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第153話 シンガポール修学旅行

 日向たちがシンガポールに向けて旅立ったころ。

 マモノ対策室十字市支部にて。


「そういえば、日向くんたちは今日が修学旅行かぁ。今頃は飛行機の中だろうなぁ」


 マモノ対策室室長、狭山が呟いた。


 十字市支部のリビングには、本堂と日影と的井もいる。本堂はテーブルで勉強をしており、日影は腹筋耐久レースに挑戦している。的井はコーヒーを淹れて、狭山や本堂に配っている。


  狭山の呟きに反応し、日影が口を開く。


「中国、ロシアと飛び回って、シンガポールなんて今さら……って感じもするけどな」


「確かにな。三度目の海外、あの三人もすっかり慣れっこだろうさ」


「あら本堂くん、シンガポールだって馬鹿にしたものじゃないわよ。あっちは地震が起こらないから、とにかく高いビルが軒を連ねているわ。あれはなかなかに圧巻の光景よ」


「そうだぞ日影。シンガポールさんを今さら呼ばわりなんてとんでもないぞ」


「本堂テメェ。秒で的井に寝返りやがったな」


「野郎と巨乳、どちらの味方に付くかと言われたら、なぁ」


「…………。(そっと本堂から距離を取る的井)」


 やがて日影は計500回のところで腹筋を終えると、傍に置いてあったプロテインを飲み干す。そして次は狭山に話しかけた。


「なぁ狭山。やっぱウチにもトレーニングルームくれよ。飯塚駐屯地の筋トレマシーンが忘れられねぇ。室長権限でこの家にトレーニングルーム作ってくれ」


「そうだねぇ。この家は結構広く設計されているから空き部屋も多い。予算も何とかなりそうだし、考えておくよ。君だけじゃなく、日向くんやシャオランくん、本堂くんも利用できるように設計しよう」


「さっすが、話が早くて助かるぜ」


 日向と違って、日影は学校には行っていない。そのため、暇な時間はとにかくトレーニングに充てている。


 日向と比べると相当な筋肉信奉者である日影だが、ぱっと見の体格は日向とそう変わらない。彼は毎日凄まじい量の筋トレをこなしているが、同時に凄まじい量の有酸素運動も取り入れており、余分な体脂肪を極限まで燃焼している。そのため、日向と大差ない体格ながら、日向の倍以上の筋力を持っている。


「……ところでよ。日向たちのヤツ、シンガポールでマモノと遭遇すると思うか?」


 と、日影が切り出した。


「すると思うな俺は。今の日向は、その場にいるだけでマモノを引き付ける、『歩くマモノエンカウントフラグ』だ……と舞が言っていた」


「自分も、正直言って何かが起こるんじゃないかと思っている。こういう時、因果というのはなかなか馬鹿に出来ないからね」


ちげぇねぇ。絶対何か起こるぜ」


「三人とも揃いも揃って……。何事も起こらない平和な旅を祈ってあげましょうよ……」


「……とりあえず、自分はいつでも向こうの軍隊を動かせるように準備しておこうかな」


「じゃあ俺はいつでも動けるように筋トレを続行しとくぜ」


「なら俺はマモノ退治に時間を割けるよう、今は勉強に集中しよう」


「ダメだわこの人たち、マモノが出ると信じきっているわ」


 これはこれである意味信頼しているのかしら、と的井は呆れながらに呟いた。



◆     ◆     ◆



 さて、日向たちのシンガポール旅行は三泊四日。

 一日目はホテルへ移動した後、姉妹校の見学とナイトサファリを訪れる。


 二日目、三日目は、班に分かれて街の散策である。広大なシンガポールの街を、生徒たちだけで自由に歩き回るのだ。生徒たちはのびのびと活動できるし、教師陣も「生徒たちの自主性を育てるため」という大義名分のもと、ゆっくりと羽根を休めることができる、今回の修学旅行のメインイベントである。


 そして三日目の真夜中に空港へ行き、飛行機内で夜を過ごし、四日目の早朝に日本の空港へと到着する。その後、速やかに解散する予定となっており、実際のところは二泊三日の旅行と言ってもいい。


 現在、十字高校の生徒たちは姉妹校見学を行っているところだ。

 小柳が興味深そうにスマホのカメラで周囲を撮影している。


「はいどーもです。現在、私たちはシーシージーセカンダリーに来ていますです。わたしたちが通う十字高校の姉妹校らしいですよ」


 あちらこちらとスマホのカメラを向ける小柳。

 それに合わせて、日向もそちらこちらへと動いて小柳のカメラを避ける。


「……おい日向。どうしたんだ? そんなにカメラ嫌いなのか?」


 その様子を見かねてか、田中が日向に声をかけた。


「あー、そうなんだ。実は先日、『修学旅行中に写真を撮られたら死ぬ』っていう夢を見てな」


「その夢を信じてるの? マジで? 訳の分からない夢のために、修学旅行の思い出作りを放棄する気かお前」


 もちろん、日向はそんな夢など見ていない。

 カメラを避けるための大嘘である。

 それを察して、シャオランが日向の話に合わせてきた。


「ま、まぁまぁ……。タナカも落ち着いて。カメラが嫌いだって人も世の中にはそれなりにいるよ? かの李書文も写真嫌いで、現存する写真は数少ないことで有名なんだよ……って、まず李書文を知らないかな……」


「お、知ってるぞその話。李書文は李氏八極拳の開祖。ネットでよく見る写真も、子孫の話をもとに作った肖像画だって話だよな」


「わ、よく知ってるねタナカ。八極拳に興味が?」


「何を隠そう、ゲームで見てから一時期ハマってたことがあるぜ。シャオランも八極拳やってるんだろ? やっぱり書文先生に憧れてか?」


「いや、李書文を知ったのは八極拳を始めてからだよ。純粋に八極拳を気に入ったから、ボクは八極拳を習うことにしたんだ。師匠からは『シャオランくんには蟷螂拳とうろうけんが向いてそう』って言われたけど、やっぱりあの一撃の重さを身につけたくて、ね」


「蟷螂拳ってあれだよな、カマキリ拳法。あれも面白いよな。確か、どっかの拳法家がどこぞの坊さんに負けて、その坊さんを打ち負かすために開発したんだっけか」


「そうそう。カマキリが蝶々を捕まえる様子を見て……」


 田中とシャオランが中国拳法談義に花を咲かせる。

 最初は話し慣れない相手である田中に緊張していたシャオランも、すっかり田中と打ち解けてしまった。二人はもともと人が良いので、共通の話題があれば距離は一気に縮められる。


 その二人の後ろで、日向は「助かった」と胸を撫で下ろす。

 一方、それを見たリンファは男子二人の語らいを呆れながらに見守る。


「男の子ってああいうの好きよねー。ちょっと分からないわアタシ」


「リンファさんは興味ないの? 八卦掌やってるんでしょ? 同じ八卦掌使いで名を残した拳法家とか、憧れないの?」


「うーん、別に。戦い方の参考にすることはよくあるけど、純粋に好きな拳法家っていうのはいないわね。もともとアタシの拳法なんて、家のしきたりで習い始めたものだしね。アタシ自身が強くなれればそれでいい。だからアタシ以外の拳法家に大して興味は無い、ってカンジで」


「なるほど。なんというか、リンファさんらしいストイックな回答だなぁ」


「誉め言葉として受け取っておくわね。何も出さないけど」


「何も出ないのか……。財閥の令嬢なのに、意外とケチ……」


「ぶっ飛ばすわよ?」


「ごめんなさい」


「まぁ実際、今のアタシは……」


「え?」


「……いや、ゴメン、何でも無いわ。ほら、早く行きましょ。アタシたち、遅れてるわよ」


「あ、ああ。そうだね。急ごう」


 一瞬、リンファがひどく暗い顔をしたのを、日向は見逃さなかった。


(『財閥の令嬢』という部分に反応したみたいだけど、何かあったのかな……? 本人に聞くのはちょっと気が引けるな。あとでシャオランに尋ねてみるか)



◆     ◆     ◆



 姉妹校の見学が終わり、日が暮れるころ、学校が予約していたレストランで食事をとる。それが終わると、今度はナイトサファリだ。


 レストランに入ったころは夕焼けづいていた空も、今は既に真っ暗だ。空には綺麗な満月が浮かんでいる。


 フェンスで覆われたバスに乗り、月夜の動物園をゆっくりと移動する。


「……ふと気づいたんだけどさ、今この場には花鳥風月が揃っている」


 と、日向が北園に向かって呟いた。


「かちょーふーげつ? 風もお花も周りには無いように見えるけど……」


「ああいや、そういうことじゃなくてね。小柳さんが金糸雀カナリアだから『鳥』、リンファさんは名前を漢字にすると『凛風』だから『風』。そんな感じで北園さんが……」


「あーなるほど。私が『月』なんだね」


「え? いや、北園さんは『花』だよ? 『自分の名前はソメイヨシノから来てる』って言ってたじゃないか。『月』の要素なんてどこにも……」


「……あ! そ、そうだったそうだった! そうだよね! 私が『花』だよね! 何言ってるんだろーね私!」


「う、うん。なんかゴメンね……?」


「ううん、私の方こそ変なこと言ってゴメンね。……それで結局『月』は誰なの? ウチのクラスには月の字が名前に入ってる子、いないよね?」


「そこはほら、空に浮かんでる月があるから」


「なるほど、それで『花鳥風月が揃ってる』なんだね。そういうこじゃれたセンス、嫌いじゃないよー」


「それは良かった。言い出しておいてなんだけど、『くっだらねぇ』とか言われたらどうしようかと。……おっと、そろそろ動物たちがいるエリアに入るみたいだ」


 日向たちを乗せたサファリバスは、ゆっくりと動物たちが住んでいるエリアに入っていく。夜行性たるライオンや虎が活発的に動いているところを見れるのが、このナイトサファリのウリである。


(こうも動物が多い場所で、しかも暗闇の中……。マモノが襲撃してきても不思議じゃないな……)


 皆が周囲の動物たちに目を輝かせている中、日向だけは警戒の目を配らせていた。


 しかし日向の予想に反して、マモノの気配は全く無い。

 北園とシャオランも普通にナイトサファリを楽しんでいる。

 日向も「考えすぎか」と判断し、警戒を解くことにした。

 そんな日向に、北園が声をかけてくる。


「あ、ほら見て日向くん。キリンさんがいるよー」


「おお、本当だ。……うお、こっちに近づいて来た」


「うわぁすごい! こんなに近くで見るの初めてかも!」


 北園が興奮気味に、食らいつくようにキリンを見ている。

 そんな北園を見て、日向も微笑ましい気持ちになった。


「……あ、見て日向くん! あっちには虎さんが!」


「虎……武功寺……うっ、()()ウマが……」


「なんだ日向? ダジャレかそれ?」


 日向の発言を田中が拾った。


 別に日向はシャレのつもりで言ったワケではなく、本当に思わず呟いてしまっただけなのだが、周りの班のメンバーたちが日向に冷たい視線を向け始めた。


「日向くん……トラでトラウマっていうのは、ちょっとどうかと思うなぁ。さっきと比べて」


「いや待って北園さん、俺は別にダジャレで言ったつもりは無いの。田中が言葉尻を捕らえただけなの」


「中国人のアタシが聞いても、今のは無いわね」


「俺も無いと思うからそんな目で見ないで」


「ヒューガには悪いけど、今のはちょっと面白くないかなぁ……」


「待ってシャオラン!? お前は味方になってよ!? 俺と一緒に当事者だったろ!?」


「今の激ウマギャグ(笑)、しっかり動画に録音しましたですよ」


「今すぐ消せ! すぐにけせ!」


「あーあ、渾身のギャグが、盛大な自爆に終わっちまったな、日向」


「お前が勝手に点火して、お前が勝手に爆発させたんだろうが田中ぁ!」



 ニヤニヤと笑う田中を見て「あ、コイツ絶対、俺がわざと言ったワケじゃないと分かってて皆を誘導しやがったな」と確信する日向であった。

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