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第1650話 別れの言葉

 狭山の身体から”怨気”が消えた。

 アーリア遊星の魂が、消滅した。


 狭山の心臓を刺し貫いていた『太陽の牙』は、その役目を終えたのを悟ったかのように灰となって崩れ落ち、吹き抜ける風と共に消え去った。


 その直後、狭山の身体が前に向かってぐらりと倒れる。

 もう、その身体には、ただ立っているだけの力も残っていないのだろう。


 その倒れる狭山を、目の前にいた日向が受け止めた。


 ゆっくりと、ゆっくりと、日向は狭山を地面に降ろす。

 柔らかい緑の草原の上で、狭山は仰向けに横たえられた。


 横たえた狭山を、日向が見つめている。

 その瞳は、少し(うる)んでいるように見える。


 そんな日向を、狭山はいつもの人当たりの良い微笑みを浮かべながら見つめている。全身血だらけで傷だらけだが、まったく気にしていないような様子だ。


 やがて日向が、狭山に向かって口を開いた。


「……俺たちの勝ちです。狭山さん」


 その日向の言葉を受けて、狭山は優しい声で答えた。


「日向くん……強くなったね、本当に……。認めよう。自分たちの完全敗北だ。”最後の災害(テラ・バスタード)”はここに終結した。君たちの戦いは、これで終わりだ」


 終わった。

 本当に、今度こそ、終わったのだ。


 自分たちが、この星を守り抜いた。

 日向は感嘆(かんたん)で、心の底から震えそうになった。

 喜びを嚙みしめるように、瞳と握りこぶしをギュッと閉じていた。


 そして少し落ち着くと、やや気まずそうな苦笑いを浮かべながら、日向は再び狭山に話しかける。


「そう言いたいところなんですけど……俺の戦いは、まだあともうちょっとだけ続きそうなんです」


 そう言って、日向は狭山を視界から外し、顔を上げた。

 その視線の先にいたのは、日影。


 そう。「太陽の勇者」としての戦いは、これで終わった。

 だが、「日下部日向」としての戦いは、あともう一戦だけ残っている。


 日影もまた、普段どおりを装った不愛想な表情を浮かべているが、その顔はやはり、どこか少し物憂げだった。


「……分かってんな、日向?」


「うん……分かってる。『太陽の牙』が完全に消滅したことで、本来ならあと二日くらい残ってた俺の『存在のタイムリミット』が一気に減り始めてる。もう時間がない。制限時間は二十分……いや十五分……もっと短いかな」


「だったら、とっとと場所を移して、始めるぞ。さすがに外野に見られながらってのは、冷めちまうしな」


 狭山やエヴァを見ながら、日影はそう告げる。


 その気になれば、彼は今から日向の前から逃げ出して、彼が消滅するまで時間を稼ぐこともできただろう。それをしないのは、それが日向の消滅の原因となっている彼なりの誠意であるからに他ならない。


 その日影の言葉に、日向もうなずくが。


「そうだな。けれど、最後のあいさつくらい……さ?」


「それでタイムリミットが減って、不利になるのはお前だぞ?」


「それでもだよ」


「だったらもう止めねぇよ、勝手にしな」


 その日影の返事に日向はうなずき、まずは狭山に声をかけた。

 未だに草原の上で仰向けになっている彼に寄り添うように、しゃがみ込んで。


「……光と影に分かれた『太陽の牙』の所持者。存在が許されるのはどちらか一方のみ。君たちには、何から何まで、本当に悪いことをしてしまった。すまなかった」


「狭山さん……」


「こんなことを言えた身分じゃないのは重々承知だけど、実は最後に少し、やっておきたいことがあってね。命を奪うこと以外であれば、どんな責め苦も受けるよ。それがせめてものお詫びになるのなら」


「だったら……二つほど言わせてもらいます。まず一つめ。こ……っ」


「こ?」


 言葉が詰まってしまったのか、日向の言葉がすぐに途切れた。

 しかしその後、日向はすぐに改めて言葉を伝える。

 ……呼吸は荒く、涙声で。


「く……っ、この……馬鹿! 馬鹿っ! 大馬鹿野郎っ!!」

 

 どうして、こんなことになってしまったのか。

 どうしてあなたが、こんな最期を迎えなくてはならないのか。


 よくもここまで迷惑をかけてくれたな。

 よくも今まで散々振り回してくれたな。


 よくも、こんな感情になってしまうほど、自分たちを大切にしてくれたな。


 様々な思いが込められた、短い一言だった。


「……重く、受け止めるよ」


 苦々しく微笑みながら、しかし真剣な声色で、狭山はそう答えた。

 日向はまだ涙目だが、大きく息を吸って気を落ち着かせ、再び口を開く。


「……二つめです。狭山さんは善い人ですから、きっと『こんなに彼らに迷惑をかけるなら、自分なんか存在しなければよかった』とか思ってるんじゃないですか?」


「それは……そうだね。少なからずそう思っているよ。さっき、あんなこと言われたばかりだしね」


「けれど、俺はあなたに、本当にたくさん助けられました。戦い方を教えてもらったし、勉強も教えてもらったし、親にも話せなかった悩み事も聞いてくれた。マモノ災害とか、”最後の災害(テラ・バスタード)”なんて大事(おおごと)に巻き込まれはしましたけど、その方がマシだったんじゃないかって思うんです。あなたと出会わなかった俺は、きっと本当につまらない人生を歩んでた」


 その日向の言葉を、狭山は否定することなく、ただ聞いている。

 君がそう思うのならばそうなのだろうと、そう考えているのかもしれない。


 そんな狭山に、日向は一段と声を上げて、告げた。


「あなたと出会えたから、俺はここまで来れた。たとえあなたがこの星を滅ぼそうとした魔王でも、大勢を殺した悪魔でも、それでも言わせてください。俺は……あなたに出会えて良かった!」


「……はは。なるほどね。ここでその言葉は、殴られるよりずっと効くよ」


 一つめの言葉を聞かされた時よりも苦々しい微笑みを浮かべながら、狭山はそう返答した。


 言いたいことを伝え終えた日向は、日影に目を向けた。


「さ、次はお前の番だよ」


「いや、オレは……」


「言いたいことはない、なんてワケないよな? どうせ俺のタイムリミットのこと気にしてくれてるんだろ。今だけは気にしないでいいから、ほら早く」


「お、おい……」


 日向に引っ張られて、日影は狭山の前へ。

 日影も観念したように、横たえられている狭山の前で胡坐(あぐら)をかいた。


「ったく、言いたいことは本当に、だいたい戦いの中で言っちまったんだけどな……。まぁ、なんだ。アンタと一緒に過ごした日々は、悪くなかった。その……あれだ。楽しかった。良い親父だったよアンタ」


「……うん。やっぱり、君に父親と呼ばれるのは、落ち着かないよ」


 たいそう困ったような微笑みを浮かべて、狭山は返事をした。

 言った本人である日影も、気恥ずかしそうに(ほほ)()いていた。


 これで狭山に言うべきことは伝え終えた。

 その日向と日影に、エヴァが声をかけてきた。


「これから……始めるのですね。最後の戦いを」


「うん。最初から、そう決めてたから」


「あなたたちと初めて出会った時……まだ私とあなたたちが敵同士だった時、まさかこんな感情を抱くことになるとは思いませんでしたが……どちらとも消えてほしくないです。どちらにも、残ってほしいです」


「エヴァ……」


「……分かっています。きっと他の皆も、あなたたち二人さえもそう思って、諦めた。だから、これは不服の申し立てではなく、私の正直な気持ちの表明です。こんな気持ちになるほど、あなたたちと過ごした日々は、私の中で大きな存在になってしまったみたいです」


「それは、光栄だな。地球に住む人間の良いところ、少しでも伝わったなら良いんだけど」


「私には、あなたたちのどちらが勝利するのか、まったく予想ができませんし、する気にもなれません。なので、二人そろって伝えておきます。……さようなら。あなたたちと出会えて良かった。また会いましょう」


「……うん。俺もお前に会えてよかった。また会おう、エヴァ」


「おう。じゃあなエヴァ。星の復興、何かできることがあれば、手伝うぜ」


 日向と日影の返事を受けて、エヴァもうなずいた。

 青と緑の瞳を(うる)ませて、柔らかく微笑みながら。

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