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第1639話 祈りを背負って

 こちらは日向がいる、綺麗な星空の下のどこかの草原。


 周りの空の向こうから、金色の粒子が集まってくる。「日向に勝ってほしい。この星の未来のために戦ってほしい」という、この星の生命(いのち)たちの祈りのエネルギーだ。その粒子の数は途方もないほどに多く、暗い空を美しく埋め尽くす。


 空はまるで黄金の星の海。

 日向は、言葉を失うほどに見入っていた。


「これ……全部……この星の誰かの『俺たちを応援してくれる気持ち』なのか……」


 そして、その金色の粒子は全て、一か所を目指して集まっていく。

 この草原の中心に立つ、北園のもとへ。


 彼女もまた、祈るように両目を閉じている。

 今もこの星の人々に向けて、自分の声を届けているのだろう。


 北園のもとに集まってきた金色の粒子は、彼女の両手の中でひと固まりになっていく。金色の粒子がどんどん集まり、黄金色のエネルギーの球体が作られていく。


 その様子を、(おだ)やかな表情で見つめる日向。

 彼の瞳は、わずかに(うる)んでいた。


「『太陽の牙』は、俺に向けられた誰かの祈りを……信仰を糧にして強くなる……。俺は、最初から今までずっと、誰かに支えられっぱなしだったんですね。自覚はありましたけど、本当に色々な人たちから支えられていたんだっていうのを改めて実感します。そして今は、こんなにもたくさんの人が……」


 ……と、日向がしみじみと語っていると。

 隣にいたオリガが、(あき)れた声を発した。


「ばーか」


「いま馬鹿って言いました!? この感動的なシーンで!?」


「言ったわよ。相変わらずの腑抜(ふぬ)けっぷりね。いいこと? 確かにあなたは大勢の人間に支えられてきたかもしれない。けれどね、それはあなたが()きつけたからよ。『彼なら支えるに値する。いや、支えさせてほしい』ってね」


「俺が、焚きつけた……?」


「そうよ。今やあなたは文字通り、この星の全てを背負って戦う勇者。この星の全ての生命(いのち)の、祈りの受け皿なのよ。だったらそんな自信の無いコメントをほざいていないで、もっとどっしりと構えてなさい。皆からさらに強く祈ってもらえるよう、もっと輝いてみせなさいな」


 するとここで、新たに日向のもとにやってきた人物が。

 彼は、ARMOUREDのマードック大尉だった。


「オリガ女史の言う通りだと思うぞ、日向よ」


「マードック大尉!」


「『勇者とはどういう存在か』と問われた時、『強き者』、『人々を守るために戦う者』、『困難に立ち向かう者』など様々な答えが出てくるだろうが、私は思うのだ。勇者とは『誰かの祈りや願いを受けて、立ち上がることができる者』だと。その重みを理解し、背負うことができる者なのだと」


「誰かの祈りや願いを受けて、立ち上がる……」


「日下部日向よ。今こそ真に、勇者となれ。確かにお前にとって狭山は憧れであり、一つの頂点であり、超えようと思ったことさえ無い巨大な壁かもしれない。だが、心で負けていては、勝てる戦いにも勝てなくなるぞ」


 そう語り掛けるマードックの両隣に、今度はレイカとアカネもやって来て、そろって日向に声をかけてきた。


「大尉はこう言ってますけど、あまり気負わなくてもいいんですよ日下部さん。いつも通りでいいんです。あなたの優しさと正義感、そして一本の剣のような()()ぐさに、私たちは自然とついて行ったんですから」


「一回や二回負けたくらいで、へこたれるタマじゃないだろアンタ。根性見せなよ日下部!」


「レイカさん……アカネさんも……」


 さらに、また別の二人組がやって来た。

 シャオランのパートナーのリンファと、エヴァの保護者の白き大人狼ゼムリアだ。


「中国であなたたちと同行して、思ったの。あなたって皆を力強く照らす太陽っぽさはあまりないかもだけど、皆に温かい場所を提供するお日様っぽさはあるなって。最初は、あなたが皆を率いるリーダー役ってイメージがなかったんだけど、今はなんだか納得しちゃったわ」


「私は早期に脱落してしまいましたから、あなたの詳しい旅路は知りません。けれど、きっとあなたをここまで送り届けるため、多くの者たちがあなたのために命を懸けたのでしょう? ここであなたが倒れては、その全ての命が無駄になってしまいますよ?」


 その二人に続いて、今度は褐色黒髪の二人の少年。

 ブラジルで出会ったエドゥとテオである。


「オレはこんなところでお前の勝利を祈ってる場合じゃねぇんだヨ。地獄の門限に間に合わなくなっちまうからナ。分かったらさっさと立てヨ」


「通訳するとね、エドゥはヒュウガ兄ちゃんを応援してるんだよ。素直じゃないから、こんな言葉しか送れないんだ」


「おいテオ」


 それから、今度は成人の男性と、日向より年下に見える金髪の少女。

 男性の方は漁師の海田亀吉。そして少女の方はましろの友人のサキだ。


 まず日向は、海田の顔を見て驚きの表情を見せた。


「え、ウミガメさん死んでたんです?」


「せやで。坊らを中国まで送り届けたすぐ後に、見知らぬ男からグサーってな」


「ああ、アポカリプスに操られてた民間人……。ごめんなさい、俺たちに協力してくれたばかりに……」


「かまへん。覚悟しとったことや。それよりも、ワイら死人もどうしてか、まだ成仏できずにこの世に留まっとるらしい。つまり、ワイらの肉体は死んでも、心はまだ生きとるっちゅうことや」


「アタシらの心がまだ生きてるなら、祈りだって届けられる。生きてる人たちばかりで終わらせない。この災害で犠牲になったアタシたちも、アンタのために祈ってあげる」


 サキがそう告げると、彼女の身体から金色の粒子があふれ出し、空の向こうからやって来る粒子と一緒に北園のもとへゆっくりと飛んでいった。


 彼女だけでなく、その隣の海田からも。

 エドゥとテオ、リンファとゼムリア、マードックとレイカとアカネからも。

 オリガやアラム少年、雨宮隊員やアンドレイやニコからも。


 日向のもとに集まった犠牲者たちの魂。

 彼ら全員が、金色の粒子を生み出し始める。

 その祈りは日向の勝利のために。

 そして同時に、この星と、まだ生きている大切な存在たちの未来のために。


 この美しい光景を見て、日向の心に熱が戻る。どうして先ほどまで再起するための気力が()いてこなかったのか、恥ずかしくなってくるほどに。


 そんな日向のもとに歩み寄ってきて、声をかけてきた三つの見慣れた顔。シャオランと、本堂と、本堂の妹の舞だ。


「途中で折れるなんてヒューガらしくないよ! ロシアの時とかARMOUREDの時とか、ヒューガは勝負に負けることはあっても、最終的な試合はしっかり勝ってるもん! だから今回も、決めてきて!」


「行ってこい日向。此処(ここ)まで皆が(つな)いできた物を……皆の意志を剣に乗せて、狭山さんに叩きつけてこい。それが出来るのは、お前しかいないんだ」


「あの時、私をスライムのマモノから助けてくれたみたいに、今回もカッコよく決めちゃってください日下部さん! スライムも魔王も大して変わりませんって!」


「シャオラン……。本堂さん……。舞さん……は、スライムと魔王は天と地どころか大気圏と海底くらい差があると思うんだけど」


 舞の言葉にツッコミながら、日向はチラリと本堂とシャオランを見る。二人がここにいるという事は、狭山に負けてしまったのだろう。

 それでも二人の表情に絶望の色は一切なく、やり切ったという達成感と、必ず勝てるという確信に満ちている。


 三人の言葉に改めてうなずいて、日向は歩き出す。

 その歩みは力強くしっかりとしており、それでいて静かで落ち着いている。


「さっきまで一人で勝手に折れそうになってた俺に、皆の祈りを背負って戦うなんて資格は無いかもだけど……この祈りを無視する資格はもっと無いよな。格好悪く支えられっぱなしでも、もう一度立ち上がらないと」


 やがて日向は、北園の前までやって来た。


 北園の手の中で黄金色に輝く皆の祈りは、やがてその形を変えて、剣の形状になった。日向も嫌になるほど見慣れた『太陽の牙』の形に。


 まだ金の光に包まれているその剣を、北園は日向に差し出した。


「日向くん……ううん、『太陽の勇者』日下部日向。どうか、この戦いを終わらせて。そして、狭山さんを……アーリアのみんなを止めてあげて」


「うん、分かった。全部……終わらせるよ」


 それはまるで、騎士の誓いの式典のようだった。

 姫が両手で差し出した剣を、勇者が同じように両手で受け取る。


 その瞬間。

 剣が(まばゆ)い金の光を発して、この草原全体を包み込んだ。

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