第1648話 最後の点火
狭山の遺体を操るアーリアが、右拳を日向めがけて突き出している。
日向はそのアーリアの拳を、北園のバリアーを展開させて受け止めている。
日向のバリアーと、アーリアの拳。
しばらく拮抗していたが、やがてアーリアの拳がバリアーを粉砕した。
「キアアアアッ!!」
「くっ……!」
バリアーを破壊されて、よろめく日向。
その日向の隙を狙って、アーリアが逆の左拳で追撃を仕掛ける。
……が、その前に。
日影がアーリアの背後から飛び掛かり、ボレーシュートに似た飛び回し蹴りを彼女の後頭部に叩き込んだ。
「らぁぁッ!!」
「くッ……!?」
不意打ちを受けて、よろめくアーリア。
日向への追撃は中断されて、前方の日向に向かってよろめく。
そのチャンスを、日向は逃さない。
体勢が崩れて下がったアーリアの顔面に、渾身の飛び膝蹴りを突き刺した。
「はぁぁっ!!」
「がッ……」
(さっき……誰かが……自分のことを、応援してくれたような……)
日向の飛び膝蹴りは、見事に直撃。
しかしアーリアはすぐさまダメージから立ち直り、まだ身体が宙に浮いている日向を、右腕の振り払いで弾き飛ばしてしまった。
「おのれぇぇッ!!」
「ぐぅっ!?」
まるで、ハエ叩きに殴られたハエだった。
人間が人間に殴られたとは思えないような強烈な威力で、日向は地面に叩きつけられてしまった。
すぐさま立ち上がろうとした日向だったが、激痛で身体が思うように動かず、立ち上がれなかった。ここまでの戦闘で、アーリアからの攻撃を何度も受けた。彼女の強烈な”怨気”は今も日向の肉体を蝕み、これによって北園の”治癒能力”も無効化されてしまう。
「く……くそ……!」
ダメージが限界に達している様子を見て、アーリアは日向にトドメを刺すべく、ゆっくりと近づく。
そのアーリアを阻止するべく、日影とエヴァが同時にアーリアに飛び掛かる。
「日向ばかり相手してんじゃねぇぜッ!」
「日向、今のうちに呼吸を整えてください!」
「小癪なッ……! ならば先にそなた達から殺してやるッ!」
日影とエヴァはヒットアンドアウェイを心掛けて、アーリアの攻撃を回避することを重視しながら彼女に攻撃を加え続ける。日向の回復の時間稼ぎをしてくれている日影たちだが、この二人もすでに、これ以上アーリアからの一撃を受けるのは危険な状態だ。
(今は……現在の状況は、どうなっている……? 戦闘の音……)
その間に日向は、エヴァから言われた通りに呼吸を落ち着かせ、動ける状態までの回復を試みる。
とはいえ、日向もアーリアからの”怨気”を受けている。
この邪悪なエネルギーは、対象の自然ならざる回復を無効化し、健常な肉体を呪怨で焼き続ける特性を有している。
なので、いくら休んで呼吸を整えようが、むしろこの呪いの熱によって身体から体力が奪われていくばかり。日向も満足な休息は最初から諦めて、すぐに立ち上がって戦線復帰しようとした。
その時、立ち上がろうとして身を起こした日向は、あることに気づく。己の身を起こした時の動きが、思ったより楽だったのだ。”怨気”で体力を奪われているとは思えないくらいスムーズだった。
同時に、日向は発見する。
地面についている自分の右手の近くに、偶然にも『太陽の牙』が落ちていた。先ほどアーリアに破壊されて、柄だけになっていた日向の剣が。
「……まだ、生きてるんだよな?」
『太陽の牙』に呼び掛けるように、日向は小さくそうつぶやいた。
先ほどアーリアに踏みつけられた時、日向の心臓は損傷し、すでに死んでいたはずだった。
そうはならなかったのは、恐らく『太陽の牙』がまだ完全には機能を停止しておらず、”再生の炎”が稼働し、自分を回復させたからだ……と日向は考えた。普段とは比べ物にならないほど弱い火力で、日向自身もハッキリとは分からない回復量だが、それでも確実に。
今しがた、思った以上に楽に身体を起こすことができたのも、きっと”再生の炎”が”怨気”を焼き尽くし、日向の傷をいくらか治してくれていたからだろう。
日向は、落ちている『太陽の牙』に手を伸ばし、それを掴む。
「……太陽の牙、”点火”っ!!」
今までの戦いの日々で、何回も繰り返した掛け声。
日向の声を受けた『太陽の牙』は、根元から破壊された刀身から、緋色の炎を纏う黄金色の光刃を発生させた。
「この光……。そうか、まだ皆は俺たちのことを応援し続けてくれているんだ。皆の祈りが、ギリギリ『太陽の牙』を生かしてくれた」
そうして日向は『太陽の牙』を握りしめ、アーリアの方を見る。
アーリアは現在、日影とエヴァの二人と交戦している。
日影もエヴァも、アーリアの攻撃をうまく捌いていたが、ここまで蓄積したダメージと疲労、そして”怨気”で奪われ続けて低下した体力により、その動きに勢いが無くなり始めていた。
(戦闘……。そうだ……自分は、殺さなければ……。それが、民たちの遺志……)
エヴァがアーリアめがけて突進を仕掛ける。
事前に風を纏い、全身からジェット噴射し、その突進の速度を底上げした。
「やぁぁぁっ!!」
まるで戦車の主砲のような衝撃。
エヴァの突進の直撃を受けたアーリアが、大きく押し込まれていく。
……が、アーリアはこの攻撃にも耐えきった。
エヴァはすぐに距離を取ろうとしたが、間に合わず、アーリアの前蹴りによって吹っ飛ばされてしまった。
「小賢しいッ!」
「あぐっ……!?」
狭山がエヴァから『星の力』を奪った時、彼は”生命”の権能を使って自身の肉体を超越的なまでに改造した。現在、狭山は死亡し、アーリアが操っているのは彼の遺体だ。改造による本来の身体能力は十分の一も発揮できていないが、それでもエヴァを凌駕するほどの力はある。
エヴァがやられて、次は日影が仕掛ける。
息をつかせぬ猛ラッシュでアーリアを攻め立て、アーリアからの反撃は次々と回避。インファイトスタイルのプロボクサーのような、力強くも華麗さすら感じる立ち回りだ。
「おるぁッ! だるぁッ!」
……が、アーリアは日影からの攻撃をまったく気にすることなく、その身体性能で無理やり日影の拳を耐え続け、突破し、とうとう日影の両手首を両手で捕まえてしまった。
「捕らえたぞ……!」
「しまったッ……!」
日影の両手首を掴んだアーリアは、その両手首を粉砕する勢いで握りしめながら、全身から”怨気”を放出。日影を逃がさず、至近距離からの呪怨で焼き潰す。
「ぐあああああああッ!?」
「そうだ! 苦しめ! 妾が受けた苦しみを、お前も全て知り尽くしてから死ね!」
「ッぐ……! んの野郎ぁぁッ!!」
両手首を握り潰され、全身に焼きごてを埋め込まれたような苦痛を受けながらも、日影は負けじとアーリアの顔面に頭突きを叩きつけた。
「らぁッ!!」
「がッ……!?」
まさかの反撃に、アーリアも怯んだ。
続けて二回、三回と、自棄でも起こしたかのように日影は頭突きを叩き込んでいく。
しかし、四回目の頭突きを繰り出すと、アーリアがそれを右手で受け止めて、日影を前頭部から地面に叩きつけてしまった。
「虫けらめッ……! 一生平伏していろッ!!」
「ぐぁ……」
地面が陥没するほどの強烈な叩きつけ。
これには日影も耐え切れず、意識が飛んでしまった。
立ち上がらなくなった日影を、アーリアは踏み潰して殺そうとする。
だが、そのトドメを、アーリアは止めた。
前方にいる、光り輝く『太陽の牙』を持って立ち上がった日向を見て。
「『太陽の牙』……。この星の心臓を貫くために妾が用意した『切り札』……。しかしそなたは、その役割を放棄し、挙句の果てに、その切っ先をこの妾に向けている……! 許せぬ……。そなたも……そして、予知夢なぞ信じて、そなたにその剣を譲り渡したゼス・ターゼットもッ!」
「……うおおおおおっ!!」
アーリアの言葉には答えず、日向はアーリアめがけて駆けだした。
(……あそこにいるのは……たしか……そう、日向くん……)
向かってくる日向に対して、アーリアもまた走り出す。
日向とアーリア、双方の間合いがどんどん縮まる。
両者が互いを攻撃の間合いに入れる、一秒前。
アーリアが右腕を左から右へ振るい、その腕に付着していた血を散布。
そのアーリアが飛ばした血が、日向の両目に振りかかった。
「うわっ!? 目が……!」
日向の視界が真っ赤に塗りつぶされたが、もう止まれない。
勘と経験を頼りにして、アーリアに刺突を繰り出すため、剣を引き絞る。
一方、アーリアは勝利を確信。
日向の頭部を打ち砕くべく、右拳をまっすぐ突き出した。
「出来損ないの『牙』め……一片残らず、砕け散るがいいッ!!」
(……それは、駄目だ……!)
その時だった。
日向に攻撃を繰り出していたアーリアの動きが、突如として完全停止。
「なっ……んだ、とぉ……!?」
アーリア自身も、この現象には戸惑いの表情を浮かべている。
そして、その間に、日向が『太陽の牙』を突き出した。
「そうか……! おのれ最後まで……ゼス・ターゼットぉッ……!!」
「これで終わりだ……アーリアぁぁぁぁぁッ!!」