第1645話 アーリア
「狭山さん……!? いや、これはアーリア遊星の意思……!」
空から落下してきた狭山の遺体。もうすでに彼は死んだと思われていたが、まだその魂は燃え尽きていなかった。日向たちの前で着地し、赤黒いオーラ……”怨気”を滾らせて、日向たちを睨みつけている。
そして、その様相と、その口調。
今の狭山を動かしている人格は、狭山自身のものではなく、彼らを狂わせた怨嗟の根源……アーリア遊星の『星の意思』のようだ。
狭山誠が……いや、アーリアがいきなり動き出した。
目の前の日向めがけて、右の拳を思いきり振りかぶり、殴りかかってきたのだ。
「アアアアアアッ!!」
「うわ……!?」
燃えるような”怨気”を乗せて、アーリアの右拳が迫る。
いきなりの攻撃に、とっさに『太陽の牙』で防御を試みる日向。
だが、もうすでに『太陽の牙』の耐久力は限界だった。
その結果、刀身はアーリアの拳の威力に耐え切れず粉砕されてしまった。先ほどのように、剣を握りしめるための柄だけが日向の手元に残る。
「し、しまった……!」
剣を壊されて動揺する日向。
アーリアは間髪入れず左回し蹴りを繰り出し、日向の腹部を蹴り飛ばした。
「死ねぇぇッ!!」
「ごほっ!?」
吐血して、吹っ飛ばされてしまう日向。
その衝撃で、壊れた『太陽の牙』を取り落としてしまう。
蹴り飛ばされた日向は、五メートル以上先の地面に叩きつけられ、ようやく止まった。先ほどの狭山ほどのパワーは無いが、それでも凄まじい威力だ。
日向が攻撃されて、日影とエヴァも戦闘態勢に。
「日向!? 野郎、やりやがったな!」
「まだその怨嗟は止まらないというのですか……! なんてしぶとい……!」
日影はアーリアに殴りかかり、エヴァは左側面に回り込んで、右手で電撃を発射。
二人の攻撃は、アーリアに直撃した。日影の右フックはアーリアの左頬をモロに捉え、エヴァの電撃は全身に流れる。
しかし、その二人の攻撃を意に介さず、アーリアが反撃を繰り出してきた。まずは、まだ目の前にいる日影に右アッパーを繰り出す。狙いは日影のボディー。
「ウアアアアアッ!!」
「やべぇ、怯みもしねぇか……!」
とっさに両腕でボディーを防御する日影。
防御には成功したが、その防御が意味を成さないほどに、アーリアの拳のパワーは強烈だった。防御に使った両腕、その先のボディー、脊髄にまで衝撃が響く。
「がッは……!?」
そのままアッパーを振り抜くアーリア。
日影は大きく打ち上げられ、背中から地面に落下してしまう。
日影を殴り飛ばし、まだ彼が地面に落下するより早く、アーリアが動く。次の狙いはエヴァだ。彼女が発射した二発目の電撃を左腕で打ち払い、前からエヴァの首を掴んで地面に叩きつけた。
「あぐぁ……!?」
エヴァを叩きつけた後、アーリアはそのまま右手でエヴァの首を絞めつつ、彼女を右腕一本で持ち上げる。
アーリアの右腕から発せられる”怨気”が、エヴァを焼いている。
エヴァは苦しそうにもがいているが、アーリアの手はエヴァの首を放さない。
「かっ……あ、が……!」
「エヴァ・アンダーソン……。お前を殺せば……ひとまずこの星の回復は阻止できる……」
エヴァが危ない。
日向と日影は、すぐさまアーリアを止めにかかる。
「テメェ! エヴァを放しやがれッ!」
「待て! やめろぉぉっ!!」
ゴギッ、と。
嫌な音が鳴り響いた。
日向も日影も、思わず足を止めてしまった。
エヴァの首の骨が、へし折られた。
……と、二人は思ったのだが、エヴァの首の骨は折れておらず、自力でアーリアの右手を振りほどいて脱出してみせた。どうやらエヴァがアーリアの右手の中指と薬指をへし折って、握力を弱めたらしい。今の骨が折れる音は、エヴァがアーリアの指を折った音だった。
「ごほっ、ごほっ……!」
咳き込みながらもエヴァは動き、日向たちのもとまで後退。
すぐさま日向と日影が彼女を保護し、アーリアから守る。
「エヴァ、大丈夫か!? そうだ、北園さんの”治癒能力”で回復を……」
「私はどうにか大丈夫です……。しかし、私は”怨気”を受けてしまいました。恐らく回復は効かないかと……」
「しまった、そうだったな……! う……がほっ……!」
「日向……!? あなたこそ、酷いダメージを受けているではないですか……!」
「さっき、あいつに蹴られたダメージだな……。くっそ痛い……内臓が潰れてるかもだよ……。ああちくしょう、怪我が治らないって、そういえばこんなに辛かったんだったな……!」
「そういえば、今はもうあなたも日影も、”再生の炎”が……」
その一方で、エヴァを逃がしてしまったアーリアは、先ほどエヴァに折られた二指を無理やりくっつけながら、両目からも”怨気”を噴出させている狭山の顔で、忌々しそうにエヴァを睨みつけている。
「ああ……熱い……熱い……! 今も妾の肉体はこの星に取り込まれ、地獄の業火に灼かれ続けている……! この星を破壊して、殺して、妾と同じ苦痛をこの星にも味わわせてやる……。ようやく……ようやくその機会が来たというのに……お前達がその機会を無駄にしたッ! その罪、万死を以てなお償い切れぬッ!!」
怒声と共に、アーリアの全身から暴風のごとき”怨気”が発散される。
その赤黒いオーラが日向たちにも吹き付けて、彼らの肉体が呪怨によって蝕まれる。
「ぐ……ごほっ、げほっ……! なんて邪悪なエネルギーだよ……浴びせられただけで血を吐いちゃったぞ……」
「ちぃッ……! 死にかけのクセに、この気力は何なんだよ……!」
「彼の肉体はもう完全に死んでいます。まだ彼の肉体には私から奪った『星の力』が残っている状態ですが、もう肉体の限界によって制御ができていないようです。先ほどまでの超常の戦闘力が発揮できていないのも、そのためでしょう。しかし……”怨気”の殺傷力は、ほとんど変わっていない……!」
「あの愚かな王子……ゼス・ターゼットの善性が、そなたの炎によって消滅した……。よって、妾を縛り付けていた忌々しい善性は消え去った! これこそが妾の純粋な怨嗟! この星の総てを呪い、熔かす、妾の煮え滾る殺意なりッ!!」
言葉と共に、アーリアが発する”怨気”がさらに強くなる。
狭山の遺体が発する赤黒いオーラの中に、二つの白く鋭い眼光が顕れる。
「機会は……まだある……。妾の魂はまだ燃え尽きておらぬ……! この星を殺せるのならば、妾は再び何億年でもその時を待とう……。だが、まずは手始めにお前達からだ……。待ちに待ったこの機会を踏みにじったお前達は、この星と同等……否、今はそれ以上に憎らしいッ!!」
いま強くなったばかりの”怨気”の出力をさらに引き上げて、アーリアは再び日向たちに襲い掛かった。