投じた瞬間だった。


 あれから本当に色々な場所を飛び回った。

 色々な敵と戦い、色々な出会いを経験した。


 次元を越えて、エヴァと戦った。

 この星に潜伏していた悪意と向き合った。

 ”最後の災害(テラ・バスタード)”が始まった。


 そんな長い旅路の果てに、ここへ戻ってきた。


 ここは日向にとって、全てが始まった場所。

 そして今日、ここで全てが終わる。


 日向の後ろで、日影が口を開いた。


「なるほどな。狭山の野郎、(いき)な舞台を用意しやがる」


「……本当にな」


「……お前のタイムリミットは、あとどれくらい残ってる?」


「そうだなぁ……ちょうど、夜が明けるまでかな」


「十分あるかどうかってところか。もう時間がねぇな。さっそく始めるか」


「ん……そうだな」


 少し気が乗らないような様子で、日向はそう返事をした。

 日影はもう気持ちを切り替えているのか、今は拳や首を鳴らして準備運動をしている。


 そんな日影を見て、日向も黙って拳を構え、彼と向かい合う。

 向かい合いながら、日向は思う。


(……もしかして、初めてじゃないか? 『太陽の牙』も、異能も、仲間も無しで、純粋に自分の力だけで戦うっていうのは……)


 日向の人生を狂わせた元凶ではあるが、それと同時に、戦いの中でいつも、何よりも頼りにしてきた半身たる剣は、もう存在しない。


 毎度毎度、凶悪な熱で傷を焼いてうんざりしたが、ここまで日向を生き延びさせてくれた最大の功労者とも言える”再生の炎”も、日向に超人的な身体能力を与えてくれた”復讐火(リベンジェンス)”も、もう使えない。


 いつも、そして最後まで日向を支えてくれた心強い仲間たちも、もう誰も日向の隣にはいない。


 ただひたすら自己研鑽に(つと)めてきた日影を、(こと)ここに至って、純粋に日向自身の力と拳で殴り殺さなければならないわけだ。


「これも……何かの運命かな」


 なかなかに絶望的な状況だが、日向はむしろ嬉しそうに、そうつぶやいた。


 そして、日向と日影。

 両者が拳を構え、対面する。


「んじゃ……行くぜ、日向」


「ああ…………あ、いや、ちょっと待ってくれ」


「あん? 何だ?」


「その、何と言うかさ……お前とは色々あったけど……楽しかったよな? なんだかんだ言って、俺たちさ」


 その日向の言葉を受けて、キョトンとする日影。

 しかしすぐに、(おだ)やかな表情を見せて返答する。

 彼が日向に向ける表情としては、非常に珍しいものだった。


「……ああ、そうだな。楽しかった。オレとお前、どちらが生き残るにせよ、それだけは決して変わらねぇ」


「だよな。うん、よかった。これで……心置きなくお前を倒せる」


 ニヤリと微笑みながら、日向が拳を構えなおした。

 それを見て、日影も先ほどの穏やかさはどこへやら、獲物を見つけたような不敵な笑みを見せる。


「言うじゃねぇか。やってみろ。ここで初めて出会ってから、ここまでの戦いの中でどれだけ強くなったか……テメェがこの先の未来も生きていく資格があるのか、このオレに見せつけてみろッ!!」


「ああ。やってやる。……決着だ! 行くぞ日影ぇぇぇっ!!」


「おおおおおおおッ!!」


 日向と日影。

 二人が雄たけびを上げて、まっすぐ走り出した。

 その拳を、目の前の宿敵(ライバル)に全力で叩き込むために。


 これが、正真正銘。

 この物語の、最後の勝負になる。


 光と影。

 生き残ることができるのは、ただ一人。

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