第1647話 否定はさせない
日向に喉を突き刺されたことで、ただでさえ怒り心頭だったアーリアは、空気まで恐怖で震えるのではないかというほどに憤怒を燃やしている。彼女が放つ”怨気”もさらに勢いを増したように見える。
しかし、そんな彼女を前にしても、日向は一切怯まない。
狭山の遺体を操る彼女を、彼女に負けないくらいの怒りを込めた瞳でまっすぐ見据えている。
そんな日向が、よほど生意気に映ったのだろう。
アーリアは強烈な踏み込みと共に、日向に殴りかかった。
「ウアアアアアアッ!!」
その踏み込みの勢いたるや、彼女が蹴った地面が爆発したほどだ。舞い上がった土が地面に落ちるよりも圧倒的に速く、アーリアは日向に攻撃を仕掛ける。
およそ普通の人間では捉えきれるはずがない速度。
だが、日向はアーリアの攻撃のタイミングを完璧に予測することで、彼女の拳を回避しつつ、彼女の接近に合わせてカウンターの右ストレートを顔面に叩き込んだ。
「はぁっ!!」
「グゥゥッ!?」
思わぬ反撃を受けて、アーリアの動きが止まる。
一方、人を超えた速度で接近してきたアーリアを正面から殴りつけ、日向も右拳を壊してしまう。
その壊れた右拳を”治癒能力”で回復させつつ、日向はすぐさまアーリアに追撃。二回、三回とアーリアを殴りつける。
アーリアを殴りながら、日向は彼女を怒鳴りつけた。
「お前な……! さっきから狭山さんを『愚かな王子』だとか何とか言って馬鹿にしてるけどな……そんなわけないだろうがっ!! あんなにも誰かのために行動できる人が、愚かなんて呼ばれる筋合いはないッ!!」
「調子に乗るなぁッ……!!」
自分を殴り続ける日向に反撃を繰り出そうとしたアーリア……だったが、その横から日影がこぶし大の石ころを全力で投げつけてきた。
「おるぁッ!」
「下らぬッ!」
アーリアは水平に手刀を放ち、この石ころを粉砕。
その隙を突いて、日向がアーリアの頬を殴り飛ばす。
「らぁぁっ!!」
「くぁッ……! いい加減にしろ……!」
今度こそ日向を殴り飛ばそうとするアーリアだが、その動きは狭山と比べれば極めて単調。パワーこそ凶悪だが、当たりさえしなければ問題はない。日向はアーリアの動きを予測し、攻撃を回避し、殴り返していく。
「あの人はマモノ対策室の室長として、ずっと俺たちの面倒を見てくれた! 私財を使って世界中に学校を建ててた! 困っている人がいれば、いつも助けてた! お前の悪性に支配されてもなお、俺たちや、この星のことを気にかけてくれていた! そんな善い人を! お前は! お前の都合だけで踏みにじっているんだッ!!」
左右の拳のコンビネーションに加えて、至近距離から”発火能力”の火球も叩きつけていく。目視による超能力が使えればよかったのだが、もう北園には目視で超能力を発動するだけの体力が残っていない。
打撃も、超能力も、もはや先ほど狭山と激戦を繰り広げた時の攻撃力は欠片ほども残っていないが、それでも日向の攻撃はアーリアに効いている。
生物の領域を超えた肉体強化によって、これだけ攻撃を叩き込んでもまだ倒れる気配は無いが、確実にアーリアは苦しんでいる。
「グ……ウウ……!!」
「お前みたいなのが狭山さんの身体を使っているだけでも迷惑だ! 尊厳破壊って奴だよッ! 今すぐそこから……いいや、この星から出て行けッ!!」
その言葉と共に、渾身の右ストレートをアーリアの顔面に突き刺した。
……が、アーリアは正面から突っ込んできて、前頭部で日向の拳を受け止めながら突破。お返しとばかりに日向を殴り飛ばした。
「キイイアアアアッ!!」
「ぶぐっ……!?」
身体が完全に宙に浮くほどの威力で殴り飛ばされてしまった日向。
地面に落下するや否や、すぐさまアーリアが追撃を仕掛けてきた。
日向も急いで立ち上がり、続くアーリアの二撃目、三撃目を回避する。
「ああ、そうよなぁ! そなたらから見れば、あの小僧はさぞお優しく、偉大な男だっただろう! だが……かつてあの男は、妾を愛していると言った。妾の上での暮らし、アーリアの文明と文化、総てを愛していると言ったのだ。それを忘れて、あの男はお前達に……この星に靡こうとしたのだ!」
アーリアの拳が、今度は日向のボディーを捉えた。
マグナム弾でも撃ち込まれたかのような衝撃が日向の身体を襲う。
「がっは……!?」
怯んだ日向を追撃しようとするアーリア。
そのアーリアの左から、エヴァが大きく飛び上がってドロップキックを仕掛ける。
「やぁぁ!!」
これに対して、アーリアは左腕一本でエヴァのドロップキックをガード。そのガードに使った左腕を素早く振るって、エヴァを殴り飛ばしてしまった。
「邪魔だッ!」
「きゃっ……!?」
そのエヴァの反対側から日影が飛び掛かっていたが、アーリアは鋭い後ろ蹴りで日影を迎撃してしまった。
「失せろッ!」
「ぐぁ……!?」
わき腹が消し飛んだかのようなダメージに、日影もたまらず悶絶してしまう。
エヴァと日影の二人を動けなくした後、アーリアは日向に向き直る。
「因果応報……あの小僧の口癖だったのになぁ! 妾を蔑ろにしようとした王子は結局、妾に取り込まれる最期を迎えた! これを愚かと言わずに何と言うッ!」
そう告げて、アーリアは日向にトドメの右ストレートを放った。
……が、その右ストレートを真正面から掻い潜り、逆に日向がアーチを描くような右フックをアーリアの顔面にぶち込んだ。
「うるせぇぇぇッ!!」
「がっ……!?」
想定外の強烈な反撃をもらって、思わず引き下がるアーリア。
彼女を退けた日向は、それ以上の追撃はせず、肩を上下させる大きな呼吸を繰り返す。その様子は、呼吸を整えるのと同時に、込み上げてくる怒りの炎を排熱しているようにも見える。
「『俺たちから見れば偉大』だと……? だったらどうして、狭山さんはずっとお前を排除せず、お前に魂を取り込まれるその瞬間まで、お前を身体の中に留め続けていたと思ってるんだ!」
日向にそう問われたアーリアは、口元から流れ出る血を拭い取りながら答える。
「ちぃ……! 知れたこと。『この星と自分たちの共存』とかいう、甘ったるい理想論ゆえだろう! そんな悠長なことを言っている間に、妾の肉体は、魂は、ずっとこの星に焼かれ続けていたのだぞ! この苦しみがそなたに分かるか!」
「それは、確かにそうかもしれないな。けれど、そんなに苦しかったなら、いっそ自害でもしたらよかったんだ。こうやって誰かに迷惑をかける前に、魂ごと消えてしまえばよかったんだ」
「ふざけるなッ! そうならないための移住だった! 妾は、その死の運命から逃れるために、王子のチカラを……」
アーリアがそう言いかけた瞬間、その言葉を待っていたとばかりに日向が声を上げた。
「そうだろうがッ! お前は、『死にたくなかった』んだ! 狭山さんもそれを分かっていたはずだ! お前の魂はもう助けられないと分かった時、自分の中からお前を排除して消滅させる方が、狭山さんだって楽だったろうさ! それをしなかったのは、避けられない死の運命に悲しんで泣いていたお前を、ずっと憶えていたからだろうがッ!!」
「く……!」
「……狭山さんだって、間違う時はある。お前を助けることに拘りすぎたこと。お前が言う理想論に拘りすぎたこと。それがお前の苦しみを長引かせてしまったことは事実なんだろう。けどなぁッ! お前に、あの人の優しさを否定する資格だけは一切無いッ! それだけは確かだ!」
「アアアアアアアアアアアアアアッ!!」
逆上して、アーリアは日向に全力で殴りかかってきた。
日向はバリアーを生成し、それを真正面から受け止める。
猛スピードで突っ込んできた車が正面衝突したような、凄まじい打撃音が響く。
バリアーと拳で押し合いながら、両者は互いを、怒りに満ちた瞳で睨みつけた。その視線だけで相手の心臓を貫かんとするほどに鋭く。
「人から受けた優しさまで忘れるような奴は、どんなことを計画したって失敗するさ! 復讐だろうが、何だろうがな!!」
「黙れッ……! 妾が受けた苦しみの全ても知らぬくせに、知った口で妾の復讐を貶めるな、日下部日向ぁ……!!」
(………………今の、声は……?)